バーボン、ストレート、ノーチェイサー

◆◆FOR BOURBON LOVERS ONLY◆◆ バーボンの紹介やレビュー、レーティングなど。

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世界で人気のブランド、ブレットのライウィスキーです。ブレット・ブランド自体の紹介はこちらを参照下さい。ブレット・ライは2011年3月から発売されました。バーテンダーからの要望が多かったため製品化されたと聞き及びます。ラベルの緑色はブレット・ディスティリング・カンパニーの創業者トム・ブレット自ら拘って選び抜いた絶妙なグリーンなのだとか。ジュースはお馴染みMGPの95%ライ。熟成年数は4~6年とも5~7年とも言われており、おそらく値段から考えて4年熟成酒をメインに使っているのではないかと想像します。

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BULLEIT RYE 90 Proof
推定2016年あたりボトリング、購入は2018年。色はやや薄めでオレンジがかったゴールデン・ブラウン。焦がした木、ライスパイス、青リンゴ→マスカット、ミント、蜂蜜、洋梨、穀物臭、竹林。爽やかなフルーツとスパイシーなアロマ。ウォータリーな口当たり。口中はマイルドな甘味と豊かなスパイスが感じられる。余韻はややハービーな苦味が強い。開封からしばらくは香りのボリュームが低く、味わいも平坦だった。残量が半分を切ってから幾分か濃密になり美味しくなった(開封から3ヶ月以上経過してやっと)。同じMGPソースで熟成年数の若いリデンプションと較べると、円やかなテクスチャー、かつ甘味を感じやすい。ブレットと同じくディアジオの所有するブランドであり、同じMGP95ライをソースとしたジョージディッケル・ライと比べると、なぜか全体的に薄口の印象だった。
Rating:85/100

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ヘヴンヒル蒸留所の旗艦ブランド、エヴァンウィリアムスの中でもレッドラベルは、バーボン好きは言うに及ばず、スコッチ中心で飲む方にも比較的評価の高い製品です。長らく輸出用の製品(ほぼ日本向け?) でしたが、2015年にアメリカ国内でもヘヴンヒルのギフトショップでは販売されるようになりました。日本人には驚きの120~130ドルぐらいで売られているとか…。日本では一昔前は2000円弱、今でも3000円前後で購入できますから、日本に住んでいながらこれを飲まなきゃバチが当たるってもんですね。

ところでこの赤ラベル12年、一体いつから発売されているのか、よく判りません。80年代後半には確実にありましたが、80年代半ばあたりに日本向けに商品化されたのが始まりなのですかね? 当時のアメリカのバーボンを取り巻く状況からすると、長期熟成原酒はゴロゴロ転がっていた筈です。その輸出先として、バブル経済の勢いに乗り、しかも長熟をありがたがる傾向の強い日本向けにボトリングされたのではないかと想像してるのですが…。誰かご存知の方はコメント頂けると助かります。
さて、今回は発売年代の違う赤ラベルを飲み較べしようという訳でして、画像左が現行、右が90年代の物です。赤の色合いがダークになり、古典的なデザインがモダン・クラシックと言うか、若干ネオいデザインになりましたよね。多分このリニューアルは、上述のギフトショップでの販売開始を契機にされたものかと思います。まあ、ラベルは措いて、バーボンマニアにとっては中身が重要でしょう。言うまでもなく、現行の方はルイヴィルのニュー・バーンハイム蒸留所、90年代の方はバーズタウンの旧ヘヴンヒル蒸留所の原酒となります。

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目視での色の違いは殆ど感じられません。強いて言えば旧の方が艶があるようにも見えますが、気のせいかも。

Evan Williams 12 Years Red label 101 Proof
2016年ボトリング。プリン、焦樽、ヴァニラ、バターピーナッツ、レーズン、莓ジャム、煙、足の裏。ほんのりフルーティなヴァニラ系アロマ。余韻はミディアムショートで、アルコールの辛味と穀物香に僅かなフローラルノート。
Rating:87/100

Evan Williams 12 Years Red Label 101 Proof
95年ボトリング。豪快なキャラメル、香ばしい樽香、プルーン、ナツメグ、チェリーコーク、チョコレート、ローストアーモンド、鉄。クラシックなバーボンノート。スパイシーキャラメルのアロマ。パレートはかなりスパイシー。余韻はロングで、ミントの気配と漢方薬、土。
Rating:87.5/100

Verdict:同じものを飲んでいる感覚もあるにはあるのですが、スパイシーさの加減が良く、風味が複雑なオールドボトルの方を勝ちと判定しました。現行も単品で飲む分には文句ありませんし、パレートではそこまで負けてはないものの、較べてしまうと香りと余韻があまりにも弱い。総論として言うと、現行の方は典型的な現行ヘヴンヒルの長期熟成のうち中程度クオリティの物といった印象。一方の旧ボトルも、バーズタウン・ヘヴンヒルの特徴とされる、海外の方が言うところのユーカリと樟脳が感じやすい典型的な90年代ヘヴンヒルのオールドボトルという印象でした。

Thought:全般的に現行品はクリアな傾向があり、対してオールドボトルは雑味があると感じます。その雑味が複雑さに繋がっていると思いますが、必ずしも雑味=良いものとは言い切れず、人の嗜好によってはなくてもよい香味成分と感じられることもあるでしょう。かく言う私も、実は旧ヘヴンヒルの雑味はそれほど好みではありません。両者の得点にそれほどの開きがない理由はそこです。

Value:エヴァン赤は日本のバーボンファンから絶大な信頼を寄せられている銘柄だと思います。確かに個人的にも、例えばメーカーズマークが2500円なら、もう500円足してエヴァン赤を買いたいです。またジムビームのシグネイチャー12年やノブクリークが同じ価格なら、エヴァン赤を選ぶでしょう。おまけにワイルドターキーのレアブリードよりコスパに優れているし。つまり、安くて旨い安定の一本としてオススメということです。もっとも、たまたま上に挙げたバーボンはどれも味わいの傾向は多少違うので、好みの物を買えばいいだけの話ではあります。参考までに個人的な味の印象を誇張して言うと、腰のソフトさと酸味を求めるならメーカーズマーク、香ばしさだけを追及するならノブクリーク、ドライな味わいが好きならレアブリード、甘味とスパイス感のバランスが良く更に赤い果実感が欲しいならエヴァン赤、と言った感じかと。
問題は旧ラベルと言うか、旧ヘヴンヒル蒸留所産の物のプレミアム価格の処遇です。個人的な感覚としては、上のThoughtで述べた理由から、仮に旧ボトルが現行の倍以上の値段なら、現行を選びます。確かに多くのバーボンマニアが言うように、旧ヘヴンヒル蒸留所産の方が美味しいとは感じますが、あくまで少しの差だと思うのです。それ故、私の金銭感覚では、稀少性への対価となる付加金額を、現行製品の市場価格の倍以上は払いたくないのです。ただし、その少しの差に気付き、その少しの差に拘り、その少しの差に大枚を叩くのがマニアという生き物。あなたがマニアなら、或いはマニアになりたいのなら、割り増し金を支払ってでも買う価値はあるでしょう。

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イーグルレアは現在バッファロートレース蒸留所のライ麦少なめのマッシュビル#1から造られる90プルーフ10年熟成のバーボンです。このマッシュビルは同蒸留所の名を冠したバッファロートレースの他、コロネルEHテイラー、スタッグ、ベンチマーク等にも使用されています。価格やスペックから言うとバッファロートレースより一つ上位のブランド。

イーグルレアは、元々はシーグラムが1975年に発売したシングルバレルではない101プルーフ10年熟成のバーボンでした。既に人気のあったワイルドターキー101を打ち倒すべく作成され、鳥のテーマとプルーフは偶然ではなく敢えてワイルドターキーに被せていたのです。「Carve the Turkey. Pour the Eagle.(七面鳥を切り分け、鷲を注ぐ)」と云う如何にもな1978年の広告もありました。この頃の原酒には、当時シーグラムが所有していたオールドプレンティス蒸留所(現在のフォアローゼズ蒸留所)のマスターディスティラー、チャールズ・L・ビームが蒸留したものが使われています。
時は流れ、サゼラック・カンパニーは1989年にシーグラムからイーグルレア・ブランドを購入しました(同時にベンチマークも購入)。その時のサゼラックはまだ蒸留所を所有していなかったので、数年間だけ原酒をヘヴンヒルから調達していたと言います(*)。しかし最終的には自らの製品を作りたかったサゼラックは1992年に、当時ジョージ・T・スタッグ蒸留所またはエンシェント・エイジ蒸留所と知られる蒸留所を買収し、後にその名称をバッファロートレース蒸留所に変更します。2005年までは発売当初と同じ熟成年数、プルーフ、ラベルデザインで販売され続けますが、この年にイーグルレアは大胆なリニューアルを施され、シングルバレル製品、90プルーフでのボトリング、そして今日我々が知るボトルデザインに変わりました。

一旦話を戻しまして、所謂旧ラベル(トップ画像左のボトル)について言及しておきましょう。イーグルレア101のラベルは、文言に多少の違いはあっても、会社の所在地表記で大きく三つに分けることが出来ます。
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先ずは左のローレンバーグ。これが書かれているものはシーグラムが販売し、現フォアローゼズ蒸留所の原酒が使われていると見られ、発売当初から89年までがこのラベルではないかと考えられます。熟成もローレンバーグで間違いないと思われますが、もしかするとボトリングはルイヴィルのプラントだった可能性もあります。次に一つ飛ばして右のフランクフォート。これが書かれているものは現バッファロートレース蒸留所の原酒が使われているでしょう。で、最後に残したのが真ん中のニューオリンズ。これが少し厄介でして、おそらくラベルの使用期間は90年から99年あたりではないかと思われますが、ニューオリンズはサゼラックの本社がある場所なので、蒸留やボトリング施設の場所を示していません。ローレンバーグやフランクフォートにしてもそうなのですが、「Bottled」と書かれてあっても「ボトリングした会社はドコドコのナニナニです」と言ってるだけです。このニューオリンズと書かれたラベルは理屈上、初期のものはフォアローゼズ産、中期のものはヘヴンヒル産、後期のものはバッファロートレース産、という可能性が考えられます。それ故、生産年別で原酒の特定をするのはかなり難しいです。これは飲んだことのある方の意見を伺いたいところ。ちなみに90年代には日本市場だけのために作られたイーグルレア15年107プルーフというのもありましたが、そのラベルの所在地はニューオリンズでした。これは一体どこの蒸留所産なのでしょうね。
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また、他にも後にバッファロートレース・アンティークコレクションの一部となるイーグルレア17年が2000年に発売されていますが、これは別物と考えここでは取り上げません。

さて、2005年にリニューアルされたイーグルレアはトップ画像右のボトルと大体同じだと思います。躍動感のある鷲がトール瓶に直接描かれるようになり、ネックに10年とあり、ちぎれた旗?のようなものにシングルバレルとあります。そしてトップ画像真ん中のボトルが2013年もしくは14年あたりにマイナーチェンジされた現行品です。おそらく段階的な変化があったと思いますが、この二者の主な相違点は、ネックにあった10年熟成のステイトメントがバックラベルに移り、シングルバレルの記述が完全に削除されたことの2点です。そうです、イーグルレアは現在ではしれっとシングルバレルではなくなっていたのでした。ただし、これには訳がありまして、バッファロートレース蒸留所に高速ボトリング・ラインが導入されたことにより、一つのバレルから次のバレルに切り替わる際、或るボトルには2つの異なるバレルのバーボンが混在してしまう可能性があり、技術上シングルバレルと名乗れなくなってしまったのだそうです。つまり現行イーグルレアはシングルバレル表記なしとは言っても、ほぼシングルバレル、準シングルバレルであり、もし味が落ちてると感じたとしても、それはシングルバレルでなくなったからではなく別の理由からだ、と言えるでしょう。そこで、今回は発売時期の異なるイーグルレア90プルーフ、シングルバレルとほぼシングルバレルの2つを飲み比べしてみようと言うわけです(旧イーグルレア101はおまけ。昔飲んだ空き瓶です)。

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目視での色はかなり違います。画像でもはっきりと確認できる筈。右シングルバレルの方はオレンジアンバーなのに対し、左ほぼシングルバレルの方はダークアンバーです。

Eagle Rare 10 Years 90 Proof
推定2015年前後ボトリング。並行輸入品。苺のショートケーキ、チャードオーク、シトラス、グレープジュース、焦がした砂糖、夏の日の花火、蜂蜜、土、麦茶。甘いアロマ。ソフトな酒質。余韻はややドライで、それほど好ましい芳香成分が来ない。
Rating:85.5/100

Eagle Rare Single Barrel 10 Years 90 Proof
推定2010年前後ボトリング。正規輸入品。ドライマンゴー、オレンジ、苺のショートケーキ、僅かに熟れたサクランボ、小枝の燃えさし、ビオフェルミン、カビ。全てにおいてフルーティ。ソフトなテクスチャー。余韻に爽やかなフルーツとアーシーなノート。
Rating:86.5/100

EAGLE RARE 101 Proof
推定2000年ボトリング。飲んだのが昔なので詳細は覚えてないが、上記二つとはまったく別物と思っていい。フルーツ感はあまりなく、もっとキャラメルの甘味と度数ゆえの辛味があって、ソフトよりストロングな味わいだった。原酒は多分バッファロートレースだと思う。ヘヴンヒルぽいテイストではなかった気がする。昔好きで飲んでいたので、俗に云う思い出補正はあるかも。
Rating:88/100

Verdict:101プルーフの物はおまけなので除外するとして、個人的にはフルーティさが強く余韻も複雑なシングルバレルの方を勝ちと判定しました。ライ麦が少なめのレシピでここまでフルーツ感が強いバーボンはやはり特別なのではないかと。ほぼシングルバレルの方も素晴らしいアロマを持っているのですが、どうも余韻が物足りなく感じまして。大抵の場合、色が濃いほうが風味が強く、美味しいことが殆どなのですが、この度の比較では逆でした。熟成は奥が深いですね。

Value:イーグルレアは、アメリカでは30ドル以下で買えるシングルバレルとして、生産量の多さ=流通量の多さ=入手の容易さも魅力であり、更にプライベート・バレル・プロジェクトもあるため、絶大な人気があります。しかし正直言って、日本では5000円近い値札が付く店もあり、その場合はかなりマイナスと言わざるを得ません。個人的には半値近い金額でバッファロートレースが買えるのなら、そちらを2本買うでしょう。けれど、たまにの贅沢でなら購入するのは悪くないと思います。また、同じバッファロートレース蒸留所産で、異なるマッシュビル(ライ麦多めの#2)を使用したシングルバレル・バーボンであるブラントンズの現行製品が5000円なら、イーグルレアを選択するのが私の好みです。


*有名なバーボン・ライターのチャック・カウダリーは、この時期はボトリングもヘヴンヒルだったのではないかと示唆しています。

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N

◆NAS
「No(n) Age Statement」の略。ラベル上に熟成年数の提示がないこと。熟成期間による味わいの変化が大きいウィスキーにとって熟成年数はある程度の味わいの指標となるため、誇らしげに熟成年数を掲げるブランドは多いが、逆に初めから熟成年数表記のないブランドも少なくない。これには任意の風味プロファイルになりさえすれば熟成年数に拘らないという意図がある。と同時に、バッチングのためのバレル選択に於いて熟成年数の制約がないことは即ち選択肢が多くなることを意味し、そのブランドの目指す風味プロファイルをクリエイトしやすいというメリットもある。
2010年前後からのバーボン高需要によって、従来まで6年とか12年とか明示されていた熟成年数がなくなる銘柄が増えた。それは善かれ悪しかれ、その年数以下の熟成年数の原酒をブレンドしていることが殆どだと思われる。少なくとも12年以上だったものが8年~12年のブレンドになる等。これには造り手からすると将来の安定した供給を確保する狙いがある。反面、あったものがなくなるという年数表記の欠落は、当該ブランドのファンには否定的な印象を与えかねない。また、単純に熟成年数を引き下げただけの場合もあって、その場合は劇的な風味プロファイルの変化を伴う可能性が高い。悪どいことに「aged ○ years」の数字だけをラベルに残し、あたかも熟成年数の数字であるかの如く見せ、購買者のミスリーディングを誘うブランドもある。「エイジステイトメント」の項も参照。

◆National Bourbon Day─ナショナルバーボンデイ
6月14日。アメリカの特産品であるバーボンを飲んで祝う日。ケンタッキー州では「毎日がバーボンデイ」とも言う。

◆National Heritage Bourbon Month─ナショナルヘリテッジバーボンマンス
9月。2007年に米国上院によって作成されたもので、1964年に宣言された「米国特有の製品」としてのバーボンを祝うための歴史遺産月間。この法案はケンタッキー州の上院議員Jim Bunningによって提案され、全会一致で可決された。それは初期入植者やケンタッキー州の農業コミュニティ、ケンタッキー・バーボンを今日のフラッグシップカテゴリーにした多くのファミリーの貢献を認識し、伝統や歴史や文化遺産を讃え、バーボンを責任をもって適度に楽しむためのアイデア。ケンタッキー州バーズタウンで開催される国際バーボンフェスティバルは、毎年9月の3週目に開催されるため、バーボンを祝うには最適な月だった。

◆ND
「National Distillers」の略。ナショナル・ディスティラーズは複合企業体なので、バーボン用語としてはその酒類部門であり創業企業である「National Distillers Products Corporation(NDPC)」を指している。禁酒法解禁後にアメリカンウィスキー業界を支配したビッグ・フォーの一つで、何百とも言われるブランドを所有した。そうした中でもオールド・グランダッド、オールド・テイラー、オールド・クロウ、オールド・オーヴァーホルト、サニー・ブルックス、バーボンデラックス等は傑出した歴史あるブランドだが、1987年にナショナル・ディスティラーズはアメリカン・ブランズ(当時のジムビームの親会社)に売却され、それらのブランドはジムビームが製造を引き継いだ。こうした経緯によりナショナル・ディスティラーズが製造していた時代の物を欧米では「NDジュース」と呼び、バーボンマニアに珍重されている。

◆NDP
「Non Distilling Producer」の略。非蒸留業者と訳される。自らは蒸留施設を持たず、どこかの蒸留所からウィスキーを購入し、独自のブランドで販売する、所謂ボトラーのこと。ブランド構築の巧みさが成功の鍵。現在、大きくなっている会社でも大元を辿ればこれだったりする。

◆Neat─ニート
所謂ストレート。氷もいれず、水やミキサーで希釈もしないで飲む方法。語源的にはラテン語の「nitere(ニテーレ)」から由来するとされ、それは煌めく/輝かすといった意味をもち、英語に転じて綺麗(清潔)、清楚、純粋、濁りのない、混じり気のない等の意味に派生していった。ウィスキー用語としては、スコッチウィスキー界で先に使われ出したと思われるが、今ではバーボン飲みも使う。

◆Nest Egg─ネストエッグ
温水とドライイーストを混ぜたもの。マッシュへの添加前に酵母を活性化する「目覚め」のために使用される。

◆New Make─ニューメイク
蒸溜を終え、出来たばかりの無色透明の蒸溜液。これを樽で熟成することで琥珀色に色付き、ウィスキーとなる。バーボン業界ではホワイトドッグとも言う。

◆Non Chillfiltered─ノンチルフィルタード
冷却濾過されていないの意。ウィスキーの原材料や蒸留プロセス及び樽熟成期間に自然発生する香味成分の中には、脂肪酸・タンパク質・エステル等の低温になると析出してウイスキーを白濁させたり澱を発生させる成分が含まれており、それらの成分をボトリング前に予め-4℃~0℃に冷却しながら濾過して除去するのが冷却濾過。これによって失われる成分には、香りや風味の基となるものが含まれているとされ、より豊かな風味を求めるウィスキーマニアはノンチルチィルタードの製品を欲する傾向にある。「チルフィルトレーション」の項も参照。

◆Nose─ノーズ
ウィスキーの香り、匂い、アロマ。テイスティング・ノートなどでノーズとあれば、舌や口蓋を関与させず、鼻のみで感知した記述。


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◆OC
「Old Charter」の略。現在ではバッファロートレース蒸留所で造られる下層バーボンとなってしまったが、一昔前はI.W.ハーパーと同じくバーンハイム蒸留所で造られていた歴史のあるブランド。「OCPR」は「Old Charter Proprietor’s Reserve」の略。
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◆OF
①「Old Fitzgerald」の略。小麦レシピで造られるスティッツェル=ウェラーの代表的な銘柄。同蒸留所が閉鎖後はヘヴンヒルがブランドを取得した。
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②「Old Forester」の略。ブラウン=フォーマン社の旗艦ブランド。「OFBB」は限定リリースの「Old Forester Birthday Bourbon」の略。ボンデッド規格のものは「OFBIB」と略す。
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◆OGD
「Old Grand-Dad」の略。現在ではジムビームで製造されるハイ・ライ・レシピのバーボン。同シリーズには、ロウワー・プルーフの物とボンデッドと114の種類がある。一昔前はナショナル・ディスティラーズを代表的する銘柄であり、その時代の物はバタースコッチ・ボムの味わいをもつとされ、オールドボトル愛好家に人気が高い。
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◆On the Rocks─オンザロックス
水やその他のミキサーを追加せずに、氷を入れたグラスに酒のみを注ぐ飲み方。日本では単に「ロック」と呼ばれることが多い。氷とグラスの奏でる音を愉しむことが出来る。

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「Old Overholt」の略。ライウィスキーの代名詞とも言えるほど古くから有名なブランド。元々はモノンガヒーラ・スタイルのライを代表したが、現在ではジムビームが製造するケンタッキー・スタイルのライとなっている。
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エイブラハム・オーヴァーホルトの肖像、WIKIMEDIAより

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「Old Rip Van Winkle」の略。2010年代になってからの急速なバーボン高需要の中、大人気のため入手困難となっている銘柄のひとつ。アメリカでも抽選に当たらないと買えなかったり、希望小売価格を大幅に上回る値段で販売されたりする。そのため現行品は日本での流通は皆無となった。
元々は禁酒法時代前後に販売されていたブランドをジュリアン・ヴァン・ウィンクル三世の父(パピー・ヴァン・ウィンクルの息子)が70年代に復活させ、イエローストーンやスティツェル=ウェラーのストックを用いて主にポーセリン・デカンター(一部はガラス瓶)に容れ販売していた。それをジュリアン三世も引き継いで販売し現在に至る。基本は10年熟成、107プルーフ(90プルーフのヴァリエーションもあった)。昔は15年熟成もあったが、現在ではパピー・ヴァン・ウィンクル・ファミリー・リザーヴ15年に置き換えられている。
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ブランドの名前とラベルは、アメリカの小説家ワシントン・アーヴィングが1820年に発表した短編集『スケッチ・ブック』中の一編「リップ・ヴァン・ウィンクル」に掛けたものとなっている。この話の筋は、アーヴィングがオランダ人移民の伝説を基にして書き上げたとされ、アメリカ版「浦島太郎」と紹介されることが多い。アメリカでは「時代遅れの人」や「眠ってばかりいる人」を意味する慣用句にもなっているのだとか。物語は大略以下のようになっている。

時はアメリカ独立戦争前後。ニューヨークのハドソン川近く、キャッツキル山地の麓の村で暮らすオランダ系アメリカ人のリップ・ヴァン・ウィンクルは、金儲けが嫌いで、あくせく働くのをよしとせず、のんびり過ごすのがモットーで、家の仕事はしないけれど、人からの頼まれごとは何でも引き受け、皆から好かれる気のいい男。がみがみ口喧しい女房と、まだ小さい息子と娘との貧乏な生活をしている。
ある秋晴れの日、リップはいつものように口煩い妻から逃れるため、鉄砲を肩に担ぎ、ウルフという名の愛犬と一緒に猟へ出て、山々をさ迷いました。猟を楽しんだあと、小高い丘でちょっと休憩しているうちに辺りは暗くなってきます。「いかん、また妻にどやされるぞ」と、彼は急いで帰ろうとしますが、その時「おーい、リップや」と自分の名前が呼ばれたような気がして足を止めます。錯覚かなと思っていると、また声が聴こえて来ました。「リップ・ヴァン・ウィンクル…、リップ・ヴァン・ウィンクル…」。その声は、どうやら谷間から聴こえるようで、谷を見下ろしてみると、なにやら重そうな物を運んでいます。声の主は白いあごひげを蓄えた見ず知らずの老人で奇妙な古めかしい服を着ていました。老人が運んでいたのは酒樽で、見るからに大変そう。リップは老人と一緒に酒樽を運んであげることにしました。しばらくすると、あたりにゴロゴロゴロゴロと雷鳴が響き渡ります。やがて高い崖に囲まれた広場のようなところに辿り着くと、そこでは多くの小人たちがナインピンズ(9本ピンのボウリング)に興じていました。雷鳴と思われた音はボールを転がす音だったのです。小人たちは一様に厳めしい顔つきをし、奇抜で華やかだが古臭い服を着て、腰には小刀をさしていました。そして不思議なことにゲームをしていても楽しそうな様子もなく、黙ったままでした。一緒に来た老人は酒をついで回る様にとリップに合図し、酒盛りが始まりました。リップも彼らが自分に興味がないのをいいことに、こっそり御相伴に預かると、その酒の美味しい事、たちまち杯を重ね酔っぱらい、すぐに眠りに落ちてしまいます。
朝、リップが目覚めると、老人と初めてあったあの丘の上で寝ていました。「しまった、寝てしまったのか、妻になんと言い訳すればいいのだ」。足元には鉄砲が転がっていましたが、手入れの行き届いていた筈の鉄砲は錆びて腐食し、銃床は虫に食われてさえいました。また、愛犬の姿も見えませんでした。「ウルフ!ウルフ!」。犬の名を呼んでも、どこからも出て来ません。
「あのジジイどもにしてやられたか」。リップは彼らを山賊だったのだと勘繰り、もう一度あの広場へ行って犬と鉄砲を返してもらうしかないと考え、立ち上がろうとしますが、関節がこわばっていつもの調子ではありません。「うう…、山で寝るのは性に合わねえな」。難儀しながらもやっとのことで広場へ通じる場所へ辿り着くと、その通路は跡形もなく消えていました。リップは途方にくれますが、仕方がないので村へと帰ることにします。
村が近づくにつれ、行き交う人々の顔を見ると、知り合いは一人もいませんでした。「おかしいな、村人は全員知ってるはずなのに…」。それに見たこともない格好をしているし、リップを見ると皆、自分の顎をさするのでした。訝ったリップは自分の顎を触ってみます。すると髭が1フット(約30㎝)も伸びていたのでした。そして村へ入っても、自分の家がどこにあるのか皆目見当も付きません。たった一晩で町並みはすっかり様変わりしていたからです。ようやく我が家を見つけると、なんと廃屋になっているではありませんか。当然、妻も子供たちもそこにはいませんでした。リップは慌てて家を飛び出し、馴染みの宿屋へ向かいます。見慣れた筈の宿屋の見た目も名前も変わっていました。壁に掛けられたキング・ジョージ三世の肖像画もジョージ・ワシントンに取り換えられています。リップが寝てる間にアメリカは既にイギリスから独立していたからです。
折しもその日は選挙の当日でした。宿屋に集まった村人のうち国士をきどった男が、共和党と民主党どちらに投票したのかと彼にこっそり話しかけます。リップは自分の人生で投票などしたことは一度もなく、「私は国王に忠誠を誓っております、国王陛下万歳!」とキング・ジョージ3世の忠実な臣民であることを宣言したものだから、「こいつイギリスのスパイだ!」と大騒ぎになってしまいました。そこに顔役らしい男が現れて事態を収拾し、リップに「爺さん、お前は銃なんかもって何がしたいんだ? 誰を探してるんだ?」と聞いてくれました。リップは友人たちの名を次々と挙げ、彼らはどこにいるのか尋ねます。ある者はとっくの昔に亡くなり、ある者はアメリカ独立戦争で殺害されていました。「そ、そんな…、誰か、誰かリップ・ヴァン・ウィンクルを知ってる人はいませんか?」。「そいつならあそこにいるやつだよ」。見ると自分にそっくりな男が木に凭れ掛かっていました。リップは混乱していましたが、その時、赤ん坊を抱いた若い女が進み出て来ました。声の調子からして若い頃の妻にそっくりでした。「君の父親は?」。「父はリップ・ヴァン・ウィンクルと言い、二十年前、山へ行ったきり帰って来ませんでした」。「母親は?」。「母も少し前に亡くなりました。牧師相手に癇癪を起こして血管が破裂したのです」。リップは「私が君の父親だよ! 誰か、誰かこの哀れな男を知ってる人はいませんか?!」と叫びます。すると群衆の中から一人の老婦人が出で、彼の顔を覗き込み、しばらくして言いました。「間違いない、この男はリップ・ヴァン・ウィンクルだよ、お帰んなさい、しかし一体あんたはこの20年どこに行ってたんだい?」。リップは人々に昨日の出来事をあっという間に話し終えます。それを聴いた村一番の古株で物識りの長老が言いました。「お前さんが出会ったのは、昔このあたりを探検した偉大なるヘンリー・ハドソン船長(ハドソン川の名の由来)と乗組員たちの亡霊に違いない。二十年ごとに巡回に来るという言い伝えがあるんじゃ」。
その後リップは、妻の死を悲しむこともなく、立派な男と結婚していた娘に引き取られ、のんびりと余生を送る。自分の物語を近所の子供や宿屋に来た見知らぬ旅人に聞かせたりして。それを信じない者もいたが、古くからのオランダの入植者は概ねそれを信用したと云う。もしかすると恐妻家の願望かもしれないが。

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「Old Scout」の略。ウェストヴァージニア州のスムーズ・アンブラー社が販売するソースドウィスキーのライン。Smooth Amblerを省略せずに「SAOS」とされることも多い。オールドスカウトの名は樽をスカウト(見出だす)することに由来する。それまでレギュラーラインナップだったオールドスカウト7年と10年は、2015年の急速な予期せぬ販売成長率のため無期限に中断されるとアナウンスされた。シングルバレルとプライベートセレクトは継続して販売されている。主にMGPから調達(60%コーン/36%ライ/4%バーリーモルトや75%コーン/21%ライ/4%バーリーモルトのバーボンなど)。
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◆Oscar Getz Museum of Whiskey History─オスカーゲッツミュージアムオブウィスキーヒストリー
バーズタウンのノース・フィフス・ストリートに面して建つ歴史的なスポルディング・ホールは、今日オスカー・ゲッツ・ウィスキー歴史博物館とバーズタウン歴史博物館として使われている。ホールはもともと1826年にケンタッキー州で最初のカトリック大学、セント・ジョセフ・カレッジの一部として建てられたが、長年に渡って様々な役割を果たし、南北戦争中は大学は閉鎖され一時的に南北両軍の病院として機能、その後は神学校や孤児院、1911年頃から1968年まではプレパラトリー・スクールとして使われた。名前はマーティン・ジョン・スポルディング司教にちなむらしい。現在の建物は、火事で破壊された以前の建物の代わりとして1839年に建て直されたもので、1973年に国立歴史登録財に指定された。
3階建てホールの1階大部分を占めるオスカー・ゲッツ博物館には、植民地時代から禁酒法解禁後の時代に至るアメリカン・ウイスキー業界の貴重な遺物や文書のコレクションが展示されている。蒸留と熟成に関するディスプレイから、ジョージ・ワシントンのスティル、エイブ・リンカーンの居酒屋のレプリカ、密造酒に関する物、禁酒法時代の資料やキャリー・ネイションの手斧、多くのアンティークボトルとジャグ、中身の入った薬用ウィスキー、古いサインやラベルに広告、斬新さを競ったノベルティ・デカンターまで、バーボンの豊かな歴史を物語る品々は、ジョージアン様式の風格ある建造物と相俟って愛好家必見。学識豊かなキュレーターとの出会いも楽しみの一つで、先代のフラゲット・ナリーとメアリー・ハイト、現在のメアリー・エレン・ハミルトンら博物館の維持運営を務め、バーボンの遺産を公衆に利用可能にする彼女たちは、バーボン産業の影の英雄と言ってよい。
入館見学は無料だが募金箱が設置され、寄付は大歓迎。博物館の運営費はケンタッキー・バーボン・フェスティヴァルの期間中に建物のチャペルで毎年開催されるマスターディスティラーズ・オークションによっても賄われる。オークションはヴァン・ウィンクル氏が後援し、出品されるアイテムにはバーボンのオールドボトル、歴史的なアーティファクト、特別リリースのサイン入りボトル、ギフトバスケットなどがあり、それらは地域の蒸留所からの寄付が殆ど。その他に2階3階のスペースを結婚式やレセプションに貸し出したりもするが、博物館には人件費、公共料金、セキュリティシステム費用、保険料が掛かる他、200年近い古さの建物は当然維持費が嵩むだろう。展示を楽しんだ後は寄付を弾みたいところ。
博物館の名になっているオスカー・ゲッツは1897年11月にイリノイ州シカゴで生まれた。禁酒法施行前はウィスキーの仲介業に携わっており、その多彩な性格は最高のセールスマンと評された。1920年にはエマ・エイブルソンと結婚。1933年に禁酒法が終了した後、ゲッツと義理の兄弟レスター・エイブルソンは自らの名でウィスキービジネスに取り掛かる。数年で彼の会社は成功、100人以上の従業員を雇用し、ケンタッキー州バーズタウンにあるトム・ムーア蒸留所の最大代理店となった。トム・ムーア蒸留所によって供給されるバーボンは「オールドバートン」というオリジナルのブランドで販売され、1940年までにゲッツは業界の大手プレーヤーとなる。ウィスキービジネスに変化が見え始めると、彼らは自らのブランドの安定した供給を保証するため、1944年にトムの息子のコン・ムーアからトム・ムーア蒸留所を購入し、プラントの名称をブランドの名前と同じバートン蒸留所に変更した。その名はいくつかの選択肢のうち「ハットから選んだ」名前だったと云う。オスカーは蒸留業界で大きな評判を確立し、酒類産業の「マン・オブ・ザ・イヤー」と名付けられたこともあったらしい。
またオスカーはウィスキーの蒸留プロセスと業界全体にも興味を持っており、しかも歴史の大好きなコレクターでもあった。趣味として収集し始めたアーティファクトや小さなディスプレイ、文書やラベルに広告、ボトルを含む記念品等は膨大な量で、それこそ強迫観念に憑かれたかのような集めぶりだった。彼の妻エマは「もうこれ以上、私の家に古い物は欲しくないの!」と、オスカーに収集物の片付けを要求。そこで彼は渋々、自らのコレクションを展示するため、1957年から蒸留所のオフィスで小さな博物館「バートン・ミュージアム・オブ・ウィスキー・ヒストリー」を始める。この私的博物館は一般公開され、今で言うところの蒸留所ツアーのビジターセンターの魁だった。そしてオスカー自身が学芸員であり歴史家であり講師だった。実際、1978年には彼の著書「Whiskey:American Pictorial History」が出版され、その後何十年に渡り参考ガイドとなる。
オスカーのコレクションは雪だるま式に増え続け、いつしか小さな「ビジターセンター」の枠を超えた。年代がはっきりしないが、ある時エッジウッドにあるフェデラル・スタイルの大きな家に博物館を移転したらしい。オスカーはビジネスを引退し、70年代後半もしくは80年代前半に蒸留所を売って、このコレクションを引き取る。彼は自らの収集物の適切な家を求め、新しい博物館として機能させるべく、古いカトリック神学校を修繕するためバーズタウン市にお金を支払った。残念ながら、彼のヴィジョンが現実のものとなるのを見ることなく、1983年にオスカーは亡くなる。残された妻と息子は、オスカーが過去数十年に渡って蓄積してきたコレクションをみんなに見て欲しいと思い、それを市に寄贈することにした。しかも博物館を支援するために毎年寄付をするとも言ったようだ。一年後の1984年7月、新たに復元されたスポルディング・ホールにコレクションは設置され、オスカー・ゲッツ・ウィスキー歴史博物館が生まれた。オスカーの博物館はいつもでも無料だった。 彼の情熱とコレクションに対する愛情に、全てのバーボンマニアは歓喜し感動を覚え、感謝の念を抱かずにはいられないだろう。

◆OT
「Old Taylor」の略。バーボン業界の発展に寄与したエドモンド・ヘインズ・テイラーJr.の名を冠したバーボン。一昔前はジムビームが、その前はナショナル・ディスティラーズが製造していた。現在ではバッファロートレースが製造し、同社のプレミアムラインの製品には「コロネル・EH・テイラー」があるため、歴史あるブランドの「オールド・テイラー」はすっかり影を潜めた。
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◆OWA
「Old Weller Antique」の略。昔はスティッツェル=ウェラー蒸留所、今はバッファロートレース蒸留所で造られている小麦バーボン。ハイプルーフなのが魅力。
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◆OWO
「Old Weller Original 107 Brand」の略。現在オールドウェラー・アンティークと知られるブランド名は、90年代初頭にラベルに「Antique」の文字が挿入され、そう呼ばれるようになった。それ故、OWOはそれ以前の物を指している。
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過去投稿のブレット80プルーフのレビューでブランド紹介はしていたのですが、その後明らかになった部分もあるので、ここで再度書き直したいと思います。

長年法律に携わって来たトーマス・E・ブレットJr.ことトム・ブレットは、1987年にブレット・ディスティリング・カンパニーを立ち上げ、夢の実現へと踏み出しました。それはトムの曾々祖父にあたり、ルイヴィルのタヴァーン店主だったというオーガスタス・ブレットが1830年から1860年の間に造っていたウィスキーの復活です。オーガスタスはフラットボートに樽を一杯に載せ、ケンタッキーからオハイオ川を下りニューオリンズへと売却に向かう輸送中に行方不明となりました。そのレシピはライが3分の2とコーンが3分の1のライウィスキーだったと伝えられています。トムは現代のブレットバーボンを市場の殆どのバーボンより高いライ麦率にすることによってオリジナルのマッシュビルに敬意を表しました。

ブレットバーボンが初めて世に出たのは1995年です。初期のブレットは現在の物とは全く異なるデザインで、マーケティングに家族の歴史を殊更持ち出さなかったし、フロンティア・ウィスキーとも名乗っていませんでした。代わりにケンタッキーの特産であるサラブレッドを全面に押し出していました。
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この初期ブレットはエルマー・T・リーやウェラー・センテニアルと同じスクワットボトルに入っており、90プルーフと100プルーフ「サラブレッド」のヴァリエーションがあったようです(90プルーフの方は上掲の画像からサラブレッドの絵と文字を抜いた同一デザイン)。NDPとしてスタートしているブレット・ディスティリング・カンパニーは蒸留所を持たないので、当時エンシェントエイジ蒸留所またはジョージ・T・スタッグ蒸留所とも知られていた現バッファロートレース蒸留所(DSP-KY-113)との契約蒸留で製品を生産しました(*)。多分、熟成もフランクフォートの倉庫で間違いないでしょう。私の持っている97年発行のバーボン本ではブレット・サラブレッドの紹介文にこう書かれています。
「委託蒸留した優良原酒を独自の技法で熟成、瓶詰めしているが、その熟成法が独特。通常の半分の期間での熟成を可能にした画期的な方法で~」
云々と。これはおそらく当時トムが4〜6年程度の熟成で10年熟成の味を作る新しいテクニックだとマーケティング上語ったところから来ているのだと思います。実際にはかなり古くからあるテクニックで、寒い冬の間に倉庫を加熱することを意味しました。確かバッファロートレースにはそういう装置が付いた倉庫があったと思います。あと1999年までエンシェントエイジ蒸留所で生産されたという説も見かけました。

転機は比較的早く、1997年に訪れます。当時世界に冠たるシーグラムとのパトナーシップです。おそらくスマートなビジネスマンであったトムはブレットの国際化を望んだでしょうし、シーグラムもまた競争力のあるバーボンブランドを望んだ思惑の一致ではないかと思います。しかしどうやら初めシーグラムの幹部は「Bulleit(Bullet=弾丸と同じ発音)」という名前は好きだったが、古くさいパッケージングは気に入らなかったようです。そこでシーグラムはブランドを購入する前に解決策として新たなブランディングを求め、トムに有名な広告代理店DDB(ドイル・デーン・バーンバック)を辞めたばかりのボブ・マッコールとジャック・マリウッチを組ませました。これは当時の社長エドガー・ブロンフマンJr.の長年に渡る友人であり、広告とメディアのエグゼクティブであり、シーグラムのアドヴァイザーでもあるジョン・バーンバック(多分DDB創業者の1人ウィリアム・バーンバックの息子さん)からの流れではないかと推測します。ともかくボブとジャックの二人は製品コンセプトのアイデアを上手く手助けしてくれたようです。トムは8冊のバーボン図書をボブに送ると、それを読んだ彼はフロンティア・ウィスキーのコンセプトを思いつき、トムの家族の歴史に結びつけました。これは単なるバーボンではない、フロンティア・ウィスキーである、と。現在は見られませんが、強力なスローガンもあったようです。「まだ男が男で、ウィスキーがバーボンだった時代(意訳)」。実にキャッチーでカッコいいコピーですね。こうした新しい製品コンセプトはシーグラムの幹部も気に入り、エドガー・ジュニアの最終的なOKをもらいます。そして新しいブレットのパッケージはオレゴン州ポートランドのサンドストロム・パートナーズによって開発されました。現在我々が知る姿の、アンティークな薬瓶のようなボトル形状、エンボス加工された全面の文字、少し傾いたラベル等、新しいコンセプトを完璧に捉えた卓抜なデザインです。こうして新生ブレットは1999年から米国市場へ導入され、肝心の中身のジュースも、おそらくエンシェントエイジ・バレルが枯渇した後、シーグラム傘下のフォアローゼズ蒸留所産のものに切り替えられました。

2000年になると、また一つの転機が訪れます。90年代にエンターテイメント事業への傾斜を強めていたシーグラムはMCAやポリグラムを買収しますが、巨額の買収費用に対して映画部門でのヒットに恵まれず収益が上がらなかったため、一転して身売り交渉に入り、メディア事業の拡大を進めていたフランスの企業ヴィヴェンディとの合併に合意。合併後、酒類部門の資産はイギリスのディアジオとフランスのペルノ・リカールに分割して売却され、企業としてのシーグラムは終わりを迎えます。ブレット・ブランドはディアジオの元へ行きました。ディアジオはフォアローゼズとの契約をブレットのソースとして残します。
2000年以降、徐々に販売数を増やしていったブレットは今日トップブランドの地位を確立しています。アメリカ全土のバーテンダーやミクソロジストからの人気が高く、特にカリフォルニア州で絶大な人気を誇るとか。また順次世界へも販路を拡げて行きました。ブレットの目覚しい業績は、シーグラム時代のブランドのリニューアル、世界最大規模の酒類企業ディアジオの販売戦略の巧みさ、折からのバーボンブーム、またトム・ブレット本人の知的な努力と人柄の賜物でもあったでしょうが、フォアローゼズの供給するハイ・クオリティな原酒も間違いなくその要因の一つだと思います。
フォアローゼズ蒸留所は2013年までブレットの唯一の供給源だったと考えられていますが、現在の供給元が何処であるかは公開されていません。熟成年数を考慮すると(スタンダードのブレットで約6年)、現在流通しているボトルはまだ殆どがフォアローゼズ蒸留所産だとは思います。ディアジオは長年ブラウン=フォーマンと蒸留契約を結んでいるとも言われ、更にジムビームやバートンもバーボンをディアジョに提供していると噂されています。ブレット側によれば、蒸留パートナーを具体的に明かすことは出来ないが、従来のハイ・ライ・マッシュビルの高品質バーボンを提供するというコミットメントは保証するそうです(**)。

日本に住んでいるとブレットの存在感は、ジムビーム、ワイルドターキー、フォアローゼズ、メーカーズマーク、I.W.ハーパー、アーリータイムズ等のブランドの遥か後塵を拝してるように感じてしまいますが、世界ではそれらトップ・ブランドに肩を並べる成長率を見せています。それ故にでしょう、ディアジオのブレット・ブランドに対する信頼は絶大です。それは2014年にディアジオが所有していたスティツェル=ウェラー蒸留所(オールドフィッツジェラルド蒸留所)の一部を改装してブレット・エクスペリエンスというビジター・センターにしたことによく現れています。エヴァンウィリアムスのビジター・センターもそうなのですが、これは謂わばバーボンファン版のディズニーランド。昔から蒸留所を巡るツアーは観光ビジネスとしてありましたが、バーボンの人気がアメリカで爆発的再興をする流れの中で、各蒸留所またはその親会社は今まで以上にそこに資金を投入する価値を見出だしています。そして2017年3月には、ルイヴィルから約30マイル西にあるシェルビーヴィルに1億1500万ドルで新しいブレット蒸留所がディアジオによって建設されました。年間180万プルーフガロンを生産可能な施設だそうで、今後のブレットの生産拠点となって行くのでしょう。

さて、ブレットにはスタンダードのオレンジラベル以外にいくつか種類があります。2011年からリリースされているライウィスキーはグリーンラベル。2016年にリリースのバレル・ストレングスはブラックラベル。そして今回レビューするブレット10年がクリーム色のラベルとなっています。
10年クリームラベルは2013年からブランド展開された数量限定の製品です。マッシュビルはスタンダードなオレンジラベルと同じコーン68%/ライ28%/モルテッドバーリー4%。10年は最も若い原酒の年数であり、11年と12年原酒もブレンドされているとの情報もありました。ラベルにローレンスバーグの記載がありますので、原酒はフォアローゼズ蒸留所産で間違いないと思います。

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BULLEIT BOURBON Aged 10 Years 45.6% alc/vol
2017年ボトリング。熟したプラム、香ばしい樽香、接着剤、タバコ、ライスパイス、ブラウンシュガー、葡萄、蜂蜜、藁半紙、パクチー。やや溶剤臭をともなった焦樽フルーツ系アロマ。口当たりはさっぱりウォータリー。口中では赤い果実感もほんの少し感じれる。余韻は苦味のあるフルーツとスパイス。些かウッディ過ぎる嫌いはあるものの、熟成感とクリアネスが同居する味わいは悪くない(フィルタリングの成果か?)。開封直後は苦味と渋味が目立ち好みのバランスではなかったが、2週間位すると甘味も感じやすくなりバランスが整った。旨味よりはフルーティな香味で攻めるキャラクター。
Rating:86.5/100

Value:スタンダードなオレンジラベルより熟成年数が増えることによって、味わいもそのまま大人になったような印象です。具体的に言うと、フレッシュフルーツだったものが完熟フルーツになり、更に接着剤の香りがつき、苦味と渋味が増したことで味に一本芯が通る感じ。ここら辺をどう評価するかで、買う価値があるかが決まります。ブレット10年は、アメリカ本国ではスタンダードの倍の値札が付き、日本でも概ね2~3倍の値段になります。率直に言うと、私だったらスタンダードの方を購入するか、フォアローゼズのスモールバッチを最安値で買う選択をします。けっして不味い訳ではなく美味しいのですが、個人的嗜好と経済性からの意見です。


*この頃は樽買いだった可能性もありますが、真相がわからないので、とりあえず契約蒸留だったという体で書き進めています。

**どうやらジムビーム産である可能性が高いようです。その場合、味はOGDに近いかも知れませんね。

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バーボンの空き瓶を活用して、プチプラリメイクでお洒落なインテリアにするこの企画、今回はクリスマスシーズンということもあり、メーカーズマークのカスクストレングスの瓶を使用して、クリスマス仕様にしてみました。

材料はいつものごとく百均で仕入れて来ました。先ずは瓶に浮き出た「Maker's Mark」の文字をガラスに書けるペンでなぞります。何度かやってるうちになぞるのが上手くなってきました(笑)。

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で、そうしたらポプリを瓶の中に詰め込みます。100均大手D社のポプリはいくつか色展開がありましたが、クリスマスカラーに合わせるためグリーンを選択。

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仕上げにサンタさんの帽子を被せたら完成です。これだけ家にあった物を使いましたが、百均でツリー用の飾りグッズに同じようなのがあるんじゃないかと思います。

メーカーズマークならではの垂れた蝋封とボトル形状のおかげで可愛いインテリアになりました。クリスマスが過ぎたら帽子を取れば一年中飾れます。皆様も是非~。

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テンプルトン・ライは日本でも酒販店やバーで取り扱う店が多く、ライウィスキーの中では比較的有名なブランドかと思います。ラベルに使われている写真は禁酒法下のスピークイージーでの一葉でしょうか? とても雰囲気あるラベルでカッコいいですよね。
伝説によればテンプルトン・ライは、元々はアイオワ州キャロル郡の小さな町テンプルトン(人口は2010年の国勢調査で362人だった)の農家の人々が収入を補う方法として禁酒法期間中に造られ、それが高品質であったことから「ザ・グッド・スタッフ」と知られるようになり、シカゴ、オマハ、カンザスシティのスピークイージーで人気があったと伝えられています。しかも、あの伝説的ギャングスター アル・カポーンのお気に入りであったと言われ、晩年アルカトラズ刑務所に投獄されたカポーンは刑務所の中にあの手この手でテンプルトンを持ち込ませ、独房(AZ-85)からはボトルが発見されているのだとか。まあ、この手の話はマーケティング上のバックストーリーなので、正直どこまで本当か判りません。

現代のテンプルトン・ライは、2001年頃(または02年とか05年という説もあった)、アイオワンのスコット・ブッシュがテンプルトンの復活を思い付き、禁酒法時代のレシピを知る人を探して、メリルとキースのカーコフ親子とパートナーシップを組み、テンプルトン・ライ・スピリッツLLCを立ち上げたのが始まりで、2006年に初めての製品が市場にリリースされました。アイオワ州以外での流通は2007年8月に開始され、2013年には全国的に流通するようになったと言います。日本語でテンプルトン・ライを検索すると、古い記事で2008年の日付が見られ、かなり早い時期から日本にも輸入されていたのが伺えます。

さて、トップ画像の物、つまり今回のレビュー対象は、現行製品とは若干異なる旧いラベルの物です。このラベルの変更には、単なるリニューアルではない困った理由があります。テンプルトン・ライは2014年にラベルの虚偽表示に対する集団訴訟の対象としてシカゴの法律事務所から訴えられ、仕方なくラベル表記の変更をすることになったのです。おそらく訴えられていなければラベルはそのままだったのではないでしょうか。2015年には集団訴訟和解案に基づき、2006年以来製品を購入した顧客への払い戻しをするとも発表されました(*)。なぜこんなことになったかと言うと、テンプルトン・ライは発売当初から実際には違うにも拘わらず、禁酒法時代のレシピを再現してアイオワ州で少量生産されているかの如き体裁をとり、消費者のミスリーディングを誘発しかねないマーケティングを行っていたからです。そしてそれはラベルの表記にも端的に現れていました。
実際のテンプルトン・ライは、インディアナ州ローレンスバーグにある元シーグラムの大型蒸留所(現MGP)で蒸留され熟成されたバレル(95%ライ/5%バーリーのライウィスキー)を購入し、それをアイオワ州へと運んだ後、ケンタッキー州ルイヴィルにあるクラレンドン・フレイヴァーズ社のアルコール・フレイヴァリング・フォーミュレーションを添加してからボトリングして販売されています。訴えた人の主張は意訳して言えば「こっちはアイオワ州の手作りのウィスキーと思って買ってんだ、違うなら金返せ!」ということでしょう。そしてその根拠としてラベルの虚偽表示を突いた、と。
ウィスキー業界に精通してる人なら周知のように、創業したてのクラフト蒸留所は熟成されたウィスキーを持たないため、アンエイジドで売れるウォッカやジンやムーンシャインなどを生産し販売する一方で、大手の蒸留所から熟成したウィスキーを仕入れ、それを独自のブランド名のもとに販売したりします。また創業時には蒸留器を所有せず、すなわち自ら蒸留を行わず、お金を稼いでから蒸留所を建設し、自社蒸留を開始するNDP(非蒸留業者)の存在もあります。こうしたNDPの中にはウェブサイト上に蒸留器の写真を掲載し、恰かも現実に蒸留してるかのように見せかけるところもあったりしました。テンプルトン・ライ・スピリッツもご多分に漏れず、こうしたNDPの一つでした。他所から原酒を調達し、オリジナルのラベルを貼りつけてボトリングするウィスキーのことを「ソースド・ウィスキー」とか「ソーシング・ウィスキー」と言いますが、これ自体は悪いことではありません。テンプルトン・ライが問題だったのは、ウィスキーのソースを意図的に難読化し、ラベルの真実性を歪めてしまったことです。アメリカの連邦規則ではラベルには真実を書かねばなりません。ラベルの変更点は主に3つです。
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先ずバックラベルに「インディアナ州で蒸留」という言葉が追加されました。ウィスキーが当該ブランドの場所とは異なる州で蒸留された場合、蒸留された州をラベルに記載しなければならないという規定があるからです。そして「SMALL BATCH」が「THE GOOD STUFF」に。スモールバッチというのは、厳密に言わなければ少量生産のことと思っていい用語です。MGPは大きな蒸留施設ですから、当然少量生産ではないのでこれを変更しました。あと「PROHIBITION ERA RECIPE」が熟成年数表記へ。プロヒビション・エラ・レシピと言うのは「禁酒法時代のレシピ」の意です。これはテンプルトン・ライ・スピリッツの共同設立者メリルの父でありキースの祖父であるアルフォンス・カーコフのレシピを指します。そのレシピは公にはされていませんが、おそらく砂糖黍90%/ライ麦10%のような典型的なムーンシャインのレシピであった可能性が高いとされ(**)、ライウィスキーではありませんでした。つまり禁酒法時代のレシピとは違うのでこれも変更したのです。バックラベルの文言も段階的に変化しており、「produced from~」から「based on~」になり、最終的には「Kerkhoff」の名前も出てきました。
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「~から造ってる」と言い切っていたのが「~に基づいて」とやんわりした表現になっていますが、基づいてすらいないのでは?という疑問もなくはありません。有り体に言えば、MGPの95%ライウィスキーが買い付け易い材料だったからソースとしただけで、禁酒法時代のレシピとは何の関係もないでしょう。テンプルトン・ライには、ライウィスキー人気が爆発的成長を見せる前に先鞭をつけた先見の明はあったにしても、少々誇大宣伝が過ぎてしまった感があります。
とは言え、悪い話ばかりでもありません。2018年夏には、ついに蒸留所が完成し稼働し始めました。アイオワ産のテンプルトン・ライは計算上2022年あたりにリリースされると予想されます。テンプルトン・ライ・スピリッツの会長ヴァーン・アンダーウッド氏によると、従来のMGPウィスキーを出来るだけ複製するつもりだ、とのことです。どのようなものが出来上がるか楽しみですね。

さて、ラベルの件は現在では手直しされていますし、誇張表現はアメリカンウィスキー業界の宿痾とも言え、遠く日本に住む我々にはアメリカの消費者保護問題に深く立ち入る必要性はあまりないでしょう。まあ、そういうこともあったということです。寧ろウィスキー飲みにとって興味をそそられるのは、ラベルよりも中身、先に少し触れたフレイヴァリング製剤の添加の方です。アメリカの有名なウィスキーレビュワーは、フレイヴァーの添加(とキース・カーコフの顧客へのメッセージビデオの釈明)に怒り、彼のウェブサイトのレーティング史上初の00点をテンプルトン・ライに付けています。
もう一度だけ、ラベルをよく見て下さい。どこにも「ストレート」の文字がないでしょう。テンプルトン・ライはストレート・ライウィスキーではありません。TTBの規定では、ストレートを名乗るためにはフレイヴァーを加えてはならないからです。また容積の2.5%を越えるフレイヴァーを加えてしまってはライウィスキーすら名乗れなくなります。そして最も重要なのが、加えられるフレイヴァーはそのクラスまたはタイプの構成必須要素でなければならないという規定なのですが、ここまでくると素人に判断できるレヴェルを越えています。判ることは、もしテンプルトン・ライが規定を遵守しているのならば、必須成分をもつ香料を2.5%以内含んだライウィスキーである、と言うことだけです。
上に挙げたレビュワーは、これではどの香味成分がMGP由来のものかケミカル・フレイヴァー由来のものか分からないという主旨のことを述べていますが、確かにその通りです。そもそもMGPの95%ライウィスキーはそれ自体で豊かなアロマとフレイヴァーを持っています。果たしてフレイヴァリング製剤を添加する必要があったのかどうか? テンプルトン側の公表している理由としては、創業者の先祖によって造られた禁酒法時代のオリジナル・レシピの風味プロファイルに近づけるため、だと言いますが…。とにかく飲んでみましょう。

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TEMPLETON RYE 80 Proof
BATCH:4
BARREL:239
BOTTLE:167
BOTTLED IN 02-11-2011
ライチ、バタースコッチ、ミント、トーストした木、洋梨のシャーベット、香草、ライスパイス、青リンゴ、若草、パセリ、漢方薬。40度にしては物凄く香りが強く、45度以上の物やもう少し熟成を経た物と同等かそれ以上。口の中では仄かな甘味と爽やかさ、苦味とスパイスが同居する。中身が残り三分の一くらいになってから、かなり余韻に苦味が目立つようになったが、ビターチョコ系の苦味ではなく、香草やスパイス系の苦味。飲んでも旨いが、香りがハイライトといった印象。
Rating:86(84.5)/100

Thought:私が初めてテンプルトン・ライを飲んだ時は衝撃を受けました。それまで飲んできたライ麦率51%程度と見られるライウィスキー(ジムビーム・ライやワイルドターキー・ライ等)とはまるで比べ物にならないフルーティさと香草の風味を感じたからです。こんな美味しいウィスキーがあったのか、と感動すら覚えました。以来MGP95ライのファンとなり、同じソースではあっても違うブランドのライウィスキーをいくつか飲みました。しかし、確かに同系統の風味を感じるものの、なぜかそこまでの感動はありませんでした。味であれ何であれ「初体験の衝撃」は脳裏に深く刻まれ、忘れ難く、時に誇大化するものです。また「慣れ」は脳への刺激を緩慢化するものでしょう。それがため、感動がなくなってしまったのかなと思っていたのですが、今回改めてテンプルトン・ライを飲んでみたところ、他のMGP95ライと較べて、やはり圧倒的に強いアロマ(ライチとバタースコッチ)を持っていると感じました。特にそれはテイスティング・グラスではなくボトルの口から直接匂いを嗅いだ時に顕著です(テイスティング・グラスだと他の香味成分を拾い易いようで、トースティなウッドと穀物感の方が前面に出ます)。もしかするとこの強いアロマの要因こそがフレイヴァリング製剤にあるのではないでしょうか? 実を言うと、テンプルトン・ライと並行して同じくMGP95ライであるブレット・ライとジョージディッケル・ライも比較のため開封して試飲していたのですが、テンプルトン・ライは80プルーフというロウワー・プルーフにしては強すぎるアロマが少し奇妙に感じなくもありませんでした。これは思ったより添加フレイヴァーが効いているような気がします。飲んだことのある皆さんのご意見を伺いたいところですね。
なお、上のレーティングで括弧をした点数は、フレイヴァーが入っていない状態を仮定した想像上の得点です。

Value:テンプルトン・ライの日本での販売価格は概ね4000~5000円です。他のMGP95%ライをソースとしたブランドに較べ、80プルーフであることを考慮すると、やや割高感は否めませんが一飲する価値は十二分にあると思います。もし安さを優先事項とするならブレット・ライという選択がベストでしょう。なによりブレットは流通量が多い=入手しやすいというメリットがあります。


*レシートがなくても一瓶につき3ドル、一人6本分まで。レシートがある場合は倍の6ドルが払い戻されたとか。

**2006年にテンプルトン・ライ・スピリッツがTTBに最初のラベル承認証明書を申請した折り、その1つは「Templeton Rye Kerkhoff Recipe」と呼ばれるものだったと言います。それは他の分類の対象とならない製品を包括する「特殊蒸留スピリット」に分類され、ラベルには「ケイン90%ライ10%から蒸留されたスピリッツ」と書かれていたそうな。これはホワイト・ラムのようなニュートラル・スピリッツとフレイヴァーに寄与するライ麦の蒸留物を少し混ぜたものと予想され、その製品がこれまでに製造されたのか判りませんが、唯一記録に残っているカーコフ・レシピがこれだそうです。

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今宵の一曲は、ジェイムス・コットン・バンド名義で74年にブッダレコードから発売されたファンクブルースの名盤として名高い『100%コットン』より、敢えてインスト曲の「バーナー」を。初めて聴いた時はあまりのカッコ良さに仰け反りましたよね。

ジェイムスのハープのブロウは勿論、バンドの織り成すサウンドがソリッドで凄くモダンというか、今聴いても古びない躍動感に満ち、正にファンクでもありブルースでもあり、アグレッシブな感じが堪りません。

合わせたバーボンはヘンリーマッケンナです。ボトルの下の方にローレンスバーグと書いてあるのが判るでしょうか。現行製品はヘヴンヒル蒸留所が造ってますが、これはフォアローゼズ蒸留所で造られていた時代の物です。

個人的にはブルースとバーボンの組み合わせって王道だと勝手に思っております。自分が二十歳ぐらいの頃はブルースを聴きながらバーボンをラッパ飲みするのが鬼カッコいいと本気で思ってましたので(笑)。では今宵はこれにて。

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バーボンの空き瓶を活用して手軽に安くオシャレなインテリアにするこの企画、今回はフォアローゼズのシングルバレルを使います。

このフォアロゼのシングルバレルのボトルは他にない形状であり、バラがエンボスで浮き出ていたり、ネックに革(本革?フェイク?どっちなんだろ)が巻いてあったり、とにかくカッコいいですよね。でも、中身を飲み干してしまうと肝心のバラが透明っていうのがちょっと…ね。だから、まず塗りましょ。ガラスに書けるペンを2色買って、バラをカラフルに。

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そして中にはポプリを詰め込みました。百均大手のD社で売ってるポプリは色展開がいくつかありましたが、バラの色に合わせて赤を選択。

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うん、なかなかシックでいい感じ。材料費300円にしては悪くないのでは? 

とある酒屋で半額に値下がっている古いノブクリークを発見したので即座に購入。ブランド紹介はこちらの過去投稿をご参照ください。

2018-08-08-02-01-41

KNOB CREEK 9 Years 100 Proof
推定2001年ボトリング。如何にも美味しそうな赤みがかったブラウン色。焦げ樽、ややひねた酸っぱい香り、ヴァニラ、ナツメグ、焼き過ぎて焦げたトウモロコシ、ジンジャーエール、赤ワイン、タバコ、新聞紙。甘い香りは控えめの焦樽フルーツ系アロマ。ナッティなテイストはあまり感じられない。開けたての味わいはドライだったし、余韻の苦みが強かったが、残り3分の2ぐらいになってからはチェリー系のフルーティさと甘味が増し、酸っぱい香りも減じて劇的に美味しくなった。最終的にはやや酸味に寄っているもののバランスが整った頗る上等なバーボンという印象。2010年代の物より全然美味しく感じる。「酸化の神様ありがとう」の一本なのか? 90年代やそれに近いノブクリークは質が高かったのか?
Rating:87/100

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