バーボン、ストレート、ノーチェイサー

◆◆FOR BOURBON LOVERS ONLY◆◆ バーボンの製品情報、テイスティング・コメント、レーティング、思考、ブランドの歴史や背景などを紹介するバーボン好きによるアンフィルタード・レビュー。バーボンをより好きになるため、より楽しむための初心者から中級者向けのブログ。

カテゴリ: ケンタッキーバーボン

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メーカーズマーク・プライベートセレクトは、メーカーズマーク・カスクストレングスのヴァリエーションとも、メーカーズ46のアップグレード・カスタム・ヴァージョンとも言える製品です。現在、アメリカの多くの蒸留所ではプライベート・バレル・プログラムが実施され人気を博していますが、それらはストア・ピックやバレル・ピックとも呼ばれ、酒類販売店、バーやレストラン、或いはバーボン・ソサエティ等が蒸留所の公式リリースとは違った独自の味わいのシングルバレルを顧客に販売することを可能にします。様々な味比べが出来るこの種の試みはバーボン人気を後押しするものと言えるでしょう。メーカーズのプライベートセレクトもそういった試みの一つ。しかしメーカーズはシングルバレル・プログラムに関しては他の蒸留所に遅れをとっていました。なぜならメーカーズマークでは熟成中に樽のローテーションを行うため、他の蒸留所のようには熟成庫のロケーションによる味の違いが明確ではないので、単純にシングルバレルを提供するだけではちょっと面白味に欠けるから。そこでメーカーズ46で培った技法を採り入れてバイヤーへ提供することになったのがプライベートセレクトです(※メーカーズ46についてはこちらの過去投稿をご参照下さい)。2016年に発表されるや瞬く間に人気となり、多くの小売店が独自のボトルを販売しています。

プライベートセレクトのプログラムは、ビル・サミュエルズJrの息子であるロブ・サミュエルズとディレクターであるジェイン・ボウイによって実現されました。先ずはテイスティング・チームを組織すると、メーカーズマーク・カスクストレングスのフレイヴァーをマッピングし、どのフレイヴァーを強調したいのかを決め、それからインディペンデント・ステイヴ・カンパニーに行き、46のようにメーカーズマークに存在する異なったキー・フレイヴァーを増幅するステイヴ作成の協力を仰ぎました。メーカーズマーク蒸留所はメーカーズ46の開発に費やした2年間で自社製品をコントロールする方法についてはかなりの量の知識を得ています。おそらく46での経験を活かし比較的短時間で完成に漕ぎ着けたでしょう。ボウイによると、もともとは8種類の風味増強ステイヴを用意していたそうですが、フレイヴァー・プロファイルの冗長性を最小限に抑えるために、最終的にそれらを五つに戻しました。これらのステイヴは既存のフレイヴァーを増幅すると同時に新しい何かを追加することになっています。プライベートセレクト・バレルの購入者は、メーカーズ46に使われているものを含む5種類のステイヴを自由に10枚選択して、1,001の可能な組み合わせの中から好みのフレイヴァー・プロファイルを作成、独自に大胆な味へとカスタマイズすることが出来ます。しかし、それでもその味わいは紛れもなくメーカーズマークに他ならないのでした。

プライベートセレクト・バレルを購入するバイヤーは、メーカーズ46の話が説明された後、オークについて、そしてフレイヴァーが木材のどこにあるのかについてレクチャーを受けます。ステイヴに施された加熱の時間や温度に基づいて、どのフレイヴァーを放出するかの概要が示され、オークの生理学的な細胞構造と熱が加えられるとどのような化学変化が起こるのか学ぶのだそう。それが終了したらテイスティングの時間です。
参加者の目前には、ベースラインとして味わうためのスタンダードなメーカーズマーク・カスクストレングスと共に、それぞれ異なるステイヴで仕上げられた五つのサンプルが置かれます。最終製品もバレルプルーフになるので、サンプルも全てバレルプルーフです。グラスの横には「Maker's Mark Private Select」というレクチャーを纏めたような小冊子もあり、有益な情報が後からでも確認出来るのでしょう。このバレルプログラムのために特別に開発された五つのステイヴは互いに非常に異なる香りと味がするとされ、その特徴は以下のようになっています。

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P2(Baked American Pure 2の略)
ベイクド・アメリカン・ピュア2は、五つのうち唯一アメリカン・オークで造られたクラシック・カットのステイヴ。ゆっくり時間をかけて低温にてコンヴェクション・オーヴンで焼かれています。このトリートメントは甘いブラウンシュガー、ヴァニラ、キャラメルなどの甘いノートを引き出すとされ、またシナモンやクローヴなどのスパイスの風味も高め、フィニッシュにドライなオークが現れるとも言います。

Cu(Seared French Cuvéeの略)
シアード・フレンチ・キュヴェは46と同じく赤外線オーヴンで焼かれたフレンチ・オークですが、カットが異なり、ステイヴには溝が切り込まれているためクラシック・カットより22%大きい表面積を持っています。それはジュースと木材の相互作用がより多いことを意味するでしょう。また、溝があるということは、上部(表面)と下部(谷間)では同じ量の熱変換を受けないため、焦がし具合の違いから風味のブレンドが期待されています。この特別なトリートメントはバタースコッチやキャラメル、ローストナッツやバター、若干の渋みを引き出すとされます。

46(Maker's 46の略)
メーカーズ46はもはやお馴染みとなった同ブランドの製造に使用されるステイヴです。Cuと同じく赤外線オーヴンで調理されますが、こちらは更に数分間長く加熱され、溝はありません。これらの違いがCuと46の味を全く異なるものにします。Cuはスイートなのに対し46はスパイシーさを追加するよう設計されました。このトリートメントはクリーミーな感触はなく、ヴァニラやスパイス、強いオーク、ドライフルーツ、若干の苦味を引き出すとされます。

Mo(Roasted French Mochaの略)
ローステッド・フレンチ・モカは、クラシック・カットのフレンチ・オークです。P2と同じくコンヴェクション・オーヴンで調理されますが、P2のような低い温度ではなく高い温度にてトーストされます。通常、華氏500度を超える高温に曝され、クーパーの観点からすると、これはオークが燃え始める前に処理できる最高温度なのだとか。
このトリートメントはダーク・チョコレート、焙煎されたコーヒー、メープル・シロップ、重いチャー・フレイヴァーを高めるとされます。また、通常のカスクストレングスと比較してドライになるが、非常に長いフィニッシュを有し、切れ上がりの味は甘いと言います。

Sp(Toasted French Spiceの略)
トーステッド・フレンチ・スパイスは、コンヴェクション・オーブンで高温と低温の両方で調理された(*)フレンチ・オークのクラシック・カット・ステイヴ。このトリートメントは、スモーク、シナモンやナツメグ、クマリンの風味を高め、味わいはフルーティかつスパイシーで少々渋いとされます。

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バイヤーはこれら五つのサンプルを慎重に試飲して、独自のカスタム・ブレンドを作成するよう奨励されます。例えば、チョコレートの風味が目立つメーカーズを欲するならMoを多く使用するとか、焦樽感がもっと欲しくスパイシーにしたいならSpを多くを使うとか、或いはバランスよく全てのステイヴを使うのも自由自在。とは言え、ヘンテコな物が出来上がらないように?脇には担当者の方がいて、味の方向性が決まれば適切なアドヴァイスをくれるようです。
視覚的に分かり易いようにテーブルにはステイヴの記号が描かれたチップも置かれており、それを並べてどのステイヴが何枚と決めて行きます。チップは一枚につき10mlを表し、選び抜いた十枚で100mlのカスタム・ブレンドのサンプルを造ってもらいます。こうすることで最終的なプライベートセレクトの仕上がりと想定されるものを試すことが出来るのでした。ロブ・サミュエルズによれば「皆さんは、最終製品が実験環境で行ったのと同じような味がするかどうかを尋ねますが、それはほぼ正確」で「マウスフィールは少し異なることがあっても、風味の特性は全く同じ」だと言います。
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ステイヴの組み合わせが決まったら、次はメーカーズマークの原酒をステイヴの挿入された樽へと満たす工程です。追加される10枚のステイヴは、バーボンと接触する木材の表面積を約33%増加させるとされ、実験を通じて最適な数として決定されました。典型的なバーボン樽は概ね32のステイヴで構成されていますが、プライベートセレクトの追加ステイヴはバレル・ステイヴよりは短くとも両面がトーストされているため、ジムビームの「ダブルオーク(トゥワイス・バレルド)」やウッドフォード・リザーヴの「ダブル・オークド」のような新樽で二度熟成させる製品と同じ位の効果があるのかも知れません。約6年ほど熟成した原酒でいっぱいに満たされた樽は、メーカーズ46の需要増への対応とプライベートセレクトのバレルを熟成させるために特別に設計されたライムストーン・セラーで、およそ9週間ほど眠りにつきます。そして熟成が終わると、通常のカスクストレングスと同じように、主にバレルのチャー残渣を除去する軽い濾過を経てボトリングされ完成です。言うまでもなく、カスクストレングスでのボトリングなので樽ごとに違いが出ますが、概ね55%前後のABVになります。各バレルは750mlのボトルをおよそ240本ほど産出し、同社は一本あたり約70ドルでの小売価格を提案。プライベートセレクト・バレルの費用は約13000ドルだとか。

蒸留所では自らのプライベートセレクトのボトリングもしています。代表的なそれは「Bill Samuels Jr.」と呼ばれ、メーカーズ46を産み出した当の本人でありメーカーズマークの前社長にちなんで名付けられました。故にそのシグネチャー・フレイヴァーを増幅するためステイヴのセレクトは46を10枚使用しています。つまりメーカーズ46のカスクストレングス・ヴァージョンという訳です。
また、メーカーズのウッド・フィニッシュ・シリーズはプライベートセレクト・プログラムだけに留まりません。2018年には「Maker's Seared Bu 1-3」というより実験的な「第二世代」のステイヴを使った製品が蒸留所限定で販売されました。これは375mlボトルで約40ドル、僅か1400本だけの提供です。そのステイヴは「virgin seared & Sous-Vide French oak」だと言います。「Sous-Vide(スゥヴィド)」はフランス語で「真空」の意。近年、料理の世界で真空調理法というのが注目されているようですが、木材を真空調理?って一体どんなことをしているのか、私には想像も付きません。実験の結果、このステイヴは美味しいバーボンを産み出したものの、プライベートセレクト・プログラムの他のステイヴを完全には補完しないため、蒸留所はこれを生産するプランはないけれど、メーカーズのDNAから生まれた愛するウィスキーを共有したいと考えて販売したそうです。
2019年9月からは、メーカーズマーク初となるアメリカ国内で全国配給される限定リリースのウッド・フィニッシング・シリーズが発売され始めました。第一段は「ステイヴ・プロファイル RC6」となっています。RCは「Research Center」の略で、そこの6番目のステイヴという意味です。リサーチ・センターというのは、メーカーズと共同して木材の実験を執り行うインディペンデント・ステイヴ・カンパニーの研究機関?か何かだと思います。RC6は屋外で一年半ほど乾燥させたアメリカン・オークをコンヴェクション・オーヴンでトーストしたステイヴで、主にスタンダードなメーカーズマークに存在するフルーツを引き立て、ベーキングスパイスやクラシックな甘さを向上させ、ブライトなフィニッシュになるそうな。正確なカウントではないらしいですが、だいたい255樽のスモール・クオンティティでの生産だそうです。おそらくこのシリーズは今後も、ワイルドターキーのマスターズキープのように年次リリースされて行くのでしょう。小売価格は約60ドルです。
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では、そろそろ今回レビューするプライベートセレクトの出番です。こちらは「うきうきワインの玉手箱」という酒販店のセレクト。「玉手箱」という響きが気に入って買ってみました。スパイシーさを強調したセレクトになっているようです。

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Maker's Mark Private Select Stave Selection by Tamatebako 111.3 Proof
46 × 2
Mo × 4
Sp × 4
香ばしい焦げ樽、オールスパイス、タバコ、ドライクランベリー、レーズン、焦がし砂糖→プリンのカラメルソースの濃ゆいやつ、コーヒー、タバコ。焦樽の香りに僅かに酸っぱい香りが混じる。ややオイリーなマウスフィール、もしくはミルキー。パレートはメーカーズらしい酸味が感じられる。飲み込んだあとのスパイシーさはかなり強め。余韻には昆布も。テイスティング・グラスよりショット・グラスで飲むほうが美味しかった。
Rating:86.25/100

Thought:通常の46やカスクストレングスと較べて、よりねっとりとした舌触りであり、フレイヴァーが濃密な印象で、取り立ててオーヴァーオークな感じもせず、香ばしさが引き立てられていると思いました。パレートで感じる香味は確実に複雑ですが、反面、全体的にドライな傾向も強いのが個人的にはマイナス。口蓋で感じる強いスパイシーさや、余韻の苦味が退けた後にほんのり甘さが現れるあたりが、「大人な」メーカーズマークを目指したであろう本品の良さと言えます。ただ、もう少し分かりやすい甘味が余韻にあるほうが自分には好みなので、この評価でした。

Value:プライベートセレクトと言うか、ウッド・フィニッシュ・シリーズは、メーカーズ原酒の持つフレイヴァーをアンプリファイドした製品なので、例えば通常のカスクストレングスが6500円、プライベートセレクトが7500円とすると、1000円が増幅代(手間賃)な訳です。ここに価値を見出だすかどうかが評価の分かれ道だと思います。もっと言うと、実際に飲んでみるまで通常のカスクストレングスより美味しいのか美味しくないのかが判らないギャンブル要素があるのに、少しだけ高い値段となるのがポイントなのです。1000円のギャンブルを安いと思うか高いと思うかはその人次第。結局のところ自分で飲むしか購入価値の判断が出来ないことがプライベートセレクトの欠点でもあり面白味でもあるでしょう。とは言え、概ね美味しくはなっていると思いますし、また幾つかのプライベートセレクトを飲んでみてステイヴ・セレクションが自分の好みに合ったリカー・ストアを見つけてしまえば、1000~1500円程度でのアップグレードは安いと言わざるを得ない「大きな価値」になります。


*一部の情報では、このステイヴのみ二つのトリートメントを組み合わせており、最初に高温の赤外線オーヴンで焼き、そして次にコンヴェクション・オーヴンへ移して低い温度で調理される、と説明されていました。真偽が判らなかったので、ここではメーカーズの公式ホームページでの説明がコンヴェクション・オーヴンの高温と低温とされていたため、そちらの説を採用しています。

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今夜は年末年始に向けてロカビリーやロックンロールな映画を集めてみました。どれも自分がティーンの時に影響を受け、今だに大好きな映画たち。

若きチカーノロッカーを完璧な青春映画として描いた「ラ・バンバ」、デニス・クエイドのキレた演技もさることながらウィノナ・ライダーが可愛すぎる「グレート・ボール・オブ・ファイヤー」、ジョニー・デップ他出演者みなが濃ゆいロカビリー版ミュージカル「クライ・ベイビー」、まだ有名になる前のブラッド・ピッドのリーゼントとファッションだけでノックアウトの「ジョニー・スエード」、お揃いのジャケットに憧れる「ザ・ワンダラーズ」、レザーとモーターサイクルが野郎を魅了する「ラブレス」、どれもカッコよくてクラクラしちゃいます。







これらに合わせるバーボンはもちろんレベルイェール。そもそもは、かの有名なスティッツェル=ウェラー蒸留所が南部限定でリリースしていた小麦バーボンで、現在はラクスコ(旧デイヴィド・シャーマン社)が販売しています。昔の物はラベルに南軍の兵士が刀を片手に馬を疾駆する姿が描かれていましたし、「ディープ・サウス専用」なんて文言も書かれていました。またロカビリアンのアイコンとも言えるレベル・フラッグがフューチャーされた海外向けのラベルの物まであり、サザーン・カルチャーという共通項からロカビリーや初期ロックンロールとは相性がいいのです。
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そしてレベルイェールというブランド名ですが、日本ではよく「反逆の叫び」と訳されてるのを見かけます。別に間違いではないですし、それがロックなイメージを加速させるの役立っているのですが、実際には上に述べたラベルの件で分かるように、ここでの「レベル(Rebel)」は北軍に「反逆・反抗」した者の意となり、「イェール(Yell)」は日本語で「エールを送る」と言う時のエールと同じ英語の「怒鳴る・喚く・気合いを入れる掛け声」などを意味する言葉で、南北戦争における南軍の兵士が戦闘の時にあげる甲高い遠吠えのようなものを「レベル・イェール」と言います。だから日本語なら「南軍の雄叫び」とでも言うと分りやすいですかね。狼や犬の遠吠えを思わせる奇声で、多人数でやるとけっこう耳障り。

(元南部軍人によるレベル・イェールの再現)

レベルイェールと聞いてこの音声が頭に再生されるようになれば立派な南部愛好家バーボン飲みです。とは言え、現在のラベルは南部色は完全に払拭され、ただ名前にその名残があるのみ。それ故にレベルイェール本来の意味が忘れ去られ、「反逆の叫び」という一般化がなされてしまったのも仕方のないことかも知れません。ある時にレベルイェールを所有していた会社が全国展開を決定したことで、そういう方針になったのです(RYの歴史は別の機会に紹介します)。ロカビリー好きとしては残念ですが、時代の流れもありますし、販売戦略として南部色の撤廃は間違ってはいないでしょう。ただし、ロックに話を限るのではなく過去に戦争の歴史があったことや、オールド・サウスへの郷愁や南部人の心意気を喚起するラベルだったことは忘れたくないところです。ちなみに日本では「レベルイエール」とか、私も「レベルイェール」と綴ってますが、実際の英語発音に合わせるなら「レベルイェル」とした方が近いです。

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また、このバーボンはローリング・ストーンズのキース・リチャーズが愛飲したバーボンとして知られています。確かにキースがレベルイェールを手に持つ写真が残されているものの、どう考えても飲んだ量からしたらジャックダニエルズのほうが多い気がしません? キースはジャックダニエルズとレベルイェールのどちらが好みだったんでしょう? キースに詳しい方がいたら教えて頂きたいです。
そして更にはキース経由らしいですが、レベルイェールはビリー・アイドルのソング・タイトルにもなっています。ビリー本人が語るところによると、彼は或るイベントに出席した時、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ロン・ウッドらのローリングストーンズの面々が、レベルイェールと云うバーボンウィスキーをボトルからがぶ飲みしてるのを見て、よく知らないブランドだったけれど、その名前が妙に気に入って「Rebel Yell」の曲を書くことにしたのだとか。


そんな訳でとにかくロックな酒として語られるバーボンですが、どちらかというとソフトな傾向とされる小麦バーボンであり、味わい的には荒々しい闘鶏がモチーフのファイティングコックでもラッパ飲みしてくれたほうがよっぽどロックじゃないかなという気がします(笑)。まあ、完全に個人的偏見ですけれど…。

さて、今回レビューするレベルイェール・スモールバッチ・リザーヴは、2008年から導入されていた「レベル・リザーヴ」の後継として、2015年にパッケージと名前をリニューアルして発売された製品です。
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近年、ラクスコはレベルイェールを大きなブランドへ成長させる努力をしているように見えます。それは大幅なラインナップの拡大や、僅か数年でパッケージをマイナーチェンジする施策に見て取れました。製品の種類が増えるのは構わないのですが、ラベルのデザインをコロコロ変えるのは個人的には好ましいと感じません。何か腰の座ってないブランドとの印象を持ってしまいます。このスモールバッチ・リザーヴにしても、現在終売なのかどうかもよく判らないのです。2019年の4月にも新デザインとなり、それに合わせて100プルーフのヴァージョンが登場しました。もしかすると、そちらがスモールバッチ・リザーヴの後継なのかも知れませんね。
全てではないですが、一応ざっくりここ数年のレベルイェールを紹介しておくと、先ずエントリークラスのスタンダードの他、ハイプルーフ版となるスモールバッチ・リザーヴ、スモールバッチ・ライ(MGPソース)、ハニーとチェリーのフレーバーの物、バーボンとライのブレンドであるアメリカンウィスキー、10年熟成のシングルバレル等がありました。下画像の上段が旧ラベル、下段がリニューアル後のラベルです(シングルバレルは別枠)。
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話をスモールバッチ・リザーヴに戻しましょう。長い間NDPだったラクスコは、2018年4月に自社のラックス・ロウ蒸留所を完成させましたが、それまではヘヴンヒルから原酒を調達していた(販売数の確保のため今でも調達してると思われます)ので、この製品の中身はヘヴンヒルのバーンハイム蒸留所で造られた小麦レシピのバーボンです。つまり、元ネタとしてはヘヴンヒルのオールドフィッツジェラルドやラーセニーと同じな訳です。マッシュビルは68%コーン/20%ウィート/12%モルテッドバーリー、樽の焦がし具合は#3チャーとされ、熟成年数はNASですがスタンダードなレベルイェールの4年よりも少し熟成年数が長いのではないかと考えられています。では、そろそろレベルイェール・スモールバッチ・リザーヴを注ぐとしましょう。

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推定2017年前後ボトリング。グレイン、ウッド、少ないキャラメル、チェリー、ペッパー、微かなシナモン。かなりサイレントなアロマ。香りから想像するよりは濃い味。水っぽい口当たり。余韻はあっさり短く、地味なスパイス感と辛み。パレートがハイライト。
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Thought:典型的なバーボンの香りはしますが、正直言って物足りない味わいでした。スタンダードより2年程度熟成年数が長いのではないかと予想していたのですが、どうかなあ、もっと若そうな…。もしくは、かなり質の低い樽から引き出されたと言うか、適切な熟成がなされていない小麦バーボンのような気がします。これを飲んだ個人的感想としては、若い小麦バーボンを飲むならコーン比率の高い普通のバーボンを飲むほうが甘さを感じられて美味しいと思ってしまいました。

Value:レベルイェール・スモールバッチ・リザーヴは、スモールバッチを名乗るとは言え、アメリカでの小売価格は25ドル前後だったので、所謂「ボトムシェルフ」バーボンです。そう割りきれば味のマイナス点は気にならないでしょう。つまり「スモールバッチ」と言う言葉から過度な期待をしなければ十分美味しいのです。しかし、日本での販売価格は概ね3000円代。それなら個人的には、同じ小麦バーボン縛りで言えばメーカーズマークの方が余韻に宜しくない辛さを感じないのでオススメです。よっぽどレベルイェールの名前やロックなイメージが気に入っているのならば話は別ですが…。

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ケンタッキー・ヴィンテージはウィレット蒸留所(KBD)が現在リリースしているスモールバッチ・ブティック・バーボン・コレクションの四つのうちの一つです。そのうち最も安価なブランドで、その他のラインナップはピュア・ケンタッキーXO、ローワンズ・クリーク、ノアーズ・ミルとなっています。このコレクションの成立は、おそらく90年代後半ではないかと思いますが、ケンタッキー・ヴィンテージだけもう少し前から一部の国へ向けてボトリングされていました。その頃の物は、現在のような茶色系のラベルではなく、白地に青と赤のトリコロールが印象的なカラーリングでした。ケンタッキー・ヴィンテージの起源は明確ではないのですが、私の知っている限り最も古いのは、ラベルに艶のない「15年101プルーフ」です。これは80年代後半あたりに当時のKBD(プレミアム・ブランズLTD)の社長エヴァン・クルスヴィーンが日本向けに発売した一連のプレミアムな長期熟成原酒の一つかと思われます。多分その後に艶のあるラベルの「12年101プルーフ」と「13年94プルーフ」が90年代初頭に発売されたと推測しています。
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レギュラー製品としてケンタッキー・ヴィンテージが発売された後にも、2000年には、上記と同じ艶のある白青赤ラベルで、ネック部分には熟成年数の替わりに蒸留年ヴィンテージが示されつつ蒸留日とボトリングの日付を手書きで記したシールが貼られ、ブルゴーニュ・スタイルのワインボトルにブルーのワックスで封された「1974」が日本限定で発売されました。またその他に発売年代が判別できませんが、おそらくヨーロッパ向けと思われる薄紫色のバッグ付きの「1973」と「1974」というヴィンテージ表記の物もありました。両者ともにワイン・タイプではないボトルですし、デザイン的に90年代初頭ぽい気が…。ここら辺までの初期ケンタッキー・ヴィンテージに精通している方は是非ともコメントより情報提供お願いします。
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ケンタッキー・ヴィンテージのそもそもの製品コンセプトは、その名前からしてケンタッキーに長い間眠っていた長期熟成原酒をボトリングすることだったのだと思います。初期の物や限定リリースの物こそその名に相応しいとは思いますが、どういう訳かスモールバッチ・コレクションに再編されました。ウィレットのスモールバッチのバッチ・サイズはせいぜい12バレル程度とされ、選択を18〜20バレルから始めて絞り込むのだとか。そして初期の物と違いレギュラーのケンタッキー・ヴィンテージはNASです。熟成年数に関しては、2011年頃の情報では5〜10年、もう少し前の情報だと6年~12年とされていました。こうした極端に少ないバレル数のバッチングであること、NASであることを考え合わせると、バッチ毎の味の変動が大きい可能性はあるでしょう。バッチ毎は言い過ぎとしても、需要と供給の変化により選択する樽の構成を調整し易いのがNASの利点ですから、少なくとも生産年度に数年の違いがあれば、味わいの変動は十分考えられます。ちょっと明確な時期が判らないのですが、コレクションに編入された時から2000年代半ば(もしくは後半?)までは、色の付いた首の長い独特な瓶にボトリングされていました。その後の物も首は長めですが、もう少し一般的な形の透明の瓶に切り替わります。こうした外見の変化、パッケージのリニューアルは中身の大幅な違いをも表しているかも知れません。
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元ウィレット蒸留所のKBDことケンタッキー・バーボン・ディスティラーズ社は、80年代初頭に訳あって蒸留を停止してから長きに渡ってボトラーとして活動して来ました。そのため原酒を他所から調達しており、その殆どはヘヴンヒル蒸留所からと目されています。それが変わったのは2012年。長年の自社蒸留復活の夢が遂に叶い、蒸留を再開したのです。そして、それから数年を経て、自社蒸留原酒をボトリングし始めた、と。そこで新しいケンタッキー・ヴィンテージの登場です。
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(写真提供K氏)
画像で判る通り、ボトル形状が少し変わりました。新しい物は首が少し短くなり、肩周辺がより丸みを帯びたシェイプになっています。おそらく2017年もしくは2016年のバッチあたりから新しい物に切り替わっているのではないかと推察していますが、皆さんのお手持ちのバッチ情報があったらコメントよりお知らせ下さい。

さて、今回は私の手持ちの推定2017年ボトリングのケンタッキー・ヴィンテージをレビューするのですが、親愛なるバーボン仲間でありウィレット信者のK氏から二種のサンプルを頂きまして、そのお陰でサイド・バイ・サイドによるちょっとした比較が可能になりました。男気溢れるK氏には掲載画像の件も含め、改めてこの場でお礼を言わせてもらいます。ありがとうございました。
で、その二種のサンプルは、一つが推定2018年ボトリングのもの。これにより半年~一年差のバッチ違いの比較が出来ると想定しています。もう一つは推定2010年ボトリングのもの。こちらでは原酒の違いを比較できるかと思います。では、飲み比べてみましょう。

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Kentucky Vintage 90 Proof
BATCH QBC No. 17-62
推定2017年ボトリング。蜂蜜、熟したプラム、トーストブレッド、チャードオーク、グレープ、コーン、パイナップル、梅干。さらりとした口当たり。パレートはモルティな風味とフレッシュフルーツ。余韻は豊かな穀物と穏やかなスパイスが割りと長く続く。
Rating:86.5/100

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Kentucky Vintage 90 Proof
BATCH QBC No. 18-10
推定2018年ボトリング。バッチ17-62とほぼ同様なフレイヴァー・プロファイル。強いて言うならポップコーンぽさが強いのと、オークのバランスがやや違うような気もするが、それは酸化の進行状況の違いかも知れず、概ね同じものと見做していいと思う。
Rating:86.5/100

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Kentucky Vintage 90 Proof
BATCH QBC No. 10-174
推定2010年ボトリング。上記2つより色は濃いめ。金属、薄いキャラメル、木材、コーンブレッド、ホワイトペッパー、クローヴ。ちょっとメタリックな匂い。味はビター感が強めで甘さが足りない。余韻はスパイシーでさっぱり切れ上がる。
Rating:81/100

Thought:現行のケンタッキー・ヴィンテージは、渋いラベルからは想像もつかないデリケートなフルーティさに満ち、なんと言うか原酒本来の穀物感が活きたバーボンだと思いました。現在のウィレット蒸留所には6種類のマッシュビルがあるとされ、その内訳は、

①クラシック・バーボン・レシピ
(72% Corn / 13% Rye / 15% Malted barley)
②ロウ・ライ・バーボン・レシピ
(79% Corn / 7% Rye / 14% Malted barley)
③ハイ・ライ・バーボン・レシピ
(52% Corn / 38% Rye / 10% Malted barley)
④ウィーテッド・バーボン・レシピ
(65% Corn / 20% Wheat / 15% Malted barley)
⑤ハイ・コーン・ライウィスキー・レシピ
(51% Rye / 34% Corn / 15% Malted barley)
⑥ロウ・コーン・ライウィスキー・レシピ
(74% Rye / 11% Corn / 15% Malted barley)

と、なっているようです。一瞥して気付くのはモルテッドバーリーの配合率の高さですよね。これはもしかすると商業用酵素剤を使用していないのかも。それは偖て措き、ケンタッキー・ヴィンテージです。KVのマッシュビルは公表されていませんが、個人的には③一種もしくは少なくとも③を中心としたブレンドではないかと感じました。飲んだことのある皆さんはどう感じたでしょうか? どしどしコメントをお寄せ下さい。
一方のヘヴンヒル原酒と目されるバッチ10-174は、フレイヴァー・プロファイルが全く異なります。異なるだけでなく、ウィレット原酒とは正直言ってレヴェルが違うと思いました。私の好みにウィレットの方が合っていたとは言えますが、そもそもアロマの強さと余韻の広がりが段違いなのです。それとバッチ17と18を飲み比べた結果、ここまで似ているのなら、今後も安定してこの味でリリースされると予想されるでしょう。ウィレット蒸留所に拍手を、 そしてブレンダーの腕に乾杯を。

Value:ケンタッキー・ヴィンテージの現行製品の日本での販売価格はだいたい3500円前後が相場でしょうか。その価格帯の製品としては、ハイエンド感を演出するワックス・スタンプとワックス・シールドが施された外見はとても魅力的です(ただし、スクリュー・キャップとラベルの質感は安っぽい)。そして外見に劣らず中身がこれまた素晴らしいときたらオススメでない訳がありません。個人的な印象としては、焦樽感で押し通すタイプのバーボンではないので、普段スコッチやジャパニーズウィスキーを飲まれる方にも好まれるのではないかと思います。そして何より、現行製品は旧来のヘヴンヒル原酒の物とあまりにも違いがありますので、昔飲んで印象に残らなかったという方には是非とも再チャレンジして頂きたい銘柄です。


追記:ウィレット蒸留所と縁の深いバーGのマスターより情報頂けました。最近の物はマスターブレンダーJ.O.氏による21樽のバッチングだそうです。

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オールド・フィッツジェラルド・プライム・バーボンは、簡単に言うとオールド・フィッツジェラルド・ブランドの中のエントリー・クラス・バーボンで、1960年代に時代に迎合してボンデッドの低プルーフ版として発売され始めました。プライムの発売経緯には興味深いエピソードがありますが、その紹介の前に、ウィーテッド・バーボン(小麦バーボン)の代表的ブランドであり、バーボン業界において真に象徴的な名前となっているオールド・フィッツジェラルドの歴史を少し振り返ってみたいと思います。

オールド・フィッツジェラルド・ブランドは、そもそもウィスコンシン州ミルウォーキーに本拠を置く国際的なワインとスピリッツのディーラーであるソロモン・チャールズ・ハーブストが1886年に商標登録した「Jno. E. Fitzgerald」が始まりです。それはハーブストが率いたS・C・ハーブスト・インポーティング・カンパニーが使用する幾つかのブランドのうちの1つでした。オールド・フィッツジェラルドの物語は、先ずはハーブストその人から語らなければならないでしょう。

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ソロモン・ハーブストは1842年にプロイセンのオストロノで生まれました。彼は地元の学校で教育を受けたあと故郷を離れ、1859年に16歳でアメリカへと渡ります。当時多くのジャーマンの若者はその段階で移住することで、基礎訓練中の新兵の死亡率が高いプロイセン軍の徴兵を避けたのだそう。ハーブストはジャーマン人口が多いミルウォーキーに直接向かったようで、それは言葉の通じ易さのためと見られます。若い頃の彼はブリキ職人として働いていました。また、後に成功することになるウィスキー・トレードへの参入前は、ミシガン州マスキーガンで兄弟のファビアンやウィリアムと卸売および小売の材木業に携わっていたようです。
1868年になるとハーブストはチェスナット・アヴェニュー401-403にあったエガート&ハーブストという酒類卸売会社のパートナーとしてミルウォーキーのリカー・ビジネス・シーンに登場しました。理由は分かりませんが、1870年までに相方のエガートはその事業から離脱し、ハーブストが単独所有者となり、社名にソロモン・チャールズ・ハーブストの名を刻みます。それは彼の成功への始まりの一歩でした。
この同時期に、ソロモンはウィスコンシン生まれで7歳年下のエマと結婚しています。彼女の両親は現在チェコ共和国の一地域になっているボヘミアからの移民でした。1880年の国勢調査によると、夫婦にはカーシー、デラ、ヘレンの三人娘がおり、それとハーブストの事業の順調さを示すように家庭には2人の使用人がいたようです。

ハーブストは同時代の卸売業者がそうであったようにレクティファイヤーとして、つまり原酒を余所の蒸留所から調達してブレンドし、所望の風味に整えて販売する、今で言うNDP(非蒸留業者)としてキャリアを始めました。初期の頃は、卸しでは自らの名前がコバルトブルーでステンシルされたストーンウェア・ジャグを、小売では名前がエンボス加工されたガラス瓶を使用していたようです。また、アンバーやクリアのフラスクボトルもありました。後年のものも含みますが、S・C・ハーブスト・インポーティング・カンパニーが販売していたブランドにはフィッツジェラルド以外では、「ベンソン・クリーク」、「同ライ」、「チャンセラー・クラブ」、「クリフトン・スプリングス」、「オールドジャッジ」、「オールド・ジョン」等があります。
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では、フィッツジェラルド・ブランドについて見て行きましょう。先に述べたように、初めは「ジョン・E・フィッツジェラルド」というブランド名でした。ハーブストがどのようにブランドを作成したかについては明確に分かりません。いくつかの伝説はありますが、それらは主にマーケティングの話に基づいています。おそらくハーブストはマーケティングの才に長けていたし、そのためのお金も持っていました。彼がブランド作成と共に作ったストーリーでよく知られるのは、フィッツジェラルド・ブランドは「1870年から鉄道と蒸気船のライン、プライヴェート・クラブにのみ販売する高級なバーボンとして製造された」といった話です。それはフィクションでしたが、ブランド名の由来がジョン・E・フィッツジェラルドの名前からなのは確かでした。しかし、同じ姓名の人物が複数おり、彼らが一人の人間なのか別の人間なのか明らかにするだけの証拠に欠けています。実はバーボンの歴史家にとって「ジョン・E・フィッツジェラルドは誰(何者)なのか?」は意外と簡単ではない問いなのです。なのでこの件は後回しにして、ある程度わかっているフィッツジェラルド・ブランドの情報を書き出してみます。

ハーブストはケンタッキー州の蒸留所からバレルを購入し、おそらくはブレンディングしてフィッツジェラルド・バーボンを造りました。1880年代後半から1896年頃までは主にオールド・テイラー蒸留所(当時RD#53、禁酒法解禁後にDSP-19となった)、またその他の蒸留所と契約してブランドを製造していたと見られます。ブランドにはバーボンとライウィスキーがありました。オールド・テイラー蒸留所のE・H・テイラーはハーブストにいくらかの未払金があって、この借金を支払うためにハーブストと契約を結んだのだとか。
ハーブストのリカー・トレードが成長するにつれて、彼は競合他社の存在や利用可能なウィスキーの高騰などから供給源の枯渇に直面し、レクティファイングのための十分な原酒を入手するのが難しくなったと思われます。そこで多くの成功した卸売業者がしたのと同様に、ハーブストも保証された安定的供給を確保するため、1900年頃、フランクフォート郊外のベンソン・クリークにある蒸留所を購入しました。地元の人々はそのプラントを代表的ブランドの名前からオールド・ジャッジ蒸留所(第7地区 RD#11)と呼んでいました。ハーブストはこの施設の運営のため、1901年にマネージャー兼マスターディスティラーとして、ケンタッキーの名高いウィスキー製造家族であるビクスラー家の一員ジェリー・ビクスラーを雇っています。禁酒法によって蒸留所が閉鎖されるまでの間、ここでフィッツジェラルドやオールドジャッジを含む全てのバーボンとライウィスキーが造られました。
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自らのプラントを所有することになったハーブストは巧妙な神話を紡ぎ出します。彼は蒸留所に自分の名前を付けてもケンタッキー州ではあまり反応がよくないと思ったのか、蒸留所はジョン・E・フィッツジェラルドという名のアイルランド人のディスティラーによって建てられたとマーケティングで語りました。実際の創設者はマンリウス・T・ミッチェルという人物で、1890年にオールドジャッジ蒸留所をマーサー郡バーギンからフランクフォートに移転する計画があり、蒸留所はおそらく1892年頃に建てられたと思われます。よくオールド・フィッツジェラルドのマーケティングで語られる1870年云々というのは、ハーブストが卸売業を始めた年でしょう。それと、どうもハーブストが購入する前の1899年に、既に蒸留所は他の所有者の手に渡っていたようで、もしかするとハーブストはそちらから購入したのかも知れません。それはともかく、ハーブストはもともと蒸留所の購入前からDBA(Doing Business Asの略)でジョン・E・フィッツジェラルド蒸留所の名は使用していました。フランクフォートの蒸留所を購入したことで、1905年には「オールド・フィッツジェラルド」のブランド名を再登録します。そしてプラントの規模と能力を大幅に拡大、郡でも最大の蒸留所の1つとなり、ハーブストはそこをオールド・フィッツジェラルド蒸留所と称しました。

蒸留所の印象的な大きさにも拘わらず、ハーブストは広告で「昔ながら」の製法を強調しました。彼は特にポットスティルに強いコダワリがあったようで、本当かどうか分かりませんが、1913年の広告ではオールド・フィッツジェラルドとオールド・ジャッジをアメリカで製造されている最後の「オールド・ファッションド・カッパー・ポット・ディスティルド・ウィスキーズ」であると宣伝しています。また、以前ハーブストがオールド・テイラー蒸留所と契約を結んだのは、テイラーがポットスティルを使用していたからとされ、そもそもオールド・ジャッジ蒸留所を購入した理由もポットスティルが決め手だったとされます。ガラス瓶が安価になり始めた頃、企業は各々自社製品のボトルに特徴的なラベルを使い出し、ハーブストもオールド・フィッツジェラルドのラベルを作成すると、いつの頃からか(1910年代?)ラベルにポットスティルの図柄を入れました。店頭で販売されるクォートとフラスク・サイズのボトルに付けられたラベルは非常に有名になり、オールド・フィッツジェラルドの象徴的なラベル・デザインとして後世でも殆ど変わりません。
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ハーブストはフィッツジェラルド以外にも前記のブランドをリリースしましたが、言うまでもなく旗艦ブランドはオールド・フィッツジェラルドでした。おそらくは当初のコンセプト通り、蒸気船や列車の食堂で供されたり、高級なジェントルマンズ・クラブで人気があったのでしょう。ハーブストはウィスキーの流通を助けるため、1901年に中心地となるシカゴにオフィスを開設し、それを数十年間維持しました。他にもニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、ジェノアにオフィスを構えていたとされ、イタリア、ドイツ、フランス、イギリスでオールド・フィッツジェラルド・バーボンを販売していたとか。
ビジネスの成功によりハーブストの名声が地元で高まるにつれ、彼は他分野にも進出しました。1904年には地元の金融機関であるミルウォーキー・インヴェストメント・カンパニーの投資家、設立者、副社長になり、その後も300万ドル以上の資産を持つシチズンズ・トラスト・カンパニーの設立を支援しました。
ハーブストには事業を継ぐ息子がいなかったため、年老いてもなお自分の主要なウィスキー蒸留および流通事業を管理し続けたと言います。禁酒法によってケンタッキーの蒸留所とミルウォーキーの酒類販売店の両方が閉鎖された時、彼は既に70代になっていました。そこでハーブストは、禁酒法期間中に販売できる薬用ウィスキー用として、オールド・フィッツジェラルドのブランド権をW・L・ウェラーに売却します。おかげでブランド名は存続し、大衆の酒飲みからの認知もあったでしょう。そして禁酒法解禁後にオールド・フィッツジェラルドはスティッツェル=ウェラー蒸留所を牽引するブランドとなって行きます。
ソロモン・チャールズ・ハーブストは1941年2月に98歳で天寿を全うし、3人の娘とその家族に見守られ、ミルウォーキーズ・グリーンウッド・セメタリーに埋葬されました。彼の死に先行すること31年前に亡くなっていた妻エマの横に。

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さて、ハーブスト時代のオールドフィッツが終わったところで、後回しにしていたジョン・E・フィッツジェラルドについて述べたいと思います。彼について複数の候補がいることは先に触れましたが、現在もっとも広く受け入れられ支持されている説は、ヘヴンヒルからリリースされている現代の小麦バーボン「ラーセニー」ブランドの元にもなっているエピソードです。その民間伝承のように知られる話は語り手によって語句や内容に多少のヴァリアントがありますが、概ね以下のようなものでした(少々、私の想像で補って脚色してます)。

…ハーブストの倉庫で働く従業員もしくは警備員に、味にうるさい熱烈な大酒飲みの男がいました。名前をフィッツジェラルドと言いました。彼は当時の多くの従業員のように、倉庫にいるあいだゴム製ホースまたは「ミュール」と呼ばれる器具を持ち歩きました。彼はバーボンの最高の樽を見つけると、栓を開け、ホースを差し込み、仕事中に勝手に飲みました。そうした樽が最終的にボトリング・エリアに到着すると、通常の樽より僅かに軽いのでした。フィッツジェラルドの鋭敏な嗅覚と所業を知っていた仲間の従業員達は、それらの樽を「フィッツジェラルズ」と冗談で呼びました。いざ販売されたウィスキーは非常に良いと評判となり、事情を伝え聞いたハーブストはフィッツジェラルドの名前のブランドを作ることにしました…

現実には、フィッツジェラルドは保税倉庫に配属された米国財務省のエージェントでした。当時、ウィスキー税は米国政府にとって重要な収入源であり、ウィスキーの倉庫は厳重に監視されていて、蒸留所には倉庫への全てのアクセスを制御する「政府の人」が敷地内にいました。ちゃんとに税金が支払われ、ウィスキーが政府の基準に適合しているか確認する彼らのみ、保税倉庫の鍵を持っていたのです。蒸留所のオーナーでさえ鍵を持っていませんでした。これは1897年のボンデッド・アクトの成立から1980年代初頭にシステムが変更されるまで続いています。上のエピソードで「警備員」と解釈されているのは、フィッツジェラルドが倉庫の鍵を持っていたからでしょう。しかし、フィッツジェラルドが倉庫の鍵を持っているのなら、彼は財務省のエージェントでなければなりませんでした。
ジョン・E・フィッツジェラルドは、ディスティラーでも蒸留所のオーナーでもありませんでしたが、たまたま倉庫の鍵を握る立場にあり、グッド・バレルの良き裁判官でもあり、大酒飲みでもあったがため、個人的な消費のために最高の樽を頻繁にタップしたと推測されます。彼が勝手にウィスキーを味わう時、ハーブストのような蒸留所のオーナーや蒸留業務を指揮するディスティラーは殆どの場合そこに立ち会えません。これは謂わば無法者の政府保安官による「窃盗」です。そこからラーセニー(窃盗もしくは窃盗罪の意)・バーボンの名前は付けられました。ウィスキーを盗むとは言え、フィッツジェラルドは嫌われ者とは思えず、おそらく愛すべきキャラクターだったのでしょう。だからこそ蒸留所の人々の間で彼の味覚は称賛され、バーボンの特に優れた樽をフィッツジェラルド・バレルと呼んだ、と。やがて内輪の冗談は、ハーブストがオールド・フィッツジェラルド・ブランドの架空のプロデューサーとしてフィッツジェラルドを選んだ時、神々しい輝きを放ち始め、以後のマーケティング・スキームの基盤としてその影響は現代まで及んでいるのでした。
この説は多分に伝説の提供といった感が強いですが、一般的に事実として受け入れられています。では、他のジョン・E・フィッツジェラルドの候補はどうなのでしょうか?

一人は、上に述べたフィッツジェラルドと同一人物の可能性が高い男です。
1875年、大統領官邸にまで至る広範な汚職事件として悪名高いウィスキー・リング・スキャンダルの一環で、ミルウォーキーの歳入局のゲイジャー(計測係)が、ウィスコンシン州の不正な政府職員、蒸留業者、およびレクティファイヤーらと共に政府を詐取した陰謀の廉で逮捕されました。ゲイジャーの名前はジョン・E・フィッツジェラルドでした。一年後ワシントンにて他の二人のゲイジャー、一人のストアキーパー、四人のレクティファイヤーと共に起訴されました。法廷で彼は、過去15年間ミルウォーキーに住んでおり、1869年9月から1875年5月まで米国政府のゲイジャーとして雇用されたと証言しています(他の証言では、樽が空になったのを確認する責務の「ダンパー」としてフィッツジェラルドが賄賂の交渉をしたと記述されました)。詳細は明かさなかったようですが流れとしては、蒸留業者は素知らぬふりをして税務報告よりも多くのウィスキーを作り、彼はそれを黙認することで口止め料の賄賂を掠め、それを共和党候補者に渡していたらしい。ゲイジャーの義務は倉庫の監督および樽の税印の修正や政府への申告書の提出などでした。おそらく職名からすると仕事としては、穀物の計量やマッシュビルの順守を監視し、樽への充填やバレル・ヘッドへのブランド情報の遂行の見守り、またバレル販売やボトリングのために樽が引き出された時それらの中身の残りを測定したのだと思います。ウィスキーを含む酒類のアルコール含有量を決定する責任者という説明もありました。
この男が「財務省のエージェント」と同一人物だとすると、この話が前半生、先述のエピソードが後半生ということになるでしょう。フィッツジェラルドが不名誉なスキャンダルの後にまたもや政府機関で働いたとは考えにくいとする意見があります。逆に政治家との繋がりが明白なのだからコネで再度就職したというのも有り得るとする見方もあります。前者も確かにそうだと頷けますが、フィッツジェラルドは調査への協力に対して免責を与えられたとかいう話も聞きますので、後者の可能性も捨てきれません。少なくとも彼の6年間のゲイジャー勤務時代(1869~1875年)には、ハーブストはまだ蒸留所の購入(1900年頃)をしていないので、この時代にフランクフォートの倉庫で「ラーセニー」エピソードが行われたのでないのは確実です。考えられるのは、ハーブストがミルウォーキーに保税倉庫を所有していた可能性。1870年代または80年代頃にはボンデッド・アクトは成立していませんでしたが、保税倉庫はありました。どうやらハーブストはミルウォーキーにブレンディング工場は所有していたらしいので、保税倉庫も所有していたのなら「窃盗」がこの時代に行われていてもおかしくはありません。ただし、この頃から保税倉庫はストアキーパーと呼ばれる政府の警備員の管理下にあり、その仕事は誰もがゲイジャーがいない状態で倉庫に立ち入らないようにすることだったと言います。となると、ゲイジャーが倉庫に入るにはストアキーパーに気づかれないようにする必要があります。ゲイジャーの男による味見のための窃盗が実際に行われていたのなら、ストアキーパーとの共謀だったのではないかとの指摘がありました。また、このフィッツジェラルドの裁判記録は倉庫へのアクセスを示すものではなく、様々な蒸留業者とレクティファイヤーの間での税金の徴収のみを示しているそうです。そこにはハーブストの名も見られず…。つまり、ジョン・フィッツジェラルドが当時ミルウォーキーのゲイジャーだったという証拠はありますが、彼が実際にハーブストの倉庫で働いたという証拠はないのでした。しかし、同じミルウォーキーの同じ時代に酒関わる二人のこと、フィッツジェラルドとハーブストが互いに顔見知り、或いは気の合う仲間だったというのは十分考えられるでしょう。ちなみに、この彼は1838年に生まれ、1914年に死亡、その死までミルウォーキーに留まったとされ、ミドルネームの「E」はエドモンドのようです。

では、次のもう一人。この人物の詳細は不明ですが、ミルウォーキーの国勢調査の記録から、同じ時期にその都市にボイラーメーカーであるジョン・E・フィッツジェラルドがいたことが判明しています(1910年の国勢調査で72歳)。或る慎重な歴史家はこの彼を、ハーブストのメンテナンスマンとして働いていたのではないかと思う、と述べていました。
続けて、もう一人。この人物のミドルネームの頭文字は不明ですが、エドモンドとエドムンドという名前の家族がいました。このジョン・フィッツジェラルドは1896年に63歳で亡くなり、生涯を船長と造船者として過ごしました。彼は老年期にはドライドックを設立し、そこは息子のウィリアム・E・フィッツジェラルドが不慮の死で1901年に亡くなるまで運営していたそうです。ウィリアムには造船業界に入らなかった息子がいましたが、家族経営の会社は彼のために船を造ってエドムンド・フィッツジェラルドと名付けたとか。このウィスキーや蒸留業とは無関係のフィッツジェラルドが取り上げられた理由は、実はハーブストがヨットに意欲的だったからでした。彼は年次開催されたミルウォーキーとシカゴ間のヨット・レースで授与されるS・C・ハーブスト・トロフィーを創設したと言います。これは或るフィッツジェラルド研究に熱心な方の情報ですが、なんと上記の「ボイラーメーカー」を取り上げた歴史家も、1889年の市の商工人名簿に蒸気船の運送会社の副社長としてジョン・E・フィッツジェラルドがリストされていると指摘しています。こうしたヨットへのハーブストの親和性や蒸気船とジョン・E・フィッツジェラルドの関係は、オールド・フィッツジェラルドのあの有名なマーケティングの文言(鉄道やらリヴァーボートやら蒸気船の顧客専用に特別に造られたと云うあれ)を連想させるのに十分でしょう。

最後の一人はディスティラーです。有名なサム・K・セシルの本のジョン・E・フィッツジェラルド蒸留所(オールド・ジャッジ蒸留所のこと)の説明にはこう書かれています。
「この工場はフランクフォート郊外のベンソンクリークにあり、ジョン・フィッツジェラルドによって建設された。ブランドにはオールド・フィッツジェラルド、オールド・ジャッジ、ベンソン・スプリングスがあり、ミルウォーキーのS・C・ハーブストにより配給された。1900年頃、フィッツジェラルドはブランドをハーブストに売却し、インディアナ州ハモンドに移り、そこで別の蒸留所の監督になった。」
どうもこの書かれ方だと、これまでの文面から判る通り、私の理解の真逆になっています。即ち、ハーブストはただのブランド販売代理店の経営者であって創造者ではなく後継者であり、フィッツジェラルド・ブランドはジョン・フィッツジェラルドというディスティラーが造った、と。どうやらセシルのこの説はWhit Coyteのリサーチを基にしているようで、個人的には信憑性に欠く気がします。しかし、フィッツジェラルド蒸留者説は、どうやら無根拠ではありませんでした。他の歴史家によると、ミルウォーキーからそう遠くない場所で同時代に蒸留事業に携わっていたジョン・E・フィッツジェラルドがいたと言うのです。そのフィッツジェラルドはシカゴ・インター・オーシャンによれば、「米国で最も優れた蒸留者の一人と見做される」プラント・マネージャーで、1901年にシカゴ近郊のハモンド蒸留所の秘書兼会計に任命されました。しかもそれ以前には、ウィスキー・トラストによるダイナマイト爆破事件で有名なあのシューフェルト蒸留所で17か18歳の頃からディスティラーとしてキャリアを始めたとか。このフィッツジェラルドは1865年生まれとされます。なのでゲイジャーと同一人物でないのは明らかとは言え、ハーブストと無関係とは言い切れないでしょう。ハーブストは自らの卸売事業のための供給を主にケンタッキー州の蒸留所と契約して確保していたとされますが、当時最も生産性の高い蒸留所はイリノイ州にあり、その中でトラストと提携していなかったシューフェルト蒸留所は、ハーブストのサプライヤーの一つだったのかも知れません。もしそうであれば、ハーブストが上手くフィッツジェラルドの高名な名前を利用した可能性もある気がします。或いは、ハーブストはシカゴにオフィスを構えていたので、知り合いだったのでは?

ここまで謎に満ちたミステリアスなジョン・E・フィッツジェラルドの候補を紹介して来ましたが、これらのフィッツジェラルドのうち2~3人が同じ人物だったなんてことは十分に考えられるでしょう。彼らが人生のキャリアに於いて転職を繰り返した同じ男性であるかどうかを決めるにはより多くの研究が求められます。一方で「ジョン・E・フィッツジェラルド」は非常に一般的なアイルランド系の名前でもありました。候補には加えませんでしたが、1880年代にボストンの内国歳入局の徴税係にジョン・E・フィッツジェラルドという男がいたそうです。同じ時代で同じ税収に関わる仕事かつ同じ名前、つまりはありがちな名前だった、と。もしかすると1800年代後半に、バーボンにアイリッシュ・ネームを付けることで、一部のエスニック・グループにアピールすることは、悪くないマーケティング方法だったのかも。孰れにせよ、どれもが憶測です。ジョン・E・フィッツジェラルドが何者であるかの詳細は、更なる新しい資料の発見を俟たねばなりません。
こうしたフィッツジェラルドについての謎、錯綜、様々な憶説の飛び交う混沌とした状況は、ひとえにハーブストのマーケティングのせいだと思います。ハーブスト(或いはその担当者)は、一つの真実を保ちながら壮大な脚色をして物語を紡ぐ小説や映画のように、またはそれらに登場する一人の人物のキャラクターが実在する複数の人間のエピソードに基づいて構成されたりするように、フィッツジェラルドの神話を創造したのではないでしょうか? 彼は自分の晩年に、ブランドを酒豪のフィッツジェラルドと名付けることは、意地悪で可笑しな内輪のジョーク(悪ふざけ?)であったことを明らかにしたと言われています。我々が捏造された架空の起源に翻弄されたり、謎解きに右往左往する姿を見たら、ハーブストは天国でくすくす笑っているのかもしれません。 

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さて、ここからはハーブストから新しい所有者に切り替わったオールド・フィッツジェラルドを見て行きます。
禁酒法期間中の1922~25年にかけて、ジュリアン・プロクター・"パピー"・ヴァン・ウィンクルはハーブストからオールド・フィッツジェラルドのブランド権とストックを購入し、W・L・ウェラー・アンド・サンズとA・Ph・スティッツェル蒸留所が禁酒法下でも政府に認められた薬用ウィスキーとして販売するようになりました。既存の在庫は禁酒法期間中に枯渇し、1928年、政府が薬用の在庫の補填に対してはウィスキーの製造を許可したため、アーサー・フィリップ・スティッツェルとパピー・ヴァン・ウィンクルはスティッツェル家に伝わる旧いレシピを使用してウィスキーを造ることにします。そのレシピとは、フレイヴァー・グレインにライ麦を使わず代わりに小麦を用いるものでした。彼らがこのレシピに決めた理由は、他のレシピと較べ短い熟成年数でより良い風味が得られると感じたこと、そして既存の在庫が減少するにつれてウィスキーが早急に必要となることを分かっていたからです。オールド・フィッツジェラルドが、後年「ウィスパー・オブ・ウィート(小麦の囁き)」と説明されることになるウィーテッド・バーボン、或いはウィーターと呼ばれるグレイン・レシピに変わったのはこの時からで、以前のオールドジャッジやテイラー産およびその他のものは恐らくスタンダード・ライ・レシピ・バーボン・マッシュビルを使用して造られていました。小麦バーボンは適切に熟成すると、伝統的なライ麦を含むバーボンよりも丸くて柔らかいテクスチャーを示し、スパイス・ノートの少ないより甘いプロファイルをバーボンに与える傾向があると言います。余談ですが、面白いことに上のパピーらの見解とは逆に、現代の考え方では熟成年数の若い小麦バーボンはあまり味が良くないと言うか、小麦はライ麦より穏やかな熟成を見せるので、小麦バーボンがライウィスキーまたはライ・レシピ・バーボンと同等の熟成感を得るためには樽の中でより多くの時間が必要とされているそうな。

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(我々は優良なバーボンを造り、できれば利益を上げる、必要であれば損失を出してでも、常に優良なバーボンを造る)

禁酒法が解禁された1933年、W・L・ウェラー・アンド・サンズとA・Ph・スティッツェル蒸留所は正式に会社として合併し、老朽化したスティッツェル蒸留所に代わる新しい生産工場をルイヴィル近郊のシャイヴリーに建設します。それがスティッツェル=ウェラー蒸留所(DSP-KY-16)であり、1935年のダービー・デイにオープンしました。そこではジュリアン・パピー・ヴァン・ウィンクルの指揮の下、オールド・フィッツジェラルドは造られました。そのため、この先のオールド・フィッツジェラルドのブランド・ステータスは、ジョン・E・フィッツジェラルドでもハーブストでもなく、パピーと関連付けられて行きます。
スティッツェル=ウェラーは比較的小規模な独立所有の蒸留所であり、今で言うところのクラフト蒸留所に近い蒸留所でした。パピーが執った方法論は昔ながらの製法に依るものと言ってよいでしょう。それは品質への妥協のなさを意味します。ライ麦の代わりに小麦を使うことは割高でしたし、油性の口当たりをもたらすマッシュのためのトウモロコシの挽き方もより高価なプロセスでした。また、樽材には通常より厚いオークのステイヴを使用していたと言います。そしてパピーは恐らくウィスキーの工程全般に於いてプルーフの制御に重きを置きました。一説には50年代頃は、天然のバーボンの風味を維持するため、コラムスティルでの第一蒸留を85プルーフ、ポットスティル・ダブラーでの第二蒸留を117プルーフ、バレル・エントリーを103プルーフで実行したとか。これらは現代の水準と較べて驚くほど低い数値です。
蒸留所のドアの上の看板にはこう書かれていました。「化学者の立ち入りを禁ず。自然およびマスター・ディスティラーの昔かたぎの〈ノウハウ〉がここでの仕事を成し遂げる…ここは蒸留所であって、ウィスキー工場ではない」と。スティッツェル=ウェラーの初代マスターディスティラーであるウィル・"ボス"・マッギルは、テクノロジーではなく人間の感覚こそが良質なウイスキーを作ると考えました。この思想はスティッツェル=ウェラーの歴代マスターディスティラー全員に受け継がれ、施設の最後のマスターディスティラーであるエド・フットは業界に於ける蒸留の自動化を嘆いたと言います。彼らは皆、自らの口蓋と鼻を使って良質なウィスキーを造り上げたのであって、決してコンピューターがそれを造り出したのではなかったのです。

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(Time Magazine May 21 1956)

パピーはもともとW・L・ウェラー社の優秀なセールスマンだったので、マーケティングを怠ることもありませんでした。1950年代、彼は新聞や雑誌にシリーズ物の広告を掲載しています。そこでは、親密な口調で民俗的物語を訓話風にまとめてオールドフィッツを飲むべきだと語ったり、暖炉横でのゆったりしたお喋りのようなスタイルで自社の伝統的な製法を説明したりしました。こうしたパピーのユニークな個性を反映した広告形態は、おそらくオールド・フィッツジェラルドの評判を高めるのに役立ったことでしょう。

スティッツェル=ウェラーでパピーは幾つかのブランドを作りましたが、旗艦ブランドのオールド・フィッツジェラルドが最も人気がありました。パピーの統制下ではオールド・フィッツジェラルドは常にボトルド・イン・ボンド規格のバーボンでした。熟成年数は4〜7年とされます。その後、8年熟成のヴァージョンとして「ヴェリー・オールド・フィッツジェラルド」が追加されました。8年は、保税期間のため政府に税金を支払う前に熟成させることが出来る当時の最大年数だったからです。1958年以降、保税期間が8年から20年に延長されたことで、ブランドには長期熟成ヴァージョンが更に加わり、それらは「ヴェリー・エクストラ・オールド・フィッツジェラルド」、「ヴェリー・ヴェリー・オールド・フィッツジェラルド」のラベルにて限られた数量でリリースされました。
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「オールド・フィッツジェラルド・プライム」は、パピー・ヴァン・ウィンクルがボトリングを拒否したバーボンです。冒頭に述べたように、プライム・バーボンは従来までのオールドフィッツの低プルーフ版な訳ですが、パピーはオールド・フィッツジェラルドがボンデッド・バーボンとしてのみ販売されるべきとの信念をもっており、人々がより低いプルーフを望むなら自分で水を足せばよいと考えていました。消費者が水にお金を払うのは馬鹿げていると広告で述べたそうです。しかし、パピーが引退した後、会社を引き継いだ息子のジュリアン・ヴァン・ウィンクル・ジュニアは、コストの削減や利益の増大にプルーフを下げている他社のブランドと競合するため、オールド・フィッツジェラルドでもロウワー・プルーフ・ヴァージョンの発売を求めていた販売員からの圧力に屈し、1964年にプライムは作成されました。ジュリアン・ジュニアは後に8年熟成で90プルーフの「オールド・フィッツジェラルズ1849」も導入しています。プライムは発売当初から数年間は86.8プルーフの製品で、数年後に86プルーフに落ち着きました。後年、ユナイテッド・ディスティラーズがブランドを所有した時、彼らはケンタッキー州では86プルーフ・ヴァージョンを作り続けましたが、ケンタッキー州以外の市場ではプルーフを80に下げました。更に後年、ブランドがヘヴンヒルに渡った時にはケンタッキー州でも80プルーフになります。

オールド・フィッツジェラルド・ブランドは、長い間プレミアム・バーボンとして高い評価を得ていました。「もし君がバーボン飲みでないのなら、その理由は一つ、オールドフィッツを味わったことがないからだ」と堂々と宣言する1970年の広告もありました。控え目に言っても、ジュリアン・P・"パピー"・ヴァン・ウィンクル・シニアはアメリカン・ウィスキー産業の巨人でしょう。彼はバーボンが華やかりし時代の最も裕福な蒸留所オーナーでもなければ、ディスティラーでもなかったかも知れませんが、多くの課題に直面しても偉大なる指揮者として自分の会社と自らのバーボンの誠実性を維持し、彼の会社を統合しようと目論む巨大会社のウィスキー独占と激しく戦いました。残念なことに、1965年のジュリアン・シニアの死後、ジュリアン・ジュニアは会社を維持できませんでした。彼の社長としての在職期間はウィスキーの販売が減少し、ファーンズリー(S-Wの共同経営者)とスティッツェルの相続人は蒸留所の売却を望んだため、1972年、アート・コレクターとしても有名な億万長者の実業家ノートン・サイモンのコングロマリット(ノートン・サイモン・インコーポレイテッド)への売却を余儀なくされたのです。それでもジュリアン・ジュニアは業界に留まり、古巣のスティッツェル=ウェラー蒸留所からウィスキーを購入出来る権利を契約に残したことで、禁酒法時代のブランドだった「オールド・リップ・ヴァン・ウィンクル」を復活させ、その事業はジュリアン・ジュニアが1981年に亡くなった後も息子のジュリアン・P・ヴァン・ウィンクル3世に引き継がれたのですが、これはまた別の話。

1972年にスティッツェル=ウェラー蒸留所がノートン・サイモン社に売却されると、その名称は主力ブランドと同じオールド・フィッツジェラルド蒸留所に変更されました(*)。オールド・フィッツジェラルド・ブランドは子会社のサマセット・インポーターズのポートフォリオになります。サマセットはジョニー・ウォーカー・ブランドの販売権を有していました。これが伏線となって、1984年、ジョニー・ウォーカーを所有していたディスティラーズ・カンパニー・リミテッドは、サマセット・インポーターズを買収することでジョニーウォーカーの流通を管理します。その結果としてオールド・フィッツジェラルドも移行しました。そしてディスティラーズ・カンパニー・リミッテッドが1986年にギネスの一部になった後、ユナイテッド・ディスティラーズが設立されます。この所有権の変更時に蒸留所の名称はスティッツェル=ウェラー蒸留所へと戻されました。
ユナイテッド・ディスティラーズはアメリカンウィスキーの生産を集約するため、1992年にスティッツェル=ウェラー蒸留所を閉鎖し、ルイヴィルに新しく建設したバーンハイム蒸留所に生産ラインを移管、以後オールド・フィッツジェラルドはそこで製造されて行きます。スティッツェル=ウェラーの最後のマスター・ディスティラーであるエド・フットは、そのままバーンハイムで同職に就き仕事を続けました。この頃、UD社はバーボン・ヘリテージ・コレクションの一つとして「ヴェリー・スペシャル・オールド・フィッツジェラルド12年」を発売しています。
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蒸留所の親会社はM&Aの末、巨大企業ディアジオを形成し、同社はアメリカンウィスキーの資産のうちIWハーパーとジョージディッケルを残して、それ以外のブランドの売却を決定。1999年、バーズタウンにあった自社の蒸留所を火災で消失していたヘヴンヒルは新しい蒸留施設を求めていたので、ディアジオはヘヴンヒルにバーンハイム蒸留所と共にオールド・フィッツジェラルドのブランド権とストックを売却しました。それ以来、今日までオールド・フィッツジェラルドはヘヴンヒルが所有しています。

ヘヴンヒルではブランド取得後、かなりの低価格で100プルーフのボトルド・イン・ボンドと80プルーフのプライム・バーボンが発売されていました。所謂「ボトムシェルフ」というやつです。オールド・フィッツジェラルズ1849もありましたし、販売量の少ないヴェリー・スペシャル・オールド・フィッツジェラルド12年も継承されていました。アメリカに於けるプレミアム・バーボンの隆盛を背景に、2012年9月、ヘヴンヒルはオールド・フィッツジェラルドの延長としてラーセニーを市場に導入します。その影響で、次第にオールド・フィッツジェラルドのラインナップは縮小され、2015年前後には終売の情報が流れました。実際、VSOFはギフトショップのみの販売となりそのあと製造中止、BIBも配布地域を減らして行きそのあと製造中止となったようですし、OF1849も市場から消えています。ただし、プライムは今現在海外でも日本でもネットで購入できます。しかし、これが単なる在庫なのか製造が続いているのかよく判りません。それとは別に2015年には「ジョン・E・フィッツジェラルド・ヴェリー・スペシャル・リザーヴ20年」という限定リリースもありました(375mlボトルで約300ドル)。これはその昔、ヘヴンヒルがオールドフィッツのブランド権を買収した時に、一緒に購入したスティッツェル=ウェラーのバレルを、或る時から熟成しないコンテナーに移して秘蔵していたものです。また最近の2018年になって、毎年春と秋の2回リリースされる限定版「オールド・フィッツジェラルド・ボトルド・イン・ボンド」が導入されました。50年代に販売されていたダイヤモンド・デカンターを復刻した華麗なデザインが人気を博しています。
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では、そろそろ今回レビューするオールド・フィッツジェラルド・プライム・バーボンを注ぐとしましょう。

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Old Fitzgerald Prime Bourbon 80 Proof
推定2000年前後ボトリング。オレンジぽいブラウン色。アップルワイン、軽いヴァニラ、焦樽、アプリコットジャム、ラムレーズン、カカオ、サイダー。水っぽくも柔らかい口当たりでヒート感は殆どない。味わいはやや酸味より。余韻は短くウッディなスパイスとピーナッツ。
Rating:82/100

Thought:今回のレビューで開封したのは、UPCコードからするとユナイテッド・ディスティラーズが販売していた製品もしくはヘヴンヒルへ移行した初期の物と思われます。一応カテゴリーをヘヴンヒルにしましたが、推定ボトリング年代が正しいとすると、この時代のプライムの熟成年数はNASながら多分4年なので、本ボトルはヘヴンヒルが所有する前のニュー・バーンハイムで蒸留された原酒の可能性が高いです。
こうしたエントリークラスのバーボンから想像される味より、ダークなフルーツ感が強く、風味全体が複雑でした。ただし、画像では判らないかも知れませんが、こちら購入時から液体に曇りがありました。飲めないほどの劣化はしていませんでしたが、開封当初からかなり酸化の進んだ「香りの開いた」味わいに感じました。しかし、その割りに余韻はあまり芳醇でないと言うか、個人的にはもう少し甘みが欲しかったです。


*この頃からマッシュビルやイーストにも多少の変更があったようです。スティッツェル=ウェラーのマッシュビルは約70%コーン、20%ウィート、10%モルテッドバーリーとされていますが、蒸留所が売却された後には長年に渡って変更が加えられ、新所有者はお金を節約するためにモルテッドバーリーの量を減らし、トウモロコシの量を増やしたとか。これは澱粉を糖へ変換するために商業用酵素を追加することを意味しています。イーストに関しては、パピーの在任期間中はジャグ・イーストを用いていたそうですが、新しい所有者はドライ・イーストを使用するようになったそう。しかし、それでもスティッツェル=ウェラーは依然としてレヴェルの高い生産を維持したと言われています。
ちなみにバレル・エントリー・プルーフも年々上昇したようで、パピー初期は本文でも記したように103~107プルーフあたり、最終的には114プルーフになったと見られています。

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日本で長らく親しまれてきたワイルドターキー12年は2013年に終売となり、それに代わって日本市場でリリースされ始めたのがワイルドターキー13年ディスティラーズ・リザーヴです。熟成年数が一年増えましたが、ボトリング・プルーフが101から91へと下がりました。頑なにワイルドターキーを愛して来たファンからすると、熟成年数は偖て措いても、プルーフの変更に引っ掛かった方も多いのではないかと思います。ターキーは101(ワン・オー・ワン)だろ、と。斯くいう私がそうでした。とは言え、エイジ・ステイトメントを保った長熟のターキーが手軽に飲めるだけでも、ありがたい状況なのかも知れません。そもそも12年101の発売停止は供給維持が難しくなったためと見られ、長期熟成原酒の減少は何もワイルドターキー蒸留所に限った話ではなく、アメリカ国内でのバーボン需要が爆発している昨今では業界全体がそうでしょう。それに穿った見方をするなら、輸出専用だった12年が13年ディスティラーズ・リザーヴへと転換されたのと近い時期に、ダイヤモンド・アニヴァーサリーのリリースやマスターズ・キープ・シリーズのような長期熟成原酒をメインとした限定製品の年次リリース開始という出来事があり、要は長熟ウィスキーの割り当ての変化だと思えなくもない。そんな渦中にあってもなお、どれだけ要望があろうと12年101を国内リリースせず、日本へ向けて13年をアルコール度数が5%低いだけで継続してくれたワイルドターキー(の親会社?)には感謝すべきなのかも。宝物のような12年101は1999年にアメリカ国内での流通がストップした後も長きに渡って日本では容易に手に入りました(勿論、8年のエイジ・ステイトメントを保った101もそう)。それはアメリカでバーボン人気が復活する以前、彼の国の殆どの消費者がプレミアム・バーボンに見向きもしなかった80~90年代の暗黒時代(供給過剰時代)に、せっせと高額なバーボンを輸入してくれた日本に対する感謝の気持ちからだったのかも知れません。いや、そう思いたい。単なるビジネス上の判断だったと解釈するより、その方がロマンがありますから。

さて、そこで今回の13年ディスティラーズ・リザーヴですが、判りやすい熟成年数とプルーフの変更以外にもう一つ特徴的な注目点があります。箱およびバックラベルの文言を以下に引用しましょう。
ジミー&エディ・ラッセルという父と息子の本物の蒸留技術から生まれたワイルドターキー13年ディスティラーズ・リザーヴは、最高のキャラクターを備えたケンタッキー・ストレート・バーボンです。この特別リリースのバーボンは慎重に選択された蒸留者のお気に入りであり、低いプルーフで樽詰めされ、伝説的な「B」ウェアハウスの低層階でゆっくりと熟成されました。そこは卓越した品質のバーボンを造るのに適した涼しい温度、高い標高、大きな空気循環が組み合わさった場所です。メロウなオークのノート、リッチなヴァニラ、洋梨のヒントと長いスパイス・フィニッシュを備えたワイルドターキー13年ディスティラーズ・リザーヴは、ジミー&エディ・ラッセルの世界的に有名な職人気質のショーケースであり、ワイルドターキー・バーボンの力強さと特有のキャラクターを鮮やかに表しています。
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壮大な物言いはご愛敬として、注目はB倉庫の下の方の階で熟成させたと言い切っているところです(*)。これはシングルバレルのケンタッキー・スピリットやアメリカ国内で入手しやすいラッセルズ・リザーヴ・シングルバレルのストアピックのように、例えばG倉庫の4階の何番バレルとまでは場所や樽の特定は出来ないものの、流通量の少ないケンタッキー・スピリットや海外のストアピックが入手しにくい日本人にとって、13年ディスティラーズ・リザーヴはシングルバレルではないとは言え熟成場所による味わいの違いを手軽に経験する機会の提供と言えるでしょう。ワイルドターキー蒸留所のオンサイト(タイロン)とオフサイト(キャンプネルソン)を含めた29の熟成庫は、どれもワイルドターキーのコア・プロファイルは共有するかも知れませんが、それぞれスパイスやベーカリーやフルーツ等のプロファイルのバランスに違いが生じるとされます。またワイルドターキーの熟成庫では、一説には上層階で熟成されるとアーシーに、下層階で熟成されるとフルーティになりやすいという話もありました。Bウェアハウスは、おそらくAウェアハウスと共に1894年頃建てられたかなり古い倉庫の一つです。エディの息子で現在ブランド・アンバサダーのブルース・ラッセルの個人的なお気に入りの倉庫なのだとか。では、そろそろ飲んでみたいと思います。

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Wild Turkey 13 Years Distiller's Reserve 91 Proof
推定2014年ボトリング。ヴァニラ→クレームブリュレ→アーモンドキャラメル、香ばしい焦樽、熟したプラム、洋梨、ライスパイス、湿った木材、塩昆布、ラムネ菓子。基本的に甘い焦樽フルーツのアロマ。口当たりはサラッとしている。パレートはオレンジぽさとハニー。余韻は度数のわりには長めで、ほんのりフルーティな甘味もあるが少々渋く、芳醇とは言い難い。全体的に僅かに薬っぽいノートが感じられる。
Rating:87/100

Thought:正直言って、評価の難しいバーボンだと思いました。私には熟成庫の違いによるプロファイルを云々できる経験はありませんので、前回まで開けていた青12年との比較になりますが、何と言うか、従来までの12年101が有していた最も美味しい部分が欠落しているのに、それでもなお12年101と通低するものも感じ、短絡的に切り捨てられないのです。多分これが101プルーフのボトリングだったとしても、複雑さの点に於いて青12年には敵わなかったのではないかと思います。ですが「較べる脳」でなく単体で飲めば、ワイルドターキーの特徴的な濃厚な炭の香りはあるし、繊細なフルーツ感もあり悪くありません。強いて言うなら、旧来の12年はもっと濃密なヴァニラとダークフルーツを想起させるのに対し、13年は穀物とフレッシュフルーツを想起させます。これはプルーフィング・ダウンの結果であるような気もするし、熟成場所の影響のような気もします。皆さんはどう思うでしょうか? コメントよりご意見お待ちしております。

Value:販売価格は店舗により異なりますが、現行品で概ね5000~6500円程度。私はラベルの新しくなった物を飲んだことがないのですが、個人的にはこれに6500円出すのであれば、8年を2本買うかオークションで旧来の12年を買いたいです。または、クラフトディスティラリーの少々割高だけれど新しい味に挑戦することを選びます。けれども、現8年を3000円、旧12年を12000円とすると、13年の6500円はちょうど中間くらいの価格となり、存在意義のない製品ではないし、妥当なお値段にも思えます。アメリカ人にとっては13年にプレミアム(上乗せ価格)を支払うくらいならダイヤモンド・アニヴァーサリーを購入した方がいいと言われますが、日本人にとっては単純に好みで決めればいいこと。おそらく12年が好きだった人、或いはスコッチも嗜む人にとっては現行8年より購入価値のある製品だと思います。


*実を言うと、このラベルより新しい現行の13年ディスティラーズ・リザーヴの説明文からは、「B」の文字が抜けています。おそらく現在の物は、こちらと同じく倉庫の低層階で熟成されていますが、Bウェアハウス以外からも樽が選ばれるように変更されたものと推測されます。海外のターキーマニアで飲み較べした方によると、品質や基本プロファイルにそれほどの変化はなく、僅かに甘さとスパイスのバランスが異なる程度とのこと。

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アーリータイムズ・プレミアムは日本市場限定の製品です。調べてみると1993年から発売され、1997年に終売になったとの情報がありました。後の2011年リリースで2014年に製造停止となった「アーリータイムズ354バーボン」同様、このプレミアムも短命だった訳です(354の過去投稿はこちら)。どちらも3~4年で製造されなくなったところを見ると、あまり売れなかったのでしょう。

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(アメリカ流通のアーリータイムズ・ケンタッキーウィスキー)

アーリータイムズのアメリカ本国での流通品は、1983年にそれまでの「ストレートバーボン」規格から中古樽熟成原酒を含む「ケンタッキーウィスキー」への転換がありました。そう、我々日本人がバブル時代に大量のバーボンを輸入し、バーボンブームが到来していたあの頃、「バーボンと言えばやっぱりアーリータイムズだよね」と憧れていたバーボンは、既に本国ではバーボンではなくなっていたのです。アメリカに於けるアーリータイムズ・ケンタッキーウィスキーはボトムシェルフの王者だったかも知れませんが、そのブランド・イメージは「古臭くて安い酒」だったに違いありません。恐らくそうした負のイメージを刷新しようとしたのが354バーボンの発売だったと思われます。しかし、ほんのちょっと先走り過ぎたのか、単なるマーケティングの失敗なのか、とにかくその目論みは外れました。製造中止のアナウンスの際にブラウン=フォーマンのスポークスマンは、消費者はアーリータイムズにプレミアムを求めていなかった、という趣旨の発言を残した程です。
一方、アーリータイムズの輸出用製品はケンタッキー・ストレート・バーボンとして継続されました。世界的な知名度は絶大であり、特に日本では確固たる地位と販売量を誇るブランドだったからです。では、その日本ですらそれほど売れなかった(と思われる)アーリータイムズ・プレミアムとは一体何なのでしょうか?

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ラベルのサイドに書かれた文言はバーボンのありきたりの常套句ばかりで読む価値もないものです。はっきり言えば、ボトルのみから判断できる情報では度数が3%ほど高い43度ということだけ。このプレミアムについて調べていると、或るブロガーさんの記事で「当時価格で1500円」とありました。随分と安くありません? まあ、354バーボンもアメリカでは17ドル前後の販売だったので、「プレミアム」とは言ってもアーリータイムズ自体がバリュー・ブランドだし、ちょっと上位だよ程度の意味しかないのでしょう。1997年発行のバーボン本によると、イエローとブラウンが参考価格で2700円、プレミアムが4000円とあり、実売価格ではないけれどそれなりの差額があります。そして、その本の製品説明によれば、

「プレミアムは、品質へのこだわりをより徹底させた日本限定品。原料を独特の比率で組み合わせ、酵母も専用のものを使っている。熟成が、香りと色、味わいに深みをあたえている。」

とのこと。え?マジで!? 正直言って、この手の本に載っているインフォメーションは疑わしいものが多く、どこまで信憑性があるのか判りません。アーリータイムズ自体の紹介には比較的紙面が割かれてはいますが、97年発行という時期柄か、96年発売のブラウンラベルについて多く語られ、プレミアムに関しては上の引用文だけしか記述はないのです。取りあえずこの件は後で少し触れるとして、このプレミアムという製品、パッケージングがヒドくないですか? プレミアムを謳いながらラベルの色がブラウンとカーキの中間色? え、売る気あるの? スタンダードのイエローより地味になってますけど? プレミアムが販売されていた当時、熟成年数やボトリング・プルーフの違いによってラベルの色の違う2~3種類のヴァリエーションを揃えたバーボンが沢山ありました。その中で、アーリータイムズにも少し度数の高いヴァリエーションがあるのは自然の流れだろうし、ネームバリューだってずば抜けているのだから、プレミアムが売れる潜在能力は大いにあったと思うのです。いくら「水割り文化」の日本人に最も売れているブランドだったとしても、ハイアー・プルーファーが売れる素地はなくはない筈。通常、ボトルやラベル・デザインを変えずにより良質なヴァリエーションもリリースする場合には、上位の物に高価そうに見える派手な色のラベルを使う傾向にあります。スタンダードが白や黒なら、上位のクラスには赤や銀や金などを使うという具合に。ひとえにプレミアムが売れなかった原因はパッケージにあったのではないでしょうか? この渋すぎる色ラベルのアーリータイムズは、どう見てもイエローラベルの廉価版にしか見えず、プレミアム感の欠片もありません。これでは売れる訳がない……と、ここまではプレミアムが売れなかったから終売になったという前提で話を進めました。ですが、逆に順調に売れていたという可能性も考えられます。これについても後で述べることにし、先ずは飲んだ感想を書きましょう。

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Early Times Premium 86 Proof
1993年ボトリング。キャラメル、焦樽、ブラウンシュガー、ダークフルーツ、バナナ、米、ほんのりバター。甘い香りにフルーティさが潜むアロマ。澄んだ酒質。口当たりは水っぽいものの風味はしっかりしている。香りにスパイシーなトーンは感じないが、液体を飲み込んだ後には穏やかなスパイスが現れる。余韻は43度にしてはやや長めで、緩やかな穀物の甘さとビタネスが同居。
Rating:83.5/100

Value:これ、美味しいです。ユニークな風味はありませんが、すっきりしつつコクのあるバランスの取れた味わい。スタンダードのイエローより幾分かフルーティで、イエローラベルに感じやすい嫌な風味も薄いように思いました。今でも2000円程度で販売されていれば常備酒としてもいいですね。オークションでのタマ数はそう多くありませんが、今のところ高騰してない銘柄なので、2500~3000円程度で落札出来る模様。

Thought:さて、プレミアムの中身に関してなのですが、飲んでみた感想が飲む前の予想をかなり越えていたこともあり、幾つかの可能性を考えてみました。先ずは、上記のバーボン本自体の信用性がなく、件の引用文もテキトーに書かれたデタラメなものだと仮定した場合、

①単純にイエローラベルよりボトリング・プルーフが高いだけ。だが、3度の違いが風味に及ぼす影響は大きい。
②使われている原酒の熟成年数が僅かに長い、もしくはイエローラベルよりクオリティの高い樽が選ばれている。
③イエローラベルとはトーストの具合が違う樽が使われている(*)。

と、考えるのが妥当だと思います。問題はその引用文が信頼できる真実の情報だと仮定した場合です。注目は「原料を独特の比率で組み合わせ、酵母も専用のものを使っている」という部分。酵母は一旦おいて、この前半の文を素直に解釈し、言葉を補うならば、「イエローラベルとは違うプレミアム独自のマッシュビルを使っている」と言っています。私は過去にイエローラベルとブラウンラベルの比較レビュー(こちら)を投稿し、そこでブラウンラベルのマッシュビルについて紹介しましたが、このプレミアムまでもが全く別のマッシュビルを使ってるとは到底思えないのです。マッシュビル、特にフレイヴァー・グレインであるライ麦の比率は味わいに大きな影響を与えます。違うブランドにするならまだしも、同じブランド、同じラベルデザインの色違いで、通常そこまではしないでしょう。しかも日本だけのために、更には廉価な販売価格なのにです。しかし、今は引用文が正しいという仮定で話を進めています。そこで思い付いた解釈理論が、

④プレミアムはブラウンラベルの前身であり、中身はブラウンラベルのハイアー・プルーフ・ヴァージョンだった。

というものです。これは実際プレミアムを飲んでみてイエローラベルより私好みだったことから思い付きました。何となくイエローよりライ麦の影響を感じるような味の気がしたのです。ですが、私自身は味覚音痴ですし、それくらいの風味の違いはボトリング・プルーフの差や熟成の具合でどうとでもなりそうな気もし、また同時期のイエローとブラウンとプレミアムをサイド・バイ・サイドで飲み較べした訳でもないので自信はありません。あくまで珍説であり可能性の提供という意図しかないのです(飲んだことのある皆さんのご意見、どしどしコメントへお寄せ下さい)。そして、珍説ついでに妄想を膨らませてみると、実はプレミアムはよく売れていたのではないか?とまで思い直し、

⑤プレミアムは実験的に開発され、日本市場で好評だったが、のちに日本人の味覚に合わせて40度にプルーフィング・ダウンし、ブラウンラベルとしてリニューアルされた。

というストーリーまで考え付きました。プレミアムの中止が97年、ブラウンの発売が96年ですから、なくはない推論かなと。まあ、どれもバーボンファンのとりとめのない与太話と思って聞き流して頂ければ幸いです。暇潰しには最適でしょう?(笑)。それと、身も蓋も言い方ですが、

⑥単に90年代のボトルは今よりレヴェルが高かった。

という説も付け加えておきます。
最後に酵母に関してですが、件のバーボン本によるイエローとブラウンの違いの説明では、イエローラベルは「熟成期間の異なる酵母を4種類混ぜ合わせて」あり、ブラウンラベルは「イエローラベルの4種類の酵母に、性質と熟成期間の異なる3種類の酵母をプラスして華やかさを醸し出す」とあります。これってまるでフォアローゼズ蒸留所のようですよね? ブラウン=フォーマンもこうしてバーボンを造ってるという話を私は他では聞いたことがないのですが、本当なのでしょうか? こちらもご存知の方はコメントよりご教示頂ければと思います。


*ここで何度も言及しているバーボン本のアーリータイムズ・ブラウンラベルの説明では、トーストの加減がイエローラベルとは違う旨が記されています。③はそこからの類推として、プレミアムもそうだった可能性を示唆しました。

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ウィレット蒸留所(KBD)がリリースするジョニードラムのブラックラベルです。その名前の由来について日本でよく語られるのは、ジョニー・ドラムは1870年にバーズタウンで酒類販売をしていた人物で、樽買いした原酒をブレンドし自分の名前をつけ売り歩いたのが始まり云々。海外では、ジョニー・ドラムという名前のティーンは家を出て南北戦争の南軍に参加、しかし彼は若すぎて武器を取ることは出来ず、1861年にドラマー・ボーイ(*)を務め、故郷のケンタッキー州に戻ってからトウモロコシを使い蒸留を始めた云々、と言われます。このジョニー・ドラムなる(愛称の?)男が実在の人物なのか分かりませんが、海外で語られている話が彼の前半生、日本で語られている話が後半生として辻褄は合っています。けれども、どうも取って付けたバックストーリーな感は否めません。ラベルのデザインからしても、ジャックダニエルズやエヴァンウィリアムス流のクラシックな人名ラベルを想起させます。ウィレットの公式ホームページによれば、60年代にカリフォルニアの卸売業者のために開発されたとの記述がありました。
ジョニードラムには現在、80プルーフのグリーンラベル、86プルーフのブラックラベル、101プルーフのプライベート・ストックの三つがあります。と言っても全てがいつでも利用可能な状態ではないようで、ウィレットのホームページの製品紹介欄にグリーンラベルは載ってませんし、日本でもネット酒販店では売り切ればかりです。おそらくグリーンは廃番もしくは出荷調整、または輸出国により供給に差があるのでしょう。

さて、ここらで古いジョニードラムについてでも語りたいところなのですが、実はその類いの情報はネットで調べてもイマイチ分かりません。80年代後半以前のオールドボトルの画像も皆無と言えます。先に述べた60年代のオリジナルと目されるジョニードラムが、特定の卸売業者のために作成されたということは、流通範囲はかなり限られていたと推察されるので、画像が見当たらないのも仕方ないでしょう。しかし、いくらウィレット蒸留所がジムビームやワイルドターキー蒸留所と較べて生産規模の小さい蒸留所とは言え、これほど過去のボトルの写真がネット上にないのは、60年代のリリース後に継続して製造されていなかったからではないでしょうか。おそらく、時を経た80年代になって主に輸出用のブランド(特に日本)として再開され、アメリカ国内では例えばケンタッキー州限定での販売だったのではないかと想像します。そして、その後全国配給になった…と。これはあくまで私の想像なので話半分で聞き流して下さい。と言うか、詳細ご存知の方はコメントよりご教示頂けると助かります。

先日オークションで丸瓶のジョニードラム12年グリーンラベルが出品されているのを見かけました(年式は不明)。それは「12年」表記の楕円形シール(**)が本体ラベルと別個で付けられていて、私としては初めて見たパターンの物でした。比較的、日本人に馴染み深い(よく見かける)オールドボトルのジョニードラムというと、80年代後半あたりから90年代にかけて流通していたと思われる日本の都光商事のアドレスがラベル正面下部に記載されたボトルかと思います。
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この頃の物はグリーンが8年熟成、ブラックが12年熟成、そして共に86プルーフでした。現行にせよこの時代の物にせよ、色で言うとブラックは常にグリーンより格上のようです。それだけに、上に述べたグリーンラベルの12年があったのに驚いたのです。その後、グリーンはいつの間にか4年熟成になり、プルーフも80に下がりました。ブラックはおそらく90年代後半か2000年代前半頃にNASとなったと思われます。NASのブラックラベルの中身に関しては、一説には4~12年の原酒を使用しているとされます。ただ、この中身の熟成年数は発売年式および生産ロットにより変動している可能性はあるでしょう。ではテイスティングの時間です。

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Johnny Drum Black Label 86 Proof
推定2008年ボトリング。杉、ナツメグ、弱いカラメル、グレープ、僅かなアーモンド、インク。あまり甘くないウッド・スパイス系のアロマ。やや酸味のある味わい。ソフトな酒質。余韻は軽めのスパイスと穀物感が主で、ビタネスを伴いすっきり切れ上がる。
Rating:81.5/100

Thought:ウィレット蒸留所が蒸留を再開したのは2012年からなので、推定ボトリング年からすると、原酒は100%ソーシング・ウィスキーとなります。概ねヘヴンヒルからの調達であるとされるので、エヴァンウィリアムス等と較べてどのくらいの違いがあるのかが気になるところでした。海外のバーボンマニアで、エヴァンウィリアムスに選ばれなかったバレルが樽売りされているのではないか、という趣旨のことを言っている方がいましたが、正直、私には調達方法の詳細は判りません。仮にそうであれ、蒸留したての原酒を購入しているのであれ、マッシュビルを共有するとしても、ウィレットの熟成倉庫でエイジングすれば風味は多少変化する筈です。更にブレンディング(バッチング)の違いも考慮すれば、どのみち異なるバーボンとは言えるでしょう。
で、私の飲んだ感想としては、通常のエヴァンウィリアムスとはかなり違うバーボンであると思いました。強いて言えば、スパイス感の方向性がエヴァンウィリアムスと言うかヘヴンヒルのフレイヴァーぽいような気もしますが、独特の木香とビター感はこのボトル特有かと。また、海外の或るバーボン飲みの方は、いつのボトリングか分かりませんが、ジョニードラム黒ラベルNASをワイルドターキーのレアブリードに似ていた、と言っていました。少なくとも私の飲んだ物や私の舌にはそうは感じられなかったです。それと、日本の酒販店の多くには、ジョニードラム黒ラベルの商品紹介に「12年原酒をメインにブレンド」と書かれています。どこまで信じてよいか判らない情報ですが、確かにタニックなビター感とソフトな酒質はそうであってもおかしくはないかなとは思わせます。飲んだことのある皆さんはどう思われるでしょうか? どしどしコメントお待ちしております。

Value:KBDのリリース中、スモールバッチの物と較べると量産型であろうジョニードラム。特にNASは凄くハイクオリティとは言い難いです。日本では概ね2500円前後の販売価格でしょうか。個人的には現行のエヴァンウィリアムス黒ラベルよりかは美味しく感じましたので、もし同じ価格ならジョニドラを選びます。ですが現行のエヴァンウィリアムス赤ラベルが3000~3500円で買えるなら、そちらを選ぶのが私の好みです。


*軍隊の中で非戦闘員として、戦場での使用のためにドラムを担当した少年のこと。
ドラムは戦場で歩調を合わせるために使われるだけでなく、指揮系統の重要な一部であり、ドラムロールを使用して士官から部隊へ様々なコマンドを通知したと言います。ドラマーには公式の年齢制限がありましたが、しばしば無視され、時として最年少の少年は成人兵士によってマスコットとして扱われました。ドラマーの少年の生活はかなり魅力的に見え、そのため、少年は時々家から抜け出して入隊したのだとか。または、同じ部隊に仕える兵士の息子や孤児であったかも知れないそうです。
Wounded_Drummer_Boy_by_Eastman_Johnson,_San_Diego_Museum_of_Art

**ジョニードラム15年の昔の物や、イーグル・クエスト、バーボンスター等と共通するデザインの、KBDのバーボンによく使われている「あの」シールのことです。

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ジムビームのスモールバッチ・コレクションのうち筆頭とも言えるブッカーズ。その名の由来となっているのはビーム家第六世代マスターディスティラーであるフレデリック・ブッカー・ノー2世、通称ブッカー・ノーです(*)。
ブッカーは1929年12月に生まれました。ジム・ビームことジェイムス・ボーリガード・ビームの孫に当たります。母親であるジムの娘マーガレットがノー家へ嫁いでいるのでビーム姓を名乗っていません。蒸留一家の家系に生まれた常か、10代の頃から蒸留所周辺の手伝いをしていたようです。恵まれた体躯の持ち主だったブッカーはフットボールをやっていて、後にアラバマ大学で勇名を馳せるカレッジ・フットボール界の伝説的名コーチ、ベア・ブライアントがケンタッキー大学で指導していた頃の彼のチームに所属していました。しかしやがてチームを辞め、大学も中退してしまい、アンクル・ジェリー(ジムの息子ジェレマイアのこと)やカズンのカール(ジムの弟の息子)らの心配を引き起こします。彼らはブッカーが蒸留所の家族との繋がりを損なわないことを望んでいたのです。チームや大学を辞めた理由については定かではありませんが、ブッカーはワイルドな男だったので若き人生を楽しみたかったのかも知れません。
ブッカーは子供の頃から有名な祖父ジムと親密だったそうで、ジムもアンクル・ジェリーも彼のポテンシャルを認めていました。また、家族がブッカーの処遇にまごついている間に、ウィレット蒸留所のトンプソン・ウィレット氏もブッカーを狙って(スカウト?)いたなんて話もあったようです。もしブッカーがウィレット蒸留所に行っていたとしたら、ブッカー・ノーがプロデュースするノアーズミル発売!、息子のフレッド・ノーがウィレット蒸留所のマスターディスティラーを継ぐ!、なんていう歴史の書き換えが行われていたかも…と妄想するのはバーボンマニアの密やかな楽しみでもあるでしょう。しかし、歴史はそうはなりませんでした。
ブッカーの母は、息子へもっと巧くファミリービジネスの魅力を紹介するよう、アンクル・ジェリーに持ち掛けたようです。それが効を奏した分かりませんが、1950年頃にアシスタント・ディスティラーとして家業に入り、おそらく名ディスティラーだったカールに蒸留業の一から十を叩き込まれたものと想像します。ブッカーは主にケンタッキー州ボストンのジムビーム蒸留所でバーボンの製造と熟成を管理し、後に隣接するクレアモントでもそうしました。ジムビームはブリット郡クレアモントとネルソン郡ボストンに蒸留所を持ちますが(**)、そのボストンの蒸留所は五代目当主のジェレマイアが操業を停止していた古いチャーチル・ダウンズ蒸留所を買い取り、数百万ドルを投資して最先端の施設へと転換、1954年に2番目の蒸留所として開設し、通称ボストン・プラントと呼ばれていました。ブッカーはそこを長らく監督していたので、今ではジムビーム蒸留所ブッカー・ノー・プラントと命名されています。
ブッカーは1965年にマスターディスティラーに選ばれました。1960年代及び70年代、ジンや特にウォッカのような「ホワイトスピリッツ」の躍進に悩まされてきたバーボン業界にあっても、ジムビーム自体は当時から世界で最も売れ行きの良いバーボンでした。ブッカー一人の力でもなかったのでしょうが、彼が1992年に「名誉マスターディスティラー」として実務から引退するまでの在任中、ジムビーム・バーボンの生産量は12倍に増えたと言います。引退した後も会社のアンバサダーとして働き続け、ビームのバーボンを宣伝するため世界を旅したり、バーボン・テイスティング会ではホストとして家族の物語や歴史を織り混ぜた会話で観客を楽しませました。1995年に会社はジムビームのラベルに、ブッカーに先行していた5人のビーム・ディスティラー、ジェイコブ、デイヴッド、デイビッドM、ジム、Tジェレマイアの肖像画のスケッチと並べて彼を加えます。そしてブッカーは2001年にバーボンの殿堂入りを果たし、2004年に亡くなりました。
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ブッカーは愛すべきキャラクターとカリズマを備え、ロックスターのように扱われた初めてのマスターディスティラーでした。今日、伝説として扱われる彼の功績は、蒸留技師としてよりも、むしろ自身の名を冠した「ブッカーズ」と「スモールバッチ・バーボン」を広めたことに帰着するでしょう。その役割は現在、息子のフレッド・ノーがビーム家七代目マスターディスティラーとなって継承しています。

伝説の語り部やマーケティング部門の天才的なライターは、時に余りにもフィクショナルな言辞を誇示します。それ故、ブッカーズ誕生秘話の真相もどこまで本当かよく分かりません。一説には、ブッカーズはブッカーがシングルモルト・スコッチに匹敵するバーボンを製造するよう頼まれたのが契機となったと言います。定説では、ブッカーが時々蒸留所の倉庫から特別に選んだバレルを瓶詰めし、親しい友人や家族へのホリデーギフトとしたり、ビーム家主催のバーベキューパーティーで振る舞われたそのバーボンはやがて評判を呼び、インスピレーションとなってビームが量産を開始した時、ブッカーズは誕生したと言います。ビーム社が公式に発表しているところによれば1988年のことでした。僅かな違いですが、87年としているサイトも多いです。初め高品質のバーボンが売れるかどうかについて疑問の声は内部からもあったそう。その希望小売価格は約40ドルとも50ドルとも言われ、当時のバーボンとしては破格の値段でした。しかし、それは杞憂に終わり、ブッカーズはカルト的な人気を得、今でもビーム・バーボンの最高峰として君臨しています。

ブッカーズの品質は何千何万もの樽の中から「ハニーバレル」と呼ばれるものを見つけることによって達成されます。気温の変動や倉庫内のバレルを置く位置により、バーボンは様々な品質で熟成し、風味は一定しません。業界で育ったブッカーは最高の樽を探す方法を知っていました。
かつて一部の蒸留所のラックハウス作業員は「ミュールス」と呼ばれるプラスチック製のチューブを自分の作業着の前面に付けて持ち歩き、熟成したバレルから直接ウィスキーの味見をするために使用したそうです。 彼らはおおむね立派な体格(太ってた?)をしており、味見をするとき彼らの出っ張った腹は樽の側面を擦り、埃を取り除いてバレルを輝かせました。「バレルがより明るいと、ウィスキーはより甘い」なんて格言?を言う人もいたそうな。
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ブッカーは見習いの作業員をラックハウスへわざと送り込んでおいて、後から悠々とシャイニーバレルを見つけ出したのでしょう。そして自らの名前を付けることになるバーボンの最初の準備が出来た時、シャイニーバレルがあった場所に新しい樽を置いた、と。そこは大抵の場合、温度と湿度と日当たりがちょうど良いラックハウスの中央部分に当たりました。具体的に言うと、ジムビームの熟成倉庫は主に9階建てですが、上層階でも下層階でもない真ん中の4~6階のことです。これがブッカー自身がしばしば「センターカット」という用語を使った理由でした。ジムビームではラックハウスの中層階こそが「スイートスポット」であり「ハニーバレル」を産出する場所だという訳です。

以上のような特別な樽を一つ選ぶだけではブッカーズにはなりません。ブッカーズはシングルバレルではなくスモールバッチですから、選ばれた樽はサンプリングされて、バランスを見ながらブレンドし、一つのバッチを形成します。このプロセスをバッチングといい、バーボンの味をクリエイトする重要な要素。現在のブッカーズもバッチングに使用される樽は殆どが中層階から来ています(少しだけ2階や8階等別のフロアの樽が選ばれることもある)。バッチ・サイズは概ね350~360樽とされます。また、ブッカーズの熟成年数は常に6~8年であり、ラベル記載の熟成年数はバッチの中で最も若い原酒の物です。ラベルと言えば、あのブッカーズの象徴的な筆記体によるデザインは、自分のバーボンのストーリーを説明したブッカー・ノー本人の手書きのメモを複製したものだそう。

そして更にブッカーズをブッカーズたらしめる特徴が、アンカットとアンフィルタード。つまり水で希釈せず濾過もしないことです。加水調整しないため、アルコール度数はそのバッチ毎に異なり、およそ120~130プルーフの間を行き来する所謂バレルプルーフ・バーボンで、フィルタリングに関してはゴミ(炭化したバレルの木屑)取りレヴェルの濾過はしていると思いますが、大々的なフィルターはかけていないでしょう。ブッカー本人の台詞で言えば「バレルからストレートに、かつてのバーボンがそうだったように」。

さて、今回レビューするブッカーズなのですが、購入した時からバッチナンバーを示すシールが欠損していました。初めから付いてなかったのか、取れちゃったのかよく判りませんが、ともかくブッカーズと言えばバッチナンバーは欠かせません。それがあるから有り難みが増し、マニア心を擽るというもの。そこで、せっかくなのでレビューの前にブッカーズのバッチナンバーの読み方を、この機会に紹介しておきましょう。

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ブッカーズのバッチのコードには大きく分けて3タイプあります。
発売開始から94年途中までは「バッチ」と書かれてなく「ロット」と書かれ、例を挙げると「C-B-16-79」や「B-K-28-84」のようなコーディングです。最初のアルファベットは蒸留プラントの別を表し、クレアモントの「C」かボストンの「B」です。二番目のアルファベットは月を表し、A=1月、B=2月と読み替えます。次の数字は1から31までの蒸留日、最後の数字は蒸留年に対応しています。
続いて、94年途中からフォーマットに若干の変更がなされました。例としては「C87-B-19」や「B95-C-31」のような感じです。以前と同様の方法論に従いますが、順序が違います。先頭のアルファベットは蒸留プラントの区別、そこからハイフンがなく蒸留年が来て、月を示すアルファベット、日にちの順です。
そして2014年になると、従来方式と単純化されたバッチナンバーが混在し始めます。「C07-A-12」と「2014-07」のような例です。前者は従来通りですが、後者は蒸留年ではなくバッチングされた年とリリース番号です。この混在はおそらく過渡期だからでしょう。2015年になるとアメリカ国内仕様のバッチナンバーの書かれたタグは大幅にリニューアルされたからです。2015年からのものはバッチ番号を単純化した以外に、各バッチにブッカーと関連する何かを表すシンボルと名前が付けられるようになりました。犬とか椅子とか魚とか肉とか色々なものです。ご丁寧にそれらに付随するストーリーもあります。これらは限定リリースや特別リリースではありませんが、ファンからしたら親しみやすく見ていて楽しい新機能です。

それでは、海外のバーボンマニアが作成してくれているデータをベースに、バッチの仕様を以下に纏めておきます。ブッカーズはかなりの年月継続して発売されてますし、輸出国でその仕様も異なるかも知れず、全てを網羅するのは難易度が高いです。また私自身はコレクターでもマニアでもありません。それゆえ不完全だと思うので、ここに挙げられていないバッチをご存知の方はコメントよりお知らせ頂けると助かります。表記は左から順に、バッチ番号、名称があるものはその名称、括弧は蒸留年に熟成年数を足したことで得られる推定バッチング時期≒ボトリング時期≒リリース時期(後年の「2015-01」のような番号には付けていません)、熟成年数、プルーフ、特記事項です。また、不確定要素には「?」を付しました。


【Booker's Batches ~Work-in-Progress~】

C-B-16-79 (Feb. 1986?) / 7YEARS OLD / 120.9 PROOF / Brown Wax / Individually Numbered
C-B-16-79 (Feb. 1987?) / 8YEARS OLD / 121.4 PROOF
C-E-19-81 (May 1988) / 7YEARS OLD / 121.6 PROOF / Brown Wax
C-B-04-82 "Booker Noe's" (Feb. 1989) / 7YEARS OLD / 125.2 PROOF / Brown Wax 
C-C-16-82 "Booker Noe's" (Mar. 1989) / 7YEARS OLD / 126.0 PROOF / Brown Wax
C-I-27-82 "Booker Noe's" (Sep. 1989) / 7YEARS OLD / 125.3 PROOF
C-K-03-82 (Nov. 1989) / 7YEARS OLD / 124.2 PROOF
B-H-01-83 (Aug. 1991) / 8YEARS OLD / 124.6 PROOF / Brown Wax
B-H-01-83 "PRIVATE STOCK" (Aug. 1991) / 8YEARS OLD / 125.4 PROOF / For Japanese Market
C-E-15-84 (Dec. 1990) / 6YRS 7MO / 124.6 PROOF
C-E-15-84 "Booker Noe's" (???. 1991) / 6YRS ?MO / 125.2 PROOF / For Japanese Connoisseur
C-E-15-84 (Oct. 1991) / 7YRS 5MO / 124.6 PROOF / Brown Wax
B-K-28-84 "Booker Noe's" (Jan. 1993) / 8YRS 2MO / 124.6 PROOF / Brown Wax
B-K-28-84 (Jan. 1993) / 8YRS 2MO / 124.6 PROOF
C-J-06-86 "Booker Noe's" (Oct. 1993) / 7YEARS OLD / 124.9 PROOF / Brown Wax
B-C-19-87 "Booker Noe's" (Apr. 1994) / 7YRS 1MO / 126.5 PROOF
C87-B-19 "PRIVATE STOCK" (Feb. 1994?) / 7YEARS OLD / 126.5 PROOF / For Japanese Market
C87-B-19 (May 1994) / 7YRS 3MO / 126.5 PROOF
C87-D-14 (Dec. 1994) / 7YRS 8MO / 126.1 PROOF / Japan Export?
C87-D-21 (Apr. 1995) / 8YEARS OLD / 125.3 PROOF
C-E-15-89 (May 1996) / 7YEARS OLD / 124.6 PROOF / Mimi
C88-J-17 (Oct. 1996) / 8YEARS OLD / 125.5 PROOF / Booker's Club 3 Sticker on Top
C89-E-26 (Mar. 1997) / 7YRS 10MO / 125.6 PROOF
C89-L-13 (May 1996) / 6YRS 5MO / 126.6 PROOF
C90-B-8 "10th Anniversary" (Feb. 1998) /  8YRS / 126.3 PROOF / Gold Wax
C90-D-11 (Aug. 1997) / 7YRS 4MO / 126.5 PROOF
C90-E-11 (Sep. 1997) / 7YRS 4MO / 126.5 PROOF / Booker's Club 3 Sticker on Top
C90-E-14 (Feb. 1998) / 7YRS 9MO / 126.7 PROOF
C90-K-28 (Sep. 1998) / 7YRS 10MO / 126.3 PROOF
C91-L-20 (May 1999) / 7YRS 5MO / 126.6 PROOF
C92-I-15 (Dec. 1999) / 7YRS 3MO / 126.5 PROOF
C92-K-05 (Aug. 2000) / 7YRS 9MO / 125.4 PROOF
B93-L-16 (Jan. 2001) / 7YRS 1MO / 126.3 PROOF
B94-E-13 (Jun. 2001) / 7YRS 1MO / 126.0 PROOF
B94-E-13 (Jan. 2002) / 7YRS 8MO / 126.4 PROOF
B95-C-31 (Jun. 2002) / 7YRS 3MO / 126.6 PROOF
B95-C-31 (Dec. 2002) / 7YRS 9MO / 126.7 PROOF
B95-C-31 (Mar. 2003) / 8YRS 0MO / 126.7 PROOF / Japan Export?
B95-C-31 (Aug. 2003) / 8YRS 5MO / 126.8 PROOF
B95-C-31 (Dec. 2003) / 8YRS 9MO / 126 PROOF
B96-C-15 "Booker Noe 1929-2004" (Jun. 2004) / 8YRS 3MO / 125.3 PROOF / Commemorative Label, Release Size : 3000
B96-L-23 (Nov. 2004) / 7YRS 11MO / 126.8 PROOF
C97-A-31 (Mar. 2005) / 8YRS 2MO / 126.6 PROOF
C97-B-07 (Aug. 2005) / 8YRS 6MO / 126.9 PROOF
C99-B-22 (Jan. 2006) / 6YRS 11MO / 124.7 PROOF
C00-A-20 (May 2006) / 6YRS 4MO / 124 PROOF
C00-A-20 (Aug. 2006) / 6YRS 7MO / 127 PROOF
C00-A-20 (Oct. 2006) / 6YRS 9MO / 127 PROOF
C00-K-15 (Jun. 2007) / 6YRS 7MO / 126.4 PROOF
C01-A-18 (Aug. 2007) / 6YRS 7MO / 124.9 PROOF
C01-A-18 (Jan. 2008) / 7YRS 0MO / 125.7 PROOF
C01-A-18 (Apr. 2008) / 7YRS 3MO / 125.4 PROOF
C01-A-18 (Apr. 2008) / 7YRS 3MO / 125.7 PROOF
C01-K-07 (Sep. 2008) / 6YRS 10MO / 126 PROOF
C02-A-18 (Dec. 2008) / 6YRS 11MO / 126.9 PROOF
C02-A-18 (Mar. 2009) / 7YRS 2MO / 130.1 PROOF
"FRED NOE SELECT FOR SEIJO ISHII" NO. 1 / 6YRS 10MO / 125.0 PROOF / Release Size : 1000, Special Box
"FRED NOE SELECT FOR SEIJO ISHII" NO. 2 / 6YRS 10MO / 122.0 PROOF / Release Size : 700, Special Box
"FRED NOE SELECT FOR SEIJO ISHII" NO. 3 /6YRS 10MO / 122.0 PROOF / Release Size : 300, Special Box
C02-I-24 (Sep. 2009) / 7YRS 0MO / 128.4 PROOF
C03-A-29 (Jan. 2010) / 7YRS 0MO / 127.9 PROOF
C03-A-29 (May 2010) / 7YRS 4MO / 128.6 PROOF / Japan Export?
C03-I-16 (Sep. 2010) / 7YRS 0MO  / 127.4 PROOF
C03-I-17 (Jan. 2011) / 7YRS 4MO / 128.0 PROOF
C04-A-28 (May 2011) / 7YRS 4MO / 129.1 PROOF
C04-A-28 (Aug. 2011) / 7YRS 7MO / 128.6 PROOF
C04-J-19 (Nov. 2011) / 7YRS 1MO / 129.2 PROOF
C05-A-12 (Feb. 2012) / 7YRS 1MO / 130 PROOF
C05-A-12 (Jun. 2012) / 7YRS 5MO / 128.5 PROOF
C06-B-15 (Mar. 2013) / 7YRS 1MO / 127.1 PROOF
C06-B-15 (Mar. 2013) / 7YRS 1MO / 128.9 PROOF
C06-B-15 (May 2013) / 7YRS 3MO / 127.1 PROOF
C06-K-08 (Nov. 2012) / 6YR 0MO / 130.4 PROOF
C06-K-08 (Jan. 2013) / 6YR 2MO / 128.5 PROOF / Kentucky Derby Festival 2013
2013-06 / 7YRS 6MO / 125.9 PROOF / Roundtable Selection
2013-07 / 7YRS 0MO / 128.0 PROOF
2014-01 "25th Anniversary Edition" / 10YRS 3MO / 130.8 PROOF / Gold Wax
2014-02 / 7YRS 0MO / 126.8 PROOF / Japan Export
C07-A-12 (Jan. 2014) / 7YRS 0MO / 130.6 PROOF
C07-B-7 (Apr. 2014) / 7YRS 2MO / 130.8 PROOF / Roundtable Selection
C2014-05 / 7YRS 5MO / 127.9 PROOF
2014-06 / 7YRS 2MO 14DAYS / 127.7 PROOF / Roundtable Selection
2014-07 / 7YRS 7MO 13DAYS / 128.9 PROOF
2015-01 "Big Man, Small Batch" / 7YRS 2MO 16DAYS / 128.7 PROOF
2015-02 "Dot's Batch" / 7YRS 0MO 18DAYS / 127.9 PROOF
2015-03 “The Center Cut” / 7YRS 2MO 28DAYS / 127.2 PROOF / Roundtable Selection
2015-04 "Oven Buster Batch" / 6YRS 5MO 20DAYS / 127.0 PROOF / Roundtable Selection
2015-05 "Maw Maw's Batch" / 6YRS 7MO 3DAYS / 128 PROOF
2015-05 (No Batch Name) / 6YRS 7MO / 128.0 PROOF / Export
2015-06 "Noe Secret" / 6YRS 8MO 7DAYS / 128.1 PROOF / Roundtable Selection
2016-01 "Booker's Bluegrass" / 6YRS 11MO  0DAYS / 127.9 PROOF
2016-01E (No Batch Name) / 6YRS 1MO / 127.7 PROOF / Export
2016-02 "Annis' Answer" / 6YRS 2MO 1DAYS / 126.7 PROOF
2016-LE "Big Time Batch" Booker's Rye / 13YRS 1MO 12DAYS / 136.2 PROOF / Green Wax and Label
2016-03 “Toogie's Invitation” / 6YRS 4MO 4DAYS / 129.0 PROOF / Roundtable Selection
2016-04 “Bluegill Creek” / 6YRS 5MO 28DAYS / 128 PROOF
2016-05 “Off Your Rocker” / 6YRS 7MO 23DAYS / 129.7 PROOF
2016-06 “Noe Hard Times” / 6YRS 10MO 1DAYS / 127.8 PROOF
2017-01 “Tommy’s Batch” / 6YRS 4MO 6DAYS / 128.5 PROOF / Roundtable Selection
2017-01E (No Batch Name) / 6YRS 1MO 0DAYS / 125.4 PROOF / Export
2017-02 "Blue Knights Batch" / 6YRS 3MO 3DAYS / 127.4 PROOF
2017-03 “Front Porch Batch” / 6YRS 5MO 25DAYS / 125.9 PROOF
2017-04 “Sip Awhile” / 6YRS 8MO 14DAYS / 128.1 PROOF
2018-01 “Kathleen's Batch” / 6YRS 3MO 14DAYS / 127.4 PROOF / Roundtable Selection
2018-01E (No Batch Name) / 6YRS 3MO / 127.4 PROOF / Export
2018-02 “Backyard BBQ” / 6YRS 2MO 10DAYS / 128.8 PROOF
2018-03 “Kentucky Chew” / 6YRS 4MO 12DAYS / 126.7 PROOF
2018-04 “Kitchen Table” / 6YRS 8MO 7DAYS / 128.0 PROOF
"30th Anniversary Limited Edition" / 30% 16 Year and 70% 9 Year / 125.8 PROOF / Silver Wax
2019-01 "Teresa's Batch" / 6YRS 3MO 1DAYS / 125.9 PROOF
2019-01E (No Batch Name) / 6YRS 3MO / 125.9 PROOF / Export
2019-02 "Shiny Barrel Batch" / 6YRS 5MO 1DAYS / 124.0 PROOF
2019-03 "Booker's Country Ham" / 6YRS 4MO 2DAYS / 124.7 PROOF
2019-04 "Beaten Biscuits" / 6YRS 6MO 19DAYS / 126.1 PROOF

少し補足しておくと、後半の方で特記事項に出てくるラウンドテーブル・セレクションというのは、円卓会議を意味する言葉です。基本的にブッカーズ・バーボンは、蒸留所で働く選ばれた人々にテイスティングしてもらい意見を伺うらしいのですが、このラウンドテーブルとしてリリースされているブッカーズは、蒸留所の関係者ではないけれどバーボンを愛するライターや著名人、所謂インフルエンサーにブッカーズのバッチ選択を手伝ってもらったものを指します。大体3つのサンプルの中からどれがブッカーズに相応しいか投票形式で決めて行くのだとか。
また、前半の方に「ブッカー・ノーズ」と名付けられたブッカーズがあります。これは聞くところによると、日本のバーボンマニアの間で「ブッカーズ・ブッカーノーズ問題」と呼ばれているようで、つまりはこの二つの違いは何なんだ?と云うことなのですが、日本の或る高名なウィスキーブロガーの方は他方はシングルカスク(シングルバレル)なのではないかと想像してみたり、なかなか尽きないホットなトピックみたいです。なので私もここで自分の想像を披瀝してみたいと思います。
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先ず、最初の発売時はブッカー・ノーズで、ある時からブッカーズに名称変更された、というなら話は簡単だったのですが、これは確実に違います。上のリストの始めの三つは「Booker's」だからです。次に、ブッカーズが初期の段階では国内仕様をブッカーズ、日本輸出仕様をブッカー・ノーズにしていた、これはその可能性もあるし、そうでもなさそうな気もするし、明確に判らないので取りあえず放置。続いて、一方の質が高い説、例えばブッカーズはスモールバッチでブッカー・ノーズはシングルバレルとか、他方は熟成年数が長いとか、蒸留時点で造り分けてるなど中身に明瞭なスペックの違いがあると考える説は、個人的には賛同できません。おそらくブッカーズにはシングルバレルはなく常にスモールバッチだったと思います、ブッカー・ノーズも含めて。別に何かしら根拠がある訳ではないのですが、既に84年の時点でブラントンズというシングルバレル・バーボンが発売されているのですから、もしシングルバレルのブッカーズを造ったのだったら、あれほど似たようなラベルにせず、もっと高級感を演出するとか、或いはその事をもっと押し出したのではないでしょうか?  ロット「79」までの物が極端に小さい規模のスモールバッチだった、というなら理解は出来るのですが…。また、私には当時の価格が分からないのでこれまた憶測ですが、ブッカーズとブッカー・ノーズに品質の区別があったのなら販売価格は大いに違ったのではないでしょうか? 誰か知ってる方はいらっしゃいませんか?
じゃあ一体ブッカーズとブッカー・ノーズは何が違うんだと問われたら、両者は保証される品質に違いはなく、単なるラベルのヴァリエーションに過ぎないのではないか、というのが私の意見です。仮に、初期のブッカーズとブッカー・ノーズを全部取り揃えて飲み比べをし、その結果、例えば全てのブッカー・ノーズが全てのブッカーズより美味しく感じたとしても、やはりそれらは同じものと見做せると思います。何故なら、そもそもブッカーズはバッチ毎に味の変動があるとされるバーボンですし、少なくともラベルや公表されている情報から判断するに、ブッカー・ノーズはブッカーズの定義(ブッカーズたる条件的なスペック)を満たしているからです。何よりブッカーズとブッカー・ノーズですよ? これ日本語にしたら「ブッカーの」と「ブッカー・ノーの」ですから、どちらも指し示すものが一緒じゃないですか。極端な差があったら消費者は混乱してしまいます。それに、多分海外のバーボンマニアはこの名称の違いをそれほど気にしてないような気がします。ボトルのラベルはブッカーズでありながら、紙箱にはブッカー・ノーズと書かれているパターンの販売もよくありましたが、この件に関してツッコミを入れてる海外の方を見たことがないのです。
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箱に関しては上の画像のように、ブッカーズ・トゥルーバレル・バーボンとかブッカー・ノーズ・スペシャルバレル・バーボン等と書かれており、初期ラベル同様一定の文句で統一されていません。これはどう考えても両者が認識として同じもの、同じ事柄の別表現なのを暗示しているように思えてならないのです。おそらく二種類の名称が生まれた原因はブッカー自身にあったのではないか、と私は勘繰っています。ブッカーズ誕生の場面を思いっきり妄想してみましょう。


伝説によれば、ブッカーは親しい友人や家族や蒸留所で働く人々に、特別に選んだ樽から出来たバーボンを振る舞ったと云う…

ゴクゴク

A氏「いやぁ、旨めえなぁ、このバーボン」

B氏「ほんとだ、こいつぁ旨めぇ、こりゃ明日ブッカーさんにお礼を言わなきゃだな」

翌日

A氏「なぁ、ブッカーさんよ、昨日くれたあのバーボン、すげぇ旨かったよ、ありがとうな。ありゃいったいなんてバーボンなんだい?」

B氏「そうだそうだ、俺もそれが聞きてぇ、これからも飲みてえんだよ」

ブッカー氏「名前なんてねぇよ、…そうだなぁ、強いて言うなら、俺んだ」

A氏「ブッカーズってわけかい?」

B氏「へへぇ、そいつはいいや、カッコいいじゃねーか」

と、まあこんな感じの会話があったとかなかったとか…


私の推測では、ブッカーにとっては「ブッカーズ」でも「ブッカー・ノーズ」でも、どっちでもよかったし、それらは同じ意味だった。しかし、消費者もしくはブランディングやデザインに携わる担当者には違った。「ブッカーズ」の方が断然クールな響きだった。それ故「ブッカー・ノーズ」はいつしか淘汰され、「ブッカーズ」が生き残った。或いはブッカー本人が「ブッカーズ」の方を気に入ったのかも知れない。
…えー、はい、空想話はこれくらいにして、そろそろテイスティングへ…。

先に述べたように、今回飲んだブッカーズにはバッチナンバーのシールがありません。なので熟成年数も不明、インポーターのシールも見当たらないので度数すら分からないのです。が、瓶底に辛うじて15という数字が読み取れるので、おそらく2015年のエクスポートではないかと思われます。木箱が以前のナチュラル・カラーの物から、ロッキンチェアに座るブッカーがプリントされた濃い茶色の物に代わったのも2015年だし、私の購入した時期も考え合わせると、多分間違いないかと。

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Booker's ? Proof
Batch No. ?
推定2015年ボトリング、6年7カ月熟成、128プルーフ。糖蜜とハーブ、シナモンアップルパイ、線香、僅かなカラメル、きな粉。どこか植物を思わせるアロマと木香。オイリーな口当たり。パレートはオレンジを感じる。アルコール感は穏やか。余韻はややウッディなビター感が始めに来て、それが消えるとビーム・バーボンに共通するフルーツが微かに揺蕩う。ナッティさはあまり感じない。香りがハイライト。
Rating:88/100

Thought:先日まで飲んでいたノブクリークのシングルバレルとは全然キャラクターが違う仕上がりなのは流石でした。また、このブッカーズの前に飲んだブッカーズ(2012年のバッチ)が凡庸だったのに比べると、特別なフィーリングは感じました。うんうん、ブッカーズはこうでなくっちゃね、と。但し、加水し過ぎたりロックで飲むと酷く平凡なのは気になりました。加水して60度くらいに下げるなら、端からノブクリーク・シングルバレルを飲んだ方が美味しいと思います。

Value:一昔前までブッカーズは日本では5000円程度で買えていました。アメリカでも安いと40ドル~大体50ドル程度で買えていたようです。しかし、2016年になるとビームはブッカーズの価格を約二倍にする計画を立てました。ビーム広報が出した2016年暮れのアナウンスによれば、「希少性と高品質、そして生産基準を犠牲にすることなく供給を維持する必要」から価格を引き上げることにした、と言うのです。と同時に年間6〜7バッチから4バッチに減産し、バッチサイズは従来通り約350バレルのままです。それは利用可能なボトルの数が約3分の1に縮小することを意味します。これにより日本への割り当ても少なくなり、例の「終売騒動」に繋がったのでしょう。今後はどうなるか判りませんが、値上げは時間をかけて段階的に実行されるようで、今のところアメリカ国内では約70~75ドル程度、日本でも希望小売価格はその程度の値段付けとなっています。
現在の産業全体のバーボン高需要からすれば、確かにビーム広報の言葉も本当ではあるでしょう。しかし、穿った見方をすると、NDPのややもするといかがわしいバーボンがブッカーズの2倍の希望小売価格だったり、他のスーパー・プレミアム・クラス・バーボンがその価格帯で販売されている状況に、ビームの上層部はイライラしていたのではないでしょうか。言うなれば、ヴァン・ウィンクルやバッファロートレース・アンティーク・コレクションのような存在にブッカーズをするべきと考えたのではないかと。2016年発売のブッカーズ・ライが300ドルでも即座に売り切れたという事実が彼らにアイデアを与えた可能性があると、バーボン・ライターからも示唆されています。
当たり前の話、どんな企業も停滞より成長を望みます。熟成期間を経なければ販売できないウィスキービジネスにとって、急な需要増は対応に苦慮する危機であると同時にチャンスでもあり、賢明なプレイヤーなら、価格を上昇させて需要を少し抑えながらも利益を増やすことでしょう。できれば、更なる需要の成長と顧客のロイヤルティを損なわずに。それは理解できるにしても小売価格を2倍はクレイジーです…。
日本の状況を見て下さい。2019年バッチが7月に発売されると、おそらく適正価格で販売する店舗や通販サイトからは瞬く間に消えたと思われます。しかし、どうも転売ヤーなる「職業」があるらしく、オークションにはそれなりに豊富なタマ数で出品はされています。落札相場は概ね10000~12000円程度で、図らずもビームの希望通りの金額と言っていいでしょう。また、メーカー希望小売価格より強気の価格設定をする店舗も、概ね10000円程度での販売価格のようです。仮に定価が7500円とするならば、手に入りにくい物への対価としては、まあ妥当な落札価格や販売価格なのかも知れません。しかし、味や品質面から言ったらノブクリーク・シングルバレルが5000円の時、ブッカーズを倍額で買う価値があるかと問われたら、個人的には「No」ですね。私なら迷わずノブクリーク・シングルバレルを2本買います。もちろんフレイヴァー・プロファイルは違いますし、ブッカーズの方が美味しいかも知れません。いや、美味しい。それに、有り難みもある。しかし、それでも5000円VS10000円は検討に値するエコノミクスです(***)。


*日本語ではブッカー・ノーの「Noe」を「ノォ」または「ノウ」あるいは「ノエ」と表記する習慣が見られます。実際の発音は「イエス、ノー」の「No」と同じなのですが、おそらく女優のユマ・サーマンの実際の発音が「ウマ・サーマン」に近いのに、日本語で「馬」を連想させるため「ユマ」と表記するようになったのと同じ発想で、拒否の「No」を連想させないような配慮からそう表記しているのだと思われます。しかし、当ブログでは「ノー」を採用しています。これでも特に問題ないと思うので。

**他にもビームはフランクフォートにナショナル・ディスティラーズから引き継いだ元々オールドグランダッドを造っていた蒸留所を所有していますが、ここでは現在蒸留は行われていません(熟成庫とボトリング施設はあります)。またクレアモント・プラントとボストン・プラントのDSPナンバーは同じ230です。施設が違うのに同じ番号なのは、おそらくDSPナンバーは施設や土地に付けられるのではなく蒸留器に付けられる番号だからだと思います。そこから察するに、クレアモントとボストンは、規模は違ったとしてもほぼ同じ生産設備を備えている、つまり蒸留される物は同じものだと仮定されているでしょう。それでも多少の造り分けはされているようで、一説にはボストンでは殆どがジムビーム・ホワイトラベルになる物を生産し、その他のブランドの原酒はクレアモントでの生産だと言われています。ちなみにボストンにはボトリング施設はなく、そのせいかジムビーム系バーボンのラベルには大概クレアモント(もしくはフランクフォート)の記載しかありません。

***私を含む大概の消費者は、価格は品質に等しいと信じる「価格の心理学」に囚われがちです。そのことは忘れずにいたいもの。

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フォアローゼズは2種類のマッシュビルと5種類のイーストを使う10のバーボンレシピを持っています。そして、それらをブレンドして(シングルバレルは除く)各ブランドを作り出します。そのうちOBSK、OESK、OBSO、OESOの4つをブレンドして作成するのがスモールバッチです。この独特の略号については以前のシングルバレルの投稿で解説してますので、そちらを参照下さい。一応簡単に説明しておきますと、最初の文字は常に「O」で生産施設であるフォアローゼズ蒸留所を表し、2番目の文字は「E」(75%コーン/20%ライ/5%モルテッドバーリー)か「B」(60%コーン/35%ライ/5%モルテッドバーリー)でマッシュビルを指します。3番目の文字は常に「S」でストレートウィスキーの意、4番目の文字はイーストの種類を表し、「V」(繊細な果実)、「K」(僅かなスパイス)、「O」(濃い果実)、「Q」(フローラルエッセンス)、「F」(ハーブの香り)の何れかで示されます。スモールバッチは2006年から導入されました。

現マスターディスティラーのブレント・エリオットによると、正確な数はバッチにより異なるものの、平均バッチサイズは約250樽だそうです。熟成年数はNASですが概ね6年と7年で、6年以下の原酒は入れず、時には8年物の樽が含まれる場合もあり、バッチあたりの平均年数は通常6年半とされます。フォアローゼズでは45秒のチャーリング(#3と#4の中間のチャー・レヴェル)を施した樽を、コックス・クリークにある平屋のリックハウスで熟成。4つのレシピのバーボンは各バッチを構成するために常に使用され、要求されるフレイヴァー・プロファイルと容量のため、樽は複数の倉庫から引き出し、ダンピングの前に各レシピの代表的なサンプルを取り出してブレンドし、ラボでテストするのだとか。

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Four Roses Small Batch 90 Proof
年式不明、購入は2019年。並行輸入。香ばしい焦げ樽、熟したプラム、ホワイトペッパー、ラズベリー、ジンジャー、タバコ。さらりとした口当たり。余韻には香ばしさとペッパー感が残りやすい。一二滴の加水でフルーツをたっぷりと添えたパンケーキを思わせる香りへ。
Rating:85/100

Thought:以前飲んだジム・ラトリッジがマスターディスティラーの時代(2015年以前)の物より、やや甘味がなくフルーティさに欠けるように感じました。何と言うか、焦樽感が強くメロウさが足りない印象。少し昔の情報でスモールバッチの熟成年数を平均7~8年としているのを見かけたことがあるので、もしかするとここ数年のバーボン高需要によって平均熟成年数が下がっているなんてこともあるのかも。また同じ理由からバッチサイズも昔はもっと少ない樽数だった可能性もあるかも知れませんね。ブレントは前マスターディスティラーで伝説とも言えるジム・ラトリッジのもとで十年くらい共にフォアローゼズをクリエイトして来た人なので、マスターディスティラーの交代によって味が落ちたとは考えにくく、疑うなら高需要による熟成年数の変化ではないかと思った次第です。まあ、私の味覚の方が当てにはなりませんけど…。スモールバッチのバッチ毎の味の違いについて皆さんはどう思われるでしょうか? どしどしコメントお待ちしております。

Value:アメリカでは30ドルの価格帯、日本では安いところで3000~3500円で買えるフォアローゼズ・スモールバッチは、ブラックラベルが3000円、シングルバレルが5000円とすると、私にとっては味と価格のバランスに於いて「これ一択」の製品でした。ところが今回飲んだバッチの物はどうもイマイチに感じてしまい、これだったらブラックラベルの方を選ぶほうが…。上にも述べた昔(2013年あたり)飲んだスモールバッチを当ブログでレビューしてないのですが、点数を付けるなら86.5点でした。とは言え、こちらも現行の流通が広範囲の製品としては今だに高いレヴェルにあるとは思っています。特にブラックラベルと較べてハイプルーフなのは価値が大きい。
幸いフォアローゼズの製品ラインナップはなかなかバランスよく揃っているので、安さを求める方ならイエローラベル、それより質の高い物の中でライト志向の方ならブラックラベル、強さを求める方ならシングルバレル、そしてスペック的に中間のバランス型を志向する方ならスモールバッチと言ったところでしょう。プラチナは高額なので、別枠でプレゼント用ですかね。それぞれオーキー感の強さと風味に若干の違いはありますが、味わいはどれもフォアローゼズらしいフルーティで美味しいバーボンだと思います。


補足:「スモールバッチ」と云う用語はバーボンでは頻繁に使われますが、法律で定まった規格ではなく単なるマーケティング用語なのでちょっと注意が必要です。と言うのも、バッチは生産単位、スモールは少数、そこから一般的にスモールバッチは「少量生産の意」と説明されることが多く、あながち間違いではないし私だってそう説明することもあるのですが、実際のところスモールバッチ製品をリリースする蒸留所によってそのバッチサイズには余りにも大きな違いがあり、誤ったイメージを持ってしまうと言うか、人によってイメージする数に差が出てしまうでしょう。「少量」がどれくらいの量なのか定かではないのですから。具体的な数字を言うと、業界では2樽から300樽程度までのバッチングでボトリングした製品をスモールバッチと呼び慣わしています。小さな蒸留所では10樽前後をスモールバッチと表記し、大手蒸留所では300樽でもスモールバッチと表記するのです。例えばメーカーズマークのスタンダードは150樽程度のバッチングと言われますが、ラベルにスモールバッチとは書かれていません。メーカーズでは伝統的に19樽程度をスモールバッチとしているからです。逆にジムビームのスモールバッチ・コレクション(ノブクリーク等)は300樽前後、ワイルドターキーのレアブリードは200樽前後のバッチングと見られます。その一方でジョージディッケルのバレルセレクトは10樽前後、ウィレットのスモールバッチ・シリーズは最大で12樽とされます。「は? 差あり過ぎじゃね?」ってなりますよね。個人的には紛らわしさの回避のため、2~30樽はヴェリー・スモールバッチと言ったほうが良いのではないかと思ってます。余談ですが。
「クラフト」や「ハンドメイド」と云う言葉も同じように、あまり意味をなさないマーケティング用語です。どこかしら「ぬくもり」や「こだわり」を感じさせ、小さいながらも一生懸命に仕事に打ち込んでいる姿をイメージさせます。スモールバッチ=少量生産のイメージもこれらと被るでしょう。ある意味、大手蒸留所からしたら都合のいい響きをもった言葉だからこそマーケティングに用いられるのが「スモールバッチ」と云う言葉なのです。こう言うと、何だか大手蒸留所が悪者のように聞こえてしまいますが、別にそういう訳でもありません。そもそもスモールバッチという言葉は、大昔に使われたこともあったかも知れませんが、現在の流行り言葉としてのルーツはジムビームにあります。ジムビームがスモールバッチ・コレクションを発売した当時、彼らはジムビーム・ホワイトラベルのために700〜800樽をバッチングしており、だからこそノブクリーク、ベイゼルヘイデンズ、ブッカーズ、ベイカーズの200〜350樽は比較的「小さく」見えました。それ故の「スモールバッチ」。ここに嘘はなく、単純な事実を表明しただけ、悪意があった訳ではないのです。

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つい最近アーリータイムズの日本向けラベルが新しくなりしました(2019年4月から)。近所のスーパーにてリニューアル記念として少し安かったので、さっそく購入してみた次第です。一目で分かるように、従来品にあった掘っ建て小屋?のような古めかしい蒸留所の絵柄がなくなりました。SNS上での新ラベルの投稿をざっと眺めてみると、前の方が良かった、という意見が多い印象を受けます。また私の周囲の友人に尋ねても、概ね同じ結果でした。私としては初めて見た時、カッコよくなったなぁと思ったのですが、どうも少数意見のようで…。まあ、私の所感は措いて、このデザインなのですが、ネットで海外のアーリータイムズを検索してみると、どうやらヨーロッパでは数年前からこのラベル・デザインが採用されていたようです。それはラベルの文言に少々の違いがあり、名前も「EARLY TIMES OLD RESERVE」と言う名称になっています。で、これ、ラベルにストレートの記載がなく「KENTUCKY BOURBON WHISKEY」となっているので、バーボン規格ではあってもストレート規格ではないと思われます。もしかすると熟成期間が2年以下の原酒が混ぜられているのかも知れませんね。また、ロシアでは「EARLY TIMES OLD 1860」という名称のものが販売され、こちらはバーボン規格ではない「KENTUCKY WHISKEY」となっています。アメリカ本国と同じように中古樽で熟成した原酒が混ぜられているのでしょう。ともかくも、こうして世界のボトルを見てみると「KENTUCKY STRAIGHT BOURBON WHISKY」が販売され続けている日本でのアーリータイムズの絶対的な人気ぶりを改めて実感します。

さて、この新しいラベルデザインの注目点は、S. L. Guthrieを前面に押し出していることです。
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彼について、現在の取り扱いもとであるアサヒビールの公式ホームページではこう説明されています。

「アーリータイムズ蒸溜所は、1920年に禁酒法が施行されたことにより、その他の蒸溜所同様、存亡の危機に瀕する。しかし、従業員であったサールズ・ルイス・ガスリーがブランドを守るべく意を決して私財を投げ打ってアーリータイムズの商標権、在庫を買い取り、秘密の倉庫にウイスキーを隠すことで、伝統を途切れさせなかった。
その後、医師が処方する薬用ウイスキーとして認可されたことで、例外的に広く飲まれるようになり、アメリカ国内でも有数の販売数を誇るバーボンウイスキーとなった。」

それにしても、なぜ今頃になってから急にガスリーの名前を持ち出して来たのでしょうか? 創業者を差し置いて? 理由は分かりません。ですが、アーリータイムズの歴史を繙くとガスリーの名は確かにそこに記されています。

蒸留一家としてのビーム家の始租ジェイコブ・ビームの孫でありデイヴィッド・ビームの息子であるジャック・ビームにより、1860年に創設された蒸留所とその造り出すブランドは、前時代の伝統的な製法への敬意を表してアーリータイムズと名付けられました。バーボンが徐々に近代化して行く流れの中での、マーケティングとブランディングに於けるノスタルジアをウリにした初期の好例と言えるでしょう。アーリータイムズはその「古き良き時代」を思わせる名前にも拘わらず、バーズタウン近くのL&N鉄道の隣に、輸送の利便性を考慮して戦略的に設置された近代的な蒸留所でした。伝え聞くところでは非常に清潔な操業を行っていたとされています。
1880年代になるとパデューカ・ネイティブのB.H. ハートという有能なビジネスマンが企業パートナーとなって社長を務め、ジャックは副社長兼ディスティラーを務めました。この時代にブランドはより強固になって人気を得、需要の増加により1890年ま​​でにプラントは大幅な増産を見せました。世紀の変った直後にハートは自分の株式をビームに売却し、その頃ジャックの甥でゼネラルマネージャーだったジョン・ショーンティが3分の1の株を購入します。 サールズ・ルイス・ガスリーは1907年頃、見習いのオフィス・ワーカーとして入社し働き始めました。そして、後に蒸留所のアシスタント・マネージャーまで出世したようです。
1915年5月11日、創業者ジャック・ビームはこの世を去り、甥のジョン・W・ショーンティが会社を引き継ぎ社長になりました。ジャックの息子であるエドワードも会社と関係がありましたが、彼は父親の死の数ヶ月前に42歳で死亡しています。禁酒法の足音が聞こえてきた1918年頃に蒸留所の操業は停止され、1920年にガスリーが蒸留所と農場を買い取りました。1922年にジョンが亡くなった後、 1923年にガスリーはアーリータイムズのブランドとストックをブラウン=フォーマン社に売却。彼らは「薬用スピリット」を販売する許可を得ており、増加する処方箋の需要を満たすための新たなバーボンの供給を必要としていたからです。それ以来、今に至るまでアーリータイムズはブラウン=フォーマンが所有しています。

ガスリーはセンセーショナルなアイデアを持った起業家であり、豪胆なギャンブラーでもあったのでしょう。禁酒法が施行され始める直前に、彼は蒸留所を急稼働させ、その多くのウィスキーを自分の地下室に貯蔵したと言われます。元禁酒捜査官に銃口を突きつけられて樽が盗まれたこともありましたが、危険を顧みずに、ガスリーはバーズタウン警察へのコネを使って、何とか樽を家に持ち帰ったこともあったとか。ガスリーの報われたギャンブルは、アーリータイムズ・ウィスキーを守ったことだけが唯一のものではなく、彼は犀利なカード・プレイヤーでもあったので、ポーカー一つでキャデラックを勝ち獲ったこともあったと言います。
またこんなエピソードもあります。ジョン・ショーンティの死後、残されたその未亡人は暫く後にデズモンドという名の若い男性と交際しました。彼女は彼が結婚しようとしていると信じ込んでいて、二人連れたってアトランティック・シティへと旅行に出掛けましたが、そこで男はかなりの金額といくらかの宝石類を巻き上げ、すぐに彼女を見捨てました。男は結婚詐欺師だったのです。蒸留所オーナーの妻ともなれば身分やその資産は想像に難くありません。狙われたのでしょう。ショーンティ夫人は無一文ですっかり立ち往生したままだったので、ガスリーは彼女を迎えに行って家に帰してあげたそうな。
ガスリーが彼のウィスキーを守るために経験と知性と富の全てを投資しなかったとしたら、アーリータイムズは今日我々の口に入らなかったかも知れませんね。それでは、ありがたく現在のアーリータイムズを頂くとしましょう。

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EARLY TIMES Kentucky Straight Bourbon Whisky 80 Proof
推定2018年?ボトリング(瓶底に18と記載)。メープルシロップをかけたパンケーキ、キャラメルマキアート、焦がした木材、鼈甲飴、微かなフローラル、コーンチップス、ココア。円やかな口触り。基本的にグレイン・フォワードなフレイヴァーにたっぷりのブラウンシュガー。フルーツで言うとバナナ。余韻に延びはないが、軽くスパイシーさもあり悪くない。
Rating:77.5/100

Thought:以前のラベルの物と比較して、それほど大差はない印象を受けました。口にいれた瞬間、ああ、アーリータイムズの味だなぁ、と。しかし、そう感じたのに以前投稿した比較対決シリーズでイエローラベルをレーティングした時とは、点数を変更しました。その時はブラウンラベルとの飲み較べという状況が、イエローに不利に働いてしまったのかなと今では思ったのです。単体で飲むと全然美味しく感じてしまいました。
アーリータイムズは同程度の価格帯のバーボンと比較してかなり甘さが際立ち、そして80プルーフにしては風味も濃いめな気がします。もう少し価格帯が上位のバーボンにありがちなタニックなドライネスもなく、あるとすれば若さ故のアルコールの刺々しさの筈ですが、それも活性炭濾過のお陰か円やかさのほうが感じました。

Value:「結局はアーリータイムズが初歩にして究極なんだよね」と言う意見があったとしても、私には全く反論する気は起きません。これが一番美味しいバーボンとは思っていないにも拘わらず、1300円程度の値段でバーボンらしい甘さが味わえ、全国津々浦々どこでも手に入る流通範囲の広さも考慮すれば、それこそ究極と言うべきなのは理解出来るからです。日本に於けるアーリータイムズの受容の広がりと深みは、アーリータイムズを日本のバーボン飲みの「故郷(戻るべき場所)」にしてしまったとすら思います。これが価値でなくて何が価値でしょうか。

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