バーボン、ストレート、ノーチェイサー

◆◆FOR BOURBON LOVERS ONLY◆◆ バーボンの製品情報、テイスティング・コメント、レーティング、思考、ブランドの歴史や背景などを紹介するバーボン・ラヴァーによるブログ。バーボンをより知るため、より楽しむため、より好きになるための、初心者から中級者向けの記事が主体。ハイプルーフかつアンフィルタードなレヴューを目指しています。

タグ:バー飲み

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WILD TURKEY 101 Proof
今回の投稿もバー飲みなのですが、こちらは偶然か故意か居合わせたバーの常連であり、Instagramで繋がりのあるTさんより自身のボトルキープをご馳走して頂きました。私と一緒に行ったツレの分まで頂戴しまして、Tさんの太っ腹に感謝です。このお方、バーボンをビールのように飲めてしまう酒豪で、お酒に弱い私からしたらバケモンのような人です(笑)。

推定80年代ボトリング。2000年以降とは異なるアーシーなフィーリングとパフューミーなアロマのある時代のターキー。以前、他のバーで同じくらいの年代の物を飲みましたが、こちらのほうがカビっぽさを感じなかったですね。ボトル・コンディションの差でしょうか。どちらにせよターキー好きにとっては「間違いない」代物です。
Rating:88/100

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オールド・ヒッコリーはパブリカー/コンチネンタルの主力バーボン・ブランドでした。フィラデルフィアに拠点を置くパブリカー/コンチネンタルは、禁酒法解禁後のアメリカで業界を牛耳ったビッグ・フォーに次ぐ地位を確立した大手酒類会社の一つ。往年、フィラデルフィア地域に住んでいた人々は、ウォルト・ウィットマン・ブリッジのすぐ傍、パッカー・アンド・デラウェア・アヴェニューにあった蒸留所からする強力な匂いを今でも思い出すと云います。橋を渡るとベーカリーのようないい匂いがしたそうな。また当時そこには、橋から見える夜にはライトアップされたオールド・ヒッコリーの大きな看板もありました。パブリカー・インダストリーズとコンチネンタル・ディスティリング・コーポレーションについては以前投稿したリッテンハウス・ライのレヴュー時に紹介してるので、詳しくはそちらを参照下さい。

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コンチネンタルにはチャーター・オーク、ハラーズ・カウンティ・フェア等のストレート・バーボン、その他に様々なブレンデッドがありましたが、オールド・ヒッコリーが最も売れ、よく知られたブランドだと思われます。「オールド・ヒッコリー」というブランド名はアメリカ合衆国の第七代大統領アンドリュー・ジャクソンのニックネームから由来しています。ラベルの肖像画の人物ですね。米英戦争(1812年戦争)の最中、ジャクソン将軍の忍耐力と力強さは、しっかりと根付いた強靭なヒッコリーの木を思わせたことで、彼は兵士たちから「オールド・ヒッコリー」というニックネームが付けられました。そして以後、友人や信奉者の間でそのニックネームは愛情を込めて呼ばれ知られるようになり、1828年の大統領選挙の成功を収めたキャンペーンでも目立つようにフィーチャーされました。ジャクソン大統領とウィスキーの関係については、それほど多く記録されていませんが、伝え聞くところでは、1799年に彼は合わせて190ガロンを生産できる二つのポットスティルで蒸留を始め、残念ながらこの蒸留所は翌年に火事で焼失し完全になくなり、数年後、今度はビジネス・パートナーとなったワトソン氏の助けを借りて再建したのだとか。それはともかく、彼は米英戦争を終わらせた決定的なニューオリンズの戦い(1815年)に於いて軍を率い、アメリカの独立を維持したことで名声を得、庶民出身の大統領として渾名通りの強情さを発揮しました。アンドリュー・ジャクソンというアイコンの発する「強さ」や「南部」や「非エリート」の香りはバーボンに相応しいものだったのでしょう。

ただし、オールド・ヒッコリーの名称をウィスキーに使い始めたのはコンチネンタルが初めではありませんでした。禁酒法以前から既にその名は見られ、ネット検索で把握できるところでは以下のような物があります。
先ずはジャグ・ボトルのオールド・ヒッコリー・ウィスキーです。ウィスキーのガラス・ボトルでの販売がまだ一般的でなかった時代と思われるそれには、ケンタッキー州マリオン郡の蒸留所から直接~、とデカデカと書かれていました。もう一つはオレゴン州ポートランドの酒類卸業者フレッケンシュタイン=メイヤー・カンパニーの販売していたオールド・ヒッコリー・ウィスキーで、ラベルにはケンタッキー州ウッドフォード・カウンティの記載が見られます。またミルウォーキーの酒類卸業者A・ブレスラワー・カンパニーが自社ブランドでオールド・ヒッコリーを販売していたようです。他にも、ニューオリンズで酒屋をやっていたジェイコブ・グロスマンが販売していたオールド・ヒッコリー・ビターズなるものもありました。なんなら禁酒法時代にはカナダのワイザーズ・ディスティラリー・リミテッドのオールド・ヒッコリー・ライもありました。
おそらくオールド・ヒッコリーという名前は、禁酒法の前後か最中にコンチネンタルが前所有者から購入し、解禁後にブランドを刷新したのだと思います(ミルウォーキーの業者から購入した可能性が高い気が…)。そもそも上記の古いオールド・ヒッコリーたちは「大統領」から来てるのか「木」から来てる名称なのかも定かではなく、コンチネンタル製のオールド・ヒッコリーにしても初期段階と思われるラベルにはジャクソン大統領の肖像画がありません。
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(1936年頃)
コンチネンタル初期のオールド・ヒッコリーにはライもありましたが、その後は造られなくなったようです。そして上画像のストレート・ウィスキーには2年熟成とありました。多分、熟成ウィスキーのストックがなかったからだろうと思います。その後は年を経るにつれて4年熟成になり、オールド・ヒッコリーがコンチネンタルの看板製品となる頃には最低6年熟成のクオリティを守ったようです。通常スタイルのボトルに紙ラベルの物には、同時期流通ではないと思いますが、熟成年数とボトリング・プルーフのヴァリエーションがありました。基本は6年熟成86プルーフとボトルド・イン・ボンドで、他に7年熟成や8年熟成の物、また80プルーフもあったかも知れません。こうした通常品の他にスタイリッシュなグラス・デカンターに容れられたオールド・ヒッコリーも幾つかありました。それらの中でも有名なのはイーグル・キャップ・デカンターとかゴールデン・トロフィーとか呼ばれるやつです。中身のバーボンは10年熟成ですね。
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そしてトップ画像のパネル・ボトルも10年熟成。多分60~70年代頃に流通していたと思います。おそらく、こうした当時としては長期熟成のバーボンを使用したリリースは、当時の多くの蒸留所と同様、需要の減少により倉庫に在庫が蓄積されたために行われたのでしょう。もともと長期熟成を意図したのではなく需要減の副産物として製品化したのが現実かと。しかし、その結果はフル・フレイヴァーをもたらし、バーボニアンの評価するところとなりました。その最たるものが特別なリミテッド・エディションの20年熟成オールド・ヒッコリーでした。発売は70年前後と見られ、逆算すると1950年前後の蒸留ですから、リンフィールドのキンジー蒸留所(PA-12)で蒸留された可能性が高いです。キンジーの元従業員によるとウェアハウスDから引き出されたバレルをボトリングしたものだとか。
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通常のオールド・ヒッコリーはキンジーではなく、サウス・フィラデルフィアのコンチネンタル・プラント(PA-1)で造られた筈です。熟成はリンフィールドでしょう。ボトリングは時代によって異なる場所でされたようで、キンジーのボトリング施設の時もあれば、イリノイ州レモントの場合もありました。もしくはフィラデルフィアのボトリング施設でなされた時期もあったかも知れません。
レシピの詳細は分かりませんが、コンチネンタルは同社のナンバーワン・バーボンであり最大の売れ筋であったオールド・ヒッコリーを造ることに重きを置いたらしく、他のバーボンとは共有されていない独自のマッシュビルを持っていたと伝えられます。先にも触れたように、オールド・ヒッコリーは少なくとも6年は熟成されており、ボトルド・イン・ボンド・ラベルのボトリングでも6年熟成でした。一般的に4年程度の熟成でボトリングされることの多いバーボンと較べ、この2年の追加こそがその滑らかさとリッチなフレイヴァーの大きな理由であると考えられています。
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さて、大きな会社であったパブリカーも、1970年代に業界で起こった変化に耐えることができませんでした。アメリカではクリア・スピリット、特にウォッカの人気が高まり、バーボンの販売量は減少したのです。「America's Most Magnificent Bourbon(アメリカの最も壮大なるバーボン)」と宣伝されたオールド・ヒッコリーではありましたが、現実にはナショナル・ディスティラーズのオールド・グランダッドやオールド・クロウやオールド・オーヴァーホルトよりは全国区ではないと言うか、ストロング・ブランドではなかったのでしょう。そしてパブリカー/コンチネンタルにとって悪いことに、長年会社を率いてきたリーダー、サイモン・"シー"・ニューマンの死が1976年にありました。サイモンの死後、外部の経営者たちが雇われ取締役会に進出すると会社の方向を変えようとし始めました。それは会社の建て直しではあったのですが、彼らはパブリカーをP&Gのような強大なホーム・ケミカル会社にしようとしました。飲料用蒸留酒の製造と販売に見切りを付けた訳です。多くの酒類ブランドやイリノイ州レモントのボトリング施設といったアルコール事業の資産は、負債の支払いとケミカル・ボトリングへの資本投資に使用するために1979年に売却されました。オールド・ヒッコリーはこのブランド売却の際、その他のブランドと共にチャールズ・メドレーに買われます。
チャールズはブランド権だけでなくストックのバレル及び既にボトルに入ったオールド・ヒッコリーも購入しました。聞くところによると「リンフィールド」が「XXX」で消され「オーウェンズボロ」と書かれたボトルがあったそうな。それらを販売し使い果たした後、オールド・ヒッコリーはメドレー蒸留所で造られたと思われます。アメリカの情報を参照するとオールド・ヒッコリーは1981年に製造中止になったとされることもあるのですが、日本で比較的見かけることの多いポッカ輸入のスタンダードな4年熟成80プルーフのオールド・ヒッコリーにはオーウェンズボロの記載があり、なんとなくもう少し後年まで製造されていたのではないかという印象があります。
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現に私の手持ちの91年発行のバーボン本には当のオールド・ヒッコリーが紹介されています。80年代後半のバーボン・ムックにも紹介されていました。これは私の推測なのですが、おそらくメドレーがグレンモアに買収され、グレンモアがユナイテッド・ディスティラーズに買収された91年までは、オールド・ヒッコリーはメドレー蒸留所で製造されて日本向けの輸出ラベルとして生き残り、UDにブランド権が移った時に製造を停止されたのではないでしょうか? ここら辺の事情に詳しい方はコメントよりお知らせ頂けると助かります。それは措いて、90年代後半には市場から完全に姿を消したオールド・ヒッコリー・バーボンは、月日の経過と共に忘れ去られた存在となりました(オールド&ヴィンテージ・バーボン愛好家は別として)。

ところが、折からのアメリカのバーボン・ブームのおかげ?で、オールド・ヒッコリーは復活を遂げます。
ナッシュヴィルに拠点を置く酒類販売店で1994年設立のR. S. リップマン・カンパニー(ワイン、ビール、スピリッツ、およびミキサーを取扱う)は、2011年以降、多様な飲料アルコールのポートフォリオを構築するためのブランド作成と買収を開始しました。彼らは2013年にテネシー州市場での最初の発売のためにオールド・ヒッコリーの商標を取得します。2013年の夏、同社CEOのロバート・S・リップマンと開発チームはインディアナ州ローレンスバーグにある元シーグラムの蒸留所(MGP)で、長い間マスター・ブレンダーを務めるパム・ソウルと蒸留所のチームと連携して、オールド・ヒッコリー・ウィスキー・プロジェクト用のマッシュビルとバレルを選択しました。それらは「オールド・ヒッコリー・ブレンデッド・バーボン・ウィスキー(通称ブラック・ラベル)」として発売されました。ブラック・ラベルは4年以上熟成のウィスキーが89%、最低限2年熟成のウィスキーが11%のブレンド、80プルーフでのボトリングです。2015年春には「オールド・ヒッコリー・ストレート・バーボン・ウィスキー(通称ホワイト・ラベル)」が発売されました。こちらはMGPの標準的なエイジングである最低4年から7年熟成のバレルから造られ、歴史的にアメリカのディスティラーが好んだと云う伝統的な「パーフェクト・プルーフ」の86プルーフにて製品化されています。マッシュビルの仔細は公表されていませんが、どちらも同じでコーンとライ合わせて90%、残りがバーリーモルトのようです。ボトリングはオハイオ州シルヴァートンでされました。最近では製品レンジも拡がったようで、341ケースのみの限定リリースながら「オールド・ヒッコリー・ハーミテッジ・リザーヴ・ライ」も発売されました。これは6年熟成で、MGPの95%ライ・マッシュビルの個人選択バレルだと思います。
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では、現代版オールド・ヒッコリーの紹介が済んだところで、最後に飲んだ感想を少しばかり。今回飲んだのは、オールド・バーボン愛好家に評価の高いコンチネンタル製の10年熟成オールド・ヒッコリー。先日まで開いていたボトルが空になったとのことで、新たなストックを開封して頂きました。裏ラベルにイリノイ州レモントの記載がありません。Distilled表記しかないのです。レモントとあるのとないのどちらの方が古いのでしょうか? ご存知の方はコメントよりご教示下さい。ちなみに参考の物は70年ボトリングとされ、「DISTILLED IN PENNA」とあります。
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OLD HICKORY 10 Years 86 Proof
推定70年代ボトリング。クラシックなバーボンという印象。スムーズな飲み口。しっかりとした樽香にバランスのとれたフレイヴァー。キャラメルもスパイスもドライフルーツもハーブも感じられるが、どれも突出しない穏やかな感じ。
Rating:86/100

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オールド・ミスター・ボストンは、禁酒法の終わりに、マサチューセッツ州ボストン近隣のロクスバリーに設立されたベン・バーク・インコーポレイテッドのブランドでした。社名は創業者の二人、アーウィン・"レッド"・ベンジャミンとハイマン・C・バーコウィッツのファミリーネームの前半を繋げたものと思います。彼らはオールド・ミスター・ボストンのブランド名で、ウィスキー、ジン、ラム、ブランディ、コーディアルやリキュールまであらゆる蒸留酒のフルラインを販売していました。
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(1940 Life Magazine)

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またコレクターに知られる記念ボトルやデカンターを様々な形とサイズや素材で販売し、そのレンジにはシンプルなガラス瓶からより精巧な人形やモデルに至るまであります。それらの中でも、おそらく最も有名なのは1953年大統領就記念ボトルでしょう。ボトルの後ろには、それまでの全てのアメリカ大統領のリストがプリントされています。
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蒸留所は1010マサチューセッツ・アヴェニューにあり、1933年から1986年当時の親会社だったグレンモア・ディスティラーズが操業を停止するまでボストン地域の主な雇用主でした。オールド・ミスター・ボストンが活動していた建物は、現在ではボストン市が所有しており、1970年代にその半中毒性のフレイヴァー・ブランディで最もよく知られていたにも拘わらず、皮肉なことに、市検査サーヴィスの本部として使用されている他、ボストン公衆衛生委員会や暫定支援局などの機関が入っているようです。
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(WIKIPEDIAより)

時の流れと共に一連のオーナーシップの変更を通じ、ブランドは変化を被りました。オールド・ミスター・ボストンは1933年の創業から1970年までは独立した事業でしたが、その年にグレンモアに買収されます。当時グレンモアは米国で最大クラスの蒸留酒を製造/販売する会社の1つでした。グレンモアの所有下でも、全ての事業がルイヴィルに移された1986年までは、ボストンの本拠地は操業を続けていました。
1980年頃にグレンモアは、ブランドを現代風にするため、或いは「ボストン氏」をより若い男として描写するため、その渾名から「オールド」をなくしました。ちなみにラベルの印象的な肖像画の人物、ビーヴァー・ハットを被ったディケンジアンのような、ヴィクトリア王朝時代風の紳士に見える「ボストン氏」は架空の人物です。1987年には「ミスター」まで取り除かれ、遂にシンプルな「ボストン」となり、ロゴは飾り気のない「B」になりました。
1991年になると親会社のグレンモアはユナイテッド・ディスティラーズ(現在のディアジオの母体)に買収されます。この期間の業界統合で典型的だったのは、買収する側の企業は大抵の場合、買収した企業の資産の一部しか必要とせず、残りをすぐに売却することでした。ユナイテッドは例に漏れずそうしました。1995年にニューヨークのCanandaigua Wine Co.(後のコンステレーション)傘下のバートン・ブランズが「ボストン」を含む多数の破棄されたブランドを購入し、生産を再開、その時に名前を以前の栄光に似た「ミスター・ボストン」へと戻しました。バートンは、リキュールとコーディアルのラインにこのブランドを使用しています。その後の2009年、バートンの親会社コンステレーションもユナイテッドと同じ事をし、ミスター・ボストン・ブランドを含むバートン・ブランズをニューオーリンズのサゼラック・カンパニーに売却しました。それからはサゼラックが所有し続け現在に至ります。

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「オールド・ミスター・ボストン」の名は蒸留酒のブランドだけでなく、プロ/アマ問わずバーテンダーやミクソロジストに「聖書」として参照された小さな赤い本「オールド・ミスター・ボストン・オフィシャル・バーテンダーズ・ガイド」でも知られています。
禁酒法が廃止されたことでアメリカにバー・タイムとカクテル・アワーは甦りました。ウィスキー、ジン、ラム、リキュール等を取り揃えたオールド・ミスター・ボストン・スピリッツの製造元であるベン・バーク・インコーポレイテッドは、蒸留所が再び営業を開始した禁酒法廃止後の初期段階に「ガイド」を作ることを決めます。オリジナルのガイドはオールド・ミスター・ボストンの購入エージェントであるレオ・コットンによって編纂され、彼は四人の「オールド・タイム・ボストン・バーテンダーズ」と協力してそれを作成しました。ガイドは大成功を収め、初版が1935年に出版されて以降、時代に合わせて改訂と更新を繰り返し、長年に渡って発行されました。レオは本業そっちのけで改訂作業に熱を入れたなんて話もあります。そのガイド・ブックは、史上初のカクテル・ブックでもなかったし、現代的なミクソロジー・ムーヴメントを正確に反映した書物でもないでしょう。けれども伝統主義者には試金石として重要な書物であり続けたのです。
ミスター・ボストンの現所有者であるサゼラックは2016年7月に新しいウェブサイトを立ち上げました。「ミスター・ボストンの本は禁酒法以来、アメリカのカクテルの進化をカヴァーしていますが、悲しいことに何年にも渡ってほったらかしにされていました」とサゼラック・カンパニーの社長兼最高経営責任者マーク・ブラウンは語ります(以下、鉤括弧はマークの言)。サゼラックは自身のカクテル開発における役割からの帰結として、自らの会社の歴史をミスター・ボストンの歴史に統合しました。「私たちの会社とそのブランドの繋がりは、サゼラック・カクテルだけでなく、カクテル・カルチャーの代名詞であるニューオリンズの私たちの伝統とも密接に関連しています。プロフェッショナルとアマチュアのミクソロジストのための〈頼りになる〉サイトとして、少なくとも80年間はブランドの未来を確保するように全てを纏めるのは自然なことでした」。このウェブサイトではオフィシャル・バーテンダーズ・ガイドをデジタル形式で見ることが出来ます。「私たちはスピリッツ業界の人々やホーム・バーでカクテルを作る人々にとって、これが真のリソースになることを望んでいるのです」。
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さて、今回飲んだのは昔のオールド・ミスター・ボストン・ブロンズ・ラベル。ブランドのラインナップの中でもバーボンは一部に過ぎませんが、そのバーボンの中でもブロンズ・ラベルがどの程度の位置付けなのか調べてもよく分かりませんでした。一般的に「ブロンズ」と言うとトップ・クオリティとは考えにくい色と思われますがどうなのでしょう? と言うか、そもそもゴールドとシルヴァーはないみたいなので、なにゆえ敢えてブロンズなのか気になるところです。
私が飲んだボトルのバック・ラベルは、本来、熟成年数が記述されている場所にインポーター・シールが貼られ見えません。ですが、殆ど同じと思われるボトルの他の画像をネットで見てみると、どうやら6年熟成と書かれているようなのです。そしてラベルにはデカデカと「ケンタッキー・ストレート・バーボン・ウィスキー」の文字。6年熟成のKSBWならば、ほぼほぼ良質なウィスキーと言って良いかと思います。ただし、ラベルにはケンタッキー州○△□とは書かれておらず、一体どこの蒸留所産かは見当も付きませんが…。

ところで、ラベルに記載された所在地なのですが、マサチューセッツ州ボストンはオールド・ミスター・ボストンの本拠地だから分かり易いですよね。次のジョージア州オーバニーは、あの有名な未熟成コーンウィスキーのジョージアムーンを造っていたヴァイキング・ディスティラリーのことを指しているのも間違いないでしょう。オールド・ミスター・ボストンは60年代初頭にそこを買収しています。で、最後のフロリダ州レイクランド、これが分かり辛い。今でこそ(2000年以降)フロリダ州にも多くのクラフト蒸留所は設立されてますが、一昔前はおそらく一つしかありませんでした。それは1943年に設立されたフロリダ・フルーツ蒸留所です(ライセンス#1)。柑橘類を蒸留してアルコールを造っていたからその名前だったのでしょう。現在はフロリダ・カリビアン・ディスティラーズと知られ、かなり大きな規模の蒸留所らしく、毎年1000万ガロンのワイン、ビール、スピリッツを生産し、自社ブランドに加えてバルク・スピリッツを様々なボトラーや飲料会社に販売、アメリカ南東地域で最大の契約ボトリング施設の一つとして高速生産ラインは年間1500万ケースを生産する能力を持っているとか。75年以上の運営を通じて世界中のほぼ全ての主要なスピリッツ企業のためにボトリングして来たと言います。おそらく昔からスピリッツのバルク販売や契約ボトリングをしていたと思われますが、ここをオールド・ミスター・ボストンが所有していた時代があったのか? それとも単なるボトリング契約を結んだだけなのか? 或いは全く関係ないのか? 誰かご存知の方はコメントよりご教示頂けると助かります。では、最後に飲んだ感想を。

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今回はバー飲みです。せっかくバーに来たからには珍しい物を飲みたいと思い、こちらを注文したのですが、先日まではなかった液体の濁りが見られると言うことで、提供を断られてしまいました。しかし、その後マスターの一声で何とか頂くことが出来ました。なので開封したてとはその味わいに大きな変化があるかも知れません。

推定69年ボトリング。かなりフルーティなバーボンという印象。軽やかな酒質ながらしっかりとしたフレイヴァー。時間の経過でフルーツ香からキャラメル香へと変化。多少、酸化した風味に思えなくもないが全然美味しく飲めた。
Rating:83.5/100

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オールド・リップ・ヴァン・ウィンクルというブランドは、元は禁酒法時代(または以前?)に遡りますが、長年の沈黙からジュリアン・ヴァン・ウィンクル二世が1970年代半ばに復活させ、それを受け継いだ息子のジュリアン三世が伝説のレヴェルまで育て上げたブランドと言ってよいでしょう。

長年スティッツェル=ウェラー社を率いてきたジュリアン・"パピー"・ヴァン・ウィンクルが1965年に亡くなった後、息子のジュリアン・ジュニア(二世のこと)は他の相続人との意見の相違から、1972年にスティッツェル=ウェラー所有の蒸留所とブランドをノートン・サイモン社へ売却することを余儀なくされました。しかし、彼は名前や物語を余程気に入っていたのか、アメリカの小説家ワシントン・アーヴィングの物語をモチーフにしたブランドだけは売却せず、スティッツェル=ウェラー蒸留所からウィスキーを購入出来る権利とボトリング契約を残したことで、オールド・リップ・ヴァン・ウィンクルを甦らせ販売し始めます。その事業は1981年にヴァン・ウィンクル二世が亡くなると息子のジュリアン・ヴァン・ウィンクル三世に引き継がれますが、スティッツェル=ウェラーとのボトリング契約が切れたことでジュリアン三世は致し方なく(妻も子供四人もおり、多額の借金を背負うことになるから)アンダーソン郡ローレンスバーグにある旧ホフマン蒸留所をベン・リピーから購入しました。ジュリアン三世はスティッツェル=ウェラーからのバルク・ウィスキー、またその他の蒸留所からもウィスキーを購入し、コモンウェルス蒸留所として様々な銘柄でボトリングを続けました。80年代にはおそらく知る人ぞ知る小さな存在だった会社は、90年代に祖父への敬意を直接的に表す「パピー・ヴァン・ウィンクル」を発売、幾つかの賞を得たことでウィスキーの世界から注目を集め出します。しかし、スティッツェル=ウェラー蒸留所はユナイテッド・ディスティラーズの傘下になった90年代初頭に蒸留が停止されてしまいました。そこで、原酒の枯渇を懸念したジュリアン三世は、新しい供給先としてバッファロー・トレース蒸留所を選び、2002年、合弁事業としてオールド・リップ・ヴァン・ウィンクル・ディスティラリーを立ち上げます。同社のブランドは段階的にスティッツェル=ウェラーからバッファロー・トレースの蒸留物へ変わりました。2010年以降は「パピー」がバーボン愛好家以外の一般大衆にも認知され出し、バーボン・ブームの到来もあってカルト的人気を得、それに釣られてその他のブランドも高騰。オールド・リップ・ヴァン・ウィンクルも日本に住む「庶民派ウィスキー飲み」が手を出せる金額ではなくなり、そもそも日本へ輸入されることもほぼなくなりました。バッファロー・トレースのフランクフォート産の物ですらそのような状況の今日、ジュリアン三世がハンドメイドで瓶詰めしていたローレンスバーグ産の物は、特に愛好家に珍重され求められています。

そこで今回ご紹介する「ヴァン・ウィンクル」の付かないヴァン・ウィンクル製品であるスクエア・ボトルの「オールド・リップ」なのですが、これは日本向けの輸出用ラベルでした。4年熟成86プルーフ緑ラベルと12年熟成105プルーフ黒ラベルの二種類があり、日本のバーボン愛好家には知られたブランドです。おそらく発売期間は80年代後半から90年代後半(もしくは2000年代初頭?)までではないかと思われます。少なくともフランクフォート表記のオールド・リップは見たことがないので、2002年以降には製造されていないと推測しました。お詳しい方はコメントよりご教示下さい。
それは措いて、中身の原酒について。ジュリアン三世は「ヴァン・ウィンクル・ファミリー・リザーヴ」や「ヴァン・ウィンクル・セレクション」、初期の「パピー・ヴァン・ウィンクル」、またその他の銘柄ではスティッツェル=ウェラー以外の原酒を使うこともありました。しかし、聞くところによると彼は「オールド・リップ・ヴァン・ウィンクル」のブランドにはスティッツェル=ウェラー原酒を使うことを好んだとされます。それからすると、おそらくこの「オールド・リップ」もスティッツェル=ウェラー原酒で間違いないでしょう。では、最後に飲んだ感想を少しだけ。

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今回はバー飲みです。先日まで開けてあったオールド・リップ12年が前回のウイスキークラブ(定期イヴェント)で飲み切られたとのことで倉庫からストックの新しいボトルを出して来てくれました。なので開封直後の試飲となります。

推定88年ボトリング。キャラメルの他に植物っぽい香りも。ハイプルーフゆえのアルコールのアタックはあってもヒート感はほぼ感じない。現代の小麦バーボンよりもスパイス感がやや複雑で、フレイヴァー全体が濃厚な印象。余韻は少し渋め。
Rating:87.5/100

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Maker's Mark Gold Wax Limited Edition 101 Proof
日本では通称ゴールドトップと呼ばれるこの限定版メーカーズマークは、元々はケンタッキー州のみで販売されていたものの、バーボンの販売において当時の日本市場がアメリカ本国よりも高い利益率を示したため、1996年頃にアメリカでの販売を停止され(83〜93年まで販売という説もある)、輸出専用となった製品と言われます。1999年頃には日本でも終売となりました。中身はスタンダードなレッドと同じジュースで、101プルーフでのボトリング。つまり単純にレッドのハイアープルーフ版と言うことです。当時のマスターディスティラー、デイヴ・ピッカレルがそう語っているらしいので間違いないでしょう。本ボトルはおそらく80年代後半から90年代初頭の物かと思われます。よく見かけるゴールドトップ101と違い、「Maker's Mark」の文字が金ではなく黒で、ラベルの質感自体も少し違うようです。ラベルに多少の違いがあっても中身はレッドのハイアープルーフ版に変わりはないとされています。
ゴールドトップはマスターのお気に入りでイチオシの銘柄だそう。そこで本品と下記のVIPを注文したところ、現行のスタンダード・レッドを味比べ用にサービスして頂きました(写真は撮ってません)。さて、飲んだ感想なのですが…、そこまでして貰いながらごめんなさい、個人的にはそれほど特別なフィーリングを感じませんでした。確かに現行レッドより柔らかいアルコール感や強めの焦樽感は感じられますし、プリンやココアぽさがこちらの方が断然あります。ただ、物凄く美味しいかと言うとそうでもなく、これなら現行のカスク・ストレングスの方がバタリーかつフルーティーで美味しく思いました。
Rating:86/100

さて、いよいよ私にとってメーカーズマーク最大の謎がやってきました。それがVIPです。以前レッドトップVIPのレヴューを投稿した時に述べた事と被るのですが、その後得た情報もあるので、ここで再度整理してみようと思います。

ゴールドトップやブラックトップに関してはある程度信じてよさそうな情報が見つかります。ゴールドトップは上記の通り。ブラックトップはスタンダードよりも2年から2年半ほど熟成期間が長いとされ、デイヴ・ピッカレルによればウッドノートの多いものを幅広いシーズンからピックしたものだとか。それをスタンダードより5プルーフ高い95プルーフにてボトリングした日本限定の製品で、94年から発売されました。それらに対して、VIPの製品情報をネットで探ってみると、何となくあやふやな情報が蔓延してる印象を受けます。
例えば日本の或るお店のレッドトップVIPの商品紹介欄には、VIP独特のボトル形状に対する言及に際し「デキャンターは1980年代に使われていたボトルを復刻したもので、オリジナルはケンタッキー・バーボン博物館に収蔵されているそうです」と書かれています。これを初めて読んだ時、へえそうなんだ、と思うと同時に、ちょっと待て、80年代と言ったらそう遠くない昔だよ? その割りにそんなボトルの写真を見たことないよ?と思いました。おそらくなのですが、この一文の元ネタは次のビル・サミュエルズJr.の言葉にあるのではないかと勘繰っています。

「This special gift bottle was styled after an original circa 1870's bottle discovered in the Kentucky Bourbon Museum.(この特別なギフトボトルは、ケンタッキー・バーボン・ミュージアムで発見された1870年頃がオリジナルのボトルを模倣しています。)」

もし私の勘繰りが正しいのなら、年代を百年以上も間違えていることになります。1870年頃の物ならば、確かに博物館にありそうではないですか。それに、容易にその画像がネットに転がっていないのも頷けます。多分なにかの勘違いで「1980年代」としてしまったのではないでしょうか。
そしてまず何よりも、マイナーなブランドならいざ知らず、メーカーズマークというトップブランドの製品なのに、VIPが初めて発売された時期が特定出来ないのです。よく見かける説明によると、ビル・サミュエルズJr.が親しい友人や来客のために用意していた物を贈答用の製品として商品化したと言われ、また当初はメーカーズのクラブ会員のみが購入できた限定ボトルだったとも言われます。ネットで調べられる限りでは、60年代後期や70年代とされるクォート表記やタックス・ストリップの付いたVIPが僅かながら見つかります。ここら辺の物がクラブ会員限定なのでしょうか。それらの裏ラベルのサインは「Bill Samuels」となっており、「Jr.(ジュニア)」の表記がありません。と言うことは「Sr.(シニア)」の方、つまりお父さんが社長の時代に既にVIPは存在していたことになります。ジュニアが会社を手伝い始めたのが67年、社長に就任したのが75年とされますので、どちらの発案でVIPが造られたかは微妙なところですが、何となくJr.のような気はしますね。

で、問題はここからです。日本でもアメリカでも、VIPの中身はスタンダードなレッドと同じである、とされています。しかもその情報源は大概蒸留所で働いている人達からなのです。どうやらメーカーズが開催するセミナーで担当者の方が、メーカーズマークでは造っているバーボンは一種類であり、品質にバラつきはなく、レッドもゴールドもブラックも中身は一緒、と言って回っているようなのです。日本人の情報源の殆どはこのセミナーにあると思われます。ただし、私が参考にしたセミナー参加者のブログ記事には「VIPもスタンダードなレッドと同じ」だとは一言も書いてありません。アメリカ人の場合は有名なバーボン掲示板において、或る方が蒸留所で直に聴いたと言っていましたし、高名なライターの方もそう断言していました。それらが回り回っているのかも知れません。もしかすると日本人でもセミナーに関係なく、自分の飲んだ感想からか、またはアメリカから情報を仕入れているのかも知れません。
ともかくも、スタンダードとVIPの違いについては、いくつかの説が散見されます。整理すると、

①VIPとスタンダードの中身は全く同じであり、違いはボトルと化粧箱とオリジナルラベルが貰える仕組みだけで、価格の違いはそれらに由来する。
②スタンダードとゴールドトップVIPは違ったが、スタンダードとレッドトップVIPは同じである。
③スタンダードとVIPは確かに殆ど一緒だが、VIPには専用の樽が使われているから少し違う。
④VIPとスタンダードの中身は同じとされているが、飲んでみれば全く違うことが分かる。

以上の四つがネットで得れる主だった意見になります。私の意見は④です。だからこそVIPとは何なのかに拘っているのです。私がレッドトップVIPを飲んだ時は、スタンダードなレッドトップを飲み終えた直後にVIPを飲みました。そして断然美味しく感じたのです。勿論、私のバカ舌や腐れ鼻、また金額が高いことに因るただの思い込みの可能性は否定しません。ですが、それにしては旨すぎるように感じました。なのでVIPについて想像を交えながら少々私見を述べたいと思います(あくまで「想像」なのに注意して下さい)。

まず上の①〜④に触れる前にセミナーに関して一言。このセミナーというのは謂わばメーカーズマークの企業姿勢と製品の良さを広めるための宣伝活動であり、であればこそ伝統や歴史を語ったとしても、それはあくまで「今」を伝えるのが主目的だと思います。穿った見方をすれば、そのために過去のゴールドやブラックを良い物と思っている日本人に対して真っ向から否定をしたのではないか。スタンダードなレッドと同じですよ、と言うことによって。これは別にセミナーへの非難ではありません。マーケティングの一環としてそれは正しいでしょう。けれど、熟成年数の違うブラックまで同じだと言っている点で、その発言には信憑性がない気がします。
では①についてですが、実はこれは案外信憑性があるような気がしています。と言うのもアメリカのバーボン掲示板の2006年の投稿で、VIPは通常のレッドトップより$7ほど高い、と言っている方がいました。この程度の差額ならボトルと化粧箱しか違いはなくてもおかしくはないからです。ここで一つの可能性として、アメリカ流通品と輸出品で中身に違いがある疑いが出てきます。私には当時のゴールドトップVIPの日本での販売価格が判らないので憶測でしかありませんが、もし当時の輸入代理店が阿漕な商売をしてるのではなく、正当な価格付けをしていながらスタンダードとの差が3〜4倍もあったのなら、中身が違う可能性は十分あると思うのです。日本はブラックが限定販売されていた国であり、ゴールドトップ101のメイン購買国なのですから、特別な待遇を受けていたとしても不思議ではないでしょう。
次に②。これは私にはどうも信じがたい説です。ですが、バーボンを愛しバーボンを飲み、メーカーズを愛しメーカーズを飲む人がそう言っているのでしょうから、何か根拠があるものと思われますし、その意見は尊重すべきだと思います。
続いて③。これは正直判りません。その可能性はなくはないようにも思えますが、どちらかと言えば樽の違いよりは熟成場所の違いの方が可能性は高いような気がします。
最後に④。これが私の意見なのは前述の通りです。根拠は自分が飲んだ印象でしかないのですが、思うところもあります。
先に挙げた初期VIPと思われる60年代末と70年代とされるボトルは、実は86プルーフでボトリングされています。また、おそらくアメリカで最も有名なゴールドワックスVIPは下の画像の物と思われます。
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こちらはブラックと同じ95プルーフでのボトリングです。両者ともよくあるVIPとは度数が異なっていますね。思うにVIPとは、本来はこういった特別に造られるべきもの、或いはクラブ会員の「私」の楽しみのために個人的に選択されたもの、そういう特別性/唯一性こそが原義にあった筈です。しかし、何時しかVIPが準レギュラーのように製品ラインナップに組み込まれると、全てをそうはやっていられない。そこで出てきた代替案がスモールバッチなのではないか、というのが私の予想です。
上のVIPの裏ラベルには概ね以下のようなことが書かれています。

「メーカーズマークでは、それぞれ19バレルのロットでウイスキーを造ります。1983年と1984年に、我々は16ロットを残りのウイスキーとは別にして熟成するようにしました。私たちは定期的にそれを試飲し、味が独特でフルボディであると感じた時にのみボトリングしました。だから、各ロットは熟成年数とプルーフが異なります。それぞれの味は確かに微妙な違いがありますが、それらは明らかにメーカーズマークなのです。」

ここで言うロットは、より一般的にはバッチのことだと思われます(バッチとロットという言葉はメーカーによって差異があります)。そして件のセミナーに参加された方のブログ記事によると、メーカーズマークでは1バッチ最大で150樽をボトリングする、との情報が書かれています。いくらメーカーズマークでは熟成中に樽のローテーションを行うから品質にバラつきがないと言っても、1バッチ最小19樽と1バッチ最大150樽ではクオリティの差は歴然とあるのではないでしょうか? 150樽というのはどう考えてもスタンダードなレッドトップのことでしょう。そしてメーカーズのカスク・ストレングスは19樽のスモールバッチと言われています。だったらVIPもスモールバッチだった可能性が高いのではないか、もし味が断然違うと感じるのならば…。
私の持っている2000年発行のバーボン本に拠ると、スタンダード3900円、ブラック5400円、ゴールドトップ10000円とあります(VIPは載ってません)。97年発行の本には、スタンダード5000円、ブラック7000円、ゴールドトップ12000円とあります(こちらにもVIPは載ってません)。いささかゴールドトップが高すぎませんか、単なるハイアープルーフ版の割には。いくらゴールドで豪華さを演出したからといって。熟成期間が長いブラックが随分お買い得に思えるではないですか。勿論お酒の値段などあってないようなものかも知れません。ですが、仮にメーカーと輸入代理店の良心を信じるのならば、ゴールドトップが高い理由はハイアープルーフなだけでなく、スモールバッチだからなのではないでしょうか? リミテッド・エディションと謳っているところからしても、上記の本に「生産量が極めて少ない」と書かれているところからしても。そしてVIPの正体は、そのゴールドトップの低プルーフ版(加水、希釈版)なのではないか、というのが私の想像からの大胆な仮説です(笑)。では、長い前置きを終えて、そろそろゴールドトップVIPを飲んだ感想へ。

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Maker's Mark VIP Gold Wax 90 Proof
まず一目で判るのは、よく見かける角張ったボトルのVIPと違い、通常品に近い丸みのあるボトル形状。おそらくこれは角張った物よりも古いVIPだと思います。裏ラベルのデザインも古いVIPに見られるものです。画像で判ると思いますが、ラベルの著名に「Jr.」がありません。しかし、いくらなんでもシニアが社長時代の物とも思えないので、90年代初頭ぐらいの物ではないかと推測します。インポーターラベルに「特級」の文字もありませんし。
さて、飲んだ感想なのですが…、え〜、よく判りません(汗)。いや、現行とはアルコールのムードが違いますし、酸味が少ないようにも感じ、何と言うかまったりしているのは判ります。ですが、これと同じ時期のスタンダードなレッドトップの味を覚えていないので、VIPがスタンダードと同じなのかそうではないのかが分からないのです。正直言って特別なフィーリングも感じませんでした。101と比べると、私的には101の方が好みでしたが、これは単に私がハイプルーフ志向だからかも知れません。ここまで読んで、私の断定を期待していた方がいましたら申し訳なく思います…。
Rating:85.5/100

追記:少しだけ情報を追記しておきます。記事を書き上げたあと、再度ネットで調べていたらVIPの値段に関して気になる記事を発見しました。或る方は自身のブログの2004年の投稿でゴールドトップVIPについて、「一応メーカーズ・マークの最上級品。と言っても5000円しない。ふつうのレッドトップの倍の値段だが、にしても+2000円そこそこで最上級品が買えるのなら選ばない手はない」と語っています。また他の方も2005年の記事に価格は5000円程度としていました。洋酒の値段は変動しやすいですから、一概には言えないかも知れませんが、この程度の差額ならスタンダードとVIPの中身が一緒でもおかしくないように思えます。ここで、本文に挙げておいた①〜④の意見に、もう一つ第五の仮説を加えてみたいと思います。

⑤スタンダードとゴールドトップVIPは同じだったが、スタンダードとレッドトップVIPは違う。

つまり②の逆バージョンです。こんなどうでもいいことを言い出すのも、バーボンラヴァーの皆様が、宅飲みにしろバー飲みにしろ、なんやかんや言いながら味比べしたら面白いかなと思うからで、他意はありません。ご参考までに。

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I.W. HARPER 101 PROOF Gold Label
80年代後期のものかなと予想します。90年代に販売されていたグレーラベルのハーパー101の前身かと。もしかすると90年代初頭までは流通していたかも知れません。昔のバーボンの本を見てみると、スタンダードな86プルーフのゴールドメダルより熟成年数の平均値が少し長そうな記述が見られますが、あまり当てにならない情報に感じます。味は平凡と言えば平凡でした。クセのないスタンダードな旨さと言ったらいいでしょうか。これはグレーラベルを飲んだ時にも思ったことですが、特別な感じがしないのです。勿論ハイプルーフならではの満足感はありますが。
Rating:85/100

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I.W. HARPER GOLD MEDAL
こちらはラベルの腐食が進みすぎて年代の識別が困難です。60年代ぐらいですかね? もしかしたら50年代? 何プルーフなのかもよく判りません。ボトルド・イン・ボンドとは表記されていないように見えるので86プルーフでしょうか。ですが、液体の色はかなり濃いです。マスターに聴けば良かったものの、この頃には酔っぱらっていたせいか、聴きそびれました。感想は、円やかな酒質にクレームブリュレもしくはプリンの風味。これが86プルーフだったとすると、低プルーフの割りに風味の点で101プルーフに負けない豊かさがあったように思います。
Rating:85.5/100

追記:記事投稿後にバーボン・バーGのマスターより情報提供頂きました。上の腐食の進んだハーパーとほぼ同時期とみられるボトルドインボンド版の綺麗な状態の前後ラベル写真を拝見出来たのです。それは全く同一のラベルデザインに見えました。 そしてそれは53年蒸留、58年ボトリングだそうで、そうなると上に述べた推定年代は概ね間違ってなかったようです。この場を借りて改めてお礼を言わせて頂きます。ここまで劣化したラベルを一目見ただけでそれと判る慧眼、恐れ入ります、ありがとうございました。
また、コメントにも素敵なバーボンマニア様からのアドバイスがありましたのでご参照下さい。ご協力感謝です。

今回は謎めいた古いウィスキーを二本まとめて。

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一方は表ラベルが完全に剥がれていて、しかも剥がれたラベルが手元にもないそうで、もはや何が何だか判らない状態なのですが、マスターによるとファイン・オールド・バーボンというありきたりの名前だったそうです。これはブランド名と言うよりは、俗にいうノーブランド、だけど「良質のバーボンですよ」くらいの意味合いだと思います。バーのブログより画像をお借りしまして、右がラベルが貼り付いてた当時の姿だそうです(左は前回ポストのドハティーズ)。
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Fine Old Bourbon?
まだ残っている裏ラベルから概ね4年熟成と推察されます。アルコール度数は50度でしょうか。ボトリングは禁酒法が終わった直後の1934年。と言うことは蒸留は禁酒法時代になされていますね。会社はマーヴィン&スニードとあります。マスターの話では、ニューヨークの42ndストリートにあったワイン商を通じて英国に輸入されたものが60年ほど経ってオークションに大量出品された時に入手したもので、表のラベルにも何処の蒸留所で蒸留された等の情報は書いてなかったそうです。
飲んでみた感想としては…、う〜ん、正直言って今回のバー遠征で飲んだなかで一番美味しくなかったです。なんというかピントのボケた味に感じました。現行製品にはない深みは感じられるものの、一言で言うと濁った味です。濁ってるのにコクがないとでも言うのでしょうか。オールドボトル愛好家ならいいのかも知れませんが、個人的にはこれだったら現代バーボンのフレッシュな味わいの方が好み。
Rating:78/100

そしてもう一方はJフライデイのライウィスキーです。こちらもネットで検索しても殆ど情報を得れないのですが、わかる範囲で書くと、ペンシルヴェニア州ピッツバーグのスミスフィールド・ストリートにあった、蒸留酒やワインまたシガーなどを取り扱うマーチャントもしくはウィスキー・ホールセラーで、当時の広告を見るとグッケンハイマーやオーヴァーホルト、ブリッジポートやマウント・ヴァーノンなど名だたる銘酒をストックしていたようですから、なかなか活気のある会社だったのかも知れません。会社の活動期間は1889ー1918とされ、自社ブランドには「1852 X X X Old Private Stock」、「Friday's」、「Gibson」、「Number 1870 Brand」、 「Number 1882 Apple Brandy」、「Old Cabinet Rye」などがあったそうです。

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WM J. FRIDAY FINE OLD RYE WHISKEY XXXX
そして本ボトルについてですが、これまた何処で蒸留されたかの記載もなく、熟成年数表記もなく、なんならプルーフ表記すらありません。逆にラベルの下の方に小さく、有害な薬物や毒を含んでいません、とは書かれています。ボトルド・イン・ボンド法(1897年)やピュア・フード&ドラッグ法(*1906年)施行後でも、まだ横行していた粗悪ウイスキーに対抗して書かれた文言なのでしょう。上に述べた会社の活動期間からするとボトリングは禁酒法以前となり、当然、蒸留もそうな訳で、おそらく同郷ペンシルヴェニアの有力なライウィスキー製造所から原酒を調達しているのではないでしょうか。画像検索でもあまりお目にかかれないラベルの物でかなりレアだと思います。
飲んでみた感想としては、かなり軽いウイスキーという印象。度数は40度くらいしかないと思います。あまりフルーティでもなく、甘み全開系でもなく、どちらかと言うとハービーで、何というか植物っぽいテイストの味わいでした。柔らかいニュアンスや風味など、現行ライウイスキーとの差は実感できましたが、正直好みではなかったです。思うに当時のエントリークラスのライウィスキーなのではないかと…。
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*純正食品薬事法、純粋食品及び薬物法と訳される。有害または不当表示された食品や薬品を市場から排除し,州間取引される食品や薬品の製造・販売を規制することを目的とした法案で、アメリカンウィスキーの歴史にも多大な影響を与えた。


それと、今回は予算や飲酒量の都合で飲まなかったレアなバーボンを写真だけ撮らせてもらいました。やっぱりアンティークなボトルはカッコいいっすよね。
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ファイティングコックというブランドは強烈なインパクトがあります。日本語で「闘鶏」。戦う姿が如何にも荒々しく男らしいではないですか。バーボン・ドリンカーがワイルドさを演出したい時に、ワイルドターキーだとメジャー過ぎるからファイティングコックを選びたい気持ち、私にはよく理解できます。しかしターキーよりメジャーでないぶん、情報量もまた少ないのは必然的なことです。私はファイティングコックの起源を知りたくてネットで情報を収集していました。そのことはファイティグコック6年と8年のレヴュー投稿に書きました。一説にはイーグルレアと同じくワイルドターキーを打倒するために創造されたブランドと言われますが、真偽のほどは定かではありません。なぜなら、現行製品の情報はいくらでも見つかる割りに、起源に関しては確信を得れる情報が見つからないからです。まず初めて発売された時期が明らかでなく、何処の蒸留所が産み出したかも判らないのです。ちなみにFCブランドのもとに、バーボン以外にもウォッカやジン、バーベキューソースまであったりします。

そんな折りに出会ったのがこちらのメリーランド・ストレート・ライをボトリングしたファイティングコックでした。まさかこんな物まであるとは衝撃でした。こちらに触れる前に、過去投稿時には知らなかった情報を得たので、繰り返しの部分もありますが再度ファイティングコックについて整理しておきます。私の推測も含みますので注意して下さい。

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現行のファイティングコックは2015年あたりにNASとなりました。それまでは6年熟成が比較的長く流通していて、それはおそらく90年代の終わり頃か2000年あたりに8年熟成にとって替わり、紙ラベルが廃止となった現行と同じクリアシールのボトルデザインです。90年代を通して発売されていたのは紙ラベルの8年熟成。その他に日本限定で15年熟成がありました。

さあ、ここからがちょっとややこしいのですが、ついて来て下さい。ネットでファイティングコックの写真を探していると、新たにバーズタウン産の7年熟成の写真を発見しました。そしてヘヴンヒルがファイティングコックのブランドを購入したのは78年という情報もやっと見つけました。これはボトルの写真とボトリング年の情報から察するに真実味のある年数に思われます。おそらく80年代には7年もしくは8年熟成のバーズタウン産が出回っていたのでしょう。では、その前は?

70年代中期とみられるファイティングコックのボトルにはケンタッキー州ローレンスバーグで瓶詰めと記載されています。いったい何という蒸留所だろうと、わくわくしながら想像していました。まさかフォアローゼズ(オールドプレンティス)蒸留所やワイルドターキー蒸留所なんてことは絶対ないよな、だって鳥ラベルのライバル同士のイーグルレアとワイルドターキーを造ってる蒸留所だよ?なんて。そうしたらサム・K・セシルの本によれば、70年代中頃にホフマン蒸留所はベン・リピー(よく知りませんが有名な蒸留一家リピー・ファミリーの一人でしょう)によってボトリング施設として運営されており、ファイティングコックをボトリングしていたというのです。しかも、それだけでなく、ジュリアン・P・ヴァン・ウィンクル三世のためのプライヴェート・ブランドまでボトリングしていた、と書かれています。ホフマン蒸留所といえば、エズラブルックス・ブランドがメドレー蒸留所に移行する前にそれを造っていた蒸留所であり、後の83年にはジュリアンが買い取りオールド・コモンウェルス蒸留所という名称でボトリング施設として使用した蒸留所です。まさかそこでファイティングコックがボトリングされていたとは…。で、68年当時のホフマン蒸留所はどうやらエズラブルックスとして運営され、まだ新しいウイスキーを生産していたと言います。ということは、70年代中頃のファイティングコックを6〜8年熟成のバーボンと仮定し、熟成年数を遡ると、そのウィスキーこそがファイティングコックである可能性が高いのではないか?という訳です。

ところで、ヴァン・ウィンクルと言えば小麦バーボンで有名です。上に述べたジュリアンのためのプライヴェート・ブランドと言うのが、仮に小麦バーボンだったとしたら、ファイティングコックもある時期だけ小麦バーボンであった可能性は高まります。私は過去投稿のレビューで、日本に広く流布している「ファイティグコック小麦バーボン説」は間違いではないかと提起し、その原因はファイティグコックの公式ウェブサイトにあったのではないかと勘繰ったのですが、このエズラブルックスが造っていたウィスキー、つまりローレンスバーグ産のファイティングコックが小麦バーボンだったのならば、そのことを昔の人は知っていて、それが現行品の説明に誤って転用された、という説が急浮上して来ます。まあ、これは珍説だし、仮定の話です。ヴァン・ウィンクルの全てのバーボンが小麦バーボンではないですし、ホフマン蒸留所が小麦バーボンを製造していたという話も聞いたことがありませんから。

ええ、話題が逸れたし、だいぶ話も長くなりました。でも、もう少し前の時代も見てみましょう。60年代ボトリングとされるファイティングコック6年を写真で眺めてみると、それにはコネチカット州スタンフォードにて瓶詰めと書かれています。そして今回のファイティグコック・ライウィスキーにも、裏ラベルには「Bottled by ESBECO DISTILLING CORP., Stamford, Ct.」とあります。このEsbeco Distilling Corporationというのは、1933年初頭にEsbeco Beverage Companyという名称で発足し、ウィスキー製造が合法となる憲章改正に伴い名称変更されたようで、本社はデラウェア州らしいですが、事務所がコネチカット州スタンフォードのジェファーソン・ストリートにあったそうな。おそらく自らは蒸留を行わないレクティファイヤー(整流業者)だと思われます。今で言うボトラーとかNDPのことです。ネットで調べられる限りでは、オールド・ウェストバリー・クラブ、マクラフリンズ、ケンタッキー・ブルー・ブラッド、リンブルック、サニーリッジ等のブランドを所有していたようです。他にオークション画像で、V.O.S クラブ(ブレンデッド)やバルトランド(メリーランド・ライ)というブランドもありました。始めに述べたように、この会社がファイティングコックを創造したのかどうか判りません。ですが、今のところ得れる情報では一番古いファイティグコックがESBECOのボトリングなのです(誰か詳細ご存じの方は情報提供お願いします)。

で、件のファイティングコック・メリーランド・ライなのですが、肝心のボトリング年がこれまたはっきりしません。ラベルが60年代とされるファイティグコックと少し異なるので50年代製でしょうか? 50年代製とされるワイルドターキーのメリーランド・ライをネットで見かけたことがあるので、ファイティングコックがワイルドターキーを打倒するために産まれたブランドという説が本当なら、これは直接対決と言える訳で、あながちない推測ではないと思います。または上記のバルトランドが40年代の物とされており、本ファイティングコックとそれが同じメリーランド・ストレート・ライであるところからすると40年代製の可能性もあるのかも。それに細かいことを言えば、60年代初頭と後期でラベルやボトルデザインが切り替わってることだって考えられます。マスターの話によると、昔イギリスのオークションで禁酒法時代の物という触れ込みで購入した物だそうですが、見たところ禁酒法時代のウィスキーに見えず、いい加減な鑑定をしていたのじゃないか、とのことでした。私も見たところ禁酒法時代より新しい印象を受けます。

さて、今回のボトルはネットの画像検索ではなく実際に手に取れたので裏ラベルもガッツリ写真に撮っておきました。これです。

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こいつはボトルド・イン・ボンドじゃない、だけど殆どのボトルド・イン・ボンド・ウィスキーより3プルーフ高くボトリングされている。それ故に、特徴的な風味、キャラクター、滑らかさがある。無双クオリティのウィスキーは、個人的満足に気前よく分け前を与える。

ファイティングコックのファイティングコックたる所以は、やはりボトルド・イン・ボンド規格を上回る「3」プルーフに込められているのでしょう。ライバルと目されるワイルドターキーを必ず何かで上回る必要があった。それが101プルーフならぬ103プルーフだった、と。103プルーフじゃなければファイティングコックはファイティングコックじゃない!
はい、そろそろ飲んだ感想へ。

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Fighting Cock Maryland Straight Rye Whiskey 6 Years 103 Proof
推定40〜60年代ボトリング(ごめんなさい、確信が持てないので期間を長めに取りました)。ペンシルヴェニアと並びライウィスキーの産地として名高いメリーランド産です。
キャラメル様のスイートネス。スパイシーさよりも甘味のほうが目立つ。薬品や薬草ぽさもあまり感じないが、僅かに子供用風邪薬の味。比較的厚みのあるテクスチャー。余韻はアールグレイ・ティー。飲んだ感じ、穀物比率で言うと51〜95%のちょうど中間、65〜75%ぐらいのライ麦率かなという印象。ロマンが含まれてる分レーティングは甘めかも。
Rating:89/100

追記:その後、新しく情報を入手したので追記しておきます。US特許商標局によるとファイティングコックは少なくとも1954年以来継続しているブランドとのこと。この年にファイティングコックが創造されたのだとしたら、本文に取り上げたEsbecoがオリジナルである可能性は大いにありそうです。また、1975年5月の段階ではファイティングコック・ブランドはJ.T.S. Brown & Sonsが所有していたなんていうちょっと「?」な情報も見かけました。もしそうなると、おそらくファイティングコックはJTSブラウンと一緒にヘヴンヒルに購入されたのではないでしょうか。更に73年ボトリングとされるファイティングコック7年スタンフォード産の物もネットで発見しました。こうなると70年代にブランドが転々としていた歴史が見えて来ますね。

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ソサエティ・オブ・バーボン・コニサーズ・カスク・プルーフ(バーボン愛好家協会 樽出原酒、以下SOBCと略す)は、90年代半ばにジュリアン・ヴァン・ウィンクルが日本市場向けにボトリングした長期熟成酒で、今ではユニコーンの一つとされるバーボンです。当時の日本は既にバブル景気は終わっていたと思いますが、アメリカ市場と較べたらまだまだバーボンに大金を注ぎ込む余地があり、プレミアム・バーボンもしくは本品のようなスーパー・プレミアム・バーボンのいくつかは日本市場限定で販売されていました(スタンダードなバーボンでも今よりずっと多くの銘柄が90年代を通して発売されていた)。当時のアメリカではバーボンは下層階級のドリンクのイメージが一般的で、もし長期熟成のプレミアム価格のバーボンを販売しても、購入するのは極く一部の好事家のみだったでしょう。逆に日本ではアメリカへの憧れと共に長期熟成酒をありがたがる下地があったので、利益率の高い日本(や一部のヨーロッパ)向けに輸出していたのです。
このSOBCはスーパー・プレミアムに相応しいよう、コニャック・スタイルのボトルに入れられ、ラベルもワインの影響を感じさせる優雅な雰囲気を醸しています。ラベルにはバッチ・ナンバー、樽入れとボトリングの時期、そしてご丁寧にテイスティングノートまで書かれているのも高級感の演出でしょうか。中身のジュースはスティッツェル=ウェラー(オールド・フィッツジェラルド)の原酒を独自に熟成したものだと言われています。ボトリング名義のコモンウェルス・ディスティラリーは、80年代前半にジュリアンがケンタッキー州アンダーソン郡ローレンスバーグの旧ホフマン蒸留所を改名してボトリング施設とした会社です。おそらくスティッツェル=ウェラーで蒸留され眠っていた樽を、ある時そこまで運び、更に自社のウェアハウスで熟成させたのでしょう。

で、上に述べたローレンスバーグでのボトリングから時を経た2000年代の終わり頃には、今度はKBD(ウィレット蒸留所)からSOBCがリリースされました。この初めがジュリアンで後にKBDがボトリングという流れは、ヴェリー・オールド・セントニックやブラック・メイプル・ヒルなどに共通しています。こちらはスティッツェル=ウェラーの原酒ではないとされ、ヘヴンヒル蒸留所の原酒と目されますが、KBDのソースは基本的に秘匿なので、もしかしたら他の蒸留所の原酒かも知れません。こればかりは飲んだことのある方のご意見を伺いたいところです。少なくともローレンスバーグ瓶詰めの物と較べて、カスク・プルーフでのボトリング度数が違い過ぎますから、スティッツェル=ウェラー産を否定する根拠ではあるでしょう(*)。

取り敢えずネットで調べられる限りのSOBCのヴァリエーションを以下に纏めておきたいと思います。おそらく初期リリースの物は94年に発売され、4種類(樽違い)あるようです。

SOBC CP 20 years old
Batch No. 74-241
Date Barreled : April, 1974
Date Bottled : October, 1994
51.8% Alc.
Bottled by Commonwealth Distillery, Lawrenceburg, KY

SOBC CP 20 years old
Batch No. 74-327
Date Barreled : April, 1974
Date Bottled : October, 1994
55.0% Alc.
Bottled by Commonwealth Distillery, Lawrenceburg, KY

SOBC CP 20 years old
Batch No. 74-476
Date Barreled : April, 1974
Date Bottled : October, 1994
51.2% Alc.
Bottled by Commonwealth Distillery, Lawrenceburg, KY

SOBC CP 20 years old
Batch No. 74-706
Date Barreled : April, 1974
Date Bottled : October, 1994
53.5% Alc.
Bottled by Commonwealth Distillery, Lawrenceburg, KY

そして2001年には2種類が発売されたようです。ここまではスティッツェル=ウェラー原酒で間違いないでしょう。初期リリースに較べ味が落ちるという意見も聞き及びますが(**)、ラベルのテイスティング・ノートを担当したマイク・ヴィーチはその味わいを絶賛しています。

SOBC CP 20 years old
Batch No. 80-040
Date Barreled : December, 1980
Date Bottled : March, 2001
54.2% Alc.
Bottled by Commonwealth Distillery, Lawrenceburg, KY

SOBC CP 20 years old
Batch No. 80-045
Date Barreled : December, 1980
Date Bottled : March, 2001
56.1% Alc.
Bottled by Commonwealth Distillery, Lawrenceburg, KY

それから08年と09年にボトラーがKBDとなり、ウィレット蒸留所名義にて瓶詰めし、2種類発売されたようです。しかも熟成年数が20年ではなくなりました。ここまで来るとローレンスバーグ産とは別物と言ってよく、むしろ製品仕様としては現在のウィレット・ファミリー・エステートの祖先といった感があります。

SOBC CP 18 years old
Batch No. 08-74
Date Barreled : March, 1990
Date Bottled : July, 2008
59.7% Alc.
Bottled by The Willett Distillery, Bardstown, KY

SOBC CP 19 years old
Batch No. 09-82
Date Barreled : 3-26-1990
Date Bottled : 7-3-2009
59.4% Alc.
Bottled by The Willett Distillery, Bardstown, KY

以上がネットで把握できるSOBCの一覧です。他にもあるのをご存じの方は情報提供お願いします。

さて、前置きが長くなりましたが、そろそろ飲んだ感想を。今回は宅飲みではなく、バー飲みです。私が飲んだ物は店のマスターによると、その当時出回っていたSOBCを仲間うちで飲み比べて一番美味しかったやつなのだとか。マスターのコレクションされているアンティークグラスに注いでくれました。もはや崇高さが漂っていますね。

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Society of Bourbon Connoisseurs CASK PROOF 20 years old 55.0% Alc.
Batch No. 74-327
Barreled : April, 1974
Bottled : October, 1994
深く甘いキャラメル香と共に渋みのある香り。ブランデーのような芳香。口に含むと55度にしてはアルコール感を感じさせない柔らかさ。味わいはオーキーで湿った地下室を思わせる。ビターチョコとダークチェリーにハーブの余韻。現代バーボンとは異質の焦げ樽感で、なるほどこれが樽香か、という味。古の味がする。
私があまり長期熟成が好みでないのと、少々過大評価の嫌いがある気がするので、ユニコーンとか「聖杯」と言われるバーボンにしては得点は抑えめとなりました。
Rating:88.5/100


*カスク・プルーフ(バレル・プルーフ)の違いは熟成期間中の蒸発率も関係しますが、ローレンスバーグ産とバーズタウン産ほどボトリングの度数に違いがあるのであれば、そもそもバレル・エントリー・プルーフが違うことを示唆しています。おそらくスティッツェル=ウェラーは、130プルーフ程度で蒸留後、114プルーフで樽入れしていたと思われます。そして長期熟成酒はウェアハウスの下層階に保管されるのが一般的なので、そこでは上層階で熟成されたバーボンとは逆にプルーフアップせず、スコッチの熟成のようにプルーフダウンする筈です。そうなるとKBD版SOBCの120に近いプルーフは、125のバレル・エントリー・プルーフを実行する蒸留所の物と推測されるでしょう。

**個人的な味覚や好みを措いての話ですが、ジュリアンに限らず、またスティッツェル=ウェラーに限らず、蒸留所から樽を買う場面を想像してみると、その時に試飲した中で最も美味しいと判断したものを買うのが当たり前でしょう。そして良質な物には限りがあるのだとすれば、ある意味、良い物が早い者勝ちでなくなっていってもおかしくはありません。そう考えると、初期リリースの方が美味しかったという感想は、あながちない話ではないように思われます。

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