2022年11月

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2020年6月、アーリータイムズを長年所有していたブラウン=フォーマン社はブランドと在庫をサゼラック社に売却すると発表しました。このニュースは日本のアメリカン・ウィスキー愛好家の間でも驚きをもって迎えられました。日本に於いてアーリータイムズは、ジムビームやI.W.ハーパー、フォアローゼズやワイルドターキーと並ぶバーボンの超々有名銘柄であり、ブラウン=フォーマン時代のイエロー及びブラウンのラベルは確実に日本に根付いていたからです。この売却により、先ずは2021年5月末で日本限定の製品であったブラウンラベルが終売となり、ファンからは悲しみの声が上がりました。同年4月にはサゼラックから今後アーリータイムズは傘下のバートン1792蒸溜所にて消費者が愛好していたのと同じオリジナルのレシピとマッシュビルを使用して製造すると発表されていました。2021年の末頃になると、ラベルのデザインはほぼ同じながら従来のボトルと少しだけ形状が異なりキャップが金属製のサゼラックが詰めた新しいボトルが市場に出たようです。私はその新しいボトルを直接見たことがないのですが、当ブログへのコメントで知り、またYouTubeで投稿されているのも見かけました。なんでもイエローラベルが澱のせいで全回収されたという情報もネット上で見かけ、そのせいなのか分かりませんが、確かにサゼラック版のイエローラベルは市場にそれほど出回ってない印象があります。だから私が実物を見たことがないのかも知れません。日本での販売元だったアサヒビールは2021年12月8日に、イエローラベルの全4規格のボトル(1750ml、1000ml、700ml、200ml)は商品供給が追い付かないため一時休売とし、再発売の日程に関しては現時点で未定、決まり次第、当社ホームページにてお知らせします、と既にアナウンスしていた模様。2022年2月頃になるとソーシャル・メディアでイエローラベルが自宅の近くの酒屋にないと報告されていました。実際、私も同じ頃、遠方の友人から「自分の住んでる地域だと長年愛飲してるイエローラベルが入荷しないみたいで今エヴァンウィリアムスのブラック飲んでるんですけど何か他にオススメのバーボンありませんか?」とLINEで直接相談されました。もともとタマ数の多かったイエローラベルは、あるところにはあり、ないところにはたまたまない、といった状況だったのでしょう(これは今現在でもそうかも知れません)。戦争やコロナの影響もあって輸入が滞っているのだろうと思っていたら、数カ月後の6月22日、アサヒビールは公式にアーリータイムズの取り扱いが終了したことを発表します。えっ!?と驚いたのも束の間、翌23日には明治屋がサゼラック・カンパニーと日本市場に於けるアーリータイムズやバッファロートレース等の総代理店契約締結に向け合意に至り、上記ブランドを含む7ブランドの取り扱いを開始すると発表しました。へー、正規代理店が変わるのか、まあバートン産のアーリータイムズが安定して輸入されるならオッケーだよね、と思いつつ待つこと更に数カ月。明治屋は9月14日に、アーリータイムズ・ホワイトというアメリカン・ブレンデッド・ウィスキーを9月20日から順次全国の小売店へ出荷開始し、世界に先駆けて日本で先行発売するとのプレス・リリースを出しました。は?、ブレンデッド・ウィスキー!? よく知られるようにアメリカ国内流通のアーリータイムズのエントリー・クラスは、ウィスキーの一部を中古樽で熟成させているためバーボンを名乗れない「ケンタッキー・ウィスキー」です。それですらストレート・バーボンのアーリータイムズを飲み慣れた我々日本人にはおそらく不満足だろうと思われるのに、更にスペック的に劣るブレンデッド・ウィスキーになるだと? ウソ、やだ、もう何も信じられないわ!と驚いたのは私だけではなく、日本全土のバーボン好きがそうだったのではないでしょうか?

アメリカで「Blended whiskey」または「Whiskey a blend」と呼ばれるのは、少なくとも20%のストレート・ウィスキーを含み、残りはウィスキーまたはニュートラル・スピリッツで構成された製品のことです。その「残り」の部分(概ね75〜80%)には、ごく一部のケースではハイプルーフのライト・ウィスキーである場合もありますが、一般的にはグレイン・ニュートラル・スピリッツ(GNS)が使われることが殆ど。GNSはざっくり言うとウォッカのようなものです。そしてブレンデッド・ウィスキーは無害な着色料、香味料、またはブレンド材料を含むことが出来ます。
アメリカに於けるブレンデッド・ウィスキーの歴史はレクティファイアーが築きました。その起源はカラム・スティルの発明によってニュートラル・スピリッツの生産が可能になった19世紀初頭に遡ります。当時ウィスキーの品質は、蒸溜所間だけでなく、一つの蒸溜所内でもその操業毎に大きく異なっていました。品質は蒸溜所の職人のスキル、天候、その他多くの要因に左右され、おそらく最も重要なのは運だったとすら言われています。一貫性と品質の問題は、ジェイムズ・クロウ博士がサワーマッシュ・プロセスを標準化した後でも、まだ解決されずに残っていました。当時、蒸溜所で蒸溜されたウィスキーは直接消費者に届けられることはなく、先ずは流通業者に販売されました。彼らは自分達が購入した少し良いウィスキーとちょっと悪いウィスキーの品質を均一にするためにレクティファイアーになりました。「レクティファイ」は「修正する」という意味です。彼らには不出来な造りのウィスキーをレクティファイすることを通して市場価値のあるものに変化させる意図がありました。レクティファイアーの多くは1種か2種またはそれ以上のウィスキーを混合して自ら望むフレイヴァー・プロファイルを作成する一方で、出来の良くないウィスキーは再蒸溜してニュートラル・スピリッツに調整し、その後、熟成された良質のウィスキーと様々な割合で混ぜ、そこにカラメルや砂糖、シェリーやプルーンジュース等の雑多なフレイヴァーを加え、木炭または骨粉でフィルタリングを施したりして独自のブレンデッド・ブランドをクリエイトしました。これが今ブレンデッド・ウィスキーと呼ばれるもののルーツです。彼らの加えた着色料や香料の一部には身体に有害で危険なものも使用されていました。また、嘘の熟成年数の主張を含む汎ゆる種類の虚偽の主張を製品に対して行っていました。この慣習は今日のようなラベルには真実を記載しなければならないという法律がなかったため違法ではなかったのです。これらの問題が1897年のボトルド・イン・ボンド・アクトと1906年のピュア・フード・アンド・ドラッグ・アクト、そしてストレート・ウィスキーやブレンデッド・ウィスキーを規定する1909年のタフト・デシジョンへと繋がって行ったのは歴史の知るところでしょう。
後のブレンデッド・ウィスキーであるレクティファイド・ウィスキーの風味は一般にストレート・ウィスキーよりも軽くてキツくなく、上質なストレート・ウィスキーを除いてバッチ毎の一貫性が高いのも特徴で、何より典型的なブレンドには熟成ウィスキーが殆ど含まれていないか使用率が僅かだったためストレート・ウィスキーに較べ遥かに安価でした。1831年以前には殆ど知られていなかったレクティファイド・ウィスキーはカラム・スティルが業界に導入されると徐々に増え始め、アメリカでの内戦後の1870年代にウィスキー業界が飛躍的に成長するとレクティファイアーも同じく成長し、その人気は着実に高まりました。禁酒法前の数十年間、アメリカで消費される全てのスピリッツの75〜90%がレクティファイド・ウィスキーだったと言います。禁酒法と第二次世界大戦の直後には、ブレンデッド・ウィスキーは人気がありました。どちらの場合もストレート規格の熟成したウィスキーが不足し、限られた供給量を確保する方法としてブレンデッド・ウィスキーの販売促進に努めたので売り上げが大幅に伸びたのです。しかし、この売れ行きは長くは続きませんでした。ストレート・ウィスキーが利用可能になると、販売比率はそちらに有利にシフトしましたし、更に後にはバーボンやライのストレート・ウィスキーを愛飲する消費者からはブレンデッドは淡泊過ぎて詰まらないと思われ、逆に軽めのスピリッツを好む消費者は中途半端なブレンデッドよりはウォッカに移行したのです。古典的なブレンデッド・ウィスキー全般のここ数十年に渡る売上は減少傾向にあります。しかし、シーグラムズ・セヴンクラウンなどはベスト・セリングのブランドであり続けています。殆どのブレンデッドは非常に安価で酒屋の棚の最下段を飾りますが、優秀なものには数十種類のストレート・ウィスキーが使用され一貫した風味が保証されており悪い商品ではありません。そして近年では、現在のウィスキー・ブームの恩恵を受け、GNSを含まない新しいブレンデッド・ウィスキーをクリエイトする動きがあり、今後は注目に値するカテゴリーとなっています。

偖て、そろそろアーリータイムズ・ホワイトとはどんなものか見て行きましょう。明治屋のプレスリリースを引用します。
近年、健康意識の高まりに後押しされたハイボールの定着、家飲みでの需要増加により世帯毎のウイスキー消費支出は上昇傾向にあります。
 
日本だけでなく世界的に見ても、ウイスキーやその原料となるモルトまでもが不足するなど注目を集め続けるウイスキー市場に、「アーリー・タイムズ」が新たな歴史を刻みます。
 
【商品特徴】
 
1.際立つ “なめらかさ”
最大の特徴は、その“なめらか”な味わいです。レモンピールが爽やかに香るトップノーズ。柑橘系の花から集めたハチミツのような潤いのある旨味。穏やかで角のない魅力的な余韻が長く続きます。ソーダで割ってハイボールにした時でも繊細なバランスは崩れることなく、お食事と共に日々楽しむウイスキーとしておすすめです。
 
2.規定の枠にとらわれない新たなチャレンジ
飲みやすさ、親しみやすさの追求によるアルコール類の淡麗辛口化傾向は、ビールや日本酒等でも見受けられますが、ついにウイスキーにもその流れがやってきます。「アーリー・タイムズ」は親しみやすい味わいをもつウイスキーとして“なめらかさ”の追求にチャレンジし、これまでの枠を超えた「アメリカン・ブレンデッド・ウイスキー」として『ホワイト』をリリースします。

更には、おそらくサゼラックから何らかの資料を受け取って書かれているのでしょうが、バートン1792蒸溜所のマスター・ディスティラーであるダニー・カーンに「今までウイスキーを飲まれなかったお客様や新たなウイスキーを求めるお客様にもきっと満足頂ける味わいです」とか、サゼラックのマスター・ブレンダーであるドリュー・メイヴィルに「各ウイスキーの特徴を見極め、“驚くほどなめらかな味わい”に向かい綿密に調和させていきました」と両者の顔写真付きでコメントを紹介しています。おまけにカーンからのメッセージ動画までありました。


少々誇大宣伝が過ぎるような気もしますし、具体的な中身(ブレンドの構成)について一言もないのも仕方のないところでしょうか。中身に関しては、希望小売価格が1500円程度、実売価格が1250円前後と考えると、GNSが大部分を占めると予想されます。アメリカ流通のラベルだと、ニュートラル・スピリッツの割合を記載しなければならない筈なのですが、国外向けだからなのか記載はありませんでした。ラベルのデザインは、まだブラウン=フォーマンが所有していた時代に導入された青いラベルのアーリータイムズ・ボトルド・イン・ボンド(後述)に準じていますね。このホワイト・ラベルは日本を皮切りに2023年以降、順次世界各国でも発売される予定だそうです。
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(Early Times Bottled-in-Bond)

私は明治屋のアーリータイムズのニュースを聞いて、イエローラベルがなくなり、それに代わって新しいホワイトラベルが発売されるのだと思い込んでしまいました。ネット上でもバーボンをブレンデッドにするなんて改悪だという趣旨の発言を見かけましたので、私と同様に皆もそう思ったようです。しかし、ここにはイエローラベルの“代わりに”ホワイトラベルを発売するとは一言も書いてありません。飽くまで新しい物を発売するとだけ巧妙に言っています。同じように、イエローがホワイトに“変わった”のでもなく、バーボンではない別の物がリリースされただけなのです。ネット上では他にもアーリータイムズを名乗るべきではないという趣旨の発言も見かけました。しかし、それを言うならエズラブルックスにも白ラベルのブランデッドがあるので、それに対してエズラを名乗るなと言わなければならないでしょう。ここで問題になっているのは、ブレンデッドがあることではなく、エントリー・クラスの4年熟成程度で80プルーフの買い求め易い価格のバーボンがないことの方なのです。よくよく考えてみると、ブラウン=フォーマンがブランドを売却したのが2020年、バートンが蒸溜すると発表されたのが2021年、ということは従来のアーリータイムズのような4年熟成程度の物を販売できるようになるのは早くて2025年です。その時になってみないと「エントリー・クラスの4年熟成程度で80プルーフの買い求め易い価格のバーボン」がブレンデッドに取って代わってしまったのかどうかの答えは出ません。熟成ウィスキーは商品化に時間の掛るものなのです。その時になってなお、そういうバーボンが発売されず、或いは発売されても日本に大量輸入されないなら、日本人にとっての「我らのアーリータイムズ」が本当になくなったことになります。少し、私の希望的観測を述べましょう。

このアーリータイムズ・ホワイトラベル・アメリカン・ブレンデッド・ウィスキーが発売されたのが2022年です。ブレンデッドは少なくとも20%のストレート・ウィスキーを含む必要があります。ストレート規格というのは最低2年熟成の物を言います。バートンがアーリータイムズの蒸溜を始めたのがサゼラックの買収完了時の2020年夏からだとしたら、現在の2022年秋は最も早い段階でブレンドにバートン原酒の2年熟成バーボンを入れることが出来ます。もしバートンの蒸溜開始が2021年からだとしたら、ホワイトにブレンドされた原酒はブラウン=フォーマンが蒸溜した最後期の原酒になるでしょう。どちらにせよ、2022年の段階で新しいアーリータイムズをリリースするのは、かなり急いでいるということです。だから、もしかするとサゼラックは日本の消費者を切り捨てたのではなく、寧ろ大事に思って早々にアーリータイムズを復活させたのではないか、今できる最大限の努力の結果がブレンデッドだったのではないか、と。勿論、それがビジネスの観点からの判断だったとしてもです。そして、アメリカ国内流通のアーリータイムズにはボトムシェルファーのケンタッキー・ウィスキーの他にもう一つ、先に述べたボトルド・イン・ボンドがあります。それは2017年に発売された当初、限定生産の予定でしたが、手頃な価格(1リットル25ドル)でクラシック・バーボンの風味を味わえると評判となってすぐにヒットし、レギュラーでリリースされる人気商品となりました。サゼラックも買収後にこれを継続して販売したので、バーボン系ウェブサイトやYouTubeでは二つのボトルを比較する企画が見られたりします(現段階ではサゼラック版もブラウン=フォーマン原酒でしょう)。明治屋からアーリータイムズ復活の報があった時、これが輸入されるかと思ったとネット上で語っている人もいました。どうでしょう、ボトルド・イン・ボンド(新樽で最低4年熟成)、ケンタッキー・ウィスキー(中古樽で3年熟成)、ブレンデッド(推定大部分がGNS)と並べてみて、あまりにブランドとして弱くないですか? ブラウン=フォーマンが長年保持したブランドを売却したのは、バーボンに関してはプレミアム路線(オールド・フォレスターやウッドフォード・リザーヴを指す)に一本化するためと発表していました。これはアーリータイムズをプレミアム化することを諦めた、もっと言うと商売にならないブランドだから売ったのではないでしょうか? 企業が儲かるブランドをわざわざ売るとは思えません。逆にサゼラックはアーリータイムズを売れるブランドに出来る自信があったから購入した筈です。なのにこのラインナップは、ボトルド・イン・ボンドとその他の製品間にスペックの差があり過ぎて、市場のニーズに隙間が空いています。例えば、4年熟成80プルーフ、6年熟成90プルーフ等があった方がいいじゃないですか。それに、あの象徴的なイエローラベルをブランディングに用いないなんてどうかしてる。或るブランドにヴァリエーションがある場合、通常は同デザインで色違いのラベルを採用してグレードの差を明示したりします。白いラベルは、先に例に出したエズラブルックスのブレンデッドと同じ色なのからも判るように、バーボンよりもクリアなイメージのブレンデッドに相応しいでしょう。もし、このアーリータイムズ・アメリカン・ブレンデッド・ウィスキーが黄色のラベルで発売されていたとしたら、おそらく「我らのアーリータイムズ」は完全に終わりでした。あゝ、イエローラベルはもう“変わって”しまったんだな、と諦めるしかなかった。しかし、そうはなりませんでした。今回はホワイトという単にグレードの劣るヴァリエーションが増えただけの話。おかげでイエロー復活の余地は残った。もしやイエローは後々のために取って置かれたのではないか? だとしたら、ワンチャン、2025年あたりにイエローラベルの4年熟成のストレート・バーボンがリリースされるなんてこともあるのでは…と私は思っているのです。但し、サゼラックは他社から購入したブランドを上手くプレミアム化するのが得意な反面、何故かバートン蒸溜所の代表銘柄であるヴェリー・オールド・バートンのような伝統的なブランドをぞんざいに扱かっている実績があります。また、もう一つ気になる情報がありまして…。
アメリカのアルコール飲料のラベルは、承認のため財務省のアルコール・タックス・アンド・トレード・ビューロー(TTB)に生産者がラベルの図案および製品の必要な情報を提出しなければなりません。TTBはそれをチェックして承認または却下の判断をし、承認されるとTTBのウェブサイトに掲載されます。これがCOLA(Certificate of Label Approvalの略)と呼ばれるプロセスです。ラベルの承認は必ずしも製品の発売が差し迫っていることや確実にリリースされることを意味する訳ではありませんが、COLAトローラー(TTBのウェブサイトを検索して新製品を探す愛好家のこと)によって逸早く新製品の情報が得れたりするので面白いのです。で、アーリータイムズに関して、2021年の4月1日に新しいラベルが承認され、それは42プルーフだったと言います。はい、アルコール度数42%の間違いではなく、42プルーフのダリューテッド・ウィスキーです。ブレンデッドどころの騒ぎではないですよ? これが本当に販売されるのか、それともこれの代わりにアメリカン・ブレンデッドに変更したということなのか、今のところ判りません。どちらにせよ、昨今のバーボン・ブームにより愛飲家がハイアー・プルーフ及びバレル・プルーフのバーボンを求める世界で、どうしてサゼラック社はこれほど劇的な逆を行くのでしょうか? このダリューテッド・ウィスキーについては、もしかするとオフ・プロファイルのウィスキーを処分するための方法かも知れない、という憶測がありました。つまり、購入したバレルの一部が気に入らないけれど、二次熟成でフィニッシングしたりするよりも水で薄めたほうが簡単でコストも掛からないから、おそらくサゼラックはそれを上手く利用してバーボンへの入り口となるようなロウワー・スピリッツを提供しようとしているのではないだろうか、という訳です。これはエイプリルフールのネタ(4月1日という日付に注目)だろうとも見られますが、そもそもサゼラックが伝統的な銘柄を蔑ろにしていることを揶揄する心がなければ出てこないネタだと思います。それに上の憶測は図らずもブレンデッドの製造理由の説明になってしまっている気もします。と、まあそんなこんなでサゼラックにはアーリータイムズ・イエローラベルの復活など期待できない可能性も大きいので「希望的観測」と言いました。私や日本のアーリータイムズ・ファンの願いが叶うかどうかは、数年待ってみないとはっきりしません。成り行きを見守りましょう。では、そろそろ新しいアーリータイムズ・ホワイトを注ぐ時間です。

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EARLY TIMES WHITE LABEL American Blended Whiskey 80 Proof
推定2022年ボトリング。薄いブラウン。カラメル、ビール、蜂蜜、ピーナッツ、みかん。どこかしら人工的にも感じさせるカラメル香と甘い湿布薬のような清涼感。口当たりはけっこう円やかで、するりとした喉越し。味わいはグレインスピリッツの甘みが強いが、心地良いかと言えばそうでもない。余韻はショートでさっぱり切れ上がり、ほんのり焦樽らしい風味がする。
Rating:71(72)/100

Thought:多分、バーボンをGNSで薄めたものですかね。香りから余韻まで全てにニュートラル・スピリッツ感があります。バートンのGNSのみを飲んだことがないので、フレイヴァー剤が添加されてるかどうかまではよく分かりませんでした。確かに滑らかさは未熟成のスピリッツ、例えばジョージア・ムーンとかよりは遥かにありますし、ブラウンな風味もあるので意外と飲み易いです。滑らかにするためのブレンド剤が使われてるのでしょうか? 開けたてはフレイヴァーが脆弱と言うか未熟成なスピリッツの香りが強い印象をもちましたが、空気に触れさせておくと、一瞬プルーンのような香りも感じる時があり、それなりに飲めます。ただ、ニートで食後のシッピング・ウィスキーとしてよく味わって飲むものではないですね。レーティングの括弧はラッパ飲みした時の点数です。テイスティング・グラスやショットグラスで飲むより味が濃く感じました。YouTube等でイエローとホワイトの飲み比べがされていたりしますが、流石にバーボンとブレンデッドを較べるのは無理があります。カテゴリーの違いから勝負になってないという意味で。これはこれ、あれはあれ、と分けて考えた方が良いでしょう。

Value:バートン蒸溜所のストレート規格のバーボンであるケンタッキー・タヴァーンやケンタッキー・ジェントルマンやザッカリア・ハリスがこれ以下、又はほぼ同じ価格で買える現状を考慮すると、個人的には購入する価値はないと思いました(※追記あり)。もし、昨今の物価上昇で上記のバーボンが2000円程度、ブレンデッドが1000円程度という状況になるのであれば、少しでもバーボンぽいものを安く飲みたい人にはオススメ出来ます。


追記:しばらく輸入が滞っていたザッカリア・ハリスは、2023年2月下旬、イオンが大々的に取り扱いを開始すると発表されました。以前にイオン系列のスーパーで見かけた時は999円だったのですが、今回からは1500円程度に値上がりしていました。

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スタッグ・ジュニアはバッファロー・トレース蒸溜所で造られるバレル・プルーフのバーボンです。同蒸溜所の誇るアンティーク・コレクション(BTAC)の筆頭ジョージTスタッグの弟分として2013年の秋から導入されました。その名前はセントルイスのウィスキー・セールスマンからバーボン・バロンへと伸し上がったジョージ・トーマス・スタッグにちなんでいます。年少を表す「JR」は、BTACの兄貴分が15~19年熟成のレンジに対して、約半分のエイジングであるところから付けられました。余りにも人気があって殆どの人の口に入らないBTACスタッグの代りに、より若い製品をリリースすることで、消費者へ親しみ易い価格帯のボトルを提供するバッファロー・トレースなりの方策だったのでしょう。その強力なフレイヴァー・プロファイルによってバーボン愛好家に評価されるバレル・プルーフのボトルは現在各社より発売されており、大手メーカーで言うとスペック的にヘヴンヒルのエライジャクレイグ・バレル・プルーフやジムビームのブッカーズなどが市場でのスタッグJRの直接的な競合相手となります。

スタッグ・ジュニアとジョージTスタッグの公にされている唯一の違いはバレルの中で過ごした時間です。スタッグJRはNASですが、現在のバッファロー・トレースの公式ウェブサイトでは10年近い熟成期間としています。2013年にリリースされた最初のバッチは8年と9年物のバーボンのヴァッティングとの説がありました。その他のネット情報では、常に8年以上とするもの、5〜9年または7〜9年熟成を示唆するものもありました。兎に角、どうやら2桁の熟成年数になることはないようです。熟成年数以外の特徴は、ジョージTスタッグと同様にアンカット(希釈なし)、アンフィルタードとされ、バレルからそのままのバーボンの豊かで複雑なフレイヴァーを楽しむことが出来る仕様。フィルタリングされていないと言うことは、ノンチルフィルタードであることも含みます(おそらくバレルの木屑などのゴミ取りはしてると思われる)。バッファロー・トレース蒸溜所のマスター・ディスティラーであるハーレン・ウィートリーはその味わいを「リッチでスウィートなチョコレートとブラウン・シュガーの風味が大胆なライ・スパイシネスと完璧なバランスで混ざり合う。果てしなく続くフィニッシュはチェリーやクローヴとスモーキネスのヒントを漂わせる」と表現していました。マッシュビルは、ジョージTスタッグは勿論、同蒸溜所の名を冠したバッファロートレース・バーボン、イーグル・レア、EHテイラー等と同じロウ・ライ(推定ライ10%未満)のBTマッシュビル#1となっています。

スタッグJRは最初の発売以来、毎年2バッチをリリースして来ました。一回のバッチングに幾つのバレルを使うかは明かされていませんが、スモールバッチで間違いないでしょう。スタッグJRはバレル・プルーフが故、バッチ毎に異なるプルーフでボトリングされ、大体120台後半〜130台前半のプルーフ・ポイントを示します(これはバレル・セレクションの厳しさの結果か?)。バッチには特有の個性があり、その味わいは多少変動するので、海外のバーボン系ウェブサイトではバッチ別にスタッグJRのレヴューが存在し、各々のスコアが場合によっては大幅に異なる可能性があります。なのでスタッグJRのボトル内の味について知りたい時は、バッチを特定してそのバッチのレヴューを探して下さい。プルーフの細かい数値からバッチを識別することになるので、以下にバッチ情報をリストしておきます。スタッグ・ジュニアの名称はバッチ17までで、それ以降は名前から「JR」がなくなることになりました。この変更は2022年のバッチが18に達し、ジュニアが小僧から一人前の大人に成長したという冗談のような嘘みたいな理由だそうです(アメリカでは州によって異るものの、概ね18歳で成人)。ちなみにこの発表は、BTACにジョージTスタッグのリリースがなかった2021年にされました。個人的には「JR」が付いたネーミングは、ずんぐりしたボトルと相俟って何となく可愛らしい感じがして好きだったんですがね…。


STAGG JR
Batch 1(Fall, 2013)ー134.4 Proof
Batch 2(Spring, 2014)ー128.7 Proof
Batch 3(Fall, 2014)ー132.1 Proof
Batch 4(Spring, 2015)ー132.2 Proof
Batch 5(Fall, 2015)ー129.7 Proof
Batch 6(Spring, 2016)ー132.5 Proof
Batch 7(Fall, 2016)ー130.0 Proof
Batch 8(Spring, 2017)ー129.5 Proof
Batch 9(Fall, 2017)ー131.9 Proof
Batch 10(Spring, 2018)ー126.4 Proof
Batch 11(Winter, 2018)ー127.9 Proof
Batch 12(Summer, 2019)ー132.3 Proof
Batch 13(Fall, 2019)ー128.4 Proof
Batch 14(Spring, 2020)ー130.2 Proof
Batch 15(Winter, 2020)ー131.1 Proof
Batch 16(Summer, 2021)ー130.9 Proof
Batch 17(Winter, 2021)ー128.7 Proof

STAGG
Batch 18(Summer, 2022)ー131 Proof
Batch 22A(May, 2022)ー132.2 Proof
Batch 22B(Winter, 2022)ー130 Proof
Batch 23A(Late Spring, 2023)ー130.2 Proof

スタッグ・ジュニアが初めて発売された時、多くのレヴュアーがアルコール・フォワード過ぎるという印象を持ちました。初期の幾つかのバッチのレヴューでは、ホットでバランスを欠いていると考えられ、スタッグJRをジョージTスタッグの失敗版と見倣す人までいました。バッファロー・トレースは迅速に改善に取り組み、後続バッチのフレイヴァーと全体的なプロファイルを調整したようです。バーボンの専門家や愛好家の多くはバッチ4以降、このバーボンが遥かにバランスを取り始めたことに気付き、スタッグJRを出来の良いバレルプルーフであると考えるように変わったとか。以来スタッグJRは、多くの人の欲しい物リストに載り、兄貴分のジョージTスタッグの派生物ではない独自の人生を歩んで来ました。現時点でスタッグ・ジュニアはかなり人気があります。買いたくても買うことの出来ないパピー・ヴァン・ウィンクルに代わってヴァリュー・プライスのウィーテッド・バーボンだったウェラー・ブランドが入手困難になったように、スタッグJRは高価なバッファロー・トレース製バーボンの次善の策として急速に広まりました。そもそもがスタッグJRは年に2回だけの限定生産のためデフォルトでやや希少な製品でしたが、バッファロー・トレース蒸溜所のプレミアム製品全般の人気高騰によって同蒸溜所で製造される多くの製品と同様に今では割り当て配給になっているようで…。これは殆どのバーボン・ドリンカーが年中利用できないことを意味します。そうしたバーボンは殆どの店舗で値上げされます。多くの酒類小売店は利益率を大きく上げるチャンスとばかりにスタッグJRをかなりの高値で販売するようになりました。MSRPが概ね50〜60ドルのボトルが90〜100ドル、評価の高いバッチや古いバッチだと110〜130ドル近くとなり、更に最近では250~300ドル(或いはもっと)の価格を付けるショップもあるようです。本来、名前の由来であるBTACのジョージTスタッグよりは遥かに安く入手もし易かったスタッグJRも、現在では高過ぎる値付けの物を除いてほぼ実店舗で流通しておらず、400%の値上げで販売しようと目論む日本で言うところの転売ヤーみたいなトレーダーによって買い占められるのが一般的だと聞きます。一時は日本でも容易に買えたスタッグJRですが、この状況では並行輸入で入って来ることもないのでしょうね…。では、貴重になってしまったバーボンをゆっくりと飲んでみます。

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STAGG JR 132.5 Proof (Batch 6)
2016年春ボトリング。色はややオレンジがかったディープアンバー。ダークチョコレート、スモーク、プラリネ、出汁、接着剤、ブラックベリー、コーン、タバコ、塩。甘くナッティな香り。とてもオイリーな口当たり。パレートは意外とダークフルーツより明るめのフルーツ感が強め(柑橘)。余韻は長くバタリーで重厚、ビターチョコとナッツからのとんがりコーンで終わる。
Rating:89/100

Thought:開封直後はサイレントなアロマでしたが、暫くすると甘いお菓子の香りがして来ました。流石に130プルーフを超えるので、アルコールによる鼻での刺激も舌での辛味も感じます。数滴の加水をしたほうが刺激を弱めて甘さやフルーツ感を引き出せますが、あまり加水しすぎると折角のバレルプルーフが持つ強烈さとオイリーさを台無しにするので、手加減することをオススメします。あと、バレルプルーフにしてはスパイス感が弱めなのは意外で、寧ろ樽の香ばしさやお菓子ぽさとフルーティさの方を強く感じるバランスに思いました。液量が半分を過ぎた頃から、ほんの少しアーシーな雰囲気も出ましたが、飽くまでほんの少しです。ブログなんて始めるとは思ってない頃に飲んだが故に写真を撮っておらずバッチ不明のスタッグJRの記憶と較べて、何となく若そうな印象のバッチでした。色々なバッチを飲み比べたことのある方は是非コメントより感想をお寄せ下さい。

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ウィレット・ポットスティル・リザーヴは名前の通り見栄えのするポットスティル型のボトルが特徴的なバーボン。ウィレット蒸溜所に設置されている銅製のポットスティルを模したデザインになっています。2008年から導入されました。同蒸溜所がリリースしているスモールバッチ・ブティック・バーボン・コレクションの四つ(ノアーズ・ミル、ローワンズ・クリーク、ピュア・ケンタッキーXO、ケンタッキー・ヴィンテージ)がジムビームのスモールバッチ・コレクション(ブッカーズ、ベイカーズ、ノブ・クリーク、ベイゼル・ヘイデン)に相当するならば、このポットスティル・リザーヴはバッファロートレース製造のブラントンズやワイルドターキーのケンタッキー・スピリットに相当すると言えるでしょうか。おそらくは現在市場に出回っているバーボンのガラス・ボトルの中で最も派手な部類に属し、酒屋の棚では一際目立つ存在です。但し、そのボトル形状のせいでグラスへ注ぎにくいとか、ボトムの面積が広いためコレクション棚への収納が難しい等の声も聞かれたります。それでもやはり、このボトル形状にはウィスキー飲みが惹かれてしまう魅力がありますね。
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この製品は元々はシングルバレルとしてリリースされていましたが、2015年からひっそりとスモールバッチに変更されました。そもそものシングルバレル版では、キャップを封するストリップにバレル番号とボトル番号が手書きで記載されていました。「Bottle No. ○○○ of ○○○ from Single Barrel ○○○」という具合で○には数字が入ります。スモールバッチになるとストリップにはボトル番号は記載されなくなり、バッチ番号のみとなりました。明確な時期を特定できませんが、帯の色は初期から現在にかけてオレンジ、黒、紺と変わって行ったと思います。ただ、画像検索で幾つかのWPSRSmBを探ってみると、より新しいバッチであっても紺ではなく黒の場合もあるように見え、輸出国の違いとかバッチの違いによってパッケージングが異なっている可能性も考えられます。ボトル前面に貼られたワックスシールのエレガントなメダリオンの文言も何時からか段階的に変化しており、「SINGLE BARREL ESTATE RESERVE」から「POT STILL RESERVE」へ、また「WILLETT」の文字はブロック・レターからスクリプトへ変更されました。
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(画像提供K氏)

おそらくはバーボン需要の高まりに応じるかたちで2015年頃からスモールバッチになったポットスティル・リザーヴですが、このブランドを際立たせていたのがバーボンの味わいではなくボトル・デザインであったせいなのか、ノアーズ・ミルやローワンズ・クリークがエイジ・ステイトメントを失いNASへと変化した時のように残念がる声を上げる消費者は殆どいませんでした。このブランドの成功の大部分はウィレット蒸溜所のポットスティルを模したガラス製デキャンターのデザインにあったに違いありません。実際、2008年のサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティションのパッケージング・デザイン部門でダブル・ゴールドを受賞しています。しかし、その外見の良さは諸刃の剣でもありました。外見の良さは中身を伴わないと非難と嘲笑の対象になるからです。或るリカー・ショップの商品レヴューでは、約50ドルの小売価格のうち20ドルがバーボンで30ドルがボトルだ、と言うような趣旨の皮肉めいた見出しの評がありました。とは言え、この発言はそのショップのレヴューでは少数意見ではあります。ところが、TikTok界隈ではそうではありません。バーボン系ティックトッカー達によるウィレット・ポットスティル・リザーヴのレヴューは、ライター/ジャーナリストのアーロン・ゴールドファーブによると、「一部にプロフェッショナルな者もいるが大部分はアマチュア、少数の真面目なものもあるが多くはコミカル、殆どが容赦のないもの。まるでこのウィスキーを非難することが、この人気の高いプラットフォームでバーボン・レヴュアーになるための通過儀礼であるかのようにほぼ全て否定的です」。TikTokのポットスティル・リザーヴのレヴューは殆どの場合、ボトルの形が如何にクールでどれほど見栄えがし、評者自身が気に入っていると述べるところから始まります。しかし、次にグラスに注いだ液体を口にした瞬間、様相は一変します。滑稽な調子で咳き込んで窒息しそうになってみたり、「わーーー、これはホットだ」と叫んで最終的にウィレット・ポットスティル・リザーヴを「ゴミ」と呼んだり、「今まで飲んだバーボンの中で一番不味いかも知れない」と述べる人もいたりします。このようにポットスティル・リザーヴへのバッシングの多くは、そのボトルの豪華さに比べて中身が如何に酷いものであるかを笑いものにしている訳ですが、これらはTikTok特有のユーモアを多分に含んだオーヴァー・リアクションと言うのか、短い時間内で一発芸的に笑いを取るショート動画にありがちな或る種のジョークであって真に受ける必要はないと個人的には思います。けれども気になるのは、僅かながら存在するもっと真摯なTikTokレヴュワーや他のバーボン系ウェブサイトに於いてもウィレット・ポットスティル・リザーヴがそれほど高評価を得てはいないところです。ゴールドファーブ自身も「ポットスティル・リザーヴは確かに美味しくない(私は決してこのボトルを家に置かないだろう)が、TikTokが信じ込ませているほど悪くはない」と微妙な評価。まあ、それらは全て「スモールバッチ」への言及であり、「シングルバレル」についてではありません。

ウィレット・ポットスティル・リザーヴはシングルバレルであれスモールバッチであれ、94プルーフでのボトリングとNAS(Non-Age Statement=熟成年数表記なし)での提供は共通しています。ウィレット蒸溜所は中身の原酒に関して明らかにしないことが多いので、飽くまで噂と憶測になりますが、ここからはポットスティル・リザーヴの中身の変遷について整理して行きたいと思います。と、その前に少しだけ歴史の復習を。
禁酒法撤廃後、ケンタッキー州バーズタウン郊外にランバートとトンプソンのウィレット父子によって設立されたウィレット・ディスティリング・カンパニーは、訳あって1980年代初頭に蒸溜を停止しました。1984年、会社はトンプソンの娘マーサと結婚したエヴァン・クルスヴィーンに引き継がれ、以後ケンタッキー・バーボン・ディスティラーズ(KBD)というボトラーとして活動することになります。同社は倉庫で何年ものあいだ寝ていた熟成ウィスキーをボトリングして販売を続けましたが、自社の在庫が枯渇する前に他の蒸溜所からウィスキーを購入しました。それらを効果的に使用して、オールド・バーズタウンやジョニー・ドラム、ノアーズ・ミルやローワンズ・クリーク等の自社ブランドを販売する傍ら、自らが所有していない他の多くのブランドのための契約ボトラーとしても働きました。エヴァンのKBDは蒸溜はしなかったものの、その代わりに名高いバーンハイムやスティッツェル=ウェラー、ヘヴンヒルやジムビームやフォアローゼズ等の近隣の蒸溜所から不要な在庫を調達し、それらの一部を巧みにブレンドすることで自らのフレイヴァー・プロファイルをクリエイトしました。そしてエヴァンとその息子ドリューは、現代のアメリカン・ウィスキー・ブームに先駆けて、ウィレット・ファミリー・エステートの名の下にバレルプルーフでノンチルフィルタードのシングルバレルとして最も上質のバーボンとライのストックをリリースし、好事家からの称賛を受けました。そうした全ての活動が実り、蒸溜所は復活、2012年1月21日に蒸溜を再開することが出来たのです。今、アメリカン・ウィスキー愛好家にとってウィレットの名は神聖とも言える特別な位置を占めています。
ここから分かる通り、ウィレット蒸溜所は1980年代初頭から2012年まで蒸溜を停止していたため、このポットスティル・リザーヴの発売から暫くの間は別のディスティラリーで蒸溜されたものを使用している筈です。現在ポットスティル・リザーヴと呼ばれている製品のシングルバレル(もしかすると初期の正式名称はウィレット・シングルバレル・エステート・リザーヴだったのかも知れない。上掲のワックスシールの画像参照)は、リリースされた当初は多くのウェブサイト上の情報源によると8〜10年の熟成であるとされていました。そして、ボトル内のバーボンは彼らの他の製品と同様に、すぐ隣のヘヴンヒル蒸溜所から来ていると推測されています。シングルバレルはその特性上、風味の一貫性を問われませんから、もしかすると他の蒸溜所産のバレルも使用していた可能性もありますが、こればかりは公開されてないので謎のままです。いずれにせよ、何処の蒸溜所の原酒であれ、ポットスチルを模したボトルの形状やその製品の名称にも拘らず、このバーボンは一般的なコラムスティル+ダブラーを使用して製造されているのは間違いないでしょう。ちなみにウィレット蒸溜所の自家蒸溜でも、おそらく最初の蒸溜をコラムスティル、2回目の蒸溜で銅製ポットスティルをダブラーとして使用していると見られています。

2015年頃、前述のようにポットスティル・リザーヴはシングルバレルからスモールバッチに置き換えられました。ウィレット蒸溜所はバーボン界での世界的な人気の高まりがあっても、所謂クラフト蒸溜所に近い規模の操業を維持しています。そのため「スモールバッチ」と名付けられていなくても実際には全ての製品がスモールバッチのようです。スモールバッチという用語は政府によって規制されていないため、ただのマーケティング・フレーズに過ぎませんが、大規模蒸溜所のスモールバッチが100〜200樽、中には300樽にまで及ぶこともあるなか、ウィレットのバッチ・サイズは、おそらく2000年代は12樽程度、現在でも20樽ちょいとされていますので、ウィレット製品のスモールバッチ表現は我々消費者が抱く「スモールバッチ」のイメージと一致しているでしょう。このバッチ数量は時間の経過と共に変化する可能性はありますが、少なくとも今のところヴェリー・スモールバッチと呼んだほうが誤解がなく適切な気がします。ヴェリー・スモールバッチの弱点は、ごく少数のバレルからバッチを形成するため、バッチ毎に味わいの一貫性が低下するところです。ポットスティル・リザーヴの評価が定まらないのは、もしかするとこのせいもあるのかも。
最終的にウィレットの製品は100%自家蒸溜に移行する(した?)と思われますが、彼らは自身の蒸溜物がいつポットスティル・リザーヴに組み込まれたかについて明らかにしていません。有名なバーボン・ウェブサイトの2017年時点のレヴューでは、ケンタッキー州の他の蒸溜所から供給されたバーボンの可能性が高い、と言われていました。一説には、帯が紺色の物は新ウィレット原酒と聞いたこともあります。今回、私がおまけとして試飲できた推定2016年ボトリングのスモールバッチの帯は紺色なのですが、ボトルの裏面(メダリオンのない側)には下画像のようにプリントされています。
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(画像提供K氏)
この「Distilled, Aged and Bottled in Kentucky」という記述の仕方は、ウィレット・ファミリー・エステートのラベルでもそうなのですが、基本的に自家蒸溜原酒ではない他から調達されたウィスキーの場合の書かれ方です。しかし、旧来のボトルを使い切るか、或いはボトル会社(プリント会社?)に文言の変更を依頼するまで?は、中身がウィレット原酒であっても上のままの記述である可能性があります。逆に「Distilled, Aged, and Bottled by Willett Distillery」と記載があれば確実にウィレットの自家蒸溜原酒でしょう。私自身は直に見ていないのですが、おそらく近年のボトルにはそうプリントされていると思われます。2020年のレヴューでは、或る時点で100%自社蒸溜に移行したと考えられる、とされていました。仮にポットスティル・リザーヴ・スモールバッチのウィレット蒸溜原酒の熟成年数が4〜6年程度であるならば、2012年から蒸溜を再開したことを考慮すると、早くて2016年から新ウィレット原酒を使用することは可能です。海外のレヴューを読み漁ってみると、多くのレヴュアーが共通して指摘しているバターポップコーンやレモンや蜂蜜のヒントが感じられる場合、新ウィレット原酒である可能性は高そうです。
現在、ウィレットにはバーボン4種類とライ2種類のマッシュビルがあり、そのうちバーボンは以下のようになります。

①オリジナル・レシピ
72%コーン / 13%ライ / 15%モルテッドバーリー / 125バレルエントリープルーフ

②ハイ・コーン・レシピ
79%コーン / 7%ライ / 14%モルテッドバーリー / 103 & 125バレルエントリープルーフ

③ハイ・ライ・レシピ
52%コーン / 38%ライ / 10%モルテッドバーリー / 125バレルエントリープルーフ

④ウィーテッド・レシピ
65%コーン / 20%ウィート / 15%モルテッドバーリー / 115バレルエントリープルーフ

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(こちらはライも含むウィレットのマッシュビル表。これは私が作成したものなので、勝手にダウンロードして転載して構いません)

ポットスティル・リザーヴにどのマッシュビルが使われているかは正式には公開されていません。しかし、或る情報筋からの話によると①②③のブレンドと聞きました。ところが、2021年や2022年に執筆されたバーボン系ウェブサイトの記事ではマッシュビルは④のウィーテッド・マッシュとされています(※追記あり)。どちらかが正しいのか、或いは時代によるマッシュビルの変更があったのか? はたまた両者の情報を掛け合せて④を含むミックスなのか? 蒸溜所からの公式の発表はないので謎です。まあ、このミステリアスなところもウィレットの魅力の一つではあるのですが、真相をご存知の方は是非ともコメントよりご教示下さい。また、バッチ情報と共に味わいの感想などもコメントより共有して頂けると助かります。では、そろそろバーボンを注ぐとしましょう。

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WILLETT POT STILL RESERVE Single Barrel 94 Proof
Bottle No. 145 of 233
Barrel No. 1581
ボトリング年不明(購入は2013年頃なのでそれ以前は確実)。黒蜜、甘醤油、キャラメル、アニス、湿った木材、ドライピーチ、バナナ、ナッツ、ウッド・ニス、銅、プルーン。途轍もなく甘く、樹液のような香り。ややとろみのある口当たり。パレートでも甘く、更にハーブぽい風味が濃厚。余韻はミディアムで豊かな穀物とレザー、最後はビター。アロマがハイライト。
Rating:86.5/100

Thought:先ず、いにしえのシュガーバレルを想起させるアロマが印象的。味わいも独特で、これぞシングルバレルという感じ。口当たりや濃厚な風味は、確かに8〜10年くらいの熟成感と思いました。ボトリング年は不明ながら、シングルバレルでリリースされた時期であるところからすると、原酒はヘヴンヒルだろうと思われるのですが、いざ飲んでみると香りも味わいも一般的なヘヴンヒルとは全然違う印象を受けました。だからと言って他の蒸溜所、バートンとかワイルドターキーとかフォアローゼズに似てる訳でもなく、ウィレットの風味と言うしかないと感じます。ヘヴンヒルからの購入とするなら、ホワイトドッグを購入してウィレット蒸溜所の倉庫で熟成させてるのか、もしくはヘヴンヒルが自分たちの味ではないと判断したオフ・フレイヴァーのバレルを購入しているかのどちらかなのかな? 或いは出来損ない(笑)のブラウン=フォーマンとか? まあ、それは兎も角、ウィレットにはウィレット・ファミリー・エステートという最高峰のシングルバレル・ブランドがあるので、普通に考えて最も優れたシングルバレルはそちらにまわされるでしょう。それ故、このシングルバレルのポットスティル・リザーヴは飽くまで「次点」のシングルバレルの筈。味わいがアロマほど良くないところが、このボトルのらしさなのかも知れない。アロマをそのまま味わいにも感じれたら、もしくは微妙なオフ・フレイヴァーがなければ、点数は88点を付けてました。ぶっちゃけ、上のレーティングのうち1点はボトルに対してです。

偖て、今回は私の手持ちのシングルバレル版ポットスティル・リザーヴをメインに飲んだ訳ですが、そこに加えて先述のようにスモールバッチ版のサンプルを頂けたので、おまけで少しだけ比較が出来ます。サンプルは例によってInstagramで繋がっているバーボン仲間のKさんから。ウィレッ党のKさん、本当にいつも貴重な情報やバーボンをありがとうございます! 

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(画像提供K氏)
WILLETT POT STILL RESERVE Small Batch 94 Proof
Batch No. 16D1
推定2016年ボトリング。シングルバレルより薄いブラウン。香ばしい穀物、キャンディ、シリアル、砂糖、新鮮な木材。ウッディなスパイス香。ややとろみのある口当たりながら、尖りも感じさせるテクスチャー。口の中でもスパイシーでメタリック?でドライ。余韻はやや甘みも。

バーボンらしさを象徴する風味は全てあるのですが、それ以上に若々しく、荒く、何と言うかギラついた金属感のようなものを感じました。多分、ウィレット原酒だと思います。もしヘヴンヒルなら4年以下の熟成物でももう少しこなれた感があると思うのです。不思議なのは、新ウィレット原酒を使ったオールド・バーズタウンやケンタッキー・ヴィンテージやピュア・ケンタッキーXOの良さの片鱗を感じれなかったこと。単純に熟成年数の短さに由来するのか、それともマッシュビルに由来するのか…。いや、そもそもウィレット蒸溜ではないのか? 謎が謎を呼びますが、バーボン・ティックトッカーが怒りの声を上げているのは、おそらくこのレヴェルの物なのでしょう。そうであるならば、まあ確かに頷けるかな、と。とは言え、ウィレット自家蒸溜のスモールバッチは、これより後の物はもう少し味わいが改善している可能性はあるかも知れません。2020年以降のボトルを飲んでみたいですね(追記参照)。
Rating:81/100

Value:現行ウィレット・ポットスティル・リザーヴ・スモールバッチのアメリカでの750mlの小売価格は地域差が大きく、40ドル未満の場合もあれば60ドル近い場合もあるようです。日本でもそれに準じて5000円台後半から7500円の間が相場でしょうか。この価格には華麗なボトルの代金も含まれるので、同じウィレットのスモールバッチ・ブティック・コレクションやオールド・バーズタウンのエステート・ボトルドの価格を考えると、中身にのみお金を払っているという意識の方には少し高く感じられるかも知れません。購入検討している方は、外観を含めてお金を払う意識でいた方が良いと思います。
シングルバレル版に関しては、もし7500円程度で購入できるチャンスがあるなら、買う価値は間違いなくあると思います。たとえ当たり外れがあったとしても…。

追記:どうやら2021年か2022年のどこかの段階でポットスティル・リザーヴはウィーテッド・マッシュビルに変更されたようです。この変更移行の物は、おそらく16D1とは比較にならないくらい美味しくなっているのではないかと予想されます。

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