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ジムビーム・デヴィルズ・カットは2011年に発売されました。2〜4年程度で廃止されるブランドも多い中で、今でもラインナップに残っているところを見ると人気があるか少なくとも利益率の悪くないバーボンと思われます。現在、日本で入手し易いジムビームの比較的廉価な物にはデヴィルズ・カット以外では、白のスタンダード、黒のエクストラ・エイジド、紺のダブルオーク、緑のライとありますが、この中では上から二番目に小売価格が高い。市場に出回っている殆どのバーボンウィスキーには、消費者の注意を引くためのラベルやギミック、関心を喚起するためのストーリーといったマーケティングの業があります。では、この「悪魔」までをも引き合いに出したブランディングのバーボンは一体どのようなものなのでしょうか?

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ウィスキーについて多少なりとも学んだことのある人は「エンジェルズ・シェア」という言葉を聞いたことがある筈です。これはスピリッツやワインを樽熟成する過程で蒸発によって失われる水分やアルコールに付けられた用語。お洒落な言い回しですよね。ウィスキーが閉じ込められているオーク樽はしっかりと密封されていますが、木材は多孔質のため蒸発が起こります。ウィスキーの熟成過程では毎年数%の液体がバレルから蒸発するのです。数%ならそれほど多くはないように思えますが、熟成期間が長ければ長いほど失われる量は多くなります。20年超の熟成ウィスキーは蒸発により内容物の半分以上が失われる可能性もあり、これが長期熟成酒の価格を押し上げる主な要因。熟成年数が長ければそれだけ美味しくなるとは限りませんが、熟成の過程に蒸発は付き物であり、謂わば蒸発なくしては木材から甘美なフレイヴァーを得れない、少なくとも古典的な製法では。そこで、ウィスキーを美味しくするために年会費を請求する天使への供物であると解釈するのが「エンジェルズ・シェア」という訳です。これは日本語では「天使の分け前」とか「天使の取り分」と翻訳されています。

ウィスキーを樽で熟成する過程で中身の液体が失われる理由は主に三つあり、一つが上のエンジェルズ・シェアでした。もう一つは味を確認するための定期的な試飲。そして、残るもう一つが樽の木材自体に染み込み吸収される分です。日々の、或いは年間を通しての高い温度と低い温度のサイクルによってウィスキーが樽の木材に押し込まれ、そして再び戻って来ることでそのフレイヴァーは増幅します。木材に入り込んだウィスキーの一部は、そこに残ったまま基本的には戻って来ません。そこでビーム社はこれを「エンジェルズ・シェア」の巧みな言葉遊びとして、天使に捧げたものに対する悪魔に奪われたもの、即ち「デヴィルズ・カット」と名付けました。
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(あくまでイメージですw)

中身をダンプして空になった樽には、かなりの量のバーボンが木材に染み込んだまま残っています。その量は約2ガロンとも、他説では約7ガロンともする情報がありました。ビームはこれを独自のプロセスを使って抽出すると言います。そのプロセスは完全には公開されていませんが、どうやら空になったバレルに水を入れ、それを高速で撹拌するだけらしい。ジムビームのマスターディスディラー、フレッド・ノーはペイント・シェイカーのように樽を振ると説明しています。また、もしかすると熱(蒸気)も加えているかも知れません。ともかく、そうして抽出した樽材の奥深くに閉じ込められていたタンニンやヴァニラやシャープなウッド・フレイヴァーを多く含むとされる液体を、6年熟成のバーボンとバランスを整えてブレンドし、90プルーフでボトリングしたら「ジムビーム・デヴィルズ・カット」の出来上りです。ちなみに抽出されたウィスキー残滓を含む液体と通常バーボンのブレンド比率については明かされていません。

ところで、スピリットが熟成されている樽に吸収されることをデヴィルズ・カットという用語で呼ぶのを「ジムビーム・デヴィルズ・カット」登場以前に聞いたことがある人は殆どいないでしょう。おそらくこの用語はビーム社によって発明された巧妙なマーケティング用語です。彼らは「独自のプロセス」と言いますが、実際には使用済みの樽からウィスキーを抽出する作業は古くから知られていました。ヒルビリーやムーンシャイナー、或いは嘗ての蒸留所の労働者達は、使用済みのウィスキーやラムのバレルに一定量の水(またはお湯)を注ぎ、その樽を横に置いて数日(または数ヶ月)おきに少しづつ回転させ、俗に「スウィッシュ」と呼ばれる非公式な使用のための酒を造ったと言います。それにはかなりのアルコールが含まれており、一部の人々はスウィッシュを「本物」と同じくらい優れていると考えたとか。ジムビームがしているのは基本的に同じことのように見えます。つまりジムビーム・デヴィルズ・カットは言葉を換えれば、6年熟成のバーボンをスウィッシュでカット(希釈)したバーボンだ、と。
ビーム家の現当主フレッド・ノーにしても、ケンタッキー州バーズタウンで蒸留一家の下に生まれ育ったからには「スウェッティング」として知られる地元の通過儀礼を経験していたと思われます。子供たちは地元の蒸留所から中身が投棄されたばかりの樽に数ガロンの水を入れ、バングホールをしっかり塞ぎ、暑い太陽の下で退屈するまで樽を転がしました。そうすると軽く酔うのに十分なアルコールが得られるのでした。これが製品化のヒントになったのでしょうか。「樽の発汗」は何も飲料用のみとも限りません。パブリカー/コンチネンタルの創業者ハリー・パブリカーは創業当初、フィラデルフィアのあらゆる小規模蒸留所に行き使用済みウィスキー・バレルを手に入れ、スウェッティングの技法を用いてウィスキー残滓を抽出し、工業用アルコールとして販売することで業界に参入しました。

「デヴィルズ・カット」はビームによって商標登録されていますが、一般的にダンプしたばかりの樽に数ガロンの水を入れ軽くリンスして残滓の一部を抽出することは多くのウィスキー蒸留所で行われていると聞きます。バレル・リンシングというプロセスです。他の大手酒類会社であるブラウン=フォーマンは、標準的な53ガロンの樽の1/3から1/2の間まで水を満たし、少なくとも三週間放置することで樽内部の木質繊維からより多くのウイスキーを抽出する独自のリンス・プロセスのパテントを持っているそう。ビームは攪拌を使用しますが、ブラウン=フォーマンは撹拌を使用しません。デヴィルズ・カットの発売より数年前、ジャックダニエルズはそうしたプログラムを開始しました。その手法はただのリンシングよりもアルコール含有量で測定すると約五倍多くのウィスキーを回収できるそうです。
ビームのプロセスがどれほど独創的であるかは偖て措き、ジムビーム・デヴィルズ・カットはバレル・リンシング・テクニックをブランディングに用い、主要製品の一つとして大衆市場へ向けて導入された初めてのバーボンだったと言ってよいでしょう。ビーム傘下にあるメーカーズマークは、供給不足解消のため2013年にそれまでの90プルーフから86プルーフにプルーフィング・ダウンする計画を発表したところ、ファンから猛反発を受けて瞬く間に前言を撤回し、その後、バレル・リンシングを導入することにより供給の問題に対応すると発表しました。これはデヴィルズ・カットの成功から来ているとみて間違いないように思います。この発表の後、新しいオーク樽で熟成されるバーボンとは異なり主に使用済みのバーボン樽で熟成させるスコッチの生産者、またバーボン・バレル熟成を行うクラフト・ビールの製造者やそうしたバーボン・バレル・フーズのような周辺産業の一部の関係者は懸念を表明しました。ビームやブラウン=フォーマンが行うようなディープ・バレル・リンシングは、自分達が使う中古樽から木材のフレイヴァーを奪い取ってしまうのではないか、という訳です。この問題がその後どうなったかは寡聞にして知りません。あくまでバーボンそのものではない数ガロンのスウィッシュを増産するに過ぎないことを考えると、全ての生産者がディープ・バレル・リンシングを行うとも思えませんし、2015年以降も増え続けるクラフト蒸留所や熟成倉庫を増設する大手蒸留所の存在もあります。どこかで需要と供給のバランスは上手く取れたのでしょうか? 少なくとも、大手企業にとってはバレルの再販とリンシングのどちらがより収益が大きいかは鍵になったのではないかとは思いますが…。ここら辺の事情に詳しい方はコメントよりご教示頂けると助かります。
ちなみに味わい的には、バレル・リンシングによって抽出されるウィスキーは非常に強いウッド・プロファイルを有し、それをブレンドすると実際よりも熟成年数の高い物に感じられるとされますが、同じような結果を齎す方法にスモール・バレル・エイジングがあります。小さい樽はウィスキーと木材の接触する表面積が増えるため、熟成が早く進むと言うか木材のフレイヴァーを取り込み易くなるのです。伝統を持たない小さなクラフト・ディスティラリーでは多く採用されています。リンシング対スモール・バレルの戦い?も興味深いですね。では、そろそろ悪魔のエキスが入ったバーボンを注ぐとしましょう。

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JIM BEAM DEVIL'S CUT 90 Proof
推定2015年ボトリング。石鹸、フローラル、生木、バターピーナッツ、ヴァニラ、ドライフルーツ入りクッキー、胡椒、煙、サイダー、僅かにプルーン。水っぽい中に少しだけとろみのあるテクスチャー、ピリリと刺激も。口の中ではビーム特有のフルーツ感もあるが、あまり甘くなくスパイシー。余韻はグレイン&スパイス中心でドライながら木炭の風味が尾を引く。液体を飲み込んだ直後がハイライト。
Rating:81/100 

Thought:少々キワモノ的なブランディングが好みではないので今まで敬遠していたデヴィルズ・カットなのですが、今回やっとこさ飲んでみました。悪くないですね。普通のジムビーム・ホワイトやブラックとは少し異なるキャラクターはあるように感じました。事前の予想通り、確かにスパイシネスと木材感が強まっています。開けたてはソーピーなアロマとアルコールの尖りを感じましたが、飲み進めて残量3分の1くらいになる頃にはビームらしいフルーツも顔を出して美味しくなりました。
現行のデヴィルズ・カットはラベルの字体が少し変わり、ボトル形状もその他のジムビームに合わせて変更されました。なので今回私の飲んだのは旧デザインということになります。私は現行を試してないので何とも言えませんが、日本の有名なウィスキーブロガーさんでデヴィルズ・カットの新旧比較を行っている方がいて、その記事には「旧」の方を評価する趣旨の発言が見られます。「新」の方が小売価格自体が下がっており、バーボン原酒の熟成年数も下がっているのではないか?と邪推できなくもありません。だって現行(新の方)はブラックと小売価格が殆ど変わらないですから。飲み比べたことのある方はどう思われたでしょうか? どしどしコメントよりご意見お寄せ下さい。

Pairing:敢えてスパイシー系ソース焼きそばに合わせると美味しかったです。私は食前酒にも食中酒にも食後酒にもバーボンを飲みますが、個人的にはデヴィルズ・カットは食後酒ではなく食中酒に適してるように思われました。食後にはより滑らかなバーボンか、もっと甘みのあるハイ・プルーファーが望ましく感じます。

Value:現行のデヴィルズ・カットは概ね1800〜2400円の間くらいが相場のようです。ホワイトが1200〜1500円、ブラックが1800〜2200円、ダブルオークが2500〜3000円なので、随分と狭い価格帯でのブランド展開となっています。上に述べたように、私は現行のデヴィルズ・カットを飲んでいないので、あくまで品質が今回飲んだ物とほぼ同等であると見做しての話になりますが、もしブラックと同じ価格かプラス数百円の違いなら個人的にはデヴィルズ・カットがオススメです。よりハイアー・プルーフですから確実にお得。しかし、バランスを重視するならライトなブラックの方がいいでしょう。おそらくブラックの方が甘さは感じ易いと思います。