
ジョージディッケル・バーボン8年は継続的な全国リリースの製品として2021年夏にディッケルのコア・ラインナップへ追加されました。同年のナショナル・バーボン・デイに発表されたこの製品がユニークな理由は二つあります。一つは、言うまでもなくバーボンである点です。これはジョージ・ディッケル蒸溜所にとってラベルに「バーボン」の文字がある初めての製品でした。
ジョージディッケルとジャックダニエルズは共に、テネシー・ウィスキーとバーボンが同じものではないことを消費者に強調して来ました。彼らは「ストレート・バーボン」と商品ラインナップの大半に書いておしまいの大手バーボン蒸溜所とは違うのです。この二つのアメリカン・ウィスキーの違いは長年議論され、テネシー・ウィスキーは独自のカテゴリーだと強硬に主張する人もいれば、それは単にバーボンという大きなカテゴリーの一部だと穏和に主張する人もいます。ここでそうした議論を始める積りはありませんが、それまで自らの製品をテネシー・ウィスキーと呼んで来たディアジオ傘下のジョージ・ディッケル蒸溜所がバーボンをリリースしたのは何かしら示唆的でしょう。
そもそもテネシー・ウィスキーはバーボンとラベル付けするための法的要件を全て満たしています。つまり、ジョージディッケル・テネシーウィスキーはバーボンと表示されていませんが、しようと思えばいつでもバーボンとラベルに表示することは可能だった訳です。そして実際のところ、このジョージディッケル8年バーボンとNo.8テネシー・ウィスキーには、エイジ・ステイトメント以外に製法上の差はありません。どちらもコーン84%、ライ8%、モルテッドバーリー8%という同蒸溜所の古典的なマッシュビルで造られている上、バーボンとテネシー・ウィスキーを分けるポイントとして名高いチャコール・メロウイング製法、即ちリンカーン・カウンティ・プロセスも行われています。
では、なぜ著名なテネシー・ウィスキーのメーカーは、突如として自社リリースの一つをバーボンと呼び始めたのでしょう? シニカルな見方をするならば、これはただのマーケティングであって今バーボンが流行っているからバーボンのラベルを貼ってその恩恵に与かろうとしているだけだ、となります。しかし、ブランド側の回答としては、そのフレイヴァー・プロファイルに基づいてのことだと言います。近年そのブレンディングと樽選びの能力でアメリカン・ウィスキー界でスターとなっているカスケイド・ホロウ・ディスティリングのディスティラー兼ジェネラル・マネージャーのニコール・オースティンは、同蒸溜所から産出される特定のバレルは「より伝統的なバーボンの香りに傾いており、ジョージ・ディッケルの他の製品に見られるテネシー・ウィスキーのテイスティング特性を表現していない」と述べました。おそらくディッケル・バーボン8年の核となるアイデアは、古典的なテネシー・ウィスキーと言うかジョージディッケルのプロファイルが現れていないバレルは少なからずあり、寧ろバーボンに近いプロファイルになってしまったそれらに適切な居場所を与えることだったのでしょう。現在市場にはテネシー州で蒸溜された長熟バーボンが沢山あることが知られています。アメリカ以外の国も含む多くのボトラーがそれらをボトリングしているからです。そして、それらは殆どディッケルから供給されていると見られます。このディッケル・バーボン8年は、謂わばそれらの若年ヴァージョンと見ることも出来るかも知れませんね。まあ、それは措いて、オースティンは「バーボンはより親しみやすくバランスの取れたものであり、ディッケル・バーボンは私たちのポートフォリオ全体への素晴らしい入口です」と語っていました。
このディッケル・バーボンがユニークな理由の二つめは、ラベルに大きくあしらわれた「8」がレシピ番号ではなく、文字通りの熟成年数であることです。ジョージ・ディッケル蒸溜所の創業以来、彼らの代表的な銘柄と言えば、ブラック・ラベルの「オールドNo.8ブランド」とホワイト・ラベルの「オールドNo.12ブランド」でした。これらはここ10数年の間に、ラベルのデザインが段階的に少し変化したり、ラベルの色みが変わったり、微妙な名称の変更が施され、それぞれ「クラシックNo.8レシピ」、「スーペリアNo.12レシピ」となっていました。ディッケル・バーボン8年の発売以降のことだと思われますが、紛らわしかったその数字が削除され、これらは現在では単に「クラシック・レシピ」と「シグネチャー・レシピ」となったようです。

その紛らわしい数字のせいで誤解している人も多いのですが、一部の熟成年数が明記されたジョージディッケル製品を除き、No.8と12は発売当初から現在に至るまで全てNAS(熟成年数表記なし)のウィスキーでした。それ故、ディッケル・バーボンはそのラインナップの中でエイジ・ステイトメントという際立つ特徴があるプロダクトになっています。では、そろそろこのテネシー産のバーボンを注いでみるとしましょう。

George Dickel Bourbon Whisky Aged 8 Years 90 Proof
ボトリング年不明、レーザーコードはL1146R60011553。色は中庸なブラウン。焼いた木材、シリアル、シナモン、どら焼きの皮、ベリーソースをかけた杏仁豆腐、微かにグレープ味のガム。ノーズはトースティで清涼感のある香りから、ローストしたアーモンドも僅かに顔を出す。口当たりはサラッとしつつ円やか。パレートはややフルーティでグレイニー。余韻はドライながら香ばしい樽香とナッツが少々。全体的にスパイス感は弱め。
Rating:80→81.5→83.5/100
Thoughts:開封直後の第一印象は8年より若そうというものでした。焦がした樽の深みが感じられず、彼らにとって重要な筈のテネシー・ウィスキーとしてリリースするにはイマイチだったバレルをバーボンとしてリリースしてるのではないか、と邪推するほど薄っぺらい香りと味わいでした。しかもそれは暫く続きました。しかし、開封から3ヶ月くらいすると、アルコールの尖りが落ち着いたのか、香りは甘さを増し、味も甘みを感じ易くなりました。とは言え、フルーツのフレイヴァーは相変わらずそれほどでもなく、またディッケルらしさもさほど感じられず、悪いところも良いところもない無難なバーボンという印象はまだ拭えませんでした。ところが開封から10ヶ月経って残り3分の1くらいになった頃、ぐっとフルーツ・フレイヴァーが増し、アーシーなフィーリングも出て来て美味しくなりました。レーティングの矢印はそのことを指しています。但し、総評としては、主にオークと甘いお菓子が原動力になっていて、フルーツとスパイスは弱く、余韻は少しドライなバランスのミディアム・ボディのバーボンと言ったところかと。
で、件のテネシー・ウィスキーとバーボンがどれほど違うのかに就いては、強いて言うと他のテネシー・ウィスキーを名乗る製品より酸味と苦味が弱く、甘みが感じ易いような気はしました。ですが、飽くまでその程度であり、残念ながらこのジョージディッケル・バーボンは味わいに大きな独自性を発揮しているとは言い難いです。海外のレヴュワーさんのテイスティング・ノートを眺めてみると、ジョージ・ディッケル蒸溜所のウィスキーの特徴としてミネラルとかフリントストーンズ・チュアブル・ヴァイタミンと表現されるフレイヴァーを、このバーボンでもディッケルだと分かる位にあるとする人もいれば、確かに存在するが圧倒的ではないとする人もいます。個人的には後者に賛同です。また、甘さの側面についても意見が別れ、「フィニッシュは歯が痛くなりそうな甘さ」と表現している人もいれば、その感想に「ディッケル・バーボンが甘いのは認めるが、バーボンの平均以上の甘さとは言い難い」と反対している人もいました。私の感想はこれまた後者の方と同じでした。「ディッケル・バーボンは、8年間熟成させ、完璧にブレンドされた手作りのスモールバッチ・バーボン」とされているので、正確なバッチ・サイズまでは判りませんが、もしかするとスモールバッチ故のバッチ間での味わいの変動はあるのかも知れません。
Value:基本的にジョージディッケル・ブランドは「お買い得」で知られ、カスケイド・ホロウ・ディスティリングは比較的安価な価格帯への拘りを強くもっているように見えます。彼らの販売戦略なのでしょうか、旧来のNo.8は約20ドル前後、旧来のNo.12は約25ドル前後と、ほぼ同じ価格帯にフラッグシップ・ブランドが二つあります。そして、それらより上位のバレル・セレクトが45ドル前後、ボトルド・イン・ボンドが40〜50ドル。そこに30〜35ドルのジョージディッケル・バーボンが加わったのです。既に確立されたブランドの中に新たなミドル・クラス品が加わったことで、そのラインナップはますます細分化されました。No.8の20ドルからBiBの50ドルまで僅か30ドル内の間に幾つものウィスキーが犇めき合っている、と。これらの中にあってジョージディッケル・バーボンは、上で述べたように最終的に美味しくはなったものの、テネシー・ウィスキーとバーボンを棲み分けするだけの個性には聊か欠けているように思います。それに、どうせディッケルを飲むならテネシー・ウィスキーの方が良くないか?と思ってしまうのは私だけではないでしょう。日本での販売価格は8000円前後が相場です。味わいからするとちょっと高いなとは思うのですが、昔はもっと安かったNo.12も現在では7000円程度なので、順当なプライシングかな。「バーボン」という魔法の言葉に価値を感じる人、典型的なジョージ・ディッケルの風味に飽き飽きした人、テネシーだがバーボンという一風変わった物を嗜みたい人にはオススメです。
そう言えば、今年のホリデイ・シーズンにはディッケルからテネシー・"バーボン"の特別な18年物がリリースされるようですね。日本で飲めるのでしょうか…。
コメント
コメント一覧 (6)
ディッケル8年のレビュー参考になります。
まだ酒屋にはNo.8や12が置いてあるので、ついそちらを手に取ってしまって自ら飲む機会を逸しています…
私もいずれ飲んでみなければ…
「テネシーだ」「バーボンだ」という議論はいまだに活発になされているのかは知りませんが、最近はケンタッキー州以外のウイスキーも増えてきており、一括りにアメリカンウイスキーとして扱うところも増えてきた印象です。
まぁ私は「美味であればなんでもよい」といい加減な立場です 笑
話が逸れてしまうのですが、アンクルニアレストってテネシーウイスキーの原酒を使っているそうですが、あれはディッケルでしょうか?
飲んだ感じディッケルの味だったのですが、ジャックとかは含まれていませんよね?
ぬーさん、お久しぶりです!
確かにそれほど活発ではなくなったかも知れませんね。レギュレーション的にバーボンであるのは間違いないですからね。ただ、今だにバーボンはケンタッキー産のものを言うと信じてる人もいるぐらいですから、ウイスキーへの興味の在り方で知識量も変わっちゃうのでしょう。
アンクルニアレストはおそらくディッケルと見られていますね。バッチによっては自社蒸溜物も混ぜてるかも知れませんが、ジャックは他社にウイスキーを販売していないと言われてます。多分ぬーさんが飲んだものはディッケル100%かそれに近いブレンドだったのではないでしょうか?
今回の記事にもすこし紹介されていますNo.12の方なんですが、一度飲んでみたくネットショップを見回っていた所、相場の方が7000円前後にまで上がっていました
早く飲んでみたい気持ちはあるのですが、少し待って値段がある程度戻ってからの方がいいですかね?
ただオールドウェラーの様に、中々帰ってこないという事もあるかもしれませんが、、
バーボンヤマさん、コメントありがとうございます!
そうなんですよね、7000円前後までいってますね、昔は3500円くらいで買えたと記憶してるのですが…。値段はしばらく戻らないような気がしますねぇ。
個人的には現行のディッケルに7000円出すなら、オークションで同じくらいから1万出してオールドボトルを購入したほうが良いと思いますよ。ディッケルってあまりオークションで値上がらないので。昔と今のものではクオリティというか熟成年数が全然違いますから。
なるほど、オールドボトルという手もありますね!
価格が落ち着かない間は、そちらの方向で探してみようかと思います。
ありがとうございます!
いえいえ、もし飲めたらまた感想など頂けたらうれしいです!