カテゴリ: ケンタッキーバーボン

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ワイルドターキー13年ファーザー&サンは、トラヴェル・リテイル専用として2020年に限定リリースされた製品です。86プルーフで、1リットル瓶に入っています。日本では長期熟成のワイルドターキーというとWT12年101に取って代わった同じ13年熟成のディスティラーズ・リザーヴがある(あった)ので、あまり購買意欲をそそられないかも知れません。特に、そのボトリング・プルーフがディスティラーズ・リザーヴより低いのは懸念点でしょう。熟成年数が同じでプルーフが類似している二つを飲み比べた海外のレヴュアーの方々の感想を見ると、ディスティラーズ・リザーヴの方が良いとするものとファーザー&サンの方が良いとするものの両方があります。自分がどっちに転ぶかは実際飲んでみるしかない。と言う訳で、さっそく。

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WILD TURKEY 13 Years Father & Son 86 Proof
推定2020年ボトリング。色はオレンジ寄りのブラウン。アップルサイダー、ヴァニラ、焦げ樽、ライスパイス、ビオフェルミン、アーモンドトフィー、パイナップル、タバコ、杏仁豆腐、チョコレート。アロマはフルーツをコアにお菓子のような甘い焦樽香とスパイス。口当たりは水っぽい。パレートはフルーティだがメディシナルノートも。余韻はミディアムショート、クローヴが強めに現れチャードオークのビター感と僅かにバターが残る。
Rating:86.5→84.5/100

Thought:アロマは凄く良いです。香りだけなら日本で流通しているディスティラーズ・リザーヴ13年よりファーザー&サンの方が良いと思います。ただ味わいはディスティラーズ・リザーヴ13年の方が旨味があった気がします。よって同点と言いたいところなのですが、こちらは開封してから暫くすると妙に渋みが強くなったのが個人的にマイナスでした。これが上記のレーティングの矢印の理由です。もしこの変化がなければ、ディスティラーズ・リザーヴ13年よりプルーフが低いのを考慮すると、こちらの方がリッチなフレイヴァーだったのかも知れない。とは言え、両者はかなり似ています。何ならダイアモンド・アニヴァーサリーから一連のマスターズ・キープに至る近年の長熟ワイルドターキーに共通の風味があります(いや、もっと昔のターキーでも少しはあったりするのですが…)。それは薬っぽいハーブ感とでも言うかクセのあるスパイス香とでも言うのか、とにかく私としてはバーボンに求める風味ではありません。それが少し香る程度なら崇高性を高めるのでアリなものの、他のフレイヴァーを圧倒するほどになると話は変わって来ます。これが私個人が近年の長熟ターキーをあまり評価しない理由です。アロマ以外でファーザー&サンの良い点としては、飲み終えた今にして思うと、飲む以前に気になっていたプルーフィングの低さ、即ち加水量の多さは、却ってフルーティさを引き出していたのかも知れず、飲み易さの一点に関しては功を奏していたように思います。また、ラベルの豪奢な雰囲気はなかなか良いのでは?

Value:メーカー希望小売価格は約70ドル程度のようです。日本での流通価格もそれに準じているでしょうか。13年物のワイルドターキー・バーボンが1リットルも入っているのだから、長期熟成酒の価格が高騰している現状を考慮すると、その値段に見合うだけの価値はあると思います。但し、8年101よりディスティラーズ・リザーヴ13年を好む方にのみオススメです。

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現在、ワイルドターキーからはエディ・ラッセルが主導するマスターズ・キープという限定生産で概ね長熟の特別リリースがありますが、それがスタートする2015年以前からジミー・ラッセルの主導する限定版の長熟バーボンがありました。ワイルドターキー・トリビュート15年はそうしたリリースの一つで、2004年に発売され、アメリカ国内版と日本輸出版のニ種類があります。アメリカ流通の物は101プルーフでのボトリングで5500本(6本入り800ケースの合計4800本という説も)、日本流通の物は110プルーフでのボトリングで9000本の数量とされています。各々はボトルの形状やパッケージングも異なり、アメリカ版は今のラッセルズ・リザーヴに似たボトルを採用してスクロール式のボックスに、日本版は旧来のケンタッキー・スピリットで使用されたフェザーテール・ボトルを採用して紙箱に入っていました。中身に関しては、ジミー・ラッセルも語っているらしいのですが、両トリビュートは同一バッチのウィスキーで、ボトリング・プルーフだけの違いのようです。それら二つを比較すると、一般的なコンセンサスは輸出用トリビュートの方が僅かにベターとされています。ハイアープルーフだからでしょうね。
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(WT "Tribute" 15yr USドメスティック版のラベル)

このバーボンには次のような逸話が伝わっています。2004年の或る日、マスター・ディスティラーのジミー・ラッセルはワイルドターキーの親会社であるペルノ・リカールから、記念品としてリリースするためのバレルの選定を依頼されました。彼はその意図を、きっと2005年に訪れるオースティン, ニコルズ&カンパニー設立150周年記念のためだろうと思いました。ところが実際には、経営陣の計画はジミーが蒸溜所に勤務し始めて50周年を迎えることを「トリビュート」する記念ボトルの作成でした。つまり、工場で行われていることの殆どを知り尽くした男に、サプライズのため?秘密裏に依頼していたのです。
ジミーが選んだのは、ある段階からバレルをリックハウスの低層階へと移し、ゆっくりと熟成させ特別に育ったバレルでした。ケンタッキー州の蒸し暑い夏にチャード・オークの新樽で寝かせたバーボンは、スコットランドの寒冷な気候や使用済みの樽で寝かせるよりも遥かに早く熟成し、ケンタッキーでの熟成はスコットランドでの熟成の3倍に匹敵すると表現される場合もあります。ワイルドターキー蒸溜所では、もっと熟成するに値しそうだと判断されたか、或いは単純に熟成の進んだバレルを倉庫の涼しい場所に移すなどして慎重な管理を行います。そのため、通常バーボンには不適切とされる熟成期間を経ていたにも拘らず、そしてジミーの哲学に於いても8〜10年の熟成がバーボンに最適とされているにも拘らず、それらは当時のワイルドターキーのストックの中で最も上質と見做せるものでした。「ホワイト・オークのスティックをチューイングしているような味わい」ではない「シュガーバレル」です。ジミーによれば、これほど古く、それでいて絶妙なバーボンになるのはほんの一握りのバレルだけだと言います。上品なメープルシロップを思わせる華やかな香り、ビターチョコのような重く奥深いコク、大胆なスパイス、レザーのような複雑な風味が鼻に抜けるダークなウィスキー。ちなみに、このバーボンの熟成年数を考えると、まだバレル・エントリー・プルーフが変更される前なので(*)、日本版の110プルーフはバレルプルーフに近いボトリングでしょう。

US版トリビュートのスクロール式の箱には次のような賛辞が記載されていました。
ジミー・ラッセルのワイルドターキー・バーボンへの50年に渡る貢献を記念して、限定版の15年熟成のスモールバッチ・バーボン「トリビュート」を提供できることを誇りに思います。この「ザ・マスター・ディスティラー」へのオマージュは、ワイルドターキー・ケンタッキー・ストレート・バーボン・ウィスキーを世界最高のバーボンとするための彼の半世紀に渡る情熱と献身を真に反映したものです。

偖て、こちらは今回のバー遠征に共に行った友人の注文品を一口だけ頂いたものです。その友人は、他にはワイルドターキー8年新旧(スケッチと横向きフルカラー・ラベル)やラッセルズ・リザーヴ・シングルバレル・ライ、ジャックダニエルズのシングルバレル三種の飲み比べ等をしていました。では、最後にトリビュート15年の感想を少しだけ。

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WILD TURKEY TRIBUTE Aged 15 Years 110 Proof
BATCH # JR-8904
BOTTLE # 8605
その熟成期間の割に、確かに口蓋で凄く甘味を感じました。余韻はややビターで、甘さに流されず引き締める感じでしょうか。オークの存在感は支配的ですが、ワイルドターキーの近年の長熟プレミアムに見られたキツさや苦味や渋さはなく、全体的にバランスの良い熟成加減に思います。多少は経年により柔らかさが出てるのかも知れませんが、それ以前に最近の物とは風味の深みが違う次元にあるような気がしますね。
このバーボンは近年オークションでは高騰の一途を辿る銘柄の一つで、大体10万を超えて来ます。あぁ、もう買えないんだなと寂しくなります…。皆さんもバーで見かけたら飲んでみて下さい。
Rating:91.5/100


*ワイルドターキー蒸溜所のバレル・エントリー・プルーフは、2004年に107から110 に、2006年に110から115へと変更されました。

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ウィリアム・ラルー・ウェラーは、ジョージ・T・スタッグ、イーグルレア17年、サゼラック・ライ18年、トーマス・H・ハンディ・ライと共に、バッファロートレース・アンティーク・コレクション(BTAC)の一つです。この限定版ウィスキーのコレクションは2000年にリリースされた当初、90プルーフでボトリングされた超長熟のバーボン、ウィーテッド・バーボン、ライの三種で構成されていましたが、その後ラインナップを増やしたり、熟成年数やプルーフの変更などがあり、最終的に三つのバーボンと二つのライに落ち着き今に至っています。
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BTACはバッファロー・トレース蒸溜所の最高のバーボンとライを代表する存在として、毎年秋に限られた数量でリリースされ、世界のウィスキー愛好家に待ち望まれています。そのためパピー・ヴァン・ウィンクルやウィレット・ファミリー・エステートと並んで入手困難なユニコーン・ボトルでもあります。五つのウィスキーのそれぞれは、使用されるマッシュビル、熟成期間の長さ、プルーフなど異なるものの、各ボトルの希望小売価格は99ドルと、昨今のスーパープレミアムなボトルのリリースと比べると可愛らしい価格ではあります。しかし、抽選会などで当選しないとその価格で購入することは叶わず、通常パピーほど高価にはなりませんが、セカンダリー・マーケットでは一本のボトルに数百ドルから場合によっては数千ドルを費やすことになるでしょう。親会社サゼラックの賢明な舵取りと卓越したウィスキーの組み合わせによってバッファロー・トレース蒸溜所はアメリカン・ウィスキー愛好家が何よりも追い求める蒸溜所となり、BTACは言うに及ばず、ブラントンズ、カーネルEHテイラーJr.やエルマーTリー等も希望小売価格を上回る価格で取引されています。
全てのバッファロー・トレースのバーボンは、濁度のチェックやガスクロマトグラフィーによるサンプル・テストなど様々な品質テストが行われるそうですが、最も厳しいテストは人の味覚によるものだと言います。官能分析のトレーニングを受けた何人かのテイスターは、ラボに持ち込まれたバレルのサンプルを全て試飲すると、各バレルがブランドの基準に合致しているかどうかを確認し、テイスターのうち一人でも反対すればそのバレルは送り返され更に熟成されるのだとか。そうした厳しい基準の最たる例は、2021年のBTACのラインナップからジョージTスタッグが外れた件に顕著でしょう。品質担当でありマスター・ブレンダーのドリュー・メイヴィルは、「私たちの製品は、常に品質が最重要で」あり、「もし味が私たちの期待にそぐわなければ、お客さまにお出しすることはありません」と言っていました。

ウィリアム・ラルー・ウェラーは、他のウェラー・ブランドのラインナップやヴァン・ウィンクル・ブランドのバーボンと同じくライ麦を含まないマッシュビルを使用するウィーテッド・バーボンです。2005年のアンティーク・コレクションから導入されました。それ以前は、2000年から2002年に掛けて、超長熟で90プルーフの「W.L.ウェラー19年」がリリースされていました。小麦レシピなのは同じながら、それらは純粋なスティッツェル=ウェラー・ジュースと目されており、全く別の製品です。近年続々と拡張されたヴァリエーションを別にすると、ウェラー・ブランドには「スペシャル・リザーヴ 」、「アンティーク」、及び「12年」が定番としてありました。ウィリアム・ラルー・ウェラーは概ね約12年間熟成されているところから考えると、バレル・ピックの基準の厳しさを除けば、謂わば「12年」のノンチルフィルタードかつバレルプルーフにてボトリングされたヴァージョンと言って差し支えないでしょう。
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(W.L.ウェラー19年のラベル)

酒名となっているウィリアム・ラルー・ウェラーという人物は「小麦」と密接に関係づけられて語られますが、実はウィーテッド・バーボンを開発したのでもなく販売すらしたことはなかったかも知れません。所謂ウィーテッド・バーボンはスティッツェル兄弟が開発し、ウィリアムの死後30年近く経ってから禁酒法後にパピー・ヴァン・ウィンクルらが広めたレシピだったと見られています。その代わり彼はスティッツェル兄弟からウィスキーを購入したり、自身の会社に若きパピー・ヴァン・ウィンクルを雇った人でした。彼はウィスキー・レクティファイアーではありましたが、なんなら皮肉にも酒を飲まない人だったとも言われています。若い頃はザッカリー・テイラーと共にメキシコ戦争に参戦した軍人でもありました。またウィリアムは自身の成功を還元することも忘れず、ルイヴィルの街に大きな貢献をしたそうです。なんでもバプティスト孤児院の創設メンバーの一人であり、人生のかなりの期間その理事を務め、子供達が良い家庭に行くことが出来るよう養親の面接を行った人物だったとか。ウィリアム・ラルー・ウェラーその人やウェラー・ブランドについては過去に投稿したこちらでも少し触れていますので良ければ参照下さい。

バッファロー・トレース蒸溜所はBTACに関しては詳細を公表しているので、下にウィリアム・ラルー・ウェラーの全てのリリースをリスティングしておきます。W. L.ウェラー19年に関しては、幾つかのウェブサイトや写真を参考にリストを作成しましたが、後のBTACほど詳細は分かりません。おそらく年2回のペースで販売されたと思われます。左からボトリング年、蒸溜年、プルーフの順です。2003年と2004年はリリースがなく、2005年から名称をウィリアム・ラルー・ウェラーと改め、中身の仕様も変更され、詳細が明かされるようになりました。しかし、2019年からはバッチ・サイズに関する情報は非公開になっています。リストは左から順にリリース年、蒸溜年、熟成年数 、ボトリング・プルーフ、熟成されていた倉庫、選ばれたバレルが置かれていたフロアー、熟成中の蒸発率、使用されたバレルの数と推定ボトリング本数、となります。


W. L. Weller 19 YEARS OLD
Summer 2000|Fall 1980|90 Proof
Spring 2001|Fall 1980|90 Proof
Summer 2001|Spring 1982|90 Proof
Fall 2001|Spring 1982|90 Proof
Spring 2002|Spring 1983|90 Proof
Fall 2002|Spring 1983|90 Proof

2003|No release
2004|No release

William Larue Weller
2005|Fall of 1993|12 years, 2 months|121.9 proof|Warehouse Q|5th floor|58.04%|41 barrels, 4602 bottles
2006|Spring of 1991|15 years, 3 months|129.9 proof|Warehouse M |5th floor|50.64%|22 barrels, 2905 bottles
2007|Spring of 1997|10 years, 3 months|117.9 proof|Warehouse I|9th floor|53.27%|34 barrels, 4250 bottles
2008|Spring of 1997|11 years, 2 months|125.3 proof|Warehouse I|9th floor|52.05%|40 barrels, 5131 bottles
2009|Fall of 1998|11 years|134.8 proof|Warehouse N, O|5th floor|57.20%|41 barrels, 4694 bottles
2010|Summer of 1998|12 years, 3 months|126.6 proof|Warehouse I, P|4th and 9th floors|55.50%|55 barrels, 6547 bottles
2011|Fall of 1998|12 years, 11 months|133.5 proof|Warehouse N, O, P|4th and 5th floors|57.20%|45 barrels, 5152 bottles
2012|Spring of 2000|12 years, 4 months|123.4 proof|Warehouse P, I|2nd and 4th floors|56.60%|49 barrels, 5689 bottles
2013|Spring of 2001|12 years, 1 month|136.2 proof|Warehouse M, P|3rd and 4th floors|55.30%|39 barrels, 3468 bottles
2014|Spring of 2002|12 years, 3 months|140.2 proof|Warehouse D, K, L|2nd, 3rd, 4th, and 6th floors|62.30%|39 barrels, 3933 bottles
2015|Spring of 2003|12 years, 3 months|134.6 proof|Warehouse I, K, L|2nd and 6th floors|72.30%|105 barrels, 7780 bottles
2016|Winter of 2003|12 years, 7 months|135.4 proof|Warehouse D, K, L|3rd and 6th floors|65.40%|145 barrels, 13421 bottles
2017|Winter of 2005|12 years, 6 months|128.2 proof|Warehouse D, I, P|1st〜6th floors|54.08%|155 barrels, 19040 bottles
2018|Winter of 2006|12 years, 6 months|125.7 proof|Warehouse C, I, K, L, M, Q|2nd〜5th floors|56.90%|149 Barrels, 17179 Bottles
2019|Winter of 2007|12 years, 6 months|128.0 proof|Warehouse I|2nd and 3rd floors|57.00%|N/A
2020|Winter of 2008|12 years, 6 months|134.5 proof|Warehouse I, C|3rd, 5th and 6th floors|73.0%|N/A
2021|Winter of 2009|12 years, 6 months|125.3 proof|Warehouse K, L, D, Q, C|1st, 2nd and 3rd floors|64.0%|N/A


偖て、今回バーで飲んだのは2005年と2007年です。現地でも入手が困難になったせいか、日本で現行品のBTACを見かけることは殆どなくなりました。それもあるし、年代違いがあるのなら、この機会に並べて飲み較べてみようという意図で注文した次第です。では、感想を少しばかり。

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William Larue Weller 117.9 Proof
2007年ボトリング。重厚な焦げ樽香とレーズンを中心としたアロマ。味わいは濃厚で、甘酸っぱさとスパイシネスの波が押し寄せる。バターとビターチョコの余韻。テクスチャーに刺々しさはなく、円やかです。
Rating:92.5

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William Larue Weller 121.9 Proof
2005年ボトリング。スモーキーな樽香や豊富なドライフルーツは2007年と共通しますが、こちらの方がアロマにマスティオークを感じました。口当たりは思ったよりあっさりめ。味わいは柑橘ぽいフルーティさが強いかな。
Rating:92

飲んだ瞬間に「あ、違う」と思うほど両者に違いはあるのですが、どちらが上か下かは甲乙つけ難く、共に長熟ウィーテッド・バーボンの魅力に溢れていると思います。点数の差は個人的なちょっとした嗜好に過ぎません(もしかすると普通の人は逆かも…)。どちらも一言で表現するなら、飲むドライフルーツの宝石って感じです。おそらくバーボン飲みだけに限らず、シェリー樽で長期熟成されたスコッチが好みの方にもウケるのではないでしょうか? 皆さんも見かけたら是非飲んでみて下さい。最後に、上のリストと重複する部分もありますが、せっかくなのでこの二つのWLWの詳細を引用しておきますね。

Distiller
Buffalo Trace Distillery, Franklin County, Kentucky
Age Profile
Year of Distillation : Fall of 1993 
Release : Fall of 2005
Release Brand name : William Larue Weller Kentucky Straight Bourbon Whiskey
Proof for release : 121.9 proof
Recipe
Large Grain : Kentucky Corn; Distillers Grade #1 and #2
Small Grain : North Dakota Wheat
Finish Grain : North Dakota Malted Barley
Cooking / Fermentation
Milling screen : #10
Cook Temperature : 240 degrees Fahrenheit
Water : Kentucky Limestone with Reverse Osmosis
Fermentation : Carbon Steel / Black Iron fermenter
Mash : Sour
Distillation & Aging
Distillation : Double Distilled; beer still and doubler 
Proof off still : 130 Proof
Barrel : New, White Oak; #4 Char; Charred for 55 seconds
Barrel maker : Independent Stave; Lebanon KY
Barrel entry proof : 114 proof
Barrel size : 53 liquid gallons; 66.25 Original Proof Gallons
Warehouse : Warehouse Q
Floor : 5th
Evaporation loss : 58.04% of the original whiskey lost to evaporation
Bottling
Barrel selection : 41 hand picked barrels
Filtration : None
Product Age : 12 years and 2 months old at bottling
Tasting comment : "Big & Sweet"

Distiller
Buffalo Trace Distillery, Franklin County, Kentucky
Age Profile
Year of Distillation : Spring of 1997
Release : Fall of 2007
Release Brand name : William Larue Weller Kentucky Straight Bourbon Whiskey
Proof for release : 117.9 proof
Recipe
Large Grain : Kentucky Corn; Distillers Grade #1 and #2
Small Grain : North Dakota Wheat
Finish Grain : North Dakota Malted Barley
Cooking / Fermentation
Milling screen : #10
Cook Temperature : 240 degrees Fahrenheit
Water : Kentucky Limestone with Reverse Osmosis
Fermentation : Carbon Steel Black Iron fermenter
Mash : Sour
Distillation & Aging
Distillation : Double Distilled; beer still and doubler
Proof off still : 130 Proof
Barrel : New, White Oak; 4 Char, Charred for 55 seconds
Barrel maker : Independent Stave; Lebanon KY
Barrel entry proof : 114 proof
Barrel size : 55 liquid gallons; 66.25 Original Proof Gallons
Warehouse : Warehouse I
Floor : 9th
Evaporation loss : 53.27% of the original whiskey lost to evaporation
Bottling
Barrel selection : 34 hand picked barrels
Filtration : None
Product Age : 10 years and 3 months old at bottling
Tasting comment : "Sweet molasses with a hint of cinnamon"

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今回もバー飲みの投稿です。5杯目は、昔から飲みたかったけれど飲んだことのない銘柄だったオールド・ウィリアムズバーグにしました。

このバーボンはロイヤル・ワイン・コーポレーションが所有するブランドで、同社は名前が示すようにワインの取り扱いがメインの会社ですが、蒸溜酒も少数扱っており、そのうちの一つがオールド・ウィリアムズバーグです。彼らは現在、バーボン部門では「ブーンドックス」というブランドに力を入れています。ブーンドックスはプレミアムなレンジのブランドなので様々な別樽での後熟(追加熟成)もの等ありますが、それに比べるとオールド・ウィリアムズバーグは価格の安いバジェット・バーボンに位置付けられた製品。ブランドの名前を聴くと、ヴァージニア州の歴史的ランドマークであるコロニアル・ウィリアムズバーグを連想してしまうかも知れません。しかし、このブランドはそちらの「生きた博物館」とは何の関係もなく、ニューヨーク州ブルックリンのウィリアムズバーグ地区から命名されました。ロイヤル・ワインはニューヨークの会社ですし、限定的な地区の名前からしても、そもそもはローカリーな製品なのでしょう。ラベルにブルックリン橋が描かれているあたり如何にもな感じです。但し、ブルックリン橋はウィリアムズバーグに接続してはおらず、少し離れています。実際にウィリアムズバーグに接続しているのはその名もウィリアムズバーグ橋で、同ブランドのウォッカのラベルではウィリアムズバーグ橋が描かれているのに、何故かバーボンの方はブルックリン橋なのですよね…。何となく見栄えがするからか、より知名度が高いから採用されたのでしょうか? いっそのことラムでもリリースしてマンハッタン橋を採用すれば、近隣の三つの橋が揃う「橋シリーズ」とも呼べそうなラベルが完成するのに…。
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ウィリアムズバーグと言うと、今ではブルックリンのトレンディな地域としても知られていますが、ユダヤ教正統派のコミュニティの存在も有名です。ブランドの発売は1994年とされ、当時は唯一のコーシャ・バーボンでした。コーシャとは「適正」を意味するヘブライ語で、ユダヤ教徒が口にしてもいい食品の規定です。コーシャ認定制度は、スーパーマーケットに代表される消費市場が拡大した第二次世界大戦前後にアメリカを中心として始まったそうです。大量生産によって販売される商品数も膨大になるにつれ、商品の生産過程や含有物が複雑になり、粗悪な食品の流通が増えたことを懸念して、ユダヤ教徒が清浄な食品を安心して手に入れるための認定の需要が高まったらしい。現在ではウォルマートやコストコなどアメリカの大手スーパーマーケット・チェーンでも多数のコーシャ認定商品が見られます。ロイヤル・ワイン・コーポレーションはコーシャ・ワインを多数取り扱い、その分野での明確なリーダーとして認められているそうなので、その流れからスピリッツでもコーシャ認証の物をリリースする運びとなったのでしょう。オールド・ウィリアムズバーグのラベルにはマルKやマルU、或いはヘブライ語の文字が書かれたスタンプといったコーシャ認定を示すマークが印刷されています。よく見ないと見過ごしそうですけれども。
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裏ラベルには「昔の」ウィリアムズバーグについて書かれています。19世紀後半、イースト・リヴァー沿いにはビア・バロンズ(ビール造りで財を成した人々)の醸造所が立ち並び、その成功したオウナー達の建築的に優れた邸宅が建てられていた、バーボンはそんな彼ら特権階級のために、プライヴェートなスティルで手造りされ、特別に瓶詰めされ、選ばれた酒であった、と。彼らがバーボンを飲んだのが本当なのか、単なるマーケティングの文言なのかはちょっと判りませんが、醸造所が並ぶノース11thストリートがブリュワーズ・ロウと呼ばれているのは確かでした。

偖て、次にオールド・ウィリアムズバーグの幾つかのヴァリエーションについて言及しておきましょう。先ず、現在は3年熟成80プルーフのバーボンとウォッカのみが販売されているようです。その他に昔は「No.20」という101プルーフの物と「バレル・プルーフ」と銘打たれた121.5プルーフの物がありました。そして、ややこしいのはここからです。95年出版のゲイリー・リーガン著『THE BOOK OF BOURBON』には、オールド・ウィリアムズバーグ No.20のテイスティング・ノートが載っており、そこには熟成年数が36ヶ月と書かれています。で、その文末には「情報筋によると、オールド・ウィリアムズバーグに、より熟成させたバーボンがもうじき発売される予定とのこと。熟成年数や36ヶ月以上熟成との記載がないボトルを探そう。それが最低4年熟成のウィスキーであることを示すから。(意訳)」との記述がありました。つまり、私が見た現物および写真、資料によって把握するにオールド・ウィリアムズバーグ・バーボンのヴァリエーションには、
①No.20、101プルーフ、36ヶ月熟成表記
②No.20、101プルーフ、NAS
③バレル・プルーフ、121.5プルーフ、NAS
④後のスタンダード、80プルーフ、3年熟成表記
の四つが確認できる訳です。残念ながらリーガンのテイスティング・ノートは文章だけで写真が載せられていないので、①と②でボトル形状が異なるのか、ほぼ同じ見た目なのかは分かりません。この件や、これに限らずその他の物があるのをご存知の方はコメントよりどしどしお知らせ下さい。ちなみに今回、私が飲んだ物は、おそらく②と推測しています、エイジ・ステイトメントがないので。

続いてオールド・ウィリアムズバーグ・バーボンの中身(原酒)について語りたいところなのですが、これまたよく分かりません。ロイヤル・ワイン・コーポレーションは酒類販売会社およびインポーターであってディスティラーではないので、それがソーシング・ウィスキーなのは明らかとは言え、調達先に関する情報開示はしていないのです。明確なのはケンタッキーの何処かの蒸溜所からのものであること。また、初期のボトルは所在地表記がミネソタ州プリンストンであるところから、ボトリングしたのはユナイテッド・ステイツ・ディスティルド・プロダクツ(USDP)で間違いないでしょう。
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USDPは1981年に中西部の市場向けに地域ブランドを生産することを目的に小規模なボトリング事業としてスタートしました。おそらくプラント・ナンバーはDSP-MN-22だと思います。この施設では蒸溜は一切行なわれず、代わりにアルコール、甘味料、フレイヴァリング製剤やその他の成分を購入し、顧客の処方仕様に従って調合するブレンダーの役割とボトリング及び製品のパッケージングが主要な業務です。設立以来、信頼される企業として徐々に成長し、2005年頃の情報では、245000平方フィートの施設で年間200万ケースのスピリッツやコーディアルを中心としたリカーを生産しているとされています。また、2013年頃の情報では、約300人ほどの従業員が働いており、1日3シフト、24時間体制で7つの生産ラインを稼働させているとありました。2012年には186181平方フィートの倉庫の増設したそう。画期的だったのは、2001年にフィリップス・ディスティリングを買収して子会社としたことだったかも知れません。これにより自社ブランドの製造開発に拍車が掛かり、販売にも箔が付いたのではないでしょうか。プリンストン工場の生産ラインでは、フィリップスのUVウォッカ・ブランド、フレイヴァー・ウィスキーのレヴェル・ストークなど全米で人気のあるスピリッツ飲料を生産しています。
オールド・ウィリアムズバーグは常にUSDPが生産してるのではなく、現行の3年熟成80プルーフの物は、裏ラベルによるとニュージャージー州スコービーヴィルでボトリングとあります。スコービーヴィルというと、アップルジャックおよびアップル・ブランディで有名なレアード&カンパニーのボトリング施設があるので、そこで生産していると考えるのが妥当だと思います。いつ頃切り替わっているかは全く判りません。詳しい方はコメントよりご教示頂けると幸いです。では、最後に飲んだ感想を少々。

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OLD WILLIAMSBURG №20 101 Proof
推定95年ボトリング。焦げ樽香とスパイシーなアロマ。口に含むとブライトな樽感が味わえる。薫り高い穀物の風味と軽ろやかなフルーティさ、甘さとスパイスのバランスが良い。余韻はミディアム程度の長さ。
Rating:87.5/100

Thought:このバーボンは今となっては知名度が高いとは言い難く、余程のバーボン好きか、90年代から2000年代初等頃にバーで見かけたことがあるという人以外は知らない銘柄かも知れません。実は、日本語でオールド・ウィリアムズバーグをグーグル検索すると、まともにヒットするのはBAR BREADLINEのマスターさんのブログ「BAR ABSINTHE」の投稿くらいしかないのです。で、彼のテイスティング・ノートには原酒について少なくともヘヴンヒル系ではないとの感想が書かれており、更に私が飲んだバー・デスティニーのマスターに原酒について訊ねたところ同様にヘヴンヒルの味ではないと思うがそれ以上は全く分からないとの返答をもらいました。確かに私も一口飲んですぐヘヴンヒルではないと思いました。ヘヴンヒルのスタンダード・マッシュビルより、もっとライ麦多めのバーボンという印象があり、とても自分好みの味わいだったのです。マッシュのライ麦率は20〜30%くらいありそうな気が…。例えて言うとフォアローゼズから濃厚な熟成フルーツの風味を抜き取ったような味わいですかね。熟成年数に関しては、やはり3年熟成とは思えない味わいで、少なくとも4年〜6年程度のテクスチャーと風味に感じました。このNo.20の裏ラベルには、現行製品では削除されている次のような一文があります。
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「Only the top 20% of the barrels are used for this flavorful smooth bourbon. Enjoy!(上位20%のバレルだけを使用したこの味わい深く滑らかなバーボン。楽しんで!)」
ここで言われてる20%が「No.20」の由来なのでしょうかね? まあ、それは措いても、私の味覚には、この一文は本当にそうなのかもと思わせるだけの美味しさをこのバーボンから感じました。そして、何処の原酒かという件ですが、自分的にはフォアローゼズか、でなければバートンのハイ・ライかなぁ…と。飲んだことのある皆さんはどう思われましたか? コメントよりご意見ご感想どしどしお寄せ下さい。
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そう言えばこのバーボン、ボトルのサイドがエンボス加工されていて、なかなかカッコいいですよね。これと同時期かもう少し後かにボトリングされたと思われるミスティ・ヒルズとかブラック・イーグルというブランドのバーボンも瓶形状が同じに見え、ボトリングはUSDPが行っていると思われます。ミスティ・ヒルズとブラック・イーグルは、フィリップスやロイヤル・ワインのポートフォリオに(少なくとも現在は見られ)ないので、おそらく何処か別の販売会社がボトリング契約してパッケージングまでしてもらっているのではないでしょうか。まあ、憶測ですし、蛇足の情報です。

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(画像提供K氏)

ウィレット・ファミリー・エステート・シングルバレルのバーボンとライのリリースは、アメリカン・ウィスキー市場で最もカルト的な人気があり、「ユニコーン」と呼ばれるウィスキーの代名詞的存在です。パピー・ヴァン・ウィンクルやバッファロー・トレース・アンティーク・コレクションと同じか、或いはマニア筋にはそれ以上に評価されています。WFEはプライヴェート・バレル・セレクション・プログラムのラベルであるため、それぞれのストアや様々なウィスキー・ソサエティのピック、輸出のみのオファリング、チャリティー・ボトル、蒸溜所のギフト・ショップでのリリース等がありますが、当該のコミュニティに属しているか小売業者または個人とのコネがないと、法外な価格を支払わずにボトルを購入することは難しいです。一部のスモールバッチのWFEを除いて、シングル・バレルに関しては常に需要が供給を遥かに上回っており、今後もその傾向は続くと予想されます。
当のアメリカ、また世界的にそのような状況の中、日本でも一部の輸入業者や酒販店のストアピックが入荷され即完売となる現状に於いて、日本で最も数多くのウィレット・ファミリー・エステートが飲める場所と言えば、ウィレット蒸溜所と親交のある豊橋のバーボン・バー、ゲモーを措いて他にありません。ゲモーと言えばウィレット、ウィレットと言えばゲモーなのです。
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(画像提供K氏)

今回取り上げるのはお店の25周年を記念している「GEMOR 2021」です。ゲモーさんセレクトのWFEと言えば、名高いのは以前20周年記念の時にリリースした「C70A」でした。そちらはバーンハイム・ウィーターの20年熟成でしたが、こちらのバレル・ナンバー「2103」はウィレット蒸溜所の代表銘柄オールド・バーズタウンのシリーズで使用されるハイ・コーン・バーボン・マッシュビル(79%コーン、7%ライ、14%モルテッドバーリー)を使った自社蒸溜原酒となっています。バレル・エントリーは125プルーフだそう(「19xx-21xx(125p)」)。
WFEは導入された当初、全て調達されたバレルからボトリングされていました。1980〜90年代のアメリカン・ウィスキー低迷期には、オープン・マーケットへの需要は殆どなく、ハイ・クオリティなウィスキーが安く手に入りました。それらを購入するNDPは競争相手があまりいないので、基本的にどんな年数のバレルでも選ぶことが出来たと言います。このブランドの初期の評価を伝説的なものにした要因は、そうした優れたバレル(特に長熟の)を惜しげもなくバレルプルーフ、アンチルフィルタードにてボトリングしたことにあったでしょう。バーンハイム蒸溜所のウィーテッド・バーボンはそのうちの一つだった訳です。2012年からウィレット蒸溜所は再び蒸溜を再開し、彼らのオリジナル蒸溜液で満たされたバレルは熟成を続け、今日ではそれらを使った様々なレシピの4〜8年熟成のWFEシングルバレルが市場に出回って来ました。
この大変貴重なWFEを飲めるのは、例によってバーボン仲間のK氏よりサンプルを提供頂けたお陰。画像提供も含めてこの場でお礼申し上げます。こちらからは大したお返しも出来ないにも拘らず、本当にいつもありがとうございます、感謝の極みです! では、飲んだ感想を少しばかり。

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(画像提供K氏)
WILLETT FAMILY ESTATE BOTTLED SINGLE BARREL BOURBON "GEMOR 2021" 25th ANNIVERSARY 8 Years 122.6 Proof
GEMOR 零号樽
Barrel No. 2103
2021年ボトリング。ややオレンジがかったアンバー。グレープ、マヌカハニー、スイートグレイン、蜂蜜レモン、柑橘、木質の酸、ローストコーン、バターを塗ったトーストしたパン。バレルプルーフにしては刺激が少なく滑らかな口当たり。味わいはフレッシュフルーツ。余韻は豊かな穀物とビターチョコ。

オールド・バーズタウンのスタンダードやボトルド・イン・ボンド、エステート・ボトルドと同系統の頗るフルーティなアロマや味わいを感じました。それらと較べてプルーフィングや熟成年数の違いから、こちらの方がもっとダークな味わいかと予想していたのですが、むしろ溌剌としたブライトな樽感が印象的でした。おそらく開封からさほど時間が経ってない状態での試飲なので、今後もう少しフレイヴァーに変化はありそうな気はしますね。
Rating:89/100

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今回はジムビーム・ブラックがまだ8年熟成だった頃の物を取り上げます。ラベルに描かれた歴代のビーム家マスター・ディスティラーの中に、現在のフレッド・ノーがいません。まだブッカー・ノー存命中の物です。ブラック・ラベルのブランド紹介は過去投稿のこちらを、ブッカー・ノーについてはこちらを参照ください。

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JIM BEAM BLACK 8 Years 86 Proof
推定1999年ボトリング。濃密なキャラメル、香ばしい焦げ樽、コーン、サワークリーム、オールドファンク、サイダー、ビターヌガー、タバコ、レーズン。アロマは強いキャラメルと甘酸っぱいフルーツと地下室っぽいオールド臭が主、開封から暫くするとヒネ臭は消えフローラルが出てきた。口当たりは度数の割にはとろみがありつつサラッともしている。舌では甘味を、口蓋全体では甘酸っぱいベリー系の旨味を感じ易い。余韻は比較的さっぱりめだが、コーンの気配とビタネスは長続きする。
Rating:85/100

Thought:開封した途端、ああ懐かしい匂い…って思いました。90年代のジムビームやヘヴンヒルやエンシェントエイジのような安バーボンの「らしい」感じを想い起させたのです。2000年代後期や2010年代前期のブラック・ラベルと較べると、フレイヴァーの密度が高い?気がしました。オールド臭も過剰でなければ崇高性を高めてくれますから、このボトルに関しては全然アリな程度で美味しかったです。ボトリング・プルーフは低いので、それが余韻の物足りなさにも繋がっているのかなとは思いますが、まあジムビームのライト感と思えば…。

Value:現行のエクストラ・エイジドより遥かに旨いのは間違いありません。オークション等の二次流通市場で高騰している銘柄でもないので、案外狙い目かも?

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(画像提供K氏)

アメリカ国内でのバーボン需要が低かった1980年代から2000年頃まで何年にも渡って海外へ販売されたKBD(プレミアム・ブランズ、ウィレット)の数多いブランドのうちの一つがバーボンタウン・クラブです。多分、80年代後半~90年代前半にかけて日本に輸入され、比較的短期間で使われなくなったラベルかなと思います。名前の「バーボンタウン」というのは、どう考えてもバーズタウンのことを指しているでしょう。だから、バーズタウン・クラブと言ってるに等しいかと。ちょっと紛らわしいですが、実際このバーボンタウン・クラブと同時期くらいに同じくKBDのブランドで「バーズタウン・クラブ」という姉妹品?もありました。ラベルのデザインから言って、プレミアム感を構築する意図は感じられません。そのため壮大なブランド・ストーリーなどは特にないです。このブランドが昔のラベルの復刻なのか、それとも輸出専用ラベルとしてその当時に作成されたのかもよく分かりませんでした。

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(画像提供K氏)
バーボンタウン・クラブにはヴァリエーションとして、6年86プルーフ、10年86プルーフ、12年86プルーフ、スクワット・ボトルの15年101プルーフがありました。初期の丸便のラベルでは「THE WILLETT DISTILLING COMPANY」を、後の角瓶では「OLD BOURBONTOWN DISTILLERY」を、DBAの名義として使っています。どちらにしても、6年物はどうか判りませんが、10〜15年物は発売年と熟成年数を考慮すると旧ウィレット原酒の可能性が高いと思われます。今となってはオークションで高騰の一途を辿る原酒の一つな訳ですが、今回もまたInstagramで活躍中のウィレット信者K氏よりサンプルを頂きました。画像提供の件も含め、こちらで改めてお礼を言わせてもらいます。貴重なバーボンをありがとうございました。バーボン繋がりに乾杯!

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BOURBONTOWN CLUB 10 Year 86 Proof
推定1989年ボトリング。オールドボトルファンク、ヴァニラウエハース、キャラメル、クローヴ、ミント、茴香。ノーズはオールド臭の中に僅かな甘い香り。口当たりは水っぽい。味わいは漢方薬のようなハーブのような薬っぽさで苦く、甘み弱め。余韻は、口の中から香りはあっという間に消え、鼻腔と喉奥にオールド臭が長く残る。
Rating:74/100

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BOURBONTOWN CLUB 12 Year 86 Proof
推定1989年ボトリング。キャラメル、湿った地下室、焦がしたオーク、樹液、オレンジ、茴香、ミント、タバコ、土、コーン、ビターチョコ。水っぽい口当たり。アルコールのヒリヒリ感は全くない。味わいはアーシーなハーバルノート強め。余韻は86プルーフにしては長く、ビターな風味が尾を引く。
Rating:82.5/100

Thought:実は10年の方は見た目がけっこう曇っていました。おそらくボトリング時の味や香りも多少は存命しつつも、かなりオールドボトル・エフェクトが効いていて、このバーボン本来の味わいとは程遠いと思います。正直このままではキツイほど…。しょっぱいオツマミ、例えばサラミとかに合わせると幾分か飲み易くなりました。バーボンに限った話ではないかも知れませんが、直前に食べた物によって感じる風味は変化します。自分的に飲みづらいと思うバーボンに出会ったら、何かしら相性の良い食べ物とペアリングするのはオススメの手法ですね。
12年の方も少し曇りはあるのですが、10年と較べるとかなりクリアだったので、軽めのオールド臭くらいで済んでいましたし、グラスに注いで暫くするとそれも消えたので普通に飲めました。薬っぽい風味がやや少なく飲み易かったのです。ノーズでもパレートでも10年と共通する傾向は感じ、おそらく両者はかなり似ている気がします。10年がまともな状態だったら、あまり差が分からなかったのかも知れません。残念だったのは、思ったよりフルーティさを感じれなかったところです。もしかすると6年物の方が自分の好きなフルーティさが取れたのかも…。

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周知のようにブラントンズはバッファロー・トレース蒸留所で造られています。しかし、ブラントンズのブランドを所有しているのはバッファロー・トレース蒸留所でもなければ、その親会社サゼラックでもありません。ブラントンズは、バッファロー・トレース蒸留所のマッシュビル#2と呼ばれるレシピで造られる製品、エンシェント・エイジ、ロック・ヒル・ファームス、エルマーTリー、ハンコックス・プレジデンツ・リザーヴと同様に、エイジ・インターナショナル・インコーポレイテッドのブランドです。そしてそれは、ブラントンズが日本に縁の深いバーボンであることを意味します。1984年に発売された当初、そのシングルバレルの製品はアメリカでは団塊の世代をターゲットに約25ドルで販売されましたが、彼の地では新しいバーボンの需要を喚起するには至らず、唯一のポジティブな点と言えば日本での人気だけでした。馬のボトル・トッパーという素晴らしい装飾を備えた豪奢なバーボンは、その歴史の大部分に於いてアメリカでは酒屋の棚で埃を被るみすぼらしい何かだったのです。しかし、2019年から2020年あたりに突如としてブラントンズは「ユニコーン」に変わり、アメリカでは簡単に購入出来ないバーボンの一つとなりました。今回はそんなブラントンズの始まりの物語を紹介したいと思います。

今、最盛期とも言えるほどの好況を呈しているアメリカのウィスキー業界も、1970年代の売上減少を経て迎えた1980年代は最底辺に沈んでいた時代でした。ウィスキー製造販売事業は往年の販売量の半分を失い、売上高はほぼ安定していたものの緩やかな速度でまだ減少し続け、復調の兆しは一向に見えていませんでした。生産者は衰退が一時的なものであると信じていたため、あまりにも長い間生産を続けてしまい、業界には少数の人々しか望まないウィスキーが溢れ返っていました。売り上げは減ったのに在庫が増え過ぎたことで利益が圧迫され、ウィスキーの資産は芋づる式に変化していたのです。現在バッファロー・トレース蒸留所と呼ばれている昔のジョージ・T・スタッグ蒸留所も、1950年代初頭以降、大きな変化はありませんでしたが、ウィスキーの需要が減少したにも拘らず、1970年代まで安定したペースで生産が続けられていました。1980年代初頭には、スタッグ蒸留所をはじめとする業界全体で成熟したウィスキーの大量供給があった、と。

当時は今と異なり、多角的なコングロマリット(複合企業体)が大流行していました。大規模なスピリッツ生産者の殆どはもはや独立しておらず、コングロマリットの一部に属して様々な関連性のないビジネスと企業世帯を共有していました。1980年代初頭、フレデリック・ロス・ジョンソンという凄腕の最高経営責任者が率いたナビスコには、フライシュマンズ・ディスティリングを含むスタンダード・ブランズと呼ばれる子会社がありました。フライシュマンズのCEOは元々シーグラムやシェンリーに勤めていた酒類業界のエグゼクティヴであるファーディー・フォーク、そして社長がその右腕のロバート・バラナスカスでした。1983年、ジョンソンはスタンダード・ブランズをグランド・メトロポリタンに売却することを決定します(*)。グランド・メトロポリタンには既にJ&Bスコッチやスミノフ・ウォッカなどを販売する酒類部門があり繁盛していました。フォークとバラナスカスは会社が売却された後には職を失うと思っていたので、会社を辞職して自分たちで新たな酒類事業を始めることにしました。彼らは少数の個人投資家と共に、フォークが以前シェンリーの幹部だったので、当時シェンリーを所有するコングロマリットのメシュラム・リクリスにオールド・チャーター・ブランドを購入することを期待してアプローチします。しかしリクリスはオールド・チャーターの販売には興味がなく、おそらくは常に資金を必要としていたので、代わりにエンシェント・エイジのブランドと、それが製造され当時ほぼ休眠状態だったとも少々荒廃していたとも言われるジョージ・T・スタッグ蒸留所を一緒に販売することをフォークとバラナスカスに申し出ました。こうした経緯でケンタッキー州フランクフォートにある蒸留所は、1983年、新しく設立されたエイジ・インターナショナルに売却されます。この事は、当時のアメリカではまだバーボンは家庭でウィスキーの主流派ではなく、一般消費者にとってあまり重要な出来事ではありませんでした。フォークとバラナスカスが新会社に付けた名前が示すように、彼らはバーボンの未来はアメリカの外にあると信じていたのです。二人は日本の飽くなきバーボンへの渇望を感じていました。その頃の日本ではバーボンが人気を高めており、I.W.ハーパー、フォアローゼズ、アーリータイムズなどの比較的安価な銘柄は、アメリカン・スタイルのトレンディなバーで定番としてよく見かけるようになっていたそうです。しかし、日本でのバーボンの人気は、全くの偶然からそうなったのではありませんでした。

1975年から84年までシェンリー・インターナショナルの輸出部門の責任者を務めたウィリアム・G・ユラッコは、バーボンというアメリカン・ウィスキーの日本市場を開拓し、シェンリーの主要ブランドを普及させる仕事を担当していました。日本のウィスキー文化の受容はスコッチを基としています。そのため主に飲まれた製品はスコッチ・モルトをベースに造られたジャパニーズ・ウィスキーとスコットランドから輸入された本格的なスコッチ・ウィスキーです。バーボンはそれらに比べれば幾分かマイナーな存在であり、味わいの傾向もかなり異なるため、スコッチ・テイスト指向の日本市場でユラッコに任された仕事は困難な作業でした。1972年に極東への偵察旅行を開始した時、彼には日本の旧来の飲み手にバーボンに乗り換えてもらうのはほぼ不可能なことのように思われました。成功するためには強力なパートナー(販売代理店)、優れた市場計画、相当な努力、そして運が必要だったと彼は言います。幸いにも彼らは日本のウィスキー市場の70%を占める大手飲料メーカーであるサントリーとの合意に至り、流通やプロモーションを任せることが出来ました。当時シェンリーの最大のライヴァルであったブラウン=フォーマンも、サントリーと同じ取引をしていました。ユラッコは、シェンリーの経営陣が下した自社の最重要ブランドを主要な競争相手と「同じ家」に置くという決断の重要性は計り知れなかった、と言います。「これはフォードやジェネラル・モータースが日本で販売するトップモデルの全てをトヨタに提供するようなものだ」と。このことは関係者にとって大きな賭けでした。サントリーは日本のウィスキーに二度と競合相手が現れないように意図的にバーボンの販売を減らすことも出来るし、どちらかの社のブランドを優遇することも出来ます。しかし、実際のところシェンリーもブラウン=フォーマンも失うものはそれほどありませんでした。それにサントリーも単に試験的な販売をしたかった訳ではありません。ユラッコによると、サントリーは商品やサーヴィスが世の中への感度が非常に高い人だけでなく一般に広がって行く分岐点となる供給量のバーボンを求めて来たそうです。あらゆる味とプライス・レンジの製品を用意し、それぞれのブランドに独自のアイデンティティを与え、市場の隙間を埋めるために。シェンリーはエンシェントエイジ、J.W.ダント、I.W.ハーパーを、ブラウン=フォーマンはアーリータイムズ、オールドフォレスター、ジャックダニエルズをサントリーに提供しました。そして日本の消費者が従来のスコッチ・タイプのウィスキーを好む傾向から引き離す必要があります。そこで彼らはマーケティング戦略として、従来の中高年のヘヴィーユーザーを完全に見限り、コカコーラやリーヴァイスのような欧米のプロダクツやイメージに敏感で嗜好がまだ定まっていない大学卒業後の若い消費者をターゲットに注力することに決めました。日本では殆どの飲酒が自宅ではなく外出先で行われることに着目し、シェンリーとブラウン=フォーマンは協力してサントリーの6つのブランドのみを取り扱うバーボン・バーを全国に展開。そこには若者向けの、アメリカン・ミュージックが流れ、アメリカン・スタイルの料理が提供され、バーボンをサポートするイメージが伝えられました。その戦略の成果はあったようです。日本ではバーボンは売れないだろうと業界からは見られていましたが、1970年代を通じて着実に成長を遂げ、80年代半ばには軌道に乗り、1990年には200万ケース以上の規模に達しました。シェンリー社の代表的な銘柄であるI.W.ハーパーの成功は特に著しく、1969年に世界で2000ケースだったものが、サントリーの大々的な広告の効果もあってか、1991年には50万ケースを超える日本で最も売れているバーボンとなったのです。
アメリカで殆ど無視されていたバーボンが日本では、或る時点(90年前後?)でアメリカからのバーボン輸出量の51%を占め、1980年代に349%の伸びを示したと言います。日経通信社調べによる1986年の日本へのバーボンウィスキー輸入実績トップ10は…

① I.W.ハーパー
②アーリータイムズ
③フォアローゼズ
④ワイルドターキー
⑤オールドクロウ
⑥ジムビーム
⑦エンシェントエイジ
⑧J.W.ダント
⑨オールドグランダッド
⑩テンガロンハット

…でした。シェンリーやブラウン=フォーマンがサントリーと提携したように、他の大きな酒類会社のシーグラムはキリンと提携し、日本にフォアローゼズを広めました。ナショナル・ディスティラーズも同様な努力をしたのでしょう。こうした状況は程なくして他のブランドも「日本でビッグになれる」と目をつけることになリます。I.W. ハーパー、アーリータイムズ、フォアローゼズ等は日本に救われたブランドと言えますが、他にも上のリストに載っていない無数の日本向けボトルが作成されました。日本向けボトルには様々なプライス・レンジの製品がありましたが、アメリカとは正反対な特徴と言えばプレミアム感と長期熟成。今回取り上げているブラントンズは長期熟成ではないプレミアム・バーボンの代表と言え、殆ど日本のために特別に作成されたバーボンです。
一方の長熟バーボンは特に80年代後半から90年代にかけて多く発売されていました。アメリカでのバーボンは4〜8年程度、いっても12年でリリースされるのが一般的であり、それ以上熟成させるとあまりにオーキーになってしまうと当時は信じられていました。そして「高尚な」熟成年数の表示を特に気にする消費者も殆どいませんでした。しかし、スコッチタイプのウィスキーに慣れ親しんだ日本の消費者はバーボンでもスコッチと同じような12年、15年、18年、時には20年以上の熟成年数をバーボンに求めました。そのおかげで、過剰生産のため多くのバーボン蒸留所に眠る「過熟成のジャンク品」と考えられていた物を日本へは出荷することが出来ました。日本を「過剰なバーボンのゴミ捨て場」と皮肉ることも出来ましたが、アメリカのバーボン市場が冷え込んでいたため、多くのバーボン、特に超長期熟成バーボンは海を超えた地で高値で売れた訳ですし、何よりバーボン・ウィスキーのアメリカ以外での海外販売は業界を再び軌道に乗せ存続するために非常に重要で不可欠なことでした。ヘヴンヒルからはエヴァンウィリアムス23年やマーティンミルズ24年、ヘヴンヒル21年やヴァージン・バーボン21年などが日本市場向けに特別にボトリングされました。ワイルドターキーからも、バーボンを格調高い憧れの消費財と見做していた日本へは17年や15年の特別リリースがありました。もっと小規模なウィレットも然りで、独自の長熟バーボンをボトリングしました。シカゴの会社はオールド・グロームスを、ゴードン・ヒューJr.はA.H.ハーシュを、マーシィ・パラテラはヴァン・ウィンクル3世やエヴァン・クルスヴィーンに協力を仰ぎヴェリー・オールド・セントニックを作成しました。長熟バーボンは現在ではアメリカでもその味わいを評価されるに至っています。と言うより、バーボン全体の人気が高まり、高価なバーボンが売れる時代になっていると言ったほうが正確かも知れない。
なぜ日本でバーボンに火が着いたのでしょうか? それには幾つかの憶測があり、バーボンが伝えるマッチョなイメージ(ハーレー乗りが好んで飲むもの的な?)だと言う人もいれば、日本は以前から長い間アメリカ製品を受け入れていた当然の帰結と言う人もいます。また或る人は世代間闘争の問題として捉え、1960年代にアメリカで起こった第二次世界大戦を知る年長世代に対してのあらゆる側面での文化的反抗のようなものと説明します。アメリカで1960〜70年代に年長世代が飲む年寄り臭いバーボンに反抗して若者がオシャレなウォッカに傾倒していったのと同じように、1980年代の日本ではオジサン世代がスコッチやジャパニーズ・ウィスキーを飲んでいたからヤング世代はバーボンを求めるようになった、という訳です。どれも、もっともらしいと言えばもっともらしい。おそらくは複数の要因によりそうなったとは思います。上に述べたシェンリーやサントリーが日本の消費者をバーボンに導いた側面もあるだろうし、現在老舗と呼ばれるバーボン・バーや今はなきバーボン中心のバーのオウナーによる普及活動の努力も一因であったに違いありません。

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(エルマー・タンディ・リー。Buffalo Trace Distilleryのポートレートより)
偖て、ここらでファーディー・フォークとボブ(ロバートの略称)・バラナスカスの話に戻りましょう。バーボンの未来はアメリカ以外にあると考えた彼らが最初に行ったのは、ブラントンズ・シングルバレル・バーボンの作成です。1983年初頭、彼らは伝説のジョージ・T・スタッグ蒸留所のオウナーになり、エイジ・インターナショナルをスタートさせました。その蒸留所自体やバレルのストックは大きな資産でしたが、より大きな財産は経験豊富なプラント・マネージャーのエルマー・T・リーとの出会いでした。二人は初対面の時から、蒸留や熟成に関する百科事典のような知識は言うに及ばず、トレードマークのフラットキャップを被った風体や、人懐っこく柔らかい物腰、気さくで紳士的な態度など、ケンタッキー・ディスティラーとしてお手本のような姿を示したリーに惹かれていたようです。取り分けリーが蒸留所内で最高のバーボン・バレルの場所を熟知していたことは、国内販売に留まらない最高峰のバーボンを求めていた新任のオウナー達に深い印象を与えました。フォークとバラナスカスは、スコットランドのシングルモルトの神話性と人気が高まっていること、アメリカ国内でのウィスキー販売の衰退と日本の経済成長を意識して、蒸留所の倉庫から完璧に熟成したバレルを探し出しプレミアム価格で売れる可能性のある新しいブランドを作ってもらいたいとリーに依頼します。長い話し合いの中でリーは二人に、師に当たる蒸留所の先達アルバート・B・ブラントンのエピソードを聴かせました。ブラントンは信頼する従業員に、自分のお気に入り倉庫だった金属貼りのウェアハウスHの上層二つの階から最低8年熟成の最高な状態にあるバレル(ハニー・バレル)を探させ、持って来てもらったサンプルを味わい納得すると、その選び出された優良バレルを後に自身の愉しみと親しい友人達のために瓶詰めしていた、と。ブラントンは常に、これらの階で熟成したウィスキーを好み、希釈されていないフルストレングスで愉しんだと言います。 オウナー達、特にバラナスカスはこのエピソードを気に入り、リーに「我々はこれにするつもりだ、ついてはこのブランドに入るバーボンを選んでもらいたい。ブランド名はブラントンにしよう」と告げました。こうしてブラントンズ・バーボンは1983年の或る日、ファーディー・フォーク、ボブ・バラナスカス、エルマー・T・リーの三人の心の中で生まれたのです。ブラントンズの物語に於いて多くの場合、エルマー・T・リーの側面が少々誇張して描かれていますが、実際のところブラントンズのリーに対するクレジットは主にマーケティングでしょう。おそらくリーはオウナーが望むに相応しいものを見つけるために蒸留所の在庫を調べ、アルバート・ブラントンのレガシーに結びつけるというアイディアに貢献しましたが、それ以外のブランディングに関してはフォークやボブや顧客の日本企業および彼らのマーケティング担当者が実行したと思われます。ファーディーの息子クリス・フォークは、1983年に父がナプキンにパッケージのアイディアを描いているのを見たのを覚えていると語っていました。シングルバレルという言葉も、味の特別性もさることながら、実際にはエイジ・インターナショナルが消費者にシングルモルト・スコッチを連想させることを期待してつけたものです。「アロマはキャラメル、ヴァニリンの丸みを帯びたブーケがたっぷり、そしてアルコールは心地よく未熟感もなく薬っぽさもない。味は仄かなキャラメルとヴァニリンのセミスイート、アルコールは尖りや苦味がなく滑らかで心地よい。後味にヒリヒリ感も残らない」。もしブラントンズ・シングルバレルに一般的なフレイヴァー・プロファイルがあるとすれば、そう表現するのが望ましいとエルマー・T・リーが述べたバーボンは、沈み行くバーボン・ビジネスを救うためのアメリカ人の巧みなマーケティング努力と閃き、日本人の受容的な味覚の複合的な産物でした。

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1984年の秋、ブラントンズは約115ドル(現在の約290ドル)相当の価格で日本で発売されます(85年に初輸入という説もありました)。それまでのアメリカン・ウィスキーとは一線を画す独創的なパッケージを伴って。背が短く丸みのある手榴弾のようなボトル(**)、サラブレッドを疾走させる騎手に成形された真鍮製のトッパー、それを封するメーカーズマーク社の怒りを買ったワックス仕上げ、ネック部分に掛けられた「何故これがおそらくは今まで生産された最高のウィスキーのボトルなのか」と宣うタグ、古きを忍ばせる情景や蒸留に関わる道具の絵もなく一見すると無機質にも見えるが上質な紙ラベル、そしてそこには原酒の収納されていた倉庫名やバレルおよびボトルを識別する番号が手書きで記され「本物」の空気を醸していました。
ブラントンズは「シングルバレル」という近代的なカテゴリーを生み出したブランドではありますが、ブラントンズの前にシングルバレルのバーボンが全くなかった訳ではありません。そもそも、安価なガラス瓶が開発され普及する前の19世紀には、蒸留所は酒屋や居酒屋へ樽を販売し、そこに来たお客は持参したジャグやフラスクを満たしてウィスキーを購入していました。つまりその場合、必然的に全てのウィスキーがシングルバレルになります。禁酒法後であっても、一部のブランドにはシングルバレルがありましたが、それらはプライヴェート・ボトリングとして提供される特別な製品でした。例えば1940年代後半から販売された「オールドフォレスター・プレジデンツ・チョイス」は、その名の通りブラウン=フォーマンの社長オウズリー・ブラウンによって選ばれたシングルバレルです。そして何より、エルマー・T・リーの語るエピソードを証明するように、1940年代から1950年代に掛けてアルバート・ブラントンがピックしたとされるシングルバレル・バーボンが、かなり限られた数量であったものの実際に小売店で販売されていたという情報もあります。私が見たことのあるボトルは画像から判断するに、1952年におそらくブラントンの引退を記念してボトリングされたものですが、こうした製品が現在のブラントンズに直接的な影響を与えていた可能性もあるのかも知れません。エイジ・インターナショナルがブラントンズで行った最大の「肝」は、シングルバレルを一般的な消費者に広く販売したこと、つまりシングルバレルを商業的に大きな規模で展開したところにあります。ブラントンズはこれにより歴史に残る画期的な作品となり、その発売は世界のウィスキー事情を変え、アメリカン・ウィスキーがスコッチ・ウィスキーと同じように語られる地位への偉大なる第一歩となりました。こうしたアイディアは、他の会社へも影響を及ぼし、シングルバレルやスモールバッチ、またはブティック・バーボンというプレミアムな製品提供へと繋がって行きます。その代表的なものは、ジムビーム蒸留所のマスター・ディスティラーであるブッカー・ノーが1980年代の終わりに発表したバレルプルーフの「ブッカーズ」や、ワイルドターキー蒸留所のマスター・ディスティラーであるジミー・ラッセルが1991年に作成したバレルプルーフの「レア・ブリード」、1994年に作成したシングルバレルの「ケンタッキー・スピリット」です。

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(若き日のA. B.ブラントン。Buffalo Trace Distilleryより)
ブランドの名前は先述のように、禁酒法以前から1950年代初頭に引退するまで同蒸留所を経営していたアルバート・ブラントンにちなんで付けられました。ケンタッキー紳士でありバーボン貴族でもあった彼は、55年以上に渡って上質なケンタッキー・ストレート・バーボン・ウィスキーの生産、保護、普及に尽力し、バッファロー・トレース蒸留所の長き歴史の中でも取り分け傑出した重要人物でした。第一次世界大戦、禁酒法、大恐慌、大洪水、第二次世界大戦など、20世紀初頭の数々の困難を彼の指揮のもと乗り越えたからこそ蒸留所は今の成功を収めたのです。
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ベンジャミン・ハリソン・ブラントンの末っ子としてアルバート・ベイコン・ブラントンは1881年に生まれ、ケンタッキー州フランクフォートの現在の蒸留所に隣接する農場で育ちました。当時その蒸留所はO.F.C.蒸留所(オールド・ファイヤー・カッパーの略)と呼ばれていました。高校を早く終えたブラントンは、1897年に16歳でオフィスボーイとして蒸留所で働き始めます。それからの数年間、若きブラントンは倉庫、荷受け、製粉所、蒸留現場などあらゆる部署で経験を積み昇進して行きました。彼は営業所を含むビジネスの全ての部門で専門知識を習得したと言います。1904年、蒸留所の名称は「ジョージ・T・スタッグ蒸留所」に変更されました。1912年にブラントンはプラント・マネージャーに就任し、スティル・ハウス、ボトリング施設、ウェアハウスの監督を任されます。禁酒法が施工される前の不安な時期から蒸留所を率い、急速に変化する産業の解決策を探り、禁酒法の解禁後も20年間に渡り蒸留所の運営を監督したのがブラントンでした。
禁酒法が州レヴェルと国家全体で迫り来るため、蒸留所は1917年末に閉鎖され、1918年にオークションで売却されました。禁酒法の先を見据えていたブラントンは蒸留所の将来性を考えて自ら購入します。その1年後には、前オウナーだったウォルター・ダフィーの仕事仲間であるヘンリー・ネイロンに売却。その後、1921年にブラントンは蒸留所を運営する会社の社長となりました。この時、ブラントンはメディシナル・ウィスキーを販売するための特別なライセンスを政府に申請します。これによりジョージ・T・スタッグ蒸留所は集中倉庫として運営することが出来、その許可を得た六社のうちの一社となりました。1929年、政府は枯渇しそうなメディシナル・ウィスキーを補充するために、少数の蒸留所へ操業許可を出します。ネイロンには蒸留所を再稼働させるのに必要な修理に投資する意思がなかったので、ブラントンは会社と施設をシェンリー社に売却する契約を締結しました。政府からの限定的な量の蒸留許可を得ることが出来たブラントンは、1930年4月に蒸留所での生産を再開させます。ジョージ・T・スタッグ蒸留所は自らの少量の割り当て分を蒸留するだけでなく、ライセンスは持っていても生産設備を稼働できない他の会社のためにもウィスキーを生産し、1933年12月5日に禁酒法が終わるまで蒸留所は運営されました。これが、現在のバッファロー・トレース蒸留所がアメリカで「継続的に」運営されている最も古い蒸留所と自らを誇る所以です。
禁酒法が終わるとシェンリーはブラントンの監督のもと蒸留所の大規模な再建を開始します。蒸留所の今日あるような姿の基礎はブラントンの先見の明によるものでした。彼の最初の大きな決断は、古いスティルハウスを新しい発電プラントに建て替えたことです。この時、巨大な容量のボイラーを備えたのは、蒸留所が急速な成長に向けて行なった適切な処置でした。続いてマッシングやファーメンティングやディスティリングのための新しい建物も建設します。また、ブラントンはフランクフォート・アンド・シンシナティ鉄道(***)に通行権を譲渡し、蒸留所の敷地に支線を敷設することを可能にしました。生産能力の大幅な増大や輸送の利便性の向上は、新しい倉庫を必要としました。先ずは敷地内で唯一の金属被覆倉庫であるウェアハウスHが1934年に建設されます。ウェアハウスIとKは1935年に増設され、ウェアハウスLとMは1936年に続き、ウェアハウスNとOは1937年にそれぞれ追加されました。これらの六つの倉庫はそれぞれ50000バレルの収容力があるとされます。
ブラントンの不屈の精神が再び試されたのは、1937年の大洪水で工場が一時的に生産停止に追い込まれた時でした。1937年1月6日、一連の大嵐がケンタッキー州の中央部とオハイオ渓谷に停空し、3週間に渡り壊滅的な洪水を生み出しました。1月27日にはフランクフォート周辺の交通機関が全て停止し、学校や企業も閉鎖されました。この嵐は推定42兆ガロンの雨、氷、雪、霙を地域に降らせたと言います。ピーク時にはオハイオ・リヴァーの981マイルが洪水位の34フィートも上に位置し、中西部の高速道路の15000マイルが水に覆われ、200万人以上が避難するほどだったとか。この洪水により蒸留所の多くの機械やスティル、全ての建物周辺の道路も水没しました。 洪水は発電プラントから17フィート、ウェアハウスHから4フィートの高さにまで達したそう。ブラントンはこれを、疲れ知らずの48時間連続の作業と優れたリーダーシップで、たった2日で蒸留所を通常運行に戻しました(24時間でと云う説もあった)。
洪水の災難から僅か3年後の1940年、アメリカは第二次世界大戦に参戦し、連邦政府からは米軍にピュア・アルコールを供給するためにウィスキーの生産を中止するよう何度も要請されました。そこでブラントンはバーボンの生産を維持しつつ、国のニーズに応えるために蒸留所を拡大・多角化するという巧みな計画を成功させました。1942年には禁酒法以後、100万樽めのバーボンの生産を記録。
ブラントンは第二次世界大戦後も蒸留所の更なる拡張を監督し、細部にまで気を配りながら自分自身の住居や敷地内に多くの庭園も加え、在任期間中に蒸留所の美観を大きく向上させることにも貢献しています。蒸留所を見下ろしケンタッキー・リヴァーまで見渡せる丘の上に建つ邸宅は、現在ストーニー・ポイント・マンションと呼ばれています。また、社員が社交やコミュニティの場を持てるようクラブハウスも建設しました。従業員はブラントンを敬愛し、全員が一生懸命働きたいと思っていたそうです。彼は僅か14棟だった蒸留所が114棟の巨大企業に成長してもなお、謙虚で物腰の柔らかい人物でした。彼は軍隊にはいませんでしたが、ケンタッキー州では1813年に州知事が授ける公的な称号になって以来、地元に貢献した人物をケンタッキー・カーネルの尊称で呼んでいるため、日本でも有名なケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダースのように、カーネル・ブラントンと呼ばれていました。ブラントンは1952年に引退し、亡くなるまで会社の顧問を務めたと云います。直後の1953年6月、ジョージ・T・スタッグ蒸留所は禁酒法解禁後から数えて、ケンタッキー州で初めて200万樽めの生産をしました。ちなみに世界で唯一の1バレル倉庫であるウェアハウスVは、これとブラントンの引退を記念して建てられています。そして、1959年にアルバート・ベイコン・ブラントンは亡くなりました。蒸留所の敷地内にはブラントンの像が立っており、そのベースには次のように書かれています。
愛され尊敬された
マスター・ディスティラーにして
真のケンタッキー・ジェントルマン。
彼は人生のうち55年を
コミュニティと会社へ捧げた。
彼の人を奮起させるリーダーシップが
彼の生きた時代の人々や
後に続く人々の心の中に残るように。
この記念碑は感謝と名誉をもって建てられた。
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カーネル・ブラントンについて見終わったところで、バーボンのブラントンズに戻ります。日本のカスタマーからの要望により造られたブラントンズ・バーボンは同じ年の84年にアメリカでも発売されました。約25ドル(現在の約60ドル)から35ドルの値が付けられ、これは一般的な銘柄のバーボンが1本7ドルから10ドルで買えた1980年代半ばの時代には破格の金額であり、当時の市場で最も高価なバーボンの一つでした。ラグジュアリーな製品との位置付けは広告が掲載される雑誌にも表れ、『ニューヨーカー』、『ウォール・ストリート・ジャーナル』、アイヴィー・リーグの同窓会誌など、少々「高級な場所」でブラントンズは宣伝されたそうです。しかし、当初のテスト市場であるアトランタとアルバカーキでは振るわず、1988年までに多くの場所でわずか19.99ドルで販売されていたとか…。バーボンの聖地ケンタッキーではヒットしたものの、殆どのアメリカ人はブラントンズを「コマーシャルな珍品」としか見ていなかったと言います。リー自身も、ブラントンズのアメリカでの初めの年の販売数について、あまり売れなかったと日記に書いた程でした。
アメリカでの販売が伸び悩む中、フォークとバラナスカスはブラントンズとメーカーズマークとの間で「ブラインド」の味覚テストを実施するよう手配しました。ブラントンズは毎年数回のブラインド・テイスティングでメーカーズマークに勝利しましたが、ブラントンズのシングルバレルがそのイベントのために特別にボトリングされたのに対し、メーカーズマークのボトルはランダムに酒屋で購入されていたため、メーカーズのビル・サミュエルズは「反則だ」と言いました。ちょっと悪どい気もしますが、フォークとバラナスカスは少なくとも一つの目標を達成したのでしょう。1990年代半ばになると、プレミアム・バーボンとその可能性についての話題が増え、メディアでもブラントンズ・シングルバレルが取り上げられるようになりました。1992年には『ニューヨーク・タイムズ』がブラントンズを含めて、「アメリカで縮小しつつあるバーボン市場を活性化させることを蒸留酒製造業者が期待するデラックスなバーボンの数が増えている」と報じています。
1990年代前半はブラントンズだけでなく、アメリカン・ウィスキー全体の販売は低迷していました。その不振を象徴するように、1991年はアメリカを原産地とするウィスキーは1560万ケースと禁酒法以来のカテゴリー別最少を記録し、バーボンの売り上げが最悪の年でした。ブラントンズの有するプレミアム感は、バーボン・ブームの到来を予感させるブランディングではありましたが、この段階では飽くまで予感に過ぎず、アメリカでの本当のブームは2010年代まで待たなくてはいけませんでした。ブラントンズ・シングルバレルは当初から国内よりも海を超えた遠い日本で好意的に受け入れられ、その売上の3分の2を占めたとされます。日本での大ヒットに気を良くしたのでしょうか、エイジ・インターナショナル社はブラントンズに続けて、シングルバレル・バーボンに対する世間の評価を高めるため、「ロック・ヒル・ファームス」、「ハンコックス・プレジデンツ・リザーヴ」、「エルマーTリー」の3種類のシングルバレル・バーボンを発売します。しかし、その売り上げはあまり芳しくはありませんでした。
バーボンの活性化を図るのにオウナー達はもう一つの方策を立てました。1990年の夏、ボブ・バラナスカスとジョー・ダーマンド(89–99年当時の蒸留所のヴァイス・プレジデント、ジェネラル・マネージャー)は或る提案をエルマー・T・リーにします。妻のリビーとの時間を大切にするため1985年に引退し、その後は顧問として会社に残っていたリーに、ブラントンズ・ブランドのプロモーション活動を依頼したのです。リーはリビーと相談して承諾しました。バラナスカスは1990年7月から、リーのコンサルタント料を月600ドルを月1000ドルに引き上げることに全面的に合意し、1990年12月に契約が成立しました。リーとエイジ・インターナショナルの間のこの取り決めは、引退していた筈の彼を北米、日本、イギリスなどの市場を訪れる10年に及ぶ旅へと駆り立てることになりました。リーはシングルバレル・バーボンについて語るために、数多くの著名な酒店、バー、クラブ、レストランに立ち寄り、作家のグループや歯科医の集まり、ワイン愛好家のグループ、大学のクラブ、雑誌や新聞のオフィス等で何百もの試飲会やディナーを主催し、見本市やバーボン・フェスティヴァル、ゴルフ・トーナメント、カントリー・ミュージック・ジャンボリー等でもボトルにサインをし、ローカルなラジオ・プログラムでは数え切れないほどのインタヴューを受け、ラスベガス、シカゴ、サンフランシスコ、ボストン、ニューヨークなど数多くの都市でバーボンのマスタークラスを開催しゲスト・バーテンダーを務めました。こうした動きは他の蒸留所(会社)でも行われ、ブッカー・ノーやジミー・ラッセルのようなカリズマ性のあるマスターディスティラーにブランド・アンバサダーとしての役割を担わせ、バーボンの普及に尽力してもらっています。リーは2013年に亡くなるまでバッファロー・トレースのアンバサダーを務め続けました。
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(E.T.リー。Blanton's公式ホームページより)

ブラントンズの一応は成功と言ってよさそうな成果(特に日本での)や、新しいシングルバレルのブランドにも拘らず、エイジ・インターナショナルは財政的に上手く行っていませんでした。最盛期には1000人いたと言われる蒸留所の従業員も、1991年の段階では殆どいなくなり、最小限の基幹要員50人にまで減少していたと言います。1991年の春、蒸留所を存続させるために、フォークとバラナスカスはエイジ・インターナショナル社の22.5%の株を日本の会社である宝酒造に売却しました。宝酒造は1842年に設立された日本酒と焼酎の大手メーカーであり、1970年代にスコッチ・ウィスキーや紹興酒の日本への輸入を始めた会社です。同社はブラントンズの日本での輸入代理店で、エイジ・インターナショナルの他のバーボン・ブランドの輸入も行っていました。この取引の際、宝酒造には会社の残りの株が売りに出された場合に30日間の購入を拒否する権利(先買権)が与えられました。1992年半ば、フォークとバラナスカスはエイジ・インターナショナル社の過半数の株をヒューブライン社(当時グランド・メトロポリタンの子会社)に売却する契約を締結します。宝酒造は、ヒューブラインへの売却が切迫していることを書面で通知されてからちょうど30日後に、拒否権を行使して会社の残りの株を購入する旨を伝えました。それは取引が成立する前日だったため、宝酒造は実際に法廷に出てヒューブラインへの売却を停止するための差し止め命令を出さなければなりませんでした。ギリギリになったのには理由があります。宝酒造はアメリカの蒸留所を経営することには関心はなく、エイジ・インターナショナルが所有するバーボン・ブランドにだけ興味があったのです。そこで彼らは30日間をかけて、蒸留所をサゼラック・カンパニーに売却し、サゼラックがジョージ・T・スタッグ蒸留所(当時の通称エンシェント・エイジ蒸留所、現在のバッファロー・トレース蒸留所)でそれらのバーボンを生産し続けるという長期契約を取りまとめました。宝酒造は先買権を行使する意向をエイジ・インターナショナルに通知したのと同じ日にサゼラックとの契約を締結し、ヒューブライン社の提示額に合わせてエイジ・インターナショナル社の残りの株に2000万ドルを支払いました。こうして宝酒造はエイジ・インターナショナルの企業構造をそのまま残しつつ自ら望むブランドの商標権を保持し、サゼラックは蒸留所とアメリカでのエイジ・インターナショナルのバーボン・ブランドの販売と流通の独占的な権利を非公開の金額で購入しました。現在でもサゼラックはバッファロー・トレース蒸留所を所有しており、同蒸留所はエンシェント・エイジやブラントンズ等のエイジ・インターナショナル・ブランドの全てのバーボンを#2マッシュビル(#1に比べてライ麦率の高いレシピのこと)を使用して製造しています。サゼラックとエイジ・インターナショナルはアメリカン・ウィスキー・ビジネスが低調な時期に生まれた変わった関係でしたが、20年以上もの間、双方のために働いて来ました。多分これからも…。
ちなみにファーディー・フォークはその後も少し業界に身を置いていましたが、最終的には引退し、ルイジアナ州とフロリダ州で不動産ビジネスを成功させることに専念、その後2000年に癌で亡くなったそうです。彼は常にアメリカでバーボンが復活する日が来ると信じ、バーボンというカテゴリーに再び脚光を浴びさせることに貢献した一人でした。今日、スーパー・プレミアム・バーボンのカテゴリーに膨大な数のブランドが存在し、成長していることを見たら、何を思うでしょうか。バラナスカスのその後はよく分かりません。ともかく二人とも裕福になって引退したビジネスマンであるのは間違いないと思います。

そろそろ話を一気に現代へ飛ばしましょう。2000年代に入り徐々に回復傾向を見せていたバーボンの売上は、2010年代に遂に爆発します。その火付け役はプレミアム・リリースのバーボンでした。先ずは「パピー・ヴァン・ウィンクル20年」や「ジョージTスタッグ」を筆頭とするバッファロートレース・アンティーク・コレクション(BTAC)などがユニコーンと祭り上げられ、酒屋の棚から即座に消えるバーボンとなりました。次に小麦バーボン人気からウェラー・ブランドも買いにくいバーボンとなりました。もっと言うとバッファロー・トレース蒸留所のバーボンは非常に人気があり、現在その殆どの製品が割り当て配給のようです。そのため「エルマーTリー」も手に入ればSNSで自慢できるだけのレアリティをいつしか帯びました。しかし、何故かブラントンズはそうなるのが少し遅かった印象があります。実際、2016年くらいまでは約50ドルで小売店で比較的簡単に見つけることが出来たと言います。ところがここ数年では、ブラントンズもアメリカのどの酒屋でも希望小売価格で見つけるのが困難になっているらしく、首尾よく見つけることが出来ても、その棚に残っている物はかなりの値上げをされているでしょう。スタンダードなボトルは概ね100ドルからMSR​​Pの約2倍くらい、プライヴェート・セレクションのボトルだと150ドルを超えて販売されます。とは言え、今のところ買い占められることはあっても、上に挙げた他のプレミアム・バーボンのように二次流通市場で高値で取引されることは殆どないようです。
とても魅力的なパッケージングを備えたブラントンズの人気の上昇が、どうしてバッファロー・トレースのプレミアム・ バーボンの中で最後だったのかは不思議です。各ボトル・トッパーは収集に適した造りですし、バレルをダンプした日がラベルに記される数少ないブランドの一つであるため、自身の誕生日や結婚記念日に合ったボトルを探す等、世のコレクター向けの材料に事欠きません。そのことに気づいたからなのか、ともかく市場全体を見ても今日のブラントンズには信じられないほどの熱狂が渦巻いています。COVID-19によるソーシャル・ディスタンシング以前の話らしいですが、ブラントンズがその日ギフトショップの棚にあるという噂で、バッファロー・トレース蒸留所に何百人もの行列が出来たとか…。そのためか分かりませんが、同蒸留所はギフトショップで運転免許証のスキャンを開始し、顧客が3ヶ月に1本しか購入できないようにしたみたいです。また、ルイヴィルの或る酒屋がアプリを介してブラントンズのストアピックの入荷を知らせたところ、あまりに多くの顧客が店舗に電話をかけたため、電話システムがクラッシュしたとか…。或いは、アメリカの空港のターミナルどこそこの免税店で購入できる事を知らせるブラントンズ・アラートがSNSで発信されたりとか…。それと、人気者は嫌われると言いますか、ブラントンズはオーバーレイテッド・ウィスキーだ、つまり過大評価されているなんて意見もかなりあったりするのですが、そう取り上げられること自体が人気の証左であり、また正反対の意見があるのは健全で、何よりバーボン界隈を活気に満ちたものにするでしょう。
こうした状況はバッファロー・トレース(サゼラック?)を動かしました。実はエイジ・インターナショナル社はオリジナルのブラントンズをリリースした後、海外市場に向けてハイアー・プルーフの「ゴールド・エディション」や、バレル・プルーフの「ストレート・フロム・ザ・バレル(SFTB)」という日本でもお馴染みの上位ラベルを追加していましたが、アメリカ国内では販売していませんでした。しかし、ブラントンズ人気および世界経済の動向はそれを変える契機となり、ゴールド・エディションは2020年の夏から約120ドル、SFTBは2020年末から約150ドルで、アメリカ市場にも年に1回だけの限定数量にてリリースされる運びとなったのです(ゴールド・エディションは毎年春のリリース)。

偖て、ブラントンズの歴史を見終えたところで、少々繰り返しの部分もありますが、次は製品としてのブラントンズを見て行きたいと思います。初めに言っておくと、ブラントンズの年間生産量および売上高は開示されていません。サゼラックは非公開企業であるためです。これはマッシュビルにも当て嵌まります。そのため殆どのバーボン系ウェブサイトでも推定○%というように伝えられるだけです。バッファロー・トレース蒸留所は幾つかのマッシュビルを使用してバーボンを製造しますが、主なものは3つあります。それがBTマッシュビル#1と#2とウィーテッド・マッシュビル(小麦レシピ)です。#1はライ麦率が10%もしくはそれ未満と推定されるロウ・ライ・マッシュビルで、同蒸留所の名を冠したバッファロートレース、ベンチマーク、イーグルレア、ジョージTスタッグ等に使われ、ウィーテッド・マッシュビルはウェラー・ブランドやヴァン・ウィンクルのバーボンに使われます。そして、ブラントンズをはじめとするエイジ・インターナショナルのブランドには、ライ麦が10〜12%または〜15%と推定される、#1よりも僅かに高いライ麦比率のマッシュビル#2が使われています。酵母がエイジ専用かどうかまでは分かりません。その可能性はなくはないと思いますが、何しろ公開されていないので憶測の域を出ることはないのです。
ブラントンズで明確に判っているのはウェアハウスHで熟成されていること。このバーボンを特別なものにしている理由の多くは、マッシュビルではなくバレルが保管されている倉庫にあります。これはただの倉庫ではありません。ウェアハウスHとは伝説と伝承(フォークロア)なのです。禁酒法の終了後、シェンリーは需要増を見越して傘下の蒸留所でのバーボンの生産を増やしました。新しく満たされた全てのバレルを収容するのに十分なラックハウスがないことは問題でした。この問題を解決するために、カーネル・アルバート・B・ブラントンは取り急ぎラックハウスの建設を指示しました。1934年に急いで建てられたこの倉庫は、バッファロー・トレースのプロパティのうち、他の倉庫がレンガ造りのなか唯一波形の薄いブリキで覆われた木造の構造が特徴です。約16000近い数のバレルを収容するやや小さめの4階建て。カーネル・ブラントンは後に、この新築の倉庫で熟成されたバーボンを調査し、倉庫内の温度が外気によって変動し、バーボンがオーク材とより速いペースで相互作用することに気付きました。金属製の壁にはレンガのような断熱効果がないため、他のラックハウスよりも実際の外気温に近く、内部のエイジング・バレルはケンタッキー州の温度と湿度の大幅な変化に曝されます。また金属は熱を伝導するため、ウェアハウスHの壁は増幅器のように機能し、熱と湿度の変化の影響を増大させるとも。これらはレンガ造りの倉庫よりも温度が高くなったり低くなったりするのが速いことを意味します。そのため熱気と冷気に伴う木材の膨張/収縮によりバーボンがバレルに吸い込まれたり押し出されたりし、吸収、放出、再吸収を繰り返す熟成サイクルの中でバレルの内容物はより多くの木材に触れ、バレルの奥深くまで到達することが出来る、と。これがバーボンとバレルの間の相互作用が多ければ多いほど熟成を早め、フレイヴァー・プロファイルを深めると考えられている理由です。そして、ウェアハウスHは庫内を暖める蒸気加熱装置も備えているので、冬場でもバーボンのエイジング・プロセスを促進するでしょう。
バッファロー・トレースによると、ブラントンズの全てのバレルはウェアハウスHの「センターカット」と知られる中央セクションから調達し、手作業でダンプするとされています。バーボンの殆どは複数のバレルからブレンドして目指すフレイヴァー・プロファイルを作成しますが、ブラントンズ・シングルバレル・バーボンはその名の通り、特定の一つだけを選びバッチを形成するバーボンで、他のバレルと混合されることはありません。同じ倉庫内のバレルでも非常に異なる熟成を示すことがあるため、ボトルの中身が違うバレルからのものである場合、同じブラントンズと言っても異なる味がする可能性があります。ただし、同じマッシュビル、同じようなヴァージン・オーク、同じような場所という限られた要素を考えると、フレイヴァーの範囲はそこまでワイドではなく、或る程度の安定性は確保されているでしょう。この方法でバーボンを作成するには、マスター・ディスティラーやテイスター、または熟成管理の担当者が全てのバレルを常に目を光らせてチェックしている筈なので。
ブラントンズはNAS(熟成年数表記なし)ですが、6〜8年熟成であるとされています。ところで、ブラントンズの熟成に関して、ちょっと疑問なことがあります。日本ではけっこう有名な話なのですが、例えば現在の宝酒造のブラントンズ公式ホームページでは、
ブラントンとなる原酒は4回の夏を越すまでに、マスター・ディスティラーを含む少なくとも3名の官能検査員が、味わい、深み、香りを毎年確かめて、ブラントンにふさわしい予感を秘めた樽を選び出す。彼ら全員の厳しい判定を通った樽だけが、AからZまであるウェアハウスのH倉庫に移され、再び熟成の時を待つ。ブラントンがH倉庫のみで貯蔵される理由は、「芸術はデータに置き換えられるものではなく、そしてそれは、今まさに神の手に再び委ねられているから。」原酒たちは、ここでチャコール・フレーバーに円熟味を加え、静かに呼吸を繰り返し、神にその取り分を捧げながら、さらに4回のブルーグラスサマーを経験し、ブラントンになるのである。
と、説明されています。また、2000年発行の『バーボン最新カタログ』(永岡書店)には、
各熟成庫で4年寝かされた原酒は、マスター・ディスティラーの手によってテイスティングされ、その中から特に良い物だけを、その昔、ブラントンが丘から見ていたH倉庫の場所へ移され、ていねいに再熟成される。
ここで3年から長い樽で6年程度再熟成を重ねて初めてブラントン用の原酒が出来上がる。
と、書かれています。これ本当なのでしょうか? ブラントンズは先ず初めに別の倉庫で熟成され、後にウェアハウスHで熟成される、という点が個人的には引っかかるのです。何が問題かと言うと、ラベルにもはっきりと「Stored in Warehouse H」と書かれているのに、これだと場合によっては熟成期間の半分もしくはそれ以上を別の倉庫で過ごしたことになるではないですか。ウェアハウスHで熟成されているのがブラントンズのアイデンティではなかったのでしょうか? 宝酒造の方の文章を見てみると「ブラントンとなる原酒は〜(略)〜味わい、深み、香りを毎年確かめて、ブラントンにふさわしい予感を秘めた樽を選び出」し「厳しい判定を通った樽だけが、AからZまであるウェアハウスのH倉庫に移され、再び熟成の時を待つ」と言ったそばから「ブラントンがH倉庫のみで貯蔵される理由は」云々と言っています。これはウェアハウスHに来る前のバレルはブラントンズではないと解釈しなければ意味が分かりません。確かに、そう解釈すればブラントンズは「H倉庫のみ」と言えなくはないのですが、何か釈然としないものが残ります。或るブランドにするバレルを複数の倉庫から引き出したり、途中でブランドを変更するのは構わないとしても、ウェアハウスHの伝承を売りにしたブラントンズを途中まで別の倉庫で熟成しておいて、最終的にウェアハウスHに切り替えたからラベルにはそう書きましたでは、看板に偽りありではないか、と。まあ、ラベルは必ずしも全てをさらけ出さなくてはいけない物でもありませんから、それでもいいのかも知れない。しかし、上で見てきたように、ウェアハウスHは熟成をスピーディーにする倉庫です。順当に考えたら、先ず熟成の進みやすい環境(スレート造りの倉庫や倉庫の上層階)で熟成させ、後から熟成の穏やかな環境(レンガ造りの倉庫や倉庫の下層階)へ移したほうが、マチュレーション・ピークを見極め易いのではないでしょうか? 実際、海外のバーボン系ウェブサイトでは、この件が語られているのを私は見たことがないのです。とは言え『バーボン最新カタログ』の方は明らかに現地で取材した形跡がありますから、何の根拠もないことを書いているとは思えません。もしかすると日本向けのブラントンズだけ、そうしたバレル移動をしているのでしょうか? 一説には日本向けのブラントンズは8年熟成、その他の国は6年熟成が基本とも聞いたことがあります(これについては後述します)。それが本当なら、日本向けのブラントンズが特別に育てられているなんてこともあるのかしら…。勿論、美味しければそんなことどうでもいいじゃん特別に選んでるんだから、という意見はあるでしょうけれど、皆さんはこの件に関してどう考えますか? コメントよりどしどしご意見下さい。取り敢えず分からないことは措いて、美観に関する事柄へ移りましょう。

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(Blanton's公式ホームページより)
シングルバレル・バーボンのパイオニアとして、ブラントンズの全てのボトルには、ケンタッキー州の長く続く歴史的なダービーの伝統とバーボンの深い遺産に敬意を表す象徴的なホース・ストッパーが付いています。これはコレクティブル・アイテムとして有名で、現在のストッパーには8種類のデザインがあり、ケンタッキー・ダービーを駆ける競争馬と騎手のポーズを模したそれぞれは、ゲートに立つ姿からフィニッシュ・ラインを越える瞬間までの異なるシーンが切り取られています。左下の小さな円の中に「B・L・A・N・T・O・N・S」のうちどれか一つの文字が形成され、綴り順に並べるとレースの模様が再現されるのです。この中で最後の「S」は、勝利を祝い拳を空中に挙げた騎手であることから特に人気があります。そして、綴りを見て分かる通り「N」は2種類あり、一つ目は普通のNですが、二つ目のNにはコロンが付いています。一部の人は特定の文字が他の文字よりも見つけるのが難しいと主張していますが、バッファロー・トレース蒸留所によるとそれぞれは毎年同じ数を生産しているそうです。この仕様になったのは1999年からで、それ以前の物は尾を靡かせ疾走する姿をしていました。このホース・ストッパーは時期によって造ってる会社が違うからなのか、80年代の初期物の方が鋳造が精密でした。例えば、90年代初頭の物などは馬の脚の間に金属が残っていたりします。
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8つ全てのストッパーを集めてバッファロートレースのギフトショップに郵送すると、使用済みバーボン・バレルのステイヴに順番に取り付けられ、無料で返送されるサーヴィスがあるそうです。全ての文字を集めようとすると、ある意味クジ引きのようなものでもあるので、同社ではストッパーの完全なセットも55ドルで販売しているとか。

ストッパー以外の部分については、その変遷を一時期日本に滞在していたアメリカのバーボン愛好家ジョン・ラッド氏が自身のブログでブラントンズのダンプ日以外での凡そのデイトを判別する見方を纏めていますので、それを基に書かせてもらいます。この情報はスタンダードなブラントンズ・オリジナル・シングルバレルについてであり、他のエディションに当て嵌まるかどうかは未確認だそうです。
ハングタグには1984年から1990年までは「Why this may be the finest bottle of whiskey ever produced.」というフレーズのみが書かれていました。1990から92年あたりの短期間「The Original Single Barrel Bourbon Whiskey」と書かれたものがあったようです。その後はハングタグが変更されてから現在までは、タグ上半分に「THE FINEST BOURBON IN THE WORLD COMES FROM A SINGLE BARREL(世界で最も素晴らしいバーボンはシングルバレルから生まれる)」というフレーズ、その下方に馬と騎手の絵がプリントされています。
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次はネックラベルに関して。1984年から1993年までは「Blanton Distilling Company」とプリントされていました。1993年後半に変更があった時から現在までは「Blanton's the Original Single Barrel Bourbon」となっています。これ故、スタンダードなブラントンズのことを「オリジナル」と言ったりします。日本の正規輸入品はその時から「Blanton's SINGLE BARREL BOURBON」の下に「ウイスキー」とプリントされたものになったようです。92〜93年途中の物は「Blanton Distilling Company」の下に「ウイスキー」で、それ以前の物はネックには「ウイスキー」とはプリントされてないみたい。
ストッパーをシールするワックスは、ダークブラウンに変わる前の1994年までゴールドワックスでした。日本版はずっとゴールドワックスかな?

最後にブラントンズのヴァリエーションを少しばかり紹介しておきましょう。但し、これらはそもそもシングルバレル・バーボンのためボトルによって風味に違いがありますから、ここでは味わいについての言及は基礎的な傾向以外はしません。ブラントンズはそのプロファイルに適合するものがウェアハウスHのバレルから選ばれているので、様々なボトリング・プルーフにすることでヴァリエーションが作成されていると思われます。つまり、例えばオリジナル(所謂スタンダード)とスペシャル・リザーヴとゴールド・エディションの違いはボトリング前に加えられたライムストーン・ウォーターの量であろう、と言うことです。そして、殆どのブラントンズは約6年熟成と推定されますが、日本限定の二つのリリースは約8年熟成でのボトリングと見られています。先に述べたように、アメリカでもゴールド・エディションとストレート・フロム・ザ・バレルが漸く発売になりましたが、近年まではブラントンズ・オリジナル・シングルバレルのみが流通していました。けっこう昔から日本やその他の国際市場では5、6、または7種類のブラントンズが購入できました。

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◆Blanton's Original Single Barrel
これが全ての始まりであり、スタンダードなブラントンズです。アメリカでの標準リリース。スタンダードと言う以外に、アメリカではオリジナル・シングルバレルとか、ベージュ・ラベルまたはブラウン・ラべルと呼ばれ、93プルーフでボトリングされています。NASで6〜8年熟成と噂され、昔はどうか分かりませんが、現行はおそらく概ね6年熟成。大体60ドルから80ドルがアメリカでの平均価格でしょうか。
BTマッシュビル#2は、#1と比べてライ麦率が高いことから、ハイ・ライ・マッシュビルと呼ばれもしますが、多くても15%までと推定されるので、例えばフォアローゼズのBマッシュビルのような30%を超えるものと較べると、ライ・フォワードの味わいではなく、寧ろバランス型の味わいを持ちます。ウェアハウスHの特性のためか、実際よりも成熟したバーボンのように感じる可能性があり、オーク・プロファイルの強さはブライターであるよりはダーカーな傾向があるでしょう。

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◆Blanton’s Single Barrel Bourbon(Takara)
日本で正規品と呼ばれている物がこれです。上の「オリジナル」は並行(輸入品)と呼ばれています。日本での標準リリース。「オリジナル」と較べるとラベルの色が薄めなので、アメリカではクリーム・ラベルとかアイヴォリー・ラベルと呼ばれたり、なんならレッド・ラベルとか通称タカラ・レッドと呼ばれたりします。何故レッドなのか理由が私にはよく分からないのですが、赤みを帯びたクリーム色だからなのですかね? 文字が赤色だから? 91年から採用されたラベルとされていますが、ブラントンズ・コレクターの方によると90年後半にボトリングされた物が初出らしい。こちらもNASですが、熟成期間は平均8年とされ、ブラントンズの基本となる93プルーフでのボトリング。
先述した宝酒造がエイジ・インターナショナルの支配権を獲得し、サゼラックとの製造提携を結んだ際、宝酒造は販売規定としてこのブラントンズとブラック・ラベルを日本市場専用に作成することも義務付けました。日本人の好むフレイヴァー・プロファイルが、長く熟成されたウィスキーに傾いていたため、これらの両製品はオリジナルよりも余分に熟成されたとか。
以前ブラントンズの2017年ボトリングの正規品をレヴューした時とは状況は変わり、近年かなり値上がりし、8000〜10000円の値札が付いています。個人的には並行より正規の方が僅かに美味しく感じたことがあるので、オススメしたいところなのですが、並行が6000〜8000円程度の相場のため、価格差ほどの価値を感じれるかどうかが鍵となります。

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◆Blanton’s Single Barrel Bourbon Black Label(Takara)
日本市場に限定して94年に導入されたのがブラック・ラベルです。タカラ・ブラックと呼ばれることもあります。おそらくは日本人向けにスタンダードよりもロウワー・プルーフに仕上げただけで、バレル・セレクトの基準は同じでしょう。80プルーフのボトリング。NASで推定8年熟成と言われています。5000〜6500円の間が相場(もっと高い店もあった)。
スタンダードと較べるとプルーフ・ダウンした分、確実にライトな味わいです。既にスタンダードに慣れていれば購入する必要はないかも知れない。あくまでも入門編というか、軽やかなバーボンを好むユーザー向けの製品。下で紹介するグリーン・ラベルと較べると、同じプルーフィングでこちらの方が熟成期間が長いと想定されるため、味わいはやや重厚かと思います。

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◆Blanton’s Special Reserve Green label
スペシャル・リザーヴとして正式に知られるグリーン・ラベルは、アルコール度数が高ければ高いほど出荷時や消費時に支払う税金が高くなる市場(主にオーストラリア)向けに造られたブラントンズです。そのためスタンダードより低い80プルーフでボトリングされています。アメリカでは販売されていません。ブラック・ラベルを買い求め易い日本人にとってはスキップしてよいラベルでしょう。

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◆Blanton's Silver Edition
シルヴァー・エディションはもともと免税店向けに造られたブラントンズです。現在は廃版となり製造されていません。熟成年数は推定8〜9年程度。98プルーフでボトリング。ラベルなどの装飾の色が中身を表すように、元の希望小売価格やプルーフはスタンダードとゴールド・エディションの中間に位置しています。味わいも概ねそれに準ずるかと。2000年代は比較的タマ数が豊富だった印象がありますが(2000-2009製造)、製造中止されたことでレアリティが増し、オークションで10万を超えて落札されているのを見たことがあります。飲むためなら絶対にそんな値段を出すのは止めたほうがいいでしょう。

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◆Blanton’s Gold Edition
ゴールド・エディションはオリジナルの次に作成されたブラントンズのヴァリエーションでした。これもシルヴァー・エディションと同じくもとは免税市場向けとも言われますが、日本では92年から発売されていた模様。別個にカウントしませんでしたが、これも国際版と日本版では仕様が違うとされ、日本版は8年熟成でタカラ・ゴールドと言われたりします(ダークレッドのワックスが目印)。103プルーフでのボトリングは同じ。熟成期間を6年から10年としているウェブサイトもありました。また一説にはスタンダードよりも厳選されたバレルから造られるとされますが、真偽の程は分かりません。少なくともボトリング・プルーフはフレイヴァーの強度を変えますので、仮にスタンダードより単に濃いだけだったとしても、それはそれで格が高いことを意味するのです。
長らく国際市場向けの製品だったゴールド。ファンからは長年に渡りバッファロー・トレースに対してアメリカでもゴールド・エディションを出して欲しいという声がたくさん寄せられていました。いつになったらここで買えるようになるんだ、と。その要望に応え、2020年からアメリカでも限定数量のリリースが始まりました。

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◆Blanton’s Straight From the Barrel
その名の通り、バレルから取り出した原酒を水で薄めることなくボトリングしたブラントンズのバレル・プルーフ版。2002年にフランス市場向けに特別に製造されたのが始まりのようです。加水調整がないのでボトル毎にプルーフが異なりますが、概ね130オーヴァーが多いです。一説には6年から10年熟成としているウェブサイトもありました。そしてブラントンズのヴァリエーション中、唯一ノンチルフィルタードとされています。その仕様は紛うことなくブラントンズの最高峰です。これまたゴールド・エディションに続き、2020年からアメリカでも限定的なリリースが始まりました。

ブラントンズには上に挙げたラインナップに加えて、パリの有名なリカー・ストア、ラ・メゾン・デュ・ウィスキー(LMDW)による様々なリミテッド・エディションがあります。それらは所謂ストア・セレクションですが、スタンダードなブラントンズにはない派手で豪華なラベルが付いています。またスペシャル・リザーヴにはレッド・ラベルもしくはダークブラウン・ラベルの韓国向け製品が2000年代半ばに発売されたことがありました(ブラントンズではレアな規格の500ml版あり)。最も有名なのは、最初期の特別リリースである86年に発売されたフランクフォートの市制200周年記念ボトルでしょうか。それには通常の馬ではなく建物のストッパーが付いていました。年にちなんだのかボトリングは86プルーフです。他にも日本で2014年に発売された「30周年アニヴァーサリー」や91年の「メモリー・オブ・ユウジロウ」という石原裕次郎モデルなどの記念ボトルがあり、果てはボトルがスターリング・シルヴァー製のとんでもない代物までありました。91年にボトリングされたKirk Stieff製スターリング・シルヴァーの物は小売店での販売はなく、感謝の気持ちを込めた日本の小売店への贈り物とされ、全てに個別番号が付された100個くらいしかないらしいです。97年発行の『ザ・ベスト・バーボン』によれば100万円(!?)と書かれています。こうした記念ボトルは、バレル・セレクトが特別である可能性はありますが、基本的にブラントンズとして世に出る全ての製品はそもそも特別なものであることは留意すべきでしょう。

では、いよいよバーボンを注ぐ時間です。今回のレヴュー対象はかなり初期のブラントンズ。この年代の物は、おそらく現在のオークションでは30000円を超えて来ると予想されます。エルマー・T・リーは引退後もマスター・ディスティラー・エミリタス(名誉職)として90年代のある時点までブラントンズの選定をしていたと思われます。その後はゲイリー・ゲイハートが責任者になり、その彼は2005年春に引退しました。2005年から現在まではハーレン・ウィートリーがマスター・ディスティラーを努めています。マスター・ディスティラーの交代は、少なからずバーボンの味わいを変化させる可能性があります。彼らは仕込みにしろ、バレル・セレクトにしろ、最終責任を負うからです。なので、このブラントンズは年代から考えて、一貫してリーのブラントンズと言えるでしょう。今となってはそこが貴重な点です。

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Branton Distilling Company KENTUCKY STRAIGHT BOURBON WHISKEY 93 Proof
Dumped on 7-16-86
Barrel No. 571
Warehouse H on Rick No. 26
Bottle No. 230
1986年ボトリング。赤みを帯びた艷やかな濃いめのブラウン。黒糖、香ばしい焦樽、レーズン、オールドコーン、オレンジ、ハニー、花、マスティオーク、クローヴ。ブランディのような芳香。水っぽさと紙一重のとても円やかな口当たりと滑らかな喉越し。口の中では豊富なレーズン。余韻はミディアム・ロングで、スパイスとお花畑を連想させつつ最後にはタンニンの苦味とアーシーなノートが残る。
Rating:88.5/100

Thought:ウッド・ノートの厚み、ダークフルーツの濃厚さ、スパイスの複雑さを三本柱に攻めてくる印象。自分の得た感触としては、ブラントンズにしてはかなり長熟寄りの味わいに思いました。先日バーで飲んだ87年物とは、サイド・バイ・サイドではないので不確かかも知れませんが、深みのあるオークは共通していたように思います。個人的には90年代の物の方がキャラメル様の甘さが感じ易く、バランス的にそちらの方が好みでした。ただこれはボトル・コンディションによる可能性も高いし、そもそもシングルバレル故の違いかも知れず、一概に言えるかは分かりません。皆さんのご意見を伺いたいですね。
ところで、ブラントンズ・バーボンの品質が年々低下していると見る向きもあります。中には、1990年代半ばにチルフィルターが導入される前に製造されたブラントンズは現在製造されているものとは比較にならない、と言ってる海外の方がいました。日本で90年代に出版されたバーボン本には、ブラントンズはチルフィルターで仕上げられると書かれていますが…。どうなんでしょうね? こちらも詳細ご存の方はコメントお寄せ下さい。

Value:基本的にブラントンズのオールドボトルは古ければ古いほど高くなります。とは言え、ブラントンズは90年代に日本へは相当な量が輸入されていたようで、現在のオークションでもタマ数が豊富なせいか、90年代の物であれば比較的買い求め易い相場となっています。現行品が値上がっている今、90年代のブラントンズをオークションで狙うのは悪くない選択肢かと思います。80年代の物は90年代の物と較べると2倍かそれ以上になりますので、買い手を選ぶでしょう。細かいことを言うと、89年物はよく見かけるので、80年代の中では比較的高騰しにくいです。逆に84年は殆ど見かけません。86〜88年はたまに出ますが、89年より高くなります。さあ、そこで、投資目的でなく飲むためにそれだけのお金を払う価値があるのかどうかですが、個人的にはレーズン爆弾のバーボンが好きなら買いだと思います。私はどうしてもボトル一本飲みたかったので大枚叩いて購入しました。本来なら一度どこかのバーで試飲してから購入を検討するのがいいでしょうね。それから決めても遅くはないので。


*その後グランド・メトロポリタンはギネスと合併してディアジオを形成。
1979年にフライシュマンはスタンダード・ブランズに売却されました。ナビスコは元々はフォークとバラナスカスにフライシュマン・ディスティリングを売る契約を結んでいましたが、その契約は何らかの理由で実現せず、最終的には英国のビール会社ウィットブレッドに売却されました。ウィットブレッドは5年間ほどフライシュマンを所有した後、突如会社をメドレー・ディスティリングに売却しました。メドレーは1988年にグレンモアに買収され、そのグレンモアも僅か2年後の1991年にユナイテッド・ディスティラーズに買収されます。そしてユナイテッド・ディスティラーズは1994年にフライシュマンのブランドをバートンに売却し、2009年にバートンはサゼラックに買収され、現在はサゼラックがフライシュマンのブランドを所有しています。

**ブラントンズのボトルは、その昔販売されていたアメリカン・ディスティリング・カンパニーの代表銘柄であるバーボン・スプリームのデカンター・ボトルにそっくりと指摘されています。もしかしてデザインをパクった?
https://pin.it/UU8Nwof

***フランクフォート・アンド・シンシナティ・レイルロード(以下、F&C鉄道と略)と呼ばれていましたが、この路線はフランクフォートからパリスまで40マイル(64km)しか走っていない短距離鉄道で、名前に反してオハイオ州シンシナティとは何の関係もありませんでした。F&C鉄道はもともとケンタッキー・ミッドランド・レイルウェイとして知られ、ルートの建設は1888年の初めにフランクフォートで始まり、1889年6月にジョージタウン、1890年1月にパリスに到達しました。開業当初、最初のレールを敷く前から「深刻な財政難」に陥り、1894年には管財人の管理下に置かれることもあったものの、1899年にF&C鉄道と改称、1890年代にはフランクフォートの成長を刺激する大きな要因として注目されました。 ジョージタウンとパリスを結ぶ路線は、地元のバーボン・ウィスキーを市場に流通させるのに役立ったと言われています。路線の一部はバッファロートレース上に敷設されていました。
レキシントンとシンシアナの中間、またパリスとジョージタウンの中間に位置するセンターヴィルは、嘗てバーボン郡の商業の中心地として賑わっていました。センターヴィル駅舎には鉄道だけでなく、石炭や穀物や肥料などを扱うセンターヴィル・コミッション・カンパニーの事務所も入っており、駅舎の2階部分はモダン・ウッドメン・オブ・アメリカのロッジとして使用されていた時期もあったそうです。第二次世界大戦中には、戦争努力の重要な製品であったブチルゴムの製造に使用するため、アイダホで栽培されたジャガイモが貨物によってフランクフォートとスタンピング・グラウンドの蒸留所に輸送されました。
F&C鉄道は多くの蒸留所にサーヴィスを提供していたため「ザ・ウィスキー・ルート」として知られていました。1967年にF&C鉄道が全線を廃線にしようとした時、フランクフォートの蒸留所が反対し、ジョージタウンとパリス間の路線は放棄されましたが、残りの路線は存続しました。州間通商委員会はF&C鉄道が更に路線を放棄することを認め、1970年にジョージタウンとエルシノア間の最後の18.2マイルが廃線になりました。1985年に脱線事故で架橋が破損し、F&C鉄道には橋を修理する余裕がなかったため閉鎖に追い込まれ、1987年までにF&C鉄道のレールは全て撤去されたそうです。

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1986年の発売から長い間、12年熟成のエイジ・ステートメントを誇らしげに掲げて来たエライジャクレイグ(*)は、2016年1月下旬の出荷からNASヴァージョンに切り替えられました。このヴァージョンは8〜12年熟成のバーボンのブレンドとされています。なので、もし現在のエライジャクレイグに年数表記するならば8年ということになるでしょう。ボトリング・プルーフはオリジナルと同様の94プルーフですが、この頃にバッチサイズを100バレルから200バレルに増やしたとされています。ラベルとボトルデザインも同年末か翌年くらいに刷新され、棚スペースを意識した従来より背が高くのっぺりとした薄いボトルになりました。昔の物もスモールバッチでしたが、ボトルの前面にその記載があるので通称エライジャクレイグ・スモールバッチNASと呼ばれています。レシピは78%コーン、10%ライ、12%モルテッドバーリーのヘヴンヒル・スタンダード・バーボン・マッシュビル。チャーリング・レヴェルも同蒸留所のスタンダードな#3だと思います。

60〜70年代にウォッカの「攻勢」や飲酒傾向の急速なライト化を経て、80〜90年代のアメリカ市場でのバーボン需要は底辺に沈んでいましたが、2000年代には徐々に復調の兆しを見せ、2010年代になると高需要を迎えるに至りました。エライジャクレイグの12年のステートメントを削除し、バッチングに使用されるバレルの数を増やしたのは、バーボン及びアメリカンウィスキーの人気の急上昇と需要に対する供給不足が理由とされています。当時その他のバーボンも同じ問題に直面していました。こうした場合、販売会社が取る選択肢は二つあります。現状を維持するか、中身を変えるか、です。ウェラー12年のようにエイジ・ステートメントを維持したブランドは、供給量の低下に伴って店頭で見つけるのが難しくなり価格も上昇しました。ジムビーム・ブラック8年やリッジモント・リザーヴ8年などのブランドは、熟成年数表記を失う代わりに入手し易さと価格を維持し、名前やラベルのリニューアルを果たしました。エライジャクレイグの中核製品は後者の方法を選択し、従来より若い原酒をブレンドするようになった訳です。おかげでアメリカ中どこでも買い求め易く、20ドル代か、いっても30ドルのプライス・レンジを維持しています。そしてこれはグローバル・マーケットでも同じでした。

それまで市場で最も価値のあるバーボンの一つと見做されていたエライジャクレイグ12年のNAS化は、バーボンファンにとっては中々ショッキングな出来事だったと思います。NASヴァージョンが初めて世に出た時の熱烈なエライジャクレイグ・ファンの反応は、どうしても否定的なものが多い印象でした。以下に少し紹介してみましょう(どれも基本的には直訳ですが、省略と意味が通じやすいように多少の改訂を加えています)。

「NASは最悪だ!! いいとこ15ドルの価値しかない。」

「おそらく史上最も過大評価されているバーボン。もしフルに12年熟成させるつもりがないなら、ABVを少し下げることを考えるべき。」

「ヘヴンヒルが量のために質を犠牲にすることに失望した。私は確信している。全てのクレイグ・バーボンの愛飲者は、12年のスタンダードを待つことを厭わないだろう。」

「味や香り、口当たりなどの複雑さはあまりありません。また、熟成されていないテキーラか何かを思い出させます。シンプルに緑っぽい草のような香り…これはもっと長く熟成させるべき、或いは熟成させることができると思います。」

「良いバーボンですが、12年ヴァージョンの近くにはいない、残念だ。多くの蒸留所がこのように質より量へ妥協する方向に進んでいるのを見るのは本当に嫌です。これをもう一度購入するかどうかはわかりません。」

「私もEC12の最初の味を知っていて、大好きでした。新しいブレンドですぐに味の変化に気づき、まだ好きですが、以前のような美味しさはありません。」

「もう一度買わないでしょう。悪くはないけど、良くもない。」

「私にとってエライジャクレイグ12は、旧ヘヴンヒル蒸留所の焼失と、当時のバーンハイム蒸留所で蒸留されたウィスキーへの切り替えから立ち直ることはできませんでした。昔のヴァージョンを知っている人たちは、かつての高品質なバーボンの最後の死を嘆くことになるでしょう。」

「香りはまずまずでしたが、味は全くの不味さでした。甘くないし、ヴァニラもオークもない。目立つものはなく、記憶に残るものもない…二度と買わないでしょう、もっと良い選択肢がたくさんあります。」

「昔のEC12は特別でした。最近NASを飲みましたが、正直言ってかなり不味いと思いました。私が驚いたのは、新しいECの味が昔のバーボンとは全く違っていたことでした。それでもヘヴンヒルには好感を持っています。エヴァンウィリアムスと同じくらい良いものをこんなに安く売ることは、私の心を掴んで離さないでしょう。」

一方で擁護する声も聞こえ(見られ)ました。

「私がこのウィスキーをまあまあと判断した時から数週間経ち、ロックで試してみると、より美味しくいただけました。再度購入する価値があります。12年物とほぼ同じくらい良いです。ほぼ。」

「NASはゴージャスで、リッチで、フレイヴァーフルで、十分に複雑なバーボンです。荒々しさはありますが、これは熟練の技術で造られたシッピングに値するバーボンです。今まで飲んだ中で最高のものではないが、とても良い。私の評価は87点。私のボトルはセールで19.99ドルでした(30ドルは払わないけど)。」

「エンジェルズ・エンヴィを想い起させる新しいエライジャクレイグ・スモールバッチを手に入れました。私は嬉しい驚きを感じています…とても良いバーボンです。」

「新しいNASスモールバッチのボトルを手に入れました。新しい日常飲酒にもってこいだと思います。私はラッセルズ・リザーヴ10年よりも好きです。それほど良いものです。12年がどうであれ、この新バージョンは良いです。」

「問題は改訂されたブランドをオリジナルと比較していることです。このようなことは他のウィスキー・ブランドでも昔から行われてきました。オールド・オーヴァーホルト、オールド・クロウ、リッテンハウス・ライ、オールド・テイラー、アーリータイムズ等はどれもオリジナルとは似ても似つかないものとなっています。現在のECSmBが非常に良いバーボンであることに変わりありません。以前がどうであったかは問題ではなく、現在のバージョンは素晴らしい香り、フレイヴァー、そしてフィニッシュを持っています。今でも素晴らしいヘヴンヒル・ブランドです。昔のことに拘るのはやめましょう。」

「私はエヴァンウィリアムス・ブラックラベルを毎日飲むのが好きなので、エライジャクレイグ・スモールバッチNASには肯定的な見方をしています。ECNASは基本的にEWブラックをプレミアム化したものだと思います(8年から12年のストックをミックスしているというのが本当なら)。」

「NASへの変更は、個人的にはそこまで悪いとは思っていません。というのも、私は古すぎるバーボンはバランスが悪いと思っていて、異なる年数の樽をブレンドすることで、より複雑で調和のとれた味わいになると考えているからです。」

…と、まあこういう具合なのですが、流石に12年よりNASのほうが美味しいと断言する意見はかなり少数派。世界の主要なバーボン・レヴュアーは概ね12年のほうが美味しいのを認めつつNASも悪くないというスタンスの中、NASのほうが美味しいとする意見を明確にしているのはバーボン・パディ氏くらいでしょうか。彼はちょうどエライジャクレイグ12年のボトルも開けていたので、どちらが優れているかを判断するため、ちょっとしたブラインド・サイド・バイ・サイドの比較試飲を行い、その結果、NASスモールバッチの方を気に入ったと言います。

「12年の方がパレートでよりクリーミーで、コーン駆動のバタースコッチ、複雑なダークチョコレート、微かにスパイシーな焦がしたオークが感じられた。NASスモールバッチはよりスパイシーかつフルーティな存在感が現れ、トーストしたオーク、みずみずしいチェリー、若々しいバタースコッチのプロファイルを持ち、そのフレイヴァーをよりよく運んで来ました。結果として、私は実際に12年よりもNASスモールバッチを寧ろ好んだのです。それは、ほぼ一次元的なオールド・オークで駆動した12年物に比べ、風味や力強さの面でより多くのものを持っていました。このように比較してみると、なぜ私が12年物の大ファンではなかったか、その理由を思い出すことが出来ます。それは、時に特定のバッチに見られるヘヴィ・チャード・オークの存在が不快であり、全体的な楽しみを損なうと感じていたからです。二つのうち古い方が明らかに勝つだろうと思っていた私は、この結果には驚きました。私にとっては、熟成年数が必ずしも良い製品を示す指標ではないことを証明しています。寧ろより良い味の製品を作るためのブレンドが、ここでのリアルな勝利要因なのです。」

私は長熟バーボンをあまり好まない傾向にあるので、この意見はよく分かります。もしかすると私も彼と同じ意見になるのではないかと、当の記事を読んで急にNASのエライジャクレイグが気になり出しました(バーボン・パディ氏の投稿は2020年に書かれているので比較的最近のものです)。前から飲まなくちゃなと思っていたエライジャクレイグ・スモールバッチNASなのですが、これまで私は購入して来なかったのです。その理由はボトルにあります。上で引用したコメンテイターの或る方は「正直なところ、エイジ・ステートメントがなくなったことよりも、ボトルの形状が変更されたことに失望しています。ボトルの中のウィスキーがボトルそのものよりも重要であることは明らかですが、私は特定のボトルやラベルのプレゼンテーションが好きなのです。新しいボトルのデザインは私にとって非常に残念なものです」とも書いていました。これに関して私は全く同意します。バーボンの味わいは、マーケティング担当者が大袈裟に語るほどヴァラエティに富んではいません。異なる蒸留所の製品であってさえ、ボトリング・プルーフや熟成年数が同じだと似ているのに、同じ蒸留所産の物なら尚更似たような風味を持っているものです。バーボンのそうした在り方に於いて、一言で言えばブランディング、バックストーリーやボトルデザインは、非常に重要な要素となります。昔日のエライジャクレイグの重厚で他の何とも似ていないボトルは、私にとって味以上に重要でした。それ故、ボトルデザインがリニューアルされた時に買う気を失ってしまったのです。しかし、これだけ流通量の多いバーボンを無視し続けているのも良くないですから、これを機会に買ってみた、と。では、さっそく私も実飲してみましょう。

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ELIJAH CRAIG Small Batch NAS 94 Proof
ボトリング年不明、購入は2020年なので、おそらく2020年もしくは2019年あたりにボトリングと推測。プリンのカラメルソース、焦げ樽、接着剤、キャラメル、若いプラム、シナモン少々、コーン、たまごボーロ、チェリーコーク、石鹸。香りは甘いお菓子やスパイス香と僅かに古い木を思わせるトーンも。口当たりは水っぽく、味わいは甘酸っぱいフルーティさとグレイン。余韻は仄かな甘みとウッディなスパイスがありつつも、基本的にはドライであっさりしている。パレートがハイライト。
Rating:84/100

Thought:先ず飲んだ第一印象は「あれ、エライジャってこんなグレイン・フォワードだったっけ?」でした。このNASは8年〜12年のブレンドとされ、平均すると約11年という説を見かけたのですが、本当かは判りません。個人的にはもう少し若そうな印象を持ちました。でも飲みなれると悪くないと言うか、美味しく感じて来ました。開封から二ヶ月経過した頃から(しばらく放っておいた)パレートに甘酸っぱいフルーティさが出て来て好みの傾向のバーボンになりました。穀物感、フルーツ、オーキーなヴァニラ、ほんのりスパイシーとバランスがとれています。開封から三ヶ月を過ぎた頃には、もう少し長熟感のようなものが前面に出るようになり、なるほど確かに高齢バーボンが混ぜられているのだなあと感じ取れました。しかし、余韻だけは最初から最後までパッとしないと言うか、どこか平坦な印象のままでした。

実は私もこのNASと手持ちの12年のストックを同時に開封し飲み較べしていました(12年のレヴューはまたの機会に)。両者の色はそれほどは変わりませんが、12年の方が僅かに赤みが強いブラウンでしょうか。個人的には、やはり香りも味わいも余韻も12年の方が複雑で深みは感じられました。但し、その分ビター感やハーブ香や少し渋みもあって、一長一短かなとも思いました。単純な甘さやグレイニーなバランスのウィスキーを求めるならNASかも。時として重々しくオークが出過ぎる12年より、NASは多くの人の好みに合っている可能性すらあります。どちらかに軍配を上げなければならないのなら私は12年を選びますが、NASを選ぶ人がいても反対意見はありません。まあ分かるな、といったところです。多少の荒々しさと心地よい熱量がバーボンの魅力と思うならNASを、穏やかで深みのあるオーク・フレイヴァーを味わいたいなら12年を、オススメしておきます。

おそらくNASを問題にするのは昔の味わいを知っている人だけです。2016〜18年くらいの切り替えが行われた直後と比べると、現在では店頭で12年表記のあるエライジャクレイグを見かけることはまずないと思われ、12年を入手するならオークション等のセカンダリー・マーケットに頼る必要があります。よほどのマニアでない限り、一般の飲酒家は何も気にせず近所のお店でNASを購入すれば良いでしょう。また、たとえエライジャクレイグの熱烈なファンであっても、NASを12年に代わるものと見るのではなく、単にエヴァンウィリアムス・ブラックラベルの上位グレードと見做せば、それほど腹も立たないのではないでしょうか。

Value:NASの日本での小売価格は2000円代後半から3000円代前半が相場のようです。同社のエヴァンウイリアムス・ブラックラベルが1500〜2000円とすると、プライス・レンジが上昇しただけの価値はあると思います。ただ…ここ日本では、印象的な赤いラベルのエヴァンウィリアムス12年が比較的安価(3500円くらい)に入手可能です。同じ蒸留所、同じマッシュビル、似たような熟成年数で造られながらハイアープルーファーであるEW12年は、エライジャクレイグNASは言うに及ばずEC12年よりも、少なくとも私の好みでは、リッチなフレイヴァーを有する上位互換です。そうなると、エライジャクレイグNASを最高値で購入したり、オークションでプレミアムのついた近年物のEC12年を落札するのは、得策とは言い難いものがありますね。


さて、エライジャクレイグのNAS、12年と並行してバレルプルーフも試飲しましたので最後におまけで。日本ではあまり流通していないバレルプルーフも飲めたのは、例によってバーボン仲間のK氏のお力添えによるもの。バーボンを通じた繋がりに感謝です!

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(画像提供K氏)

エライジャクレイグ・バレルプルーフは2013年から発売され、年に限定3回のリリースです。各ボトリング・プルーフはバッチ毎に異なり、概ね120をオーヴァーし、稀に140まで到達することもあります。2017年のボトルの再設計に伴いラベルのリニューアルが行われ、バッチ番号が書かれるようになりました。「A117」のような具合です。ABCはリリースの順番を示し、次の数字がリリース月、最後の2桁の数字が年を表します。なので、バッチ「A117」は、2017年の最初のリリースで1月に発売されたと判ります。以下に各リリースをリスティングしておきましょう。

Mar 2013 / 134.2 Proof
Jul 2013  / 137 Proof
Sep 2013 / 133.2 Proof
Mar 2014 / 132.4 Proof
May 2014 / 134.8 Proof
Sep 2014 / 140.2 Proof
Feb 2015 / 128 Proof
May 2015 / 139.8 Proof
Sep 2015 / 135.6 Proof
Jan 2016 / 138.8 Proof
May 2016 / 139.4 Proof
Sep 2016 / 136 Proof
A117(Jan 2017) / 127 Proof
B517(May 2017) / 124.2 Proof
C917(Sep 2017) / 131 Proof
A118(Jan 2018) / 130.6 Proof
B518(May 2018) / 133.4 Proof
C917(Sep 2018) / 131.4 Proof
A119(Jan 2019) / 135.2 Proof
B519(May 2019) / 122.2 Proof
C919(Sep 2019) / 136.8 Proof
A120(Jan 2020) / 136.6 Proof
B520(May 2020) / 127.2 Proof
C920(Sep 2020) / 132.8 Proof
A121(Jan 2021) / 123.6 Proof
B521(May 2021) / 118.2 Proof
C921(Sep 2021) / 120.2 Proof
A122(Jan 2022) / 120.8 Proof

ちなみにバレルプルーフのヴァージョンは12年のエイジ・ステートメントを保持しています。そしてノンチルフィルタードの仕様。では、最後に飲んだ感想を少しだけ。

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(画像提供K氏)
ELIJAH CRAIG BARREL PROOF Small Batch 12 Years 124.2 Proof
BATCH № B517
2017年ボトリング。木炭、タルト、スイートオーク、微かなチェリー、ビターチョコ、ハラペーニョ。アロマは流石に度数が強いのでツンとした刺激臭が強いものの、香ばしい焦がした樽香を主体として甘い香りも。口当たりは僅かにオイルぽいが、バレルプルーフに期待するよりサラッとしている。味わいはガツンとスパイシー。余韻はやや早めにひけて、穀物とスパイス・ノートが残る。

香りも味も余韻も加水したほうが甘く感じられましたが、それでもドライかつビターで、全体的に刺激強め。それでも12年の長熟ながらオーヴァーオークになってないのは良かったです。ただ、正直言うと、些か複雑さと深みに欠けるのも否めず、これでは現行ボトルを否定してオールドボトルを求める人がいるのも頷けるかな、とは思いました…。比較的開栓から日が浅い段階での試飲なので、もしかするともう少し伸びる可能性はあるのかも知れませんね。
Rating:85/100


*アメリカ人は「アライジャクレイグ」に近い発音をします。

2020-11-01-00-00-46

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ワイルドターキー・ケンタッキー・スピリットは、アメリカの現行ワイルドターキーのラインナップの中では1942年の古典的な「101」、1991年の「レアブリード」に次ぐ、3番目に古いリリースの由緒あるブランドであり、ワイルドターキー101のシングルバレル・ヴァージョンとして1994年に作成されました。公式リリースは1995年なのかも知れませんが、最初のボトルは1994年に充填されています。おそらくは、バーボン界で初めての商業的なシングルバレル・バーボン、ブラントンズの対抗馬であったと推測され、ブラントンズの競走馬やケンタッキー・ダービーをモチーフとした華麗なボトルの向こうを張った七面鳥のファンテイル・ボトルは流麗で目を惹くものでした。またブラントンズと同じように、ラベルには手書きでボトリングされた日付やバレル・ナンバー、倉庫やリック・ナンバーが記されているのもプレミアム感をいやが上にも高めています。そして、キャップはピューター製の重厚で高級感のあるものでした。それ故ケンタッキー・スピリットの初期のものは通称ピューター・トップと呼ばれています。2002年からストッパーはピューター製からダーク・カラーの木製のものに変更されました。更に2007年もしくは2008年頃にはダークだった木材がライトな色味へと変わります。ラベルに描かれる七面鳥も、ケンタッキー・スピリットに於ける明確な変更時期は特定出来ませんが、ブランド全体に渡るラベルのリニューアルに合わせ、前向きが横向きへ、カラーがセピア調へと更新されました。と、ここまではキャップ等のマイナーチェンジとシリーズ全般の変化なので、ケンタッキー・スピリットの姿自体はそれほど変わりありませんでしたが、2019年、遂にケンタッキー・スピリットの象徴的なテイルフェザー・ボトルは廃止、レアブリードに似たデザインに置き換えられ、ラベルの七面鳥の存在感は薄くなります。
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「ケンタッキー・レジェンド」と免税店の「ヘリテッジ」といった一部の製品を除き、ケンタッキー・スピリットは2013年にラッセルズ・リザーヴ・シングルバレルが発売されるまでの20年近く、ワイルドターキーのレギュラー・リリースで孤高のシングルバレルであり続けました。アメリカの小売価格で言えば、ワイルドターキー101より2倍以上高く、ラッセルズ・リザーヴより少し安い製品です。ケンタッキー・スピリットをラッセルズ・リザーヴと比べてしまうと、ラッセルズ・リザーヴは冷却濾過されずによりバレルプルーフに近い110プルーフでボトリングされるため、スペック的にケンタッキー・スピリットを上回ります。そのせいもあってか、2014年頃から始まったプライヴェート・バレル・セレクションでもラッセルズ・リザーヴのほうが人気があります。その味わいの評価に関しては、アメリカの或る方の喩えでは「ワイルドターキー・ケンタッキー・スピリットは、天井は高いが床はラッセルズ・リザーヴ・シングルバレルよりも低い」と言っていました。ターキーマニアの代表とも言えるデイヴィッド・ジェニングス氏などは、ケンタッキー・スピリットのボトルがリニューアル(同時に値上げも)されたのには相当ガッカリし、ラッセルズ・リザーヴ・シングルバレルの方が愛好家向けにアピールする製品であり、逆にもっとライトな飲酒家向けにはラッセルズ・リザーヴ10年や「ロングブランチ」などがあるため、ケンタッキー・スピリットの立ち位置がブレて消費者への訴求力が落ちているのを危惧して、価格以外に三つの解決策を提案をしています。
第一はボトルの変更です。テイルフェザー・ボトルが高価なのなら、せめて同様の美しさをもった往年のエクスポート版のケンタッキー・レジェンド(101)や「トラディション(NAS)」のようなボトル・デザインに先祖返りするのはどうか?、と。
第二にケンタッキー・スピリットもノンチルフィルタードのバーボンにする。そうすればスタンダードなワイルドターキー101よりも優れた利点が確実に得られる、と。
第三にラベルに樽詰めされた日付も記載する。現在でもボトリングの日付はありますが、ケンタッキー・スピリットが愛好家に向けた製品を目指すのなら、より細部に拘ったほうがいい、と。
そして更には、先ずは一旦ケンタッキー・スピリットの販売を休止し、現在の115エントリー・プルーフのバレルを維持しつつ、昔のような107エントリー・プルーフのバレルも造り、二つの異なるバーボン・ウィスキーを用意、最後に理想的な熟成に達した107エントリー・プルーフのバレルからケンタッキー・スピリット101を造り上げるという提言をしています。これは謂わばジミー・ラッセルのクラシックなケンタッキー・スピリット・シングルバレル・バーボンを復活させるというアイディアです。確かにこれが実現したら素晴らしい…。
ちなみに彼は現在のケンタッキー・スピリットを扱き下ろしているのではありません。ラッセルズ・リザーヴ・シングルバレルとワイルドターキー101の中間にあっては、昔ほど誇らしげに立っていないと言っているだけです。実際、彼はここ数年のケンタッキー・スピリットの高品質なリリースを幾つか報告しています。まあ、少々否定的な物言いになってしまいましたし、今でこそケンタッキー・スピリットの特別さがやや薄れてしまったのも間違いないのですが、それでもその「魂」は眠ってはいないでしょう。ケンタッキー・スピリットはジミーラッセルの元のコンセプトに忠実であり続けるバーボンであり、殆どの場合ワイルドターキー101よりも美味しく特別なバーボンであり、またストアピックのラッセルズ・リザーヴが手に入りにくい日本の消費者にとってはワイルドターキー・シングルバレルの個性的な風味を経験するよい機会を提供し続けています。

改めてケンタッキー・スピリットの中身について触れておくと、その熟成年数はNASながら8〜10年とも8.5年〜9.5年とも言われており、とにかくワイルドターキー8年と同じ程度かもう少し長く熟成されたシングルバレルをジミー・ラッセルが選び(現在はエディ?)、冷却濾過して101プルーフでボトリングしたものです。つまり単純に言えば、冒頭に述べたようにケンタッキー・スピリットは現在でも日本で販売されているワイルドターキー8年101のシングルバレル・ヴァージョンなのです。ジミー自身はケンタッキー・スピリットについて、タキシードを着たワイルドターキー101と表現していたとか。多分、スタンダードな物より格調高く華やいでいる、といった意味でしょう。発売当初のボックスの裏には彼自身の著名でこう書かれました。
時折、完璧なものを垣間見ることがあります。私はいつもそれを上手く説明することは出来ないのですが、或る樽は熟成するにつれて並外れた味を帯びるのです。信じられないかも知れませんが、私は20年以上前の樽を今でも正確に覚えています。ワイルドターキー・ケンタッキー・スピリットは、そのような記憶に残る発見の喜びを与えてくれます。このボトルには、特別な1つの樽から直接注がれた純粋なバーボンが収められており、私はそれを皆さんにお届けすることを誇りに思います。
マスターディスティラー、ジミー・ラッセル
ついでに言っておくと、ケンタッキー・スピリットとラッセルズ・リザーヴという二つの同じシングルバレル製品の違いは、ボトリング・プルーフとチルフィルトレーションを除けば、そのフレイヴァー・プロファイルにあるとされます。現在のマスターディスティラー、エディ・ラッセルによれば、ケンタッキー・スピリットが父ジミーの好みをより代表しているのに対し、ラッセルズ・リザーヴは本質的にエディ自身の好みを代表しているそう。
ケンタッキー・スピリットの味わいについては、先に引用した「天井と床」の喩えで判る通り、アメリカでも日本でも多少のギャンブル性が指摘されています。つまり、ケンタッキー・スピリットはラッセルズ・リザーヴ・シングルバレルと同等かそれ以上に優れている場合もあれば、スタンダードなワイルドターキー101や8年101に非常に似ている可能性もあるということです。これはケンタッキー・スピリット云々というより、シングルバレルの特性上仕方のない面でもあります。通常3桁から4桁のバレルを混ぜ合わせる安価なバーボンは平均的なフレイヴァーになるのに対し、文字通り一つのバレルから造られるシングルバレル製品はフレイヴァー・バランスが異なります。具体的に例を言うと、普段飲んでいるワイルドターキー8年の味が脳にインプットされていて、さあ、いつもより上級なものを飲んでみたいと思いケンタッキー・スピリットを買いました、いざ飲んでみるといつものターキーよりスパイシーでオーキーでした、あれ? いつものほうがフルーティで美味しくない?、となったらその人にはハズレを引いたと感じられるでしょう。こればかりはその人の味覚次第だから。とは言え、本職の方が選んだバレルですから美味しいに決まってますし、それだけの価値があります。ケンタッキー・スピリットは甘くフルーティなものから、ややドライでタンニンのあるものまで様々なプロファイルを示しますが、真のワイルドターキー・ファンならば勇んで購入すればよいのです、好みのもの好みでないものどちらに転ぶにせよ。

ケンタッキー・スピリットはラベルの七面鳥やボトル・デザインの変化でなく、別の視点から概ね三つに分けて考えることが出来ます。ワイルドターキー蒸留所はフレイヴァーフルな味わいを重視し、ボトリング時の加水を最小限に抑える意図から比較的低いバレル・エントリー・プルーフで知られていますが、2000年代にそれを二回ほど変更しました。2004年に107プルーフから110プルーフ、2006年に110プルーフから115プルーフに。これは良かれ悪しかれフレイヴァー・プロファイルが変わることを意味します。また、ワイルドターキー蒸留所は旧来のブールヴァード蒸留所から2011年に新しい蒸留施設へと転換しました。これも良かれ悪しかれフレイヴァー・プロファイルが変わることを意味するでしょう。そこで、ケンタッキー・スピリットの平均的な熟成年数である8年を考慮して大雑把に分けると、

①1994〜2012年の107バレル・エントリー原酒
②2013〜18年の110/115バレル・エントリー原酒
③2019年からの新蒸留所原酒

というようになります。このうち①、特にピューター・トップのものは昔ながらのワイルドターキーの味わいであるカビっぽいコーンや埃のような土のようなオーク香があり複雑な風味があるとされます。②は①のようなファンクが消え、ライトもしくはいい意味で単純な傾向に。③は前出のDJ氏によれば、選ばれたバレルによっては「床が上がっている」そうです。そこで今回は、私の手持ちのケンタッキー・スピリットの年代が異なるもの2種類と、先日投稿したワイルドターキー8年101の推定2019年ボトルを同時に飲んで較べてみようという企画。実を言うと投稿時期が違うだけで、3本をほぼ同時期に開封しています。

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2021-07-27-01-20-18
WILD TURKEY KENTUCKY SPIRIT Single Barrel 101 Proof
Bottled on 01-14-16
Barrel no. 2830
Warehouse O
Rick no. 2
2016年ボトリング。ややオレンジがかったブラウン。接着剤、香ばしい焦樽、香ばしい穀物、ローストナッツ、コーン、ライスパイス、ブラックペッパー、若いチェリー、ハニーカステラ、ナツメグ、アーモンド。口当たりはややオイリー。パレートは基本的にグレイン・フォワードで、甘みもあるが飲み込んだ直後はかなりスパイシー。余韻はミディアム・ロングで豊かな穀物と共に最後にワックスが残る。

8年101と較べて良い点は口当たりがオイリーでナッティさが強いところでした。悪い点は接着剤が強すぎるのと荒々しい「若さ」があるところ。全体的には、スパイス&グレインに振れたバーボンという印象。また、101プルーフよりも強い酒に感じるほどアルコール刺激を感じます。正直言って8年101の方がマイルドで熟したフルーツ感もあり私好みのバランスでした。
Rating:86.5/100

2020-11-29-18-33-05
WILD TURKEY KENTUCKY SPIRIT Single Barrel 101 Proof(Pewter top)
Bottled on 10-5-95
Barrel no. 63
Warehouse E
Rick no. 47
1995年ボトリング。やや赤みを帯びたブラウン。ヴァニラ、湿った木材、オールド・ファンク、ベーキングスパイス、ブラッドオレンジ、紅茶、タバコ、土、漢方薬、ドライクランベリー、鉄、バーントシュガー。アロマはスパイシーヴァニラ。口当たりは柔らか。パレートはフルーティな甘さにスパイス多め。余韻はハービーで、マスティ・オークが後々まで長く鼻腔に残る。

2016年のケンタッキー・スピリットが若さを感じさせたのに対して、こちらは寧ろ近年飲んでいたマスターズ・キープ17年のような超熟バーボンを想わせる味わいです。今回私の飲んだ8年101と較べても、90年代の8年101と比べても、ハーブぽいフレイヴァーが強く複雑ではあるのですが、あまり私の好みではありませんでした。多分なんですが、10年前に開封して飲めていたらもっともっと美味しかったのではないかなと思います。言葉を変えれば飲み頃を逃したような気がするということです。
Rating:87.5/100

Verdict:95年ピュータートップに軍配を上げました。比較として飲んでいた8年101の方が自分好みではあったのですが、やはり特別な味わいではあると思ったし、2016年物は軽く一蹴したからです。


2020-11-06-22-38-58

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