カテゴリ: ケンタッキーバーボン

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(画像提供Bar FIVE様)

ジュリアン・ヴァン・ウィンクル三世は様々な原酒を用いて自身のブランドを構築して来ました。その中で最も有名なのはスティッツェル=ウェラー原酒でしたが、ゴードン・ヒューJr.に依頼されてボトリングしたペンシルヴェニア1974原酒もよく知られています。旧ミクターズ(ペンコ)で蒸留されたそのバーボンについては過去にA.H.ハーシュ・リザーヴ16年の投稿で取り上げたのでそちらを参照下さい。

今回紹介するヴァン・ウィンクル・セレクション16年ロットHに入っているバーボンの出所については、実はジュリアン三世からの決定的な証言がありません。そのため海外ではその使われた原酒については可能性の指摘に留まっていますが、表ラベルに「Kentucky」表記がなく更に「Pot Stilled」とあること、ロットの「H」は「Hirsch」の略ではないかと推測されること、裏ラベルの「Kentucky」表記はインポーターのミスであろうこと、そしてハーシュ・リザーヴに同じボトリング・プルーフが存在することから、個人的にはほぼ間違いなくペンシルヴェニア1974原酒だと思います。恐らくこの16年のセレクションは、コニャック・タイプのボトルに入った「HIRSCH RESERVE 16 YEARS OLD 47.8% ABV」やスコッチ・タイプのボトルに入った「A.H. Hirsch RESERVE 16 YEARS OLD 47.8% ABV」のラベル(ブランド)違いではないかと。また、ヴァン・ウィンクル・セレクション・ロットHには17年熟成もありますが、A.H.ハーシュ・リザーヴにも17年があり、どちらも95.6プルーフと共通のボトリング・プルーフとなっています。これではペンシルヴェニア1974原酒でないことを疑うほうが難しいのでは…。まあ、それは措いて、さっそく注ぐとしましょう。

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VAN WINKLE SELECTION 16 Years Old Lot “H” 95.6 Proof
こちらは大宮Bar FIVEの会員限定ウイスキークラブにて提供された一つで、ハーフショットでの試飲。当方のリクエストに応えて頂いたかたちとなります。マスターの心意気に感謝しかありません。ありがとうございました!

推定90年もしくは91年ボトリング(AHハーシュの情報からの判断)。ハーブ、キャラメル、古い木材、オールスパイス、オレンジ・ティー、ミント。アロマは甘い香りとハーブ&スパイスが混在。パレートは果物で言うとオレンジが感じ易い。スムーズな喉越しだが、飲み込んだ直後のパンチはなかなか。余韻は長く、爽やかなハーブ香とメディシナル・ノートが少々。

サイド・バイ・サイドではないので不確かかも知れませんが、以前飲んだA.H.ハーシュ・リザーヴ16年ブルー・ワックスと同様、基本的にハービーな傾向はある気がしました。現行の4〜6年のバーボンが「子供」味だとすると、こちらは「大人」味と言ったところでしょうか。ペンシルヴェニア1974原酒は長期熟成酒にありがちなウッディ・ノートが出過ぎない完璧なバランスのバーボンと評されたりするのですが、私の個人的な意見では長熟の特徴的なタンニンはかなりあると思います。飲んだことのある皆さんはどう思われますか? ご意見ご感想コメントよりどしどしお寄せ下さい。
Rating:88.5/100

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ジムビーム・デヴィルズ・カットは2011年に発売されました。2〜4年程度で廃止されるブランドも多い中で、今でもラインナップに残っているところを見ると人気があるか少なくとも利益率の悪くないバーボンと思われます。現在、日本で入手し易いジムビームの比較的廉価な物にはデヴィルズ・カット以外では、白のスタンダード、黒のエクストラ・エイジド、紺のダブルオーク、緑のライとありますが、この中では上から二番目に小売価格が高い。市場に出回っている殆どのバーボンウィスキーには、消費者の注意を引くためのラベルやギミック、関心を喚起するためのストーリーといったマーケティングの業があります。では、この「悪魔」までをも引き合いに出したブランディングのバーボンは一体どのようなものなのでしょうか?


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ウィスキーについて多少なりとも学んだことのある人は「エンジェルズ・シェア」という言葉を聞いたことがある筈です。これはスピリッツやワインを樽熟成する過程で蒸発によって失われる水分やアルコールに付けられた用語。お洒落な言い回しですよね。ウィスキーが閉じ込められているオーク樽はしっかりと密封されていますが、木材は多孔質のため蒸発が起こります。ウィスキーの熟成過程では毎年数%の液体がバレルから蒸発するのです。数%ならそれほど多くはないように思えますが、熟成期間が長ければ長いほど失われる量は多くなります。20年超の熟成ウィスキーは蒸発により内容物の半分以上が失われる可能性もあり、これが長期熟成酒の価格を押し上げる主な要因。熟成年数が長ければそれだけ美味しくなるとは限りませんが、熟成の過程に蒸発は付き物であり、謂わば蒸発なくしては木材から甘美なフレイヴァーを得れない、少なくとも古典的な製法では。そこで、ウィスキーを美味しくするために年会費を請求する天使への供物であると解釈するのが「エンジェルズ・シェア」という訳です。これは日本語では「天使の分け前」とか「天使の取り分」と翻訳されています。
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(Aさん作。天使はウィスキーがお好き)


ウィスキーを樽で熟成する過程で中身の液体が失われる理由は主に三つあり、一つが上のエンジェルズ・シェアでした。もう一つは味を確認するための定期的な試飲。そして、残るもう一つが樽の木材自体に染み込み吸収される分です。日々の、或いは年間を通しての高い温度と低い温度のサイクルによってウィスキーが樽の木材に押し込まれ、そして再び戻って来ることでそのフレイヴァーは増幅します。木材に入り込んだウィスキーの一部は、そこに残ったまま基本的には戻って来ません。そこでビーム社はこれを「エンジェルズ・シェア」の巧みな言葉遊びとして、天使に捧げたものに対する悪魔に奪われたもの、即ち「デヴィルズ・カット」と名付けました。
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(Tさん作。あくまでイメージですw)


中身をダンプして空になった樽には、かなりの量のバーボンが木材に染み込んだまま残っています。その量は約2ガロンとも、他説では約7ガロンともする情報がありました。ビームはこれを独自のプロセスを使って抽出すると言います。そのプロセスは完全には公開されていませんが、どうやら空になったバレルに水を入れ、それを高速で撹拌するだけらしい。ジムビームのマスターディスディラー、フレッド・ノーはペイント・シェイカーのように樽を振ると説明しています。また、もしかすると熱(蒸気)も加えているかも知れません。ともかく、そうして抽出した樽材の奥深くに閉じ込められていたタンニンやヴァニラやシャープなウッド・フレイヴァーを多く含むとされる液体を、6年熟成のバーボンとバランスを整えてブレンドし、90プルーフでボトリングしたら「ジムビーム・デヴィルズ・カット」の出来上りです。ちなみに抽出されたウィスキー残滓を含む液体と通常バーボンのブレンド比率については明かされていません。


ところで、スピリットが熟成されている樽に吸収されることをデヴィルズ・カットという用語で呼ぶのを「ジムビーム・デヴィルズ・カット」登場以前に聞いたことがある人は殆どいないでしょう。おそらくこの用語はビーム社によって発明された巧妙なマーケティング用語です。彼らは「独自のプロセス」と言いますが、実際には使用済みの樽からウィスキーを抽出する作業は古くから知られていました。ヒルビリーやムーンシャイナー、或いは嘗ての蒸留所の労働者達は、使用済みのウィスキーやラムのバレルに一定量の水(またはお湯)を注ぎ、その樽を横に置いて数日(または数ヶ月)おきに少しづつ回転させ、俗に「スウィッシュ」と呼ばれる非公式な使用のための酒を造ったと言います。それにはかなりのアルコールが含まれており、一部の人々はスウィッシュを「本物」と同じくらい優れていると考えたとか。ジムビームがしているのは基本的に同じことのように見えます。つまりジムビーム・デヴィルズ・カットは言葉を換えれば、6年熟成のバーボンをスウィッシュでカット(希釈)したバーボンだ、と。
ビーム家の現当主フレッド・ノーにしても、ケンタッキー州バーズタウンで蒸留一家の下に生まれ育ったからには「スウェッティング」として知られる地元の通過儀礼を経験していたと思われます。子供たちは地元の蒸留所から中身が投棄されたばかりの樽に数ガロンの水を入れ、バングホールをしっかり塞ぎ、暑い太陽の下で退屈するまで樽を転がしました。そうすると軽く酔うのに十分なアルコールが得られるのでした。これが製品化のヒントになったのでしょうか。「樽の発汗」は何も飲料用のみとも限りません。パブリカー/コンチネンタルの創業者ハリー・パブリカーは創業当初、フィラデルフィアのあらゆる小規模蒸留所に行き使用済みウィスキー・バレルを手に入れ、スウェッティングの技法を用いてウィスキー残滓を抽出し、工業用アルコールとして販売することで業界に参入しました。


「デヴィルズ・カット」はビームによって商標登録されていますが、一般的にダンプしたばかりの樽に数ガロンの水を入れ軽くリンスして残滓の一部を抽出することは多くのウィスキー蒸留所で行われていると聞きます。バレル・リンシングというプロセスです。他の大手酒類会社であるブラウン=フォーマンは、標準的な53ガロンの樽の1/3から1/2の間まで水を満たし、少なくとも三週間放置することで樽内部の木質繊維からより多くのウイスキーを抽出する独自のリンス・プロセスのパテントを持っているそう。ビームは攪拌を使用しますが、ブラウン=フォーマンは撹拌を使用しません。デヴィルズ・カットの発売より数年前、ジャックダニエルズはそうしたプログラムを開始しました。その手法はただのリンシングよりもアルコール含有量で測定すると約五倍多くのウィスキーを回収できるそうです。
ビームのプロセスがどれほど独創的であるかは偖て措き、ジムビーム・デヴィルズ・カットはバレル・リンシング・テクニックをブランディングに用い、主要製品の一つとして大衆市場へ向けて導入された初めてのバーボンだったと言ってよいでしょう。ビーム傘下にあるメーカーズマークは、供給不足解消のため2013年にそれまでの90プルーフから86プルーフにプルーフィング・ダウンする計画を発表したところ、ファンから猛反発を受けて瞬く間に前言を撤回し、その後、バレル・リンシングを導入することにより供給の問題に対応すると発表しました。これはデヴィルズ・カットの成功から来ているとみて間違いないように思います。この発表の後、新しいオーク樽で熟成されるバーボンとは異なり主に使用済みのバーボン樽で熟成させるスコッチの生産者、またバーボン・バレル熟成を行うクラフト・ビールの製造者やバーボン・バレル・フーズのような周辺産業の一部の関係者は懸念を表明しました。ビームやブラウン=フォーマンが行うようなディープ・バレル・リンシングは、自分達が使う中古樽から木材のフレイヴァーを奪い取ってしまうのではないか、という訳です。この問題がその後どうなったかは寡聞にして知りません。あくまでバーボンそのものではない数ガロンのスウィッシュを増産するに過ぎないことを考えると、全ての生産者がディープ・バレル・リンシングを行うとも思えませんし、2015年以降も増え続けるクラフト蒸留所や熟成倉庫を増設する大手蒸留所の存在もあります。どこかで需要と供給のバランスは上手く取れたのでしょうか? 少なくとも、大手企業にとってはバレルの再販とリンシングのどちらがより収益が大きいかは鍵になったのではないかとは思いますが…。ここら辺の事情に詳しい方はコメントよりご教示頂けると助かります。
ちなみに味わい的には、バレル・リンシングによって抽出されるウィスキーは非常に強いウッド・プロファイルを有し、それをブレンドすると実際よりも熟成年数の高い物に感じられるとされますが、同じような結果を齎す方法にスモール・バレル・エイジングがあります。小さい樽はウィスキーと木材の接触する表面積が増えるため、熟成が早く進むと言うか木材のフレイヴァーを取り込み易くなるのです。伝統を持たない小さなクラフト・ディスティラリーでは多く採用されています。リンシング対スモール・バレルの戦い?も興味深いですね。では、そろそろ悪魔のエキスが入ったバーボンを注ぐとしましょう。


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JIM BEAM DEVIL'S CUT 90 Proof
推定2015年ボトリング。石鹸、フローラル、生木、バターピーナッツ、ヴァニラ、ドライフルーツ入りクッキー、胡椒、煙、サイダー、僅かにプルーン。水っぽい中に少しだけとろみのあるテクスチャー、ピリリと刺激も。口の中ではビーム特有のフルーツ感もあるが、あまり甘くなくスパイシー。余韻はグレイン&スパイス中心でドライながら木炭の風味が尾を引く。液体を飲み込んだ直後がハイライト。
Rating:81/100 


Thought:少々キワモノ的なブランディングが好みではないので今まで敬遠していたデヴィルズ・カットなのですが、今回やっとこさ飲んでみました。悪くないですね。普通のジムビーム・ホワイトやブラックとは少し異なるキャラクターはあるように感じました。事前の予想通り、確かにスパイシネスと木材感が強まっています。開けたてはソーピーなアロマとアルコールの尖りを感じましたが、飲み進めて残量3分の1くらいになる頃にはビームらしいフルーツも顔を出して美味しくなりました。
現行のデヴィルズ・カットはラベルの字体が少し変わり、ボトル形状もその他のジムビームに合わせて変更されました。なので今回私の飲んだのは旧デザインということになります。私は現行を試してないので何とも言えませんが、日本の有名なウィスキーブロガーさんでデヴィルズ・カットの新旧比較を行っている方がいて、その記事には「旧」の方を高く評価する趣旨の発言が見られます。「新」の方が小売価格自体が下がっており、バーボン原酒の熟成年数も下がっているのではないか?と邪推できなくもありません。だって現行(新の方)はブラックと小売価格が殆ど変わらないですから。飲み比べたことのある方はどう思われたでしょうか? どしどしコメントよりご意見お寄せ下さい。


Pairing:敢えてスパイシー系ソース焼きそばに合わせると美味しかったです。私は食前酒にも食中酒にも食後酒にもバーボンを飲みますが、個人的にはデヴィルズ・カットは食後酒ではなく食中酒に適してるように思われました。食後にはより滑らかなバーボンか、もっと甘みのあるハイ・プルーファーが望ましく感じます。


Value:現行のデヴィルズ・カットは概ね1800〜2400円の間くらいが相場のようです。ホワイトが1200〜1500円、ブラックが1800〜2200円、ダブルオークが2500〜3000円なので、随分と狭い価格帯でのブランド展開となっています。上に述べたように、私は現行のデヴィルズ・カットを飲んでいないので、あくまで品質が今回飲んだ物とほぼ同等であると見做しての話になりますが、もしブラックと同じ価格かプラス数百円の違いなら個人的にはデヴィルズ・カットがオススメです。よりハイアー・プルーフですから確実にお得。しかし、バランスを重視するならライトなブラックの方がいいでしょう。おそらくブラックの方が甘さは感じ易いと思います。

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デイヴィッド・ニコルソン1843は現在ラクスコの所有するブランドで、古くはスティッツェル=ウェラーと繋がりのあった小麦レシピのバーボンです。セントルイスを拠点とするラクスコは、旧名をデイヴィッド・シャーマン・コーポレーションと言い、2006年に名称を変更しました。近年、新ブランドのブラッド・オースを立ち上げたり、既存のブランドの拡張と刷新をしたり、更には2018年春にラックス・ロウ蒸留所をケンタッキー州バーズタウンにオープンしたりと、バーボン好きには見逃せない会社です。彼らが展開するバーボン・ブランドにはデイヴィッド・ニコルソンとブラッド・オースの他、エズラ・ブルックス、レベル・イェール、デイヴィス・カウンティがあります。

トップ画像の物はいわゆる旧ラベルで、2015年によりシンプルなラベルにリニューアルされました。2016年には「デイヴィッド・ニコルソン・リザーヴ」という黒いラベルの仲間が増え、ラベル・デザインを揃えています。ちなみに黒い「リザーヴ」の方はウィーターではないスタンダード・ライ・レシピのバーボンです。
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(現行のDNのラベル)

さて、今回はデイヴィッド・ニコルソンとそのバーボンについてもう少し紹介してみたいと思います。日本ではあまり話題にならないバーボンですが、実はなかなか歴史のあるブランド。ラクスコが公式ホームページで言うような、世代から世代へと受け継がれるレシピの物語は額面通りには受け取れませんが、オースティン・ニコルズの「ワイルドターキー」と同じように、自分の店でしか手に入らない独自のウィスキーを常連客に提供した食料品店のオウナーの物語があります。
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セントルイスの形成を助けた一人だったデイヴィド・ニコルソンは、地元市民の胃袋を満たした食料品店オウナー、ダウンタウンの有名なビルの開発者、境界州ミズーリでの無遠慮なユニオン軍のペイトリオットでもあり、何なら詩人ですらあったようですが、その名をアメリカ大衆の記憶に残した最大の功績は、彼が店の奥の部屋で歴史的なウィスキーのレシピを作成したことでした。
デイヴィッドは1814年12月、スコットランドはパース郡のフォスター・ウェスターという村の質素な家庭で生まれました。初歩的な学校教育は受けますが、殆どは独学で物にしました。その後、グラスゴーで食料品店の見習いとなり、後にウェスト・ハイランズのオーバンでも修行を積んだようです。彼は1832年頃にはカナダに移住し、モントリオールに上陸した後、オタワに向かいました。就職がうまく行かなかったデイヴィッドは、大工の仕事を学びながらカナダのいくつかの町を巡回し、遂にはアメリカへ行くことにします。始めはペンシルバニア州エリー、次いでシカゴに移り、最終的にセントルイスで大工仕事に精を出しました。頑強な体つきと頭の回転も速かった彼は迅速で優れた仕事ぶりで知られており、セントルイスにあるセント・ゼイヴィアズ・チャーチの素晴らしい装飾用木工品の幾つかはデイヴィッドの作品だったそうです。

セントルイスでデイヴィッドは10歳年下のスコットランド移民ジェイン・マクヘンドリーと出会い、1840年頃結婚しました。彼らには三人の男の子と三人の女の子、計六人の子供が生まれています。1843年、29歳のデイヴィッドは大工職を断念し、スコットランド人でワイン・マーチャントの仲間と協力して専門食料品と酒の特約店を設立しました。商才に長けていた彼は店を繁盛させ、顧客の増加に合わせて何度も店を移転したそうです。デイヴィッドは卸売業者としても活発な取引を行い、セントルイスから西に向かうワゴン・トレインに食物や飲料を供給しました。また、ニューヨーク・シティの営業所から東部でもビジネスを行っていました。
数回の移転の後、1870年にデイヴィッド・ニコルソンはマーケットとチェスナットの間のノース・シックス・ストリート13-15番にある大きな建物に落ち着きます。その建物は彼自らの仕様で建てられ、各階の広さが50×135フィートある5階建ての構造でした。絶え間ない客の往来に対応するため50人の店員が雇われていたと言います。デイヴィッドは、時には船をチャーターして海外からの貨物を積み込み、セントルイスのグロサーで初めて外国の食料品を輸入して、周辺の市場でこれまで知られていなかった商品の消費を促進しました。

伝説によれば、デイヴィッド・ニコルソンの創業年もしくはその少し後、オウナーは自ら「43」レシピを開発したと言います。彼は食料品店の奥のプライヴェートな部屋で100回以上も実験をしてマッシュビルを考え出し、セカンド・グレインにライではなくウィートを使用することにした、と。中西部ではウィートはライより豊富に穫れ、柔らかく滑らかなテイストを気に入ったからだとか。まあ、この手の創始にまつわる伝承は本当かどうか定かではありませんが、販売されたそのウィスキーは、ミズーリ州や州境となるミシシッピ・リヴァーを渡ったイリノイ州の酒呑みにすぐに受け入れられたようです。また、彼はニューヨークの「ファーストクラス」の場所で販売するために、全国的に知られたブランドのオールド・クロウを樽買いしてボトリングしてもいました。
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おそらくデイヴィッドは蒸留業者であったことはなく、あくまでウィスキーを含む大規模な食料品卸売業者であり、ウィスキーに関してはレクティファイヤー、つまり多くの蒸留業者から購入したウィスキーをブレンドして販売する業者だったと思われます。多くのセントルイスのレクティファイヤーたちは悪名高いウィスキー・リングの犯罪に巻き込まれましたが、デイヴィッドは誠実さがモットーだったのか、業界でよく見られた悪しき取引慣行を大いに蔑み、それらの罪を犯した者を軽蔑したと言います。彼はウィスキー・リングという前代未聞のスキャンダルの後も町を離れませんでした。

デイヴィッドが歳を取るにつれ、親族が会社に加わりました。妻のジェインは役員として会社に入り、イングランドでグロサーの修行を積んだ甥のピーター・ニコルソンは1852年に渡米してすぐ雇われました。店員としてスタートしたピーターには並外れたエネルギーと商才があったようで、彼が経営責任を与えられるにつれて顧客層は大きく広がったと言われています。
デイヴィッド・ニコルソンは1880年11月に65歳で亡くなりました。彼はセントルイスのベルフォンテン・セメタリーに埋葬され、妻のジェインも31年後にそこに入ります。ピーターは食料品店とリカー・ハウスの監督を引き継ぎ、1891年にメインのビルディングが焼失した後、ノース・ブロードウェイに移転し、1920年までウィスキーの販売をしていました。そうして、おそらく禁酒法の到来とともに、ピーターはデイヴィッド・ニコルソン名の権利を同じセントルイスの有名なタバコ商ピーター・ハウプトマン・カンパニーに売却したと思われます。どの時期かは確証がありませんが、少なくとも「ドライ・エラ」の終わり直後にはハウプトマン社がラベルを所有していました。

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ピーター・ハウプトマンは祖国ドイツからアメリカに渡り、様々な卸売会社で働いた後、自分の会社を設立、主にタバコ製品の販売で知られていましたが、タバコ会社の事業を続ける一方で蒸気船事業もしていたようです。もしかするとウィスキー・ブローカーのようなこともしていたのかも知れません。ハウプトマン自身は1904年に亡くなっています。
ピーター・ハウプトマン・カンパニーはデイヴィッド・ニコルソン・ブランドのセントルイスのディストリビューターで、その最高経営責任者はロジャー・アンダーソンでした。当初、イリノイ州には別のディストリビューターがいたそうですが、ともかく、デイヴィッド・ニコルソン1843は常にセントルイス周辺の地域限定的な製品で、禁酒法の後はスティッツェル=ウェラーがピーター・ハウプトマン社のために造りました。ラクスコの公式ニュースによれば、1893年にジュリアン・"パピー"・ヴァン・ウィンクルがWLウェラー商会に加わった頃、セントルイスの卸売業者ピーター・ハウプトマン社のためにデイヴィッド・ニコルソン・ブランドはA.Ph.スティッツェル蒸留所でオリジナルの「43」レシピの蒸留と瓶詰めを開始したという記述が見られます。詳細は分かりませんが、少なくともその頃からハウプトマン社が関わっていたのは間違いなさそうです。

禁酒法後、ハウプトマン・カンパニーはマッケソン・インコーポレイテッドに所有されていました。ロジャー・アンダーソンは第二次世界大戦でアメリカ陸軍に勤務した後、マッケソンの販売部門で働き始めました。1968年、彼はセントルイスのマッケソンのピーター・ハウプトマン卸売酒類部門のゼネラル・マネージャーに就任し、1993年または1994年にその職を退き、2013年に亡くなったとのこと。
1967年までハウプトマン社はデイヴィッド・ニコルソン1843バーボンのブランドを所有していましたが、その年、フォーモスト・デリーズはマッケソン=ロビンズを買収し、ハウプトマン部門はクロスオウナーシップのルールによりニコルソン・ブランドの販売を余儀なくされ、それをヴァン・ウィンクル/マクルーア・ファミリーが取得しました。この関係はやや込み入ったものでした。ファミリーはゴールド色の「1843」の名前とスコットランドの国花アザミがデザインされたラベルを所有しつつそれをリースすることで、ハウプトマン社はプレミアムな自社ブランドの一つとして販売し続けることが出来たのです。ハウプトマンはスティッツェル=ウェラーからウィスキーを購入し、倉庫代と瓶詰めの費用を支払い、ウィスキーが出荷されるとヴァン・ウィンクル/マクルーア・ファミリーには、ケースごとにブランドを使用するためのロイヤリティが支払われました。この取り決めはヴァン・ウィンクル/マクルーア・ファミリーがスティッツェル=ウェラー蒸留所とそのブランドの殆どをノートン・サイモンに売却した1972年以降も続いたようです。

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ラクスコの公式ホームページによるとデイヴィッド・ニコルソン・ブランドを買収したのは2000年としていますが、ヴァン・ウィンクル・ファミリーからの情報ではデイヴィッド・シャーマン・カンパニーにブランドを売却したのは1984年または1985年とされています。また、デイヴィッド・シャーマン社はロジャー・アンダーソンが引退した93-94年頃にハウプトマン社を買収したという話もありました。アンダーソンは死ぬまでアクティヴにビジネスを続け、J.P.ヴァン・ウィンクル&サンのセントルイスでのブローカーだったそうです。
ピーク時には年間約40000ケース売り上げたというデイヴィッド・ニコルソン1843も、デイヴィッド・シャーマン社がブランドを購入した頃には、販売量は年間約6500ケースに減少していました。こうしたバーボンにとって暗黒時代だったことが直接的、或いは間接的に影響し、デイヴィッド・ニコルソン・ブランドを長らく蒸留して来たスティッツェル=ウェラー蒸留所は、新しい所有者のユナイテッド・ディスティラーズによって1992年に生産を停止されてしまいます。

デイヴィッド・ニコルソン1843は上述のように地域の製品としてミズーリ州セントルイス、イリノイ州イースト・セントルイスやアルトン(オールトン)で人気があり、長年に渡って販売され続けました。実際、地域限定の製品としては画像検索で比較的容易に40年代から70年代のオールドボトルでも見ることが出来ます。最も多く見られるデイヴィッド・ニコルソン1843は丸瓶で7年熟成の物でしたが、6年熟成や8年熟成、またデカンターに入った物もありました。スティッツェル=ウェラーは異なるブランドで使用するためにデカンターのデザインをリサイクルすることがよくあったと言われています。高価格帯のバーボンが売れ行きを落としていた1970年代には時代の趨勢もあってか、より低価格帯の92プルーフに希釈されたブラックラベルの1843も導入されたようですが、画像は発見出来ませんでした。
デイヴィッド・ニコルソン1843はスティッツェル=ウェラー製造品としてオールド・フィッツジェラルド、WLウェラー、キャビン・スティル、レベル・イェール等と同一線上のウィーテッド・バーボンであり、バーボン・マニアからの評価は高く、S-Wを好きな人からすると限りない価値があるでしょう。概ね7年熟成のボトルド・イン・ボンド製品だったデイヴィッド・ニコルソン1843は、見方を変えれば7年間熟成させたオールド・フィッツジェラルドBIBとも、また別の見方をするなら107バレルプルーフではない100プルーフ版のオールド・ウェラー・アンティークとも言えるのですから。

さて、1992年以降再び蒸留されることはなかったスティッツェル=ウェラー蒸留所。その原酒を調達できなくなった後のデイヴィッド・ニコルソン・ブランドはどうなったのでしょうか?
ユナイテッド・ディスティラーズはS-W蒸留所を閉鎖すると、小麦バーボンの製造を彼らが新しく建てたバーンハイム蒸留所に移しました。後の1999年にはその蒸留所をヘヴンヒルに売却します。そして、ラクスコはバーボンの全てではないにしても大部分をヘヴンヒルから供給していることを開示しています。
当時のデイヴィッド・シャーマン社は、蒸留所が閉鎖された時も、まだスティッツェル=ウェラーからウィスキーを仕入れていたそうです。おそらくスティッツェル=ウェラーの原酒が枯渇した後、ある時点でヘヴンヒル・バーンハイム蒸留所の原酒に切り替わったと思われますが、その明確な時期は判りませんでした。また、いくら調べてもユナイテッド・ディスティラーズが所有していた数年の間のバーンハイム原酒が使用されたかどうかも判りません。ここら辺の詳細をご存知の方はコメントよりご教示頂けると助かります。それは偖て措き、デイヴィッド・ニコルソン1843の瓶形状がスクワット・ボトル(トップ画像参照)の場合、おそらくデイヴィッド・シャーマンが販売したもので中身はヘヴンヒルと思われるのですが、初めはあった7年熟成表記が多分2000年代半ばあたり?にNASになりました。
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スティッツェル=ウェラーからヘヴンヒルに変わっただけでも、バーボン通からの評価があまり宜しくなかったのに更にスペックが落ちた訳です。まあ、これは「時代の要請」もあるので仕方ないとは思いますが、それよりも評判が悪かったのは裏ラベルに記載されたDSPナンバーの件でした。ボトルド・イン・ボンドを名乗る場合、ラベルには当のスピリッツを生産した蒸留所を表示する必要があります。そしてそれは真実でなければならないでしょう。それなのにデイヴィッド・ニコルソン1843ブランドは、事実上スティッツェル=ウェラーからの供給が使い果たされた後もずっと、その蒸留所をDSP-16(S-Wのパーミット・ナンバー)として示し続けたのです。この件はバーボン愛好家の間で問題視されました。ラクスコはこの誤りは単純な見落としで、ラベルをそのまま再印刷し続けてしまったと主張していたそうです。
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上の画像は私の手持の推定2013年ボトリングと思われるボトルの裏ラベルです。いくらBIB法は既に廃止された法律であり、ボンデッド・バーボンが市場の僅かな部分しか占めない製品であり、そしてデイヴィッド・ニコルソン1843が地域限定の比較的小さなブランドであるとしても、長期に渡って「DSP-16」が表示されたラベルを使い続けたのはちょっと意図的な気もします。とは言え、或るバーボンマニアの方はその紛らわしいラベル付けに関する疑問を直接ラクスコにぶつけ、DSP-KY-16で蒸留されたからこそ購入したボトルが実際には別の出所からの物であることが事実なら、①あなたの虚偽の広告の結果として私が行った支出を金銭または正しくラベル付けされたボトルで補償する必要があり、②第27.1.A.§5.36に基づく連邦規制に準拠してコンテンツの真実の起源を反映するために全てのラベルを直ちに修正する必要があり、 ③他の消費者が現在市場に出回っている誤ったラベルの付いた製品に惑わされないように間違った情報について謝罪を公表する必要があると思います、というような内容のメールを送ったところ、すぐに返金する旨の回答を得たとか。本当に悪意のないミスだったのかも知れません。
こうしたエラー・ラベルの件が関係してるのか分かりませんが、冒頭に述べたようにデイヴィッド・ニコルソン1843のラベルは2015年に一新され、ボトルド・イン・ボンドを名乗らなくなりました。けれど再発進されたヴァージョンも依然100プルーフを維持するウィーターなのは同じままです。おそらく驚異的なバーボン・ブームに乗る形で、それまで95%がミズーリ州とイリノイ州での販売だった物を全国的に販路を拡げるにあたってリニューアルし、新しい市場で大きな成長を期待されるのが現行品の「1843」と黒ラベルの「リザーヴ」ということでしょう。では、そろそろテイスティングの時間です。

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David Nicholson 1843 Brand BOTTLED-IN-BOND 100 Proof
推定2013年ボトリング。ナッツ入りキャラメル、グレイン、チェリー、洋酒を使ったチョコレート菓子、汗、ケチャップ、みかん。比較的ミューテッドなアロマ。口の中では柑橘系のテイストがあって爽やか。余韻は度数に期待するより短いが、ナッツとドライフルーツの混じったフレイヴァーは悪くない。
Rating:83.5/100

Thought:前回まで開けていた同社のレベルイェール・スモールバッチ・リザーヴと較べるとだいぶ美味しいです(現行のレベルイェール100プルーフとの比較ではありません)。単にプルーフが上がってる以上の違いを感じました。ほんのり甘くありつつ、100プルーフらしい辛味のバランスも好みです。熟成年数は、BIBなので最低4年は守りますが、確かにその程度の印象で、いっても5、6年でしょうか。
同じ小麦バーボンで有名なメーカーズマークのスタンダードと比較して言うと、良くも悪くも円やかさに欠けると言うか荒々しいのが魅力。格と言うか出来はメーカーズの方が上だとは思いますけど、個人的にはスタンダードのメーカーズより好きかも。
私は現行の新しいラベルのデイヴィッド・ニコルソン1843を飲んだことがないので本ボトルとの比較は出来ませんが、一応ほぼ同じであると仮定して言います。ヘヴンヒルが製造している小麦バーボンには少し前までオールド・フィッツジェラルドという有名な銘柄がありました。しかし、それは現在では少し上位のラーセニーに置き換えられ終売となっています。そうなると、比較的安価に買えるヘヴンヒルの小麦バーボンを探しているのなら、もっと言うとオールド・フィッツジェラルドBIBやオールド・フィッツジェラルズ1849の代替品を探しているのなら、このデイヴィッド・ニコルソン1843こそが最も近い物となるでしょう。ただし、唯一の欠点はお値段です。アメリカではヘヴンヒルのオールド・フィッツジェラルドBIBは17ドル程度だったのに対し、デイヴィッド・ニコルソン1843は地域差もありますが概ね30〜35ドル(現在はもう少し安い)。ちょっと考えちゃいますよね。

Value:上のお値段の件は、日本で購入しやすい小麦バーボンのメーカーズマークを引き合いに出すと分かり易いでしょう。現行のDN1843は現在の日本では大体3000円近くします。メーカーズのスタンダードなら2000円ちょいで買えてしまいます。そして、ぶっちゃけメーカーズマークの方が熟成感という一点に関しては上質なウィスキーだという気がします。さあ、この状況下でDN1843を購入するのは勇気のいる選択ではないでしょうか? お財布に余裕があったり、メーカーズのマイルドさと酸味が嫌いでヘヴンヒルのナッティなフレイヴァーが好みだったり、よりパンチを求める人なら購入する価値がありますが、私個人としては味わい的にDNの方が好みではあるものの、経済性の観点からメーカーズマークを選択するかも知れません。

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アーリータイムズ150周年記念ボトルは、その名の通りアーリータイムズの1860年の創業から数えて150年を迎えることを祝して2010年にリリースされました。3000ケース(各24ボトル)のみの数量限定で、375ml容量のボトルしかなく、アメリカでの当時の小売価格は約12ドルだったようです。

アーリータイムズは豊かな伝統とマイルドな味わいで知られるブランドです。創業当時の設立者ジャック・ビームは、業界が余りにも急速に近代化し過ぎていると考え、「古き良き時代」を捉えたブランドを求めて、その名をウィスキー造りの昔ながらの製法(アーリータイムズ・メソッド)から付けました。彼はマッシングを小さな桶で行い、ビアやウィスキーを直火式カッパー・スティルでボイリングする方法が最善と信じていたのです。アーリータイムズの伝統を匂わせるマーケティングは当り、順調に売上を伸ばしましたが、やがて禁酒法の訪れにより蒸留所は閉鎖されました。
一方でブラウン=フォーマン社の創業者ジョージ・ガーヴィン・ブラウンの跡を継いでいたオウズリー・ブラウン1世は、1920年、禁酒法下でも薬用ウィスキーをボトリングし販売するための連邦許可を取得しました。彼は既存の薬用ウィスキーの供給を拡大するために、1923年にアーリータイムズ蒸留所、ブランド、バレルの全在庫を買い取ります。1925年にオウズリーはアーリータイムズの全てのオペレーションをルイヴィルのブラウン=フォーマンの施設に移しました。禁酒法が発効すると1900年代初頭の多くの人気ブランドは姿を消しましたが、ブラウン=フォーマンによって買われていたアーリータイムズは絶滅から免れ、薬用ウィスキーとして販売され続けたことにより消費者から忘れ去られませんでした。1933年に禁酒法が終了した後、ブランドは黄金時代を迎えることになります。オウズリーのリーダーシップの下、ブラウン=フォーマンは1940年にルイヴィルの南にあったオールド・ケンタッキー蒸留所を買収し、そこをアーリータイムズの本拠地としました(DSP–354)。そして1953年頃には、アーリータイムズはアメリカで最も売れるバーボンとなりました。広告ではブランドを「ケンタッキー・ウィスキーを有名にしたウィスキー」とまでアピールしたほどです。1955年、ブラウン=フォーマンはプラントの全面的な見直しと近代化を行いました。まだまだバーボンは売れる商品だったのです。
しかし、70年代はバーボンにとって冬の時代でした。ブラウン=フォーマンは1979年になるとルイヴィルのオールド・フォレスター蒸留所(DSP-414)を閉鎖し、同バーボンの製造をアーリータイムズ・プラントに移管しました。その頃、二つのブランドの品質に影響を与える重要な決定が下されます。オールド・フォレスターは同社の看板製品なのでプレミアム・バーボンとして選ばれ、アーリータイムズは二種類の製品に分けられてしまいました。一つは輸出用の製品で「ケンタッキー・ストレート・バーボン・ウィスキー」規格を保持しましたが、もう一つのアメリカ国内流通品は80年代初頭に新樽ではない中古樽で熟成された原酒を含むため「バーボン」とも「ストレート」とも名乗れない「ケンタッキー・ウィスキー」となったのです。もしかすると、その時に熟成年数もまた短くしたかも知れません(3年熟成)。こうして、嘗て栄光を誇ったアーリータイムズはアメリカでは最高のブランドではなくなりましたが、ボトムシェルフ・カテゴリーの中では存在感は示したでしょうし、海外、特に日本ではバーボンの代名詞的存在であり続けました。
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この150周年記念ボトルは、1923年当時ブラウン=フォーマン・ディスティラーズ・コーポレーションの社長だったオウズリー・ブラウン1世が薬用ウィスキーとしてボトリングした時のアーリータイムズのフレイヴァー・プロファイルを見習って造られている、と同社の統括的なマスターディスディラーであるクリス・モリスは語っています。
禁酒法時代の薬用ウィスキーの殆どは時宜遅れのボトリングでした。それらには本来ディスティラーが意図していたより3倍長く熟成されたウィスキーが入っていたのです。1923年という初期禁酒法下で、ブラウン=フォーマンは5~6年程度の熟成のアーリータイムズを薬用ウィスキーとしてボトリングし始めました。それはライトな蜂蜜色で、メロウ・オークにブラウン・シュガーにヴァニラの香り、シンプルなスイート・コーンとヴァニラと仄かなバタースコッチの味わいをもち、過ぎ去りし最高のアーリータイムズを偲ばせると云います。つまり、そうした禁酒法の初期に販売されたであろうメディシナル・アーリータイムズ・プロファイルを模倣するために、「アーリータイムズ・ケンタッキー・ウィスキー」のプルーフを引き上げ、更に熟成年数を引き延ばすアプローチをした物が、この150周年アニヴァーサリー・エディションという訳です。また、ボトルと言うかパッケージングも禁酒法時代のウィスキーのデザインになっていますが、このデザインが実際あった物の復刻なのかどうか私には分かりません。多分それ風にデザインした物ではないかと想像しますが、実情をご存知の方はコメント頂けると助かります。それは偖て措き、2011年になるとブラウン=フォーマンはアメリカ国内で「アーリータイムズ354バーボン」なるストレート・バーボン規格の製品を発売しました(レヴューはこちら)。私には何となく、発売時期からするとこのアニヴァーサリー・エディションには、従来のボトムシェルファーとは違う少しプレミアム感のある「354」の売り上げを伸ばすための地ならしと言うか「アーリータイムズの栄光よもう一度」的な?宣言の役割があったように思えてなりません。まあ、空想ですが…。 
では、そろそろ飲んでみましょう。

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EARLY TIMES KENTUCKY WHISKY 150TH ANNIVERSARY EDITION 100 Proof
2010年ボトリング。バターレーズンクッキー、フローラル、焦樽、焼いたコーン、ワカメ、ホワイトペッパー、微かなチェリー、藁。少しとろみのあるテクスチャー。口蓋ではアルコール刺激はまずまずありつつ、木材とスパイシーさが。余韻はミディアム・ショートで、豊かな穀物を主に感じながらビタネスとスパイスとフルーツと香ばしさがバランス良く混ざり合う。
Rating:83.5→82.5/100

Thought:通常のアーリータイムズとは一線を画す現代のプレミアム・レンジのバーボンに感じやすい香水のような樽の香ばしさがあります。これの前に開けていたアーリータイムズ・プレミアム(90年代)とも全然違うフィーリングで、連続性はなく感じました。とは言え、それが件のバーボンではないケンタッキー・ウィスキーだからなのか、熟成年数の追加とプルーフィングその他によるものなのかは分かりません。少なくとも私には「これバーボンです」と提供されればバーボンと思う味わいでした。基本的には、何というかそれほどコクのない香ばし系とでも言いますか、美味しいのですが、個人的にはもう少し甘みかフルーツ感が欲しいところです。メロウネスもあまり感じないので、熟成年数はいいとこ6年くらいかなという印象です。正直、クリス・モリスには申し訳ないですが、これは禁酒法時代の風味を再現してるとは思えず、完全に現代的な樽の風味だと感じました。
それと上の点数なのですが、残量3分の1を過ぎた頃から風味がかなり変わりまして、それゆえ矢印で対応した次第です。香りは甘さが消え、口の中では酸味が少し増え、余韻はドライになり、バランス的には穀物とスパイスに偏りました。劣化した味わいではないのですが、良い変化とは言えないし、私の好みではないです。

Value:この製品は通常ボトルの凡そ半分量ということもあり、オークションでもそれほど高値にならず、70年代のイエローラベルより安価で購入出来ると思います。味わい的に物凄くオススメという訳でもないのですが、パッケージングがカッコいいのでそれなりの価値があります。デザインを含めて考えると、個人的には3000円代なら購入してもよいかと。

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2015年、ワイルドターキーはマスターズキープという名の特別な限定版のラインを始めました。その初めてのリリースが今回紹介する「17年」です。エディ・ラッセルはその年、生ける伝説の父ジミー・ラッセルと並んで正式にマスターディスティラーに就任しました。スタンダードなワイルドターキーとは異なる長期熟成の限定版はジミーのセレクトによって過去に幾つか発売され日本ではお馴染みでしたが、そのエディ版となるものがマスターズキープのシリーズということになるでしょう。エディ曰く、マスターズキープ17年はこれまでに製造したワイルドターキー・バーボンの中で最もユニークなバーボンだと言います。その理由の一つは、この17年という熟成期間はワイルドターキーがリリースしたバーボンの中で最も長い年月を経ていることでした。ワイルドターキーは過去(2001年)に日本限定の木箱に入った17年物の101プルーフのバーボンをリリースしていますが、アメリカ国内では15年物よりも長い熟成年数のバーボンをリリースしたことがありません。レジェンドであるジミーは、バーボンの味は8〜12年が最も良いと考えるため、長熟バーボンをあまり好まないという有名な話があって、そういう点からするとMK17にはエディらしさが強く出ています。そして、熟成年数以上にこの17年を特別なものとしたのは、それが造られたバーボンが三つの異なる熟成環境にあったことです。箱に記載されている「№1ウッド、№2ストーン、№3ウッド」というのがそのことを示しています。
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1996年にワイルドターキーはオンサイトの倉庫スペースが不足したため、オフサイトのストーン・キャッスル蒸留所の石造りのウェアハウス(オールドテイラー蒸留所とオールドクロウ蒸留所が一部共有する)で樽を保管し始めました。2010年になると保管されていた樽は再びワイルドターキーに移されました。1996年から2010年までストーン・キャッスルでは様々な熟成年数のワイルドターキー約80000バレルが熟成されていたと言います。つまり「№1ウッド、№2ストーン、№3ウッド」というのは、初めワイルドターキーの木材と金属の組み合わせで造られた熟成を加速する温度と湿度の変動にスピリッツを晒す倉庫で暫く過ごした後、それとは対称的なストーン・キャッスルの安定した室温と多湿により緩やかに熟成する比較的冷涼な倉庫に移され、最終的にまたワイルドターキーの木材/金属の倉庫に戻ったマスターズキープ17年の来歴なのです。

マスターズキープ17年のプロファイルは、17年の熟成期間のうち14年を過ごしたストーン・キャッスルによって大きく影響されたでしょう。それはプルーフにも端的に現われました。ワイルドターキーと言えば101プルーフ、101プルーフと言えばワイルドターキーです。なのにマスターズキープ17年は86.8プルーフしかありません。しかし、実はマスターズキープ17年は、ほぼバレルプルーフでボトリングされています。樽から取り出された時のバッチ・プルーフは、ケンタッキー・バーボンとしては異常に低い89(または88.4とも)プルーフでした。それが更に濾過中にプルーフが失われ、ボトリング時には86.8プルーフになったと言います。これは一般的な多くのバーボンよりも涼しく湿った環境で熟成された独特の貯蔵条件の結果であり、偶発的なエイジング・プロセスに起因すると考えられています。
石は木材よりも優れた断熱材です。そのため石造りの倉庫内は木製のリックハウスに較べて、温度は概ね低く、大きな変動もしません。ワイルドターキーのリックハウスはケンタッキー・リヴァーを見下ろす大きな断崖の上にあり空気循環も良好ですが、オールドクロウ(ストーン・キャッスル)は険しい谷の南側にあってワイルドターキーより数マイル北に位置するにも拘らず、比較的涼しい上に湿度が高く風もあまりないため一般的に気候安定性に優れ、その結果ウィスキーはゆっくりと穏やかに熟成し、熟成感がありながらも軽やかなプロフィァイルを有するとされます。涼しく湿った石造りの倉庫はバーボンよりもスコッチの典型的な熟成環境に近く、アルコールは水よりも早く蒸発し、ケンタッキーに典型的な木製倉庫とは逆にプルーフ・ダウンすることもあり得る、と。にしても、1996年に樽詰めされた時、おそらくは107のバレル・エントリー・プルーフだったバーボンが89プルーフに下がるとは…。何度もバレルを移動したことによる影響もあったのでしょうか。ともかく、熟成の神秘を感じさせる事例ですよね。では、その神秘の一端を頂いてみるとしましょう。ちなみに、マシュビルはその他のワイルドターキー・バーボンと同じ75%コーン、13%ライ、12%モルテッドバーリーです。

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WILD TURKEY MASTER'S KEEP AGED 17 YEARS 86.8 Proof
BATCH № : 0001
BOTTLE № : 67332
接着剤、香ばしい焦樽、古い木材、スパイシーヴァニラ、キャラメルマキアート、タバコ、ムギムギ、アーモンド、ジンジャー。パレートはシロップとオレンジ。口当たりは水っぽい。余韻は度数の割に恐ろしく長いが、過剰に渋い。
Rating:87.5→84.5/100

Thought:先日まで開封していたダイヤモンド・アニヴァーサリーと較べると、香りはこちらの方が甘くなく、接着剤が強すぎるように感じました。スイートな香りもあるのですが、接着剤が邪魔をして感じにくいと言うか…。それでも口に含んだ時はフレイヴァーフルでした。もう口に含んだ瞬間にDAより「あっ、旨っ」となる程に。しかし余韻はウッドに傾き過ぎた嫌いがあります。海外のレヴューを参照すると、最高の香りや味わいではないけれどクラシックなターキー・フレイヴァーとの評が多く、期待していたのですが自分にはマッチしませんでした。おそらくジミーの長熟バーボンに対する否定的な発言を聴く限り、これこそ彼の嫌いな味ではないかと思えるほどバーボンの魅力である甘い香味がウッドの渋味によって掻き消されているように感じます。
タイロンのターキーの熟成庫とストーン・キャッスルの熟成庫の違いが齎す「差」については、正直よく分かりません。確かにターキーらしさを感じる一方で、通常のターキーと違うフィーリングもあるのは分かりますが、それが熟成年数の長さから来るのか熟成庫のスタイルや環境の違いから来るのかが分からないのです。
上のレーティングで点数が下がっているのは、実は味わいの変化が大きかったためです。開封したては味も濃く感じて大変美味しかったものの、何故か一週間経つと余韻に渋さが急に目立ち出し、それは飲み切るまで変わりませんでした。私のボトルだけがそうだったのか分からないので、飲んだことのある方の意見を募りたいです。皆様、コメントより感想をお寄せ下さい(追記あり)。海外のレヴューでMK17を過剰に渋いと言ってる方は見当たらないんですよね…。私の舌がおかしいのでしょうか?

Value:このバーボン、アメリカでは150ドルのMSRPでして、日本でも当初17500円くらいの値札が付けられました。自分としてはマスターズキープ17年は一級のバーボンではありませんが、箱を含めターキーが施されたボトル形状や重厚な銅製のストッパー等はデザイン性と高級感に優れた素晴らしいパッケージングです。また興味深いストーリーもあります。味だけでないそういう側面を考慮するなら「買い」でしょう。ですが、お酒を味のみに対してお金を払っているという感覚の方にはスルーをオススメします。ちなみに私が味のみで評価するなら5000円の価値もありません。但しこれは、私が潜在的に90年代のワイルドターキー12年101と較べる脳を持っているから辛口の評価になってしまった可能性はありますし、基本的に長熟バーボンを好まない個人的傾向があるだけで、そもそも超長期熟成酒を好む方なら真逆の評価はあり得るとだけ付け加えておきます。

追記:私のバーボン仲間で、冷凍庫でキンキンに冷やした幾つかのワイルドターキーの限定版を飲み比べした方がいるのですが、その彼によるとこのMK17は甘かったとのこと。私は真夏でもストレートでしか飲まないので分からないですけど、もしかすると冷したりロックで飲むと渋味が感じにくくなって甘さが引き立つのかも知れません。

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(画像提供N氏)

ブラックサドル・バーボンはカリフォルニア州フェアフィールド(旧住所はサンホゼ)の老舗ボトラー、フランク=リン・ディスティラーズ・プロダクツのブランドで、おそらく2014年頃から発売されたと思われます。同社の「バック」と同じようにカウボーイや馬をイメージ・ソースとしてバーボンと結びつけているのでしょう。フランク=リンは俗に言うNDPであり、原酒の調達元は一般公開されていませんが、日本で流布しているブラックサドルの情報ではヘヴンヒルとされています。ヘヴンヒルの12年熟成で90プルーフあるのであれば、エイジ・ステイトメントを失ったエライジャ・クレイグの代わりになれるバーボンなのかどうか?が気になるところ。ちなみに、ラベルには「ケンタッキー」も「ストレート」の文字もありませんが、フランク=リンのセールス・シートによるとケンタッキー・ストレート・バーボンと明記されています。
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今回のブラックサドルの紹介はInstagramで知り合ったバーボン仲間のNさんからサンプルを頂いたことで実現しました。何の前触れもなく送られて来たサプライズでした。Nさん、写真のお手間も含めこの場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました! では、飲んだ感想を少し。

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(画像提供N氏)

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BLACK SADDLE 12 Years 90 Proof
ボトリング年不明(2016〜18年頃?)。チャードオーク、ヴァニラ、コーン、ベーキングスパイス、レーズン、ビターチョコ。香りは比較的「小さく」、パレートでも風味は弱め。ほんのり甘い香りと典型的なバーボン・ノートがバランスよく見つかるが、基本的に焦樽が中心のアロマとフレイヴァー。12年という熟成年数ならば、もう少しダークなフルーツ感が欲しいし、余韻に深みも欲しい。空気に触れさせたアロマがハイライト。
Rating:81.5/100

Thought:確かに近年のヘヴンヒルぽい味わいに感じました。ただ、日本語でブラックサドルを検索した時に出てくる一部の情報では、良質な樽を買い付け云々とあるのですが、ヘヴンヒルのように自社ブランドもリリースする会社がバルク・ウィスキーの販売をする場合、過剰在庫を抱えているのでなければ、それほど優良なバレルをそちらに回すとは思えず、私にはブラックサドルは平均的なバレルから造られているように感じます。現行のボトルデザインが変わった後のエライジャクレイグNASを私は飲んだことがありませんが、多分大差ないんじゃないかなという気が…。何故かこのブラックサドルにはあまり熟成感を感じにくいのです。飲み比べたことのある方はコメントよりどしどし感想をお寄せ下さい。

Value:アメリカでは4〜50ドルが相場。現在の日本ではネット通販は売り切ればかりで、安定的な輸入はされてないようです。少し前は3500円ちょいで購入出来た時もあったみたい。個人的にはその金額を出すのなら、エヴァンウィリアムス(特に赤もしくは白)かエライジャクレイグを購入したほうがいいと思います。ただし、ボトルやラベルは高級感があるので、それが気に入れば買うのはありでしょう。そこにこそ価格の違いの大部分が存するのですから。

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レジェンズ・オブ・ザ・ワイルド・ウェスト・ヒストリック・バーボンはカリフォルニア州バーリンゲイムにオフィスを置くアライド・ロマー/インターナショナル・ビヴァレッジのブランドで、おそらく80年代後半もしくは90年代初頭に日本市場向けに発売されました。その流通量の少なさからすると一回限りの販売か、または継続的(或いは断続的)にリリースされていたとしても極端に小さいバッチでのボトリングかと思われます。レジェンズ・オブ・ザ・ワイルド・ウェストの名の通り、ラベルには西部開拓史を彩った象徴的なヒーロー達の肖像が使われています。画像検索で把握できる限り、ラベルの人物にはキット・カーソン、ジェネラル・カスター、ダニエル・ブーン、デイヴィ・クロケット、ワイアット・アープ、ドク・ホリデイ、ルイス&クラーク、ジェロニモ、エイブ・リンカーン、ジョージ・ワシントン、バッファロー・ビルなどの種類があるように見えました。間違っていたらすみません。あともう一人いると1ケース12ボトルでちょうどピッタリだと思うのですが、誰なのでしょう? どうしても画像検索に出て来なくて…。ご存知の方はコメントよりお知らせ頂けると助かります。それは偖て措き、こうした同じブランドの名の元に異なる人物の写真を使用するコレクターズ・シリーズ物はアライド・ロマーの得意技?であり、レジェンズ・オブ・ザ・ワイルド・ウェストと同時代の荒くれ者やお尋ね者を揃えた「アウトロー」を筆頭に、名前そのままにギャングやマフィアをフィーチャーした「ギャングスター」、黒人ミュージシャンを取り上げた「ジャズクラブ」や「ブルースクラブ」、他にも「R&B」や「ロックンロール」や「USAベースボール」などがありました。これらのブランドの中身の品質は様々でしたが、レジェンズとアウトローとジャズクラブの長期熟成物が頭一つ抜け出たプレミアム製品だったように思います。

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(画像提供Bar FIVE様)

さて、そんなレジェンズ・オブ・ザ・ワイルド・ウェストには12年熟成96プルーフと15年熟成114プルーフのヴァリエーションがありました。ボトリングはKBDが行っています。日本語でレジェンズを検索した時に出てくる情報ではヘヴンヒル原酒と言い切られている場合もありますが、基本的にKBDは秘密主義なので中身のジュースについての詳細は一般に明かされていません。一説には複数の蒸留所の原酒をブレンドする製法で造られているとされています。どこかで旧ウィレット原酒とヘヴンヒル原酒のミックスと見かけたような気もするのですがうろ覚えです…。レジェンズの発売年代が80年代後半か90年代初頭で正しいのならば、熟成年数をマイナスするとまだ旧ウィレット蒸留所が稼働していた時期に当たるので、その可能性は無きにしも非ずでしょう。何処の蒸留所の原酒であれ、KBDのストックをエヴァン・クルスヴィーンが選んでバッチングしたのは間違いないと思います。
ところで、日本人にとっては超熟バーボンの母とも言えそうな存在である伝説のエクスポーター、アライド・ロマーの社長マーシィ・パラテラがどこまで関与しているのか気になるところですよね。彼女もバレルを選んでいたのか? それともエヴァンが選び造り上げたものを単に購入しただけなのか? 或いは両者の共同作業なのか? まあ、少なくとも試飲はしてるでしょうし、プロデューサーとして最終的な決定はしてる筈。何れにせよ日本人の感覚や興味に沿ったブランドを数多く作成したマーシィには拍手しかありません。レジェンズ・オブ・ザ・ワイルド・ウェストやアウトローは、西部劇やアーリーアメリカン・カルチャーの好きな人には堪らない魅力のあるラベルです。日本人のアメリカへの憧れをダイレクトに刺激してくれます。
ではでは、ここらで飲んだ感想になるのですが…。

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LEGENDS OF THE WILD WEST HISTORIC BOURBON 15 Years Old 114 Proof
実はこれ、今回のバー遠征の最後の一杯でした。お酒に弱い私にとってバレルプルーフは少々キツいので最後に残しておいて注文したのですが、正直すでにかなり酔っており、味がよく分からなかったのです(笑)。しかし、度数の割にスムーズなのは分りました。まろやか系な印象。あと、けっこう渋みも感じました。何となくスティッツェル=ウェラーに近い味わいに思ったのですが、皆さんはどう思うでしょうか? 飲んだことのある方はどしどしコメントお寄せ下さい。
Rating:88/100


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(ジョージ・アームストロング・カスター。彼の評価はアメリカ白人の英雄とも汚点とも扱われた。しかし、彼の写真が使われたラベルのバーボンの評価は絶対的に賛美される。)

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オークウッド・ブランドはラベルから読み取れる情報からすると、ヘヴンヒルが「Longs Drug Stores」のために作成したプライヴェート・ラベルと思われます。
現在のロングス・ドラッグスは特にハワイで有名なドラッグストアで、他にアメリカ西海岸を中心とした州にあるチェーン店です。ハワイ州全体で40以上の店舗があり、ローカルの人々にとってはドラッグストアに行くこと=ロングスに行くことのように親しまれているのだとか。その最初の店は、1938年にロングス・セルフサーヴィス・ドラッグとして、トーマスとジョセフのロング兄弟によってカリフォルニア州オークランドに設立されました。オークランド? まさかオークウッドの名は創業の地オークランドにあやかって掛かってるのでしょうか? まあ、それは措いて、ハワイで初めての店舗は1954年3月29日にホノルルにオープン。1971年までにロングズは54店舗で1億6,900万ドルの売り上げを記録したそうです。そして1977年にアラスカ、1978年にアリゾナとオレゴン、1979年にはネバダへと拡大し、1982年には162店舗となり売上高は遂に10億ドルを超えました(ロングスのその後は省略)。おそらくラベル記載の所在地から察するに、70年代初めから半ば頃に当のオークウッドが発売されたのではないかと思います。
オークウッドに他の種類があるのか判りませんが、これはボトルド・イン・ボンド規格の7年熟成ストレート・バーボン。ボンデッド法ではラベルに蒸留施設を銘記しなくてはならないので、裏ラベルにはヘブンヒルの旧バーズタウン施設のパーミット・ナンバー(DSP-KY-31)が記載されています。 

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ところで、オークウッドにルーツはあるのか探ってみると、シンシナティのレクティファイヤー及び酒類販売会社メイヤー・ブラザーズ・カンパニーのブランドにオークウッド・ウィスキーというブランドがありました。彼らは1890年頃にレキシントンのサンダーズヴィルにあったコモンウェルス蒸留所(*)を「テナント・リーシー(**)」によりオークウッド蒸留所として事業をしていたようです。また他の情報源では、1893年にメイズヴィルの近くにあったオークウッド蒸留所を購入したともされていました。このブランドをヘヴンヒルが買収したのですかね? それとも全く関係ないのでしょうか? 詳細ご存知の方はコメントよりご教示頂けると助かります。では最後に飲んだ感想を少しばかり。

Oakwood BiB 7 Years Old 100 Proof
今回の投稿も、またもやバー飲みなのですが、実はそこで静かに燃える炎という印象の素晴らしい若きバーボンマニア様と邂逅を果たしまして、これはその方の注文品を一口だけ頂いたものです。Yさん、貴重な体験、また色々な情報をありがとうございました。バーボン繋がりに乾杯!

推定70年代ボトリング。キャラメルやオーク、きな粉やチョコレートのヒント、少々のオールド・ファンクの他に植物っぽいニュアンスを感じました。90年代の平均的なヘヴンヒルにはあまり感じたことのないフレイヴァー。これは美味しいです。
Rating:87.5/100


*ジュリアン・ヴァン・ウィンクル三世が経営していたローレンスバーグにあった同名のコモンウェルス蒸留所とは別。この蒸留所はレキシントン地区RD#12で、1880年にジェイムズ&リチャードのストール兄弟とヘンリー・C・クレイの共同による会社がサンダーズヴィルの古い綿工場を改造してウィスキー蒸留所にしたのが始まりです。工場はレキシントンの北西3マイルの位置にありました。投資資本は60,000ドル。独自のブランド「オウル・クラブ」や「エルクホーン」の他にバルク・ウィスキーを取引しました。「Commonwealth Distilling Company」は、ヘンリー・クレイとパートナーシップを解消した後の1885年頃、リチャード・ストールを社長、アイザック・ストラウスを副社長として設立され、会社の取締役にはチャールズ・ストールやジェイムズ・ストールもいましたが、リチャードが主要株主だったようです。

**蒸留所を数日間リースすることでブローカーがディスティラーを名乗ることが出来ました。これは所謂「DBA(doing business as)」とも知られています。

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スプリング・リヴァーはアメリカ本国での知名度は高くありませんが、日本のバーボン党には比較的知られた銘柄かと思います。

日本では80年代後半から2000年代にかけてヘヴンヒルの所謂「キャッツ・アンド・ドッグス」と呼ばれるラベル群(ブランド群)のバーボンが多く流通していました。網羅的ではないですが、代表的な物を列挙すると…
1492
Anderson Club
Aristocrat
B.J. Evans
Bourbon Center
Bourbon Falls
Bourbon Hill
Bourbon Royal
Bourbon Valley
Brook Hill
Country Aged
Daniel Stewart
Distiller's Pride
Echo Spring
Gold Crown
Heritage Bourbon
J.T.S. Brown
J.W. Dant
Jo Blackburn
John Hamilton
Kentucky Deluxe
Kentucky Gold
Kentucky Nobleman
Kentucky Supreme
Mark Twain
Martin Mills
Mattingly & Moore(M & M)
Meadow Springs
Mr. Bourbon
National Reserve
Old 101
Old 1889
Old Joe
Old Premium R.O.B.
Original Barrel Brand
Pap's
Rebecca
Rosewood
Sam Clay
Samuels 1844
Spring River
Stephen Foster
Sunny Glenn
T.W. Samuels
Virgin bourbon
Westridge
(The)Yellow Rose of Texas
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…などです。これらの幾つかは大昔のブランドを復刻したか、廃業した蒸留所もしくは大手酒類会社のブランド整理によって取得したラベルが殆どでした。またはヘヴンヒルが古めかしくそれっぽいありきたりなデザインで手早く作成したのもあるかも知れません。こうしたラベルは地域限定的で、ヘヴンヒル社にとっては比較的利益率の低いバリュー・ブランドでしたが、彼らのビジネスの82%は安価な酒類の販売とされています。或る意味ヘヴンヒルの「ブランド・コレクター」振りは、伝統を維持/保護する観点があったとしても、このビジネスのための必要から行っていると言えなくもないでしょう。広告も出さないし、ラベルもアップデートしないということは、マーケティング費用がほぼゼロに近いことを意味します。だから安い。

上に挙げたブランドは様々な熟成年数やプルーフでボトリングされました。一部はプレミアム扱いの物もあり、その代表例は「マーチンミルズ23年」や「ヴァージンバーボン21年」等です。或いはノンチルフィルタードをウリにした「オールド101」も、見た目のラベルデザインは地味でも中味はプレミアム志向を感じさせました。4〜6年の熟成で80〜86プルーフ程度の物に関しては、エントリークラスらしいそこそこ美味しくて平均的なヘヴンヒルの味が安価で楽しめました。しかしそれにも況して、熟成期間が7年以上だったり100プルーフ以上でボトリングされた物は、あり得ないほどお得感があり、古参のバーボン・ファンからも支持されています。また、上のリストには含めませんでしたが、ヘヴンヒル社の名前そのものが付いた「オールドヘヴンヒル」や同社の旗艦ブランドとなる「エヴァンウィリアムス」などの長期熟成物も日本ではお馴染みでした。

80年代〜90年代にこのような多数の銘柄が作成もしくは復刻され、日本向けに大量に輸出されていた背景には、アメリカのバーボン市場の低迷がありました。彼の国では、70年代から翳りの見えていたバーボン人気は更に落ち込み、過剰在庫の時代を迎えていたのです。逆に日本ではバブル期の経済活況からの洋酒ブームによるバーボンの高需要があった、と。上記の中で一部のブランドはバブルが終わった後も暫く継続され、2000年代をも生き延びましたが、やがてアメリカでのバーボン人気が復調しブームが到来、更には世界的なウィスキー高需要が相俟った2010年代になると、日本に於いては定番と言えた多くの銘柄は終売になるか、銘柄自体は存続しても長期熟成物は廃盤になってしまいました。今では、80〜90年代に日本に流通していたヘヴンヒルのバーボンは、ボトリング時期からしてバーズタウンにあった蒸留所が火災で焼失する前の物なので、欧米では「プリ・ファイヤー・ジュース」と呼ばれ、オークションなどで人気となり価格は高騰しています。

火災前の原酒がマニアに珍重されているのは、失われた物へ対する憧憬もありますが、そもそも味わいに多少の違い(人によっては大きな違い)があるからです。その要因には大きく二つの側面があります。
一つは製造面。先ず当たり前の話、施設が違うのですから蒸留機も異なる訳ですが、ヘヴンヒルが新しく拠点としたバーンハイム蒸留所は1992年にユナイテッド・ディスティラーズが建てた蒸留所であり、もともとバーボンの蒸留に向かない設計だったと言われています。そのためヘヴンヒルが購入した時、蒸留機の若干の修正や上手く蒸留するための練習を必要としたとか。そしてこの時、マッシュビルにも変更が行われました。ライ麦率を3%低くしてコーン率を上げたそうです(コーン75%/ライ13%/モルテッドバーリー12%→コーン78%/ライ10%/モルテッドバーリー12%)。あと、イーストもジャグ・イーストからドライ・イーストに変更を余儀なくされたようで、マスターディスティラーのパーカー・ビームはそのことを嘆いていたと言います。また、蒸留所のロケーションも違うのですから、水源も当然変更されたでしょう。旧施設のDSP-31では近くの湧水を使用していたとされ、DSP-1では市の水を独自に逆浸透膜か何かで濾過していると聞きました。
もう一つの側面は、上段で述べていた過剰在庫の件です。今でこそ長熟バーボンはアメリカでも人気がありますが、当時ほとんどのディスティラーの常識では8年を過ぎたバーボンは味が落ちる一方だし、12年を過ぎたバーボンなど売り物にならないと考えられていました。と言って倉庫で眠っている原酒を無駄にする訳にはいかない。そこで、例えばエイジ・ステイトメントが8年とあっても実際には10年であったり、或いは8年に12年以上の熟成古酒がブレンドされていて、それが上手くコクに繋がっていた可能性が指摘されています。実際にはどうか定かではありませんが、私個人としても、確かに旧ヘヴンヒル原酒は現行バーンハイム原酒よりスパイスが複雑に現れ深みのある風味という印象を受けます。

さて、そこでスプリング・リヴァーなのですが、調べてもその起源を明らかにすることはできませんでした。先ず、スプリング・リヴァー蒸留所という如何にもありそうな名前の蒸留所は、禁酒法以前にも以後にも存在していないと思われます(サム・K・セシルの本にも載っていない)。そしてそのブランド名もそこまで古くからあったとは思えず、ネットで調べられる限りでは71年ボトリングとされるクォート表記でスクエアボトルの12年熟成86プルーフがありました。その他に年代不明で「SUPERIOR QUALITY」の文字がデカデカと挿絵の上部に書かれたラベルのNAS40%ABVの物もありました。70年代の物はどうか判りませんが、少なくとも80年代以降は(ほぼ日本向けの?)エクスポート専用ラベルになっていると思われます。以上から考えるに、おそらく70年代にヘヴンヒルが作成したラベルと予想しますが、詳細ご存知の方はコメントよりお知らせ下さい。モダンさの欠片もないデザインが却って新鮮で素敵に感じますよね。
日本で流通していたスプリング・リヴァーは沖縄の酒屋?商社?が取り扱っていたらしく、90年代の沖縄の日本資本のバーには何処にでもあったとか。おそらく80~90年代に流通し、12年熟成101プルーフと15年熟成86プルーフの二つ(もう一つ追加。下記参照)があったようです。オークションで肩ラベルに「Charcoal Filtered」と記載され年数表記のない86プルーフで「ウイスキー特級」の物も見かけました。これも15年熟成なのでしょうか?(コメントよりご教示頂きました。これはそのままNASだそうです。コメ欄をご参照下さい)。ともかくバーボン好きに頗る評価が高いのは12年101プルーフです。熟成年数とボトリング・プルーフの完璧な融合からなのか、それとも過剰在庫時代のバレルを使ったバッチングに由来するのか…。なんにせよ余程クオリティが高かったのは間違いないでしょう。では最後に少しばかり飲んだ感想を。

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SPRING RIVER 12 Years 101 Proof
90年代流通品。がっつり樽香がするバーボン。スペック的に同じでほぼ同時代のエヴァンウィリアムス赤ラベルのレヴューを以前投稿していますが、それに較べてややフラットな風味に感じました。まあ、サイド・バイ・サイドではないですし、今回はバー飲みですので宅飲みと単純には比較できませんが…。
Rating:87.25/100

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WILD TURKEY 101 Proof
今回の投稿もバー飲みなのですが、こちらは偶然か故意か居合わせたバーの常連であり、Instagramで繋がりのあるTさんより自身のボトルキープをご馳走して頂きました。私と一緒に行ったツレの分まで頂戴しまして、Tさんの太っ腹に感謝です。このお方、バーボンをビールのように飲めてしまう酒豪で、お酒に弱い私からしたらバケモンのような人です(笑)。

推定80年代ボトリング。2000年以降とは異なるアーシーなフィーリングとパフューミーなアロマのある時代のターキー。以前、他のバーで同じくらいの年代の物を飲みましたが、こちらのほうがカビっぽさを感じなかったですね。ボトル・コンディションの差でしょうか。どちらにせよターキー好きにとっては「間違いない」代物です。
Rating:88/100

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