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1986年の発売から長い間、12年熟成のエイジ・ステートメントを誇らしげに掲げて来たエライジャクレイグ(*)は、2016年1月下旬の出荷からNASヴァージョンに切り替えられました。このヴァージョンは8〜12年熟成のバーボンのブレンドとされています。なので、もし現在のエライジャクレイグに年数表記するならば8年ということになるでしょう。ボトリング・プルーフはオリジナルと同様の94プルーフですが、この頃にバッチサイズを100バレルから200バレルに増やしたとされています。ラベルとボトルデザインも同年末か翌年くらいに刷新され、棚スペースを意識した従来より背が高くのっぺりとした薄いボトルになりました。昔の物もスモールバッチでしたが、ボトルの前面にその記載があるので通称エライジャクレイグ・スモールバッチNASと呼ばれています。レシピは78%コーン、10%ライ、12%モルテッドバーリーのヘヴンヒル・スタンダード・バーボン・マッシュビル。チャーリング・レヴェルも同蒸留所のスタンダードな#3だと思います。

60〜70年代にウォッカの「攻勢」や飲酒傾向の急速なライト化を経て、80〜90年代のアメリカ市場でのバーボン需要は底辺に沈んでいましたが、2000年代には徐々に復調の兆しを見せ、2010年代になると高需要を迎えるに至りました。エライジャクレイグの12年のステートメントを削除し、バッチングに使用されるバレルの数を増やしたのは、バーボン及びアメリカンウィスキーの人気の急上昇と需要に対する供給不足が理由とされています。当時その他のバーボンも同じ問題に直面していました。こうした場合、販売会社が取る選択肢は二つあります。現状を維持するか、中身を変えるか、です。ウェラー12年のようにエイジ・ステートメントを維持したブランドは、供給量の低下に伴って店頭で見つけるのが難しくなり価格も上昇しました。ジムビーム・ブラック8年やリッジモント・リザーヴ8年などのブランドは、熟成年数表記を失う代わりに入手し易さと価格を維持し、名前やラベルのリニューアルを果たしました。エライジャクレイグの中核製品は後者の方法を選択し、従来より若い原酒をブレンドするようになった訳です。おかげでアメリカ中どこでも買い求め易く、20ドル台か、いっても30ドルのプライス・レンジを維持しています。そしてこれはグローバル・マーケットでも同じでした。

それまで市場で最も価値のあるバーボンの一つと見做されていたエライジャクレイグ12年のNAS化は、バーボンファンにとっては中々ショッキングな出来事だったと思います。NASヴァージョンが初めて世に出た時の熱烈なエライジャクレイグ・ファンの反応は、どうしても否定的なものが多い印象でした。以下に少し紹介してみましょう(どれも基本的には直訳ですが、省略と意味が通じやすいように多少の改訂を加えています)。

「NASは最悪だ!! いいとこ15ドルの価値しかない。」

「おそらく史上最も過大評価されているバーボン。もしフルに12年熟成させるつもりがないなら、ABVを少し下げることを考えるべき。」

「ヘヴンヒルが量のために質を犠牲にすることに失望した。私は確信している。全てのクレイグ・バーボンの愛飲者は、12年のスタンダードを待つことを厭わないだろう。」

「味や香り、口当たりなどの複雑さはあまりありません。また、熟成されていないテキーラか何かを思い出させます。シンプルに緑っぽい草のような香り…これはもっと長く熟成させるべき、或いは熟成させることができると思います。」

「良いバーボンですが、12年ヴァージョンの近くにはいない、残念だ。多くの蒸留所がこのように質より量へ妥協する方向に進んでいるのを見るのは本当に嫌です。これをもう一度購入するかどうかはわかりません。」

「私もEC12の最初の味を知っていて、大好きでした。新しいブレンドですぐに味の変化に気づき、まだ好きですが、以前のような美味しさはありません。」

「もう一度買わないでしょう。悪くはないけど、良くもない。」

「私にとってエライジャクレイグ12は、旧ヘヴンヒル蒸留所の焼失と、当時のバーンハイム蒸留所で蒸留されたウィスキーへの切り替えから立ち直ることはできませんでした。昔のヴァージョンを知っている人たちは、かつての高品質なバーボンの最後の死を嘆くことになるでしょう。」

「香りはまずまずでしたが、味は全くの不味さでした。甘くないし、ヴァニラもオークもない。目立つものはなく、記憶に残るものもない…二度と買わないでしょう、もっと良い選択肢がたくさんあります。」

「昔のEC12は特別でした。最近NASを飲みましたが、正直言ってかなり不味いと思いました。私が驚いたのは、新しいECの味が昔のバーボンとは全く違っていたことでした。それでもヘヴンヒルには好感を持っています。エヴァンウィリアムスと同じくらい良いものをこんなに安く売ることは、私の心を掴んで離さないでしょう。」

一方で擁護する声も聞こえ(見られ)ました。

「私がこのウィスキーをまあまあと判断した時から数週間経ち、ロックで試してみると、より美味しくいただけました。再度購入する価値があります。12年物とほぼ同じくらい良いです。ほぼ。」

「NASはゴージャスで、リッチで、フレイヴァーフルで、十分に複雑なバーボンです。荒々しさはありますが、これは熟練の技術で造られたシッピングに値するバーボンです。今まで飲んだ中で最高のものではないが、とても良い。私の評価は87点。私のボトルはセールで19.99ドルでした(30ドルは払わないけど)。」

「エンジェルズ・エンヴィを想い起させる新しいエライジャクレイグ・スモールバッチを手に入れました。私は嬉しい驚きを感じています…とても良いバーボンです。」

「新しいNASスモールバッチのボトルを手に入れました。新しい日常飲酒にもってこいだと思います。私はラッセルズ・リザーヴ10年よりも好きです。それほど良いものです。12年がどうであれ、この新バージョンは良いです。」

「問題は改訂されたブランドをオリジナルと比較していることです。このようなことは他のウィスキー・ブランドでも昔から行われてきました。オールド・オーヴァーホルト、オールド・クロウ、リッテンハウス・ライ、オールド・テイラー、アーリータイムズ等はどれもオリジナルとは似ても似つかないものとなっています。現在のECSmBが非常に良いバーボンであることに変わりありません。以前がどうであったかは問題ではなく、現在のバージョンは素晴らしい香り、フレイヴァー、そしてフィニッシュを持っています。今でも素晴らしいヘヴンヒル・ブランドです。昔のことに拘るのはやめましょう。」

「私はエヴァンウィリアムス・ブラックラベルを毎日飲むのが好きなので、エライジャクレイグ・スモールバッチNASには肯定的な見方をしています。ECNASは基本的にEWブラックをプレミアム化したものだと思います(8年から12年のストックをミックスしているというのが本当なら)。」

「NASへの変更は、個人的にはそこまで悪いとは思っていません。というのも、私は古すぎるバーボンはバランスが悪いと思っていて、異なる年数の樽をブレンドすることで、より複雑で調和のとれた味わいになると考えているからです。」

…と、まあこういう具合なのですが、流石に12年よりNASのほうが美味しいと断言する意見はかなり少数派。世界の主要なバーボン・レヴュアーは概ね12年のほうが美味しいのを認めつつNASも悪くないというスタンスの中、NASのほうが美味しいとする意見を明確にしているのはバーボン・パディ氏くらいでしょうか。彼はちょうどエライジャクレイグ12年のボトルも開けていたので、どちらが優れているかを判断するため、ちょっとしたブラインド・サイド・バイ・サイドの比較試飲を行い、その結果、NASスモールバッチの方を気に入ったと言います。

「12年の方がパレートでよりクリーミーで、コーン駆動のバタースコッチ、複雑なダークチョコレート、微かにスパイシーな焦がしたオークが感じられた。NASスモールバッチはよりスパイシーかつフルーティな存在感が現れ、トーストしたオーク、みずみずしいチェリー、若々しいバタースコッチのプロファイルを持ち、そのフレイヴァーをよりよく運んで来ました。結果として、私は実際に12年よりもNASスモールバッチを寧ろ好んだのです。それは、ほぼ一次元的なオールド・オークで駆動した12年物に比べ、風味や力強さの面でより多くのものを持っていました。このように比較してみると、なぜ私が12年物の大ファンではなかったか、その理由を思い出すことが出来ます。それは、時に特定のバッチに見られるヘヴィ・チャード・オークの存在が不快であり、全体的な楽しみを損なうと感じていたからです。二つのうち古い方が明らかに勝つだろうと思っていた私は、この結果には驚きました。私にとっては、熟成年数が必ずしも良い製品を示す指標ではないことを証明しています。寧ろより良い味の製品を作るためのブレンドが、ここでのリアルな勝利要因なのです。」

私は長熟バーボンをあまり好まない傾向にあるので、この意見はよく分かります。もしかすると私も彼と同じ意見になるのではないかと、当の記事を読んで急にNASのエライジャクレイグが気になり出しました(バーボン・パディ氏の投稿は2020年に書かれているので比較的最近のものです)。前から飲まなくちゃなと思っていたエライジャクレイグ・スモールバッチNASなのですが、これまで私は購入して来なかったのです。その理由はボトルにあります。上で引用したコメンテイターの或る方は「正直なところ、エイジ・ステートメントがなくなったことよりも、ボトルの形状が変更されたことに失望しています。ボトルの中のウィスキーがボトルそのものよりも重要であることは明らかですが、私は特定のボトルやラベルのプレゼンテーションが好きなのです。新しいボトルのデザインは私にとって非常に残念なものです」とも書いていました。これに関して私は全く同意します。バーボンの味わいは、マーケティング担当者が大袈裟に語るほどヴァラエティに富んではいません。異なる蒸留所の製品であってさえ、ボトリング・プルーフや熟成年数が同じだと似ているのに、同じ蒸留所産の物なら尚更似たような風味を持っているものです。バーボンのそうした在り方に於いて、一言で言えばブランディング、バックストーリーやボトルデザインは、非常に重要な要素となります。昔日のエライジャクレイグの重厚で他の何とも似ていないボトルは、私にとって味以上に重要でした。それ故、ボトルデザインがリニューアルされた時に買う気を失ってしまったのです。しかし、これだけ流通量の多いバーボンを無視し続けているのも良くないですから、これを機会に買ってみた、と。では、さっそく私も実飲してみましょう。

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ELIJAH CRAIG Small Batch NAS 94 Proof
ボトリング年不明、購入は2020年なので、おそらく2020年もしくは2019年あたりにボトリングと推測。プリンのカラメルソース、焦げ樽、接着剤、キャラメル、若いプラム、シナモン少々、コーン、たまごボーロ、チェリーコーク、石鹸。香りは甘いお菓子やスパイス香と僅かに古い木を思わせるトーンも。口当たりは水っぽく、味わいは甘酸っぱいフルーティさとグレイン。余韻は仄かな甘みとウッディなスパイスがありつつも、基本的にはドライであっさりしている。パレートがハイライト。
Rating:84/100

Thought:先ず飲んだ第一印象は「あれ、エライジャってこんなグレイン・フォワードだったっけ?」でした。このNASは8年〜12年のブレンドとされ、平均すると約11年という説を見かけたのですが、本当かは判りません。個人的にはもう少し若そうな印象を持ちました。でも飲みなれると悪くないと言うか、美味しく感じて来ました。開封から二ヶ月経過した頃から(しばらく放っておいた)パレートに甘酸っぱいフルーティさが出て来て好みの傾向のバーボンになりました。穀物感、フルーツ、オーキーなヴァニラ、ほんのりスパイシーとバランスがとれています。開封から三ヶ月を過ぎた頃には、もう少し長熟感のようなものが前面に出るようになり、なるほど確かに高齢バーボンが混ぜられているのだなあと感じ取れました。しかし、余韻だけは最初から最後までパッとしないと言うか、どこか平坦な印象のままでした。
実は私もこのNASと手持ちの12年のストックを同時に開封し飲み較べしていました(12年のレヴューはまたの機会に)。両者の色はそれほどは変わりませんが、12年の方が僅かに赤みが強いブラウンでしょうか。個人的には、やはり香りも味わいも余韻も12年の方が複雑で深みは感じられました。但し、その分ビター感やハーブ香や少し渋みもあって、一長一短かなとも思いました。単純な甘さやグレイニーなバランスのウィスキーを求めるならNASかも。時として重々しくオークが出過ぎる12年より、NASは多くの人の好みに合っている可能性すらあります。どちらかに軍配を上げなければならないのなら私は12年を選びますが、NASを選ぶ人がいても反対意見はありません。まあ分かるな、といったところです。多少の荒々しさと心地よい熱量がバーボンの魅力と思うならNASを、穏やかで深みのあるオーク・フレイヴァーを味わいたいなら12年を、オススメしておきます。
おそらくNASを問題にするのは昔の味わいを知っている人だけです。2016〜18年くらいの切り替えが行われた直後と比べると、現在では店頭で12年表記のあるエライジャクレイグを見かけることはまずないと思われ、12年を入手するならオークション等のセカンダリー・マーケットに頼る必要があります。よほどのマニアでない限り、一般の飲酒家は何も気にせず近所のお店でNASを購入すれば良いでしょう。また、たとえエライジャクレイグの熱烈なファンであっても、NASを12年に代わるものと見るのではなく、単にエヴァンウィリアムス・ブラックラベルの上位グレードと見做せば、それほど腹も立たないのではないでしょうか。

Value:NASの日本での小売価格は2000円代後半から3000円代前半が相場のようです。同社のエヴァンウイリアムス・ブラックラベルが1500〜2000円とすると、プライス・レンジが上昇しただけの価値はあると思います。ただ…ここ日本では、印象的な赤いラベルのエヴァンウィリアムス12年が比較的安価(3500円くらい)に入手可能です。同じ蒸留所、同じマッシュビル、似たような熟成年数で造られながらハイアープルーファーであるEW12年は、エライジャクレイグNASは言うに及ばずEC12年よりも、少なくとも私の好みでは、リッチなフレイヴァーを有する上位互換です。そうなると、エライジャクレイグNASを最高値で購入したり、オークションでプレミアムのついた近年物のEC12年を落札するのは、得策とは言い難いものがありますね。


さて、エライジャクレイグのNAS、12年と並行してバレルプルーフも試飲しましたので最後におまけで。日本ではあまり流通していないバレルプルーフも飲めたのは、例によってバーボン仲間のK氏のお力添えによるもの。バーボンを通じた繋がりに感謝です!

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(画像提供K氏)

エライジャクレイグ・バレルプルーフは年に3回リリースされる限定製品です。各ボトリング・プルーフはバッチ毎に異なり、概ね120をオーヴァーし、稀に140まで到達することもあります。もともとは2011/2012年頃にヘヴンヒルのギフト・ショップでリリースされ始め、それは通常のスモールバッチと同じクリーム色のラベルに手書きでプルーフとABVが書かれたもので、メイン・ラベルにバレルプルーフとは書かれていませんでした。2013年からは一般発売され、ラベルの色が黒っぽくなりました。これが正式なバレルプルーフの始まりとなるでしょうか。2017年のボトルの再設計に伴いラベルのリニューアルが行われ、バッチ番号が書かれるようになりました。「A117」のような具合です。ABCはリリースの順番を示し、次の数字がリリース月、最後の2桁の数字が年を表します。なので、バッチ「A117」は、2017年の最初のリリースで1月に発売されたと判ります。以下に各リリースをリスティングしておきましょう。

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Batch 1 (Mar 2013) / 134.2 Proof
Batch 2 (Jul 2013) / 137 Proof
Batch 3 (Sep 2013) / 133.2 Proof
Batch 4 (Mar 2014) / 132.4 Proof
Batch 5 (May 2014) / 134.8 Proof
Batch 6 (Sep 2014) / 140.2 Proof
Batch 7 (Feb 2015) / 128 Proof
Batch 8 (May 2015) / 139.8 Proof
Batch 9 (Sep 2015) / 135.6 Proof
Batch 10 (Jan 2016) / 138.8 Proof
Batch 11 (May 2016) / 139.4 Proof
Batch 12 (Sep 2016) / 136 Proof
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A117 (Jan 2017) / 127 Proof
B517 (May 2017) / 124.2 Proof
C917 (Sep 2017) / 131 Proof
A118 (Jan 2018) / 130.6 Proof
B518 (May 2018) / 133.4 Proof
C917 (Sep 2018) / 131.4 Proof
A119 (Jan 2019) / 135.2 Proof
B519 (May 2019) / 122.2 Proof
C919 (Sep 2019) / 136.8 Proof
A120 (Jan 2020) / 136.6 Proof
B520 (May 2020) / 127.2 Proof
C920 (Sep 2020) / 132.8 Proof
A121 (Jan 2021) / 123.6 Proof
B521 (May 2021) / 118.2 Proof
C921 (Sep 2021) / 120.2 Proof
A122 (Jan 2022) / 120.8 Proof
B522 (May 2022) / 121 Proof
C922 (Sep 2022) / 124.8 Proof
A123 (Jan 2023) / 125.6 Proof

ちなみにバレルプルーフのヴァージョンは12年のエイジ・ステイトメントを保持しています。そしてノンチルフィルタードの仕様。では、最後に飲んだ感想を少しだけ。

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(画像提供K氏)
ELIJAH CRAIG BARREL PROOF Small Batch 12 Years 124.2 Proof
BATCH № B517
2017年ボトリング。木炭、タルト、スイートオーク、微かなチェリー、ビターチョコ、ハラペーニョ。アロマは流石に度数が強いのでツンとした刺激臭が強いものの、香ばしい焦がした樽香を主体として甘い香りも。口当たりは僅かにオイルぽいが、バレルプルーフに期待するよりサラッとしている。味わいはガツンとスパイシー。余韻はやや早めにひけて、穀物とスパイス・ノートが残る。
香りも味も余韻も加水したほうが甘く感じられましたが、それでもドライかつビターで、全体的に刺激強め。それでも12年の長熟ながらオーヴァーオークになってないのは良かったです。ただ、正直言うと、些か複雑さと深みに欠けるのも否めず、これでは現行ボトルを否定してオールドボトルを求める人がいるのも頷けるかな、とは思いました…。比較的開栓から日が浅い段階での試飲なので、もしかするともう少し伸びる可能性はあるのかも知れませんね。
Rating:85/100


*アメリカ人は「アライジャクレイグ」に近い発音をします。

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ジムビームのラインナップ中、長きに渡り最高の価値があると評されたブラック・ラベル。しかし、ここ十年ちょっとで最も弄くり回されたブランドかも知れません。
おそらく、もともとブラック・ラベルは101ヶ月(約8年半)熟成90プルーフで始まり、次第に8年熟成90プルーフ、7年熟成90プルーフ、8年熟成86プルーフへと時代に順応して変化したと思われます。多分、86プルーフに下がったのは90年代かと。ビームは大きな酒類会社なので、販売される国でボトリングするためにウィスキーをバルクにて輸出している可能性があり、バッチが異なるのは当然として、パッケージが少し異なったり、ボトリング・プルーフの異なるヴァージョンがあるようです。日本でも、今回レヴューするエクストラ・エイジドの前に流通していた正規輸入品は確か6年熟成80プルーフだったと思います。

基本的に2000年代のアメリカ国内流通品は8年熟成86プルーフでした。2007年から2008年頃、オーストラリアとカナダでジムビーム・ブラックは8年のエイジ・ステイトメントを失い、代わりに「AGED TO PERFECTION」と表ラベルに表記されます。ビームによれば、これは米国以外の市場でのブラック・ラベルの売上が予測を上回ったためだそうで、熟成樽の不足からラベルの変更を余儀なくされ、おそらく中身の原酒の熟成年数も変更されたのでしょう(6年へ?)。エイジド・トゥ・パーフェクションのラベルはアメリカ以外の市場(ヨーロッパとか)にも流通したと思いますが、アメリカ本国で販売された製品はラベルに年数表記があり、8年熟成は維持されました。
おそらくその後(2010年前後?)に、スタイリッシュなラベル・デザインのブラック・ラベルが登場したと思われ、ホワイト・ラベルの4年熟成に対して倍であるため「ダブル・エイジド」と表記されたアメリカ国内向けの8年熟成、ストレート・バーボン規格の最低熟成年数である2年の3倍であるため「トリプル・エイジド」と名付けられた国外向け6年熟成の物がありました。
2015年になると、アメリカ国内のブラック・ラベルからもエイジ・ステイトメントは削除され、ラベルには「XA Extra Aged」の文字が現れます。きっとこれは6年熟成なのでしょう。一般的に、生産者は以前よりも若い原酒を使用することを意図せずに、熟成年数の表示を取りやめることはありません。従来通りなら熟成年数を削除する必要がないからです。そして2016年半ば、ビーム社はジムビーム・ブランドのラベルとボトルのデザインを刷新しました。そこでブラック・ラベルは再び微調整が施され、「XA」を削除し、ハイフンを追加して「Extra-Aged」となります。これが現在販売されているブラックであり、トップ画像のデザインです。
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2000年以降、特に2010年代、アメリカのバーボン業界は劇的な変化を遂げました。あらゆるアメリカン・ウィスキーに対する記録的な需要は、新しいクラフト蒸留所の前例のない「爆誕」を齎し、また旧来の由緒正しき蒸留所からも新しい革新と実験が行われました。その他にもバーボンの高需要は、大手蒸留所が比較的「高齢」でありながらも大変お買い得だった銘柄を次々とNAS(No Age Statement)へと変更せざるを得ないか、或いはエイジ・ステイトメントを維持するなら値上げするしかない状況を与えました。ヘヴンヒルのエライジャ・クレイグ12年がNASになったのはその最たる例でしょう。以前は8年熟成だったジムビーム・ブラックがNASに切り替えられたのも、そうした一例な訳です。NASへの移行は既存のエイジ・ステイトメントを維持するのに十分な熟成原酒のストックがないのが主な理由ですが、一方でプレミアムな長熟製品のために一部の樽が抑制されているという噂は常にあり、それが真実である場合アメリカン・ウィスキーの基盤と言える「日常バーボン」の熟成年数やプルーフ(≒品質)を犠牲にしてまで金儲けに走るなよというバーボン愛好家の嘆きを生みます。まあ、それは偖て措き、現行のエクストラ・エイジドです。

この約6年熟成とされるブラックラベル・エクストラ・エイジドは、アメリカ流通の物は86プルーフ、日本市場の物は80プルーフでのボトリング。マッシュビルは77%コーン、13%ライ、10%モルテッドバーリーであろうと推定されています。ビームはクレアモントとボストンに大きな蒸留所を所有し、彼らはそこでメーカーズマークを除くあらゆるウィスキーを造ります。ボストン(通称ブッカー・ノー・プラント)は専らジムビーム・ホワイトラベルを製造し、クレアモントはホワイト・ラベルも含むその他の全てを製造するとされます。なのでブラックはクレアモント産ですかね。ビーム社の最高峰ブッカーズが中層階のバレルを主に使用するところから、ビーム倉庫のスイートスポットは中層階と考えられるので、おそらくブラック・ラベルに使用するバレルは上層階から来てるのかも知れません。上層階のバレルは他の場所のバレルよりも早く熟成することはよく知られています。そこで、若くても熟成感のある樽をピックアップすることで、8年に近いフレイヴァー・プロファイルをNASでも保つことが出来るだろうと推測している人がいました。

8年熟成のブラック・ラベルは割と長い期間販売され続け、味が良く安価、しかもどこでも労なく入手できるため非常に人気がありました。しかし、8年熟成も今は昔の話。個人的には現行のエクストラ・エイジドは飲む必要がないかなと思っていたのですが…。ジムビームが2019年に発表したPRニュースによると、アメリカン・ウィスキーを飲む人は世界で最も高価でレアなバーボンよりもジムビーム・ブラックを好むことを示す調査結果が出た、と言うのです。調査は独立した第三者機関のアルコール飲料研究会社であるビヴァレッジ・テイスティング・インスティテュート(BTI)が行いました。BTIはアメリカで最も古いアルコール飲料研究会社で、1981年以来、専門家によるテストや独自のデータや消費者調査を使用して、飲料会社が賢明な生産とマーケティング決定を下すのを支援しています。彼らはアメリカ全土の複数の市場でブラインド・テイスト・テストを実施。参加者には二つのサンプルが提供され、一つはジムビーム・ブラック(23ドル)で、もう一つは名前の伏せられた約3000ドルの限定生産の象徴的なバーボンとのこと。結果は、54%が超高額なバーボンよりもジムビーム・ブラックを好み、55%がジムビーム・ブラックの方が滑らかだと答えたそうな。ごく僅かではあってもテイスターの過半数が高価なスーパー・プレミアム・バーボンより安価なボトム・シェルファーを選んだと? おいおい、マジか…。この名前の伏せられたバーボンは価格から考えると、希望小売価格に上乗せ金が付いたパピー・ヴァン・ウィンクル20年でなければならないでしょう(ミクターズ・セレブレーション・サワーマッシュだともっと高いですし)。或いはパピーの23年の方かも知れませんが、どっちでも構いません。言うまでもなく、良いウイスキーは熟成年数が何年であろうとプルーフが幾つであろうと良いウイスキーだし、味わいの優劣なんて飲み手の好みに左右されるもの。熟成年数の長いバーボンはウッドの風味が強くなり過ぎるので、却って短熟の方が好みの人が半分近くを占めたっておかしくはない。実際、私にもその傾向はあります。…にしても、NASのジムビーム・ブラックラベルがパピーに勝った? これは是非とも確認のため現行のブラック・ラベルも飲んでみなければならない、という訳で、そろそろ注ぐ時間です。

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JIM BEAM BLACK EXTRA-AGED 80 Proof
推定2019年ボトリング。焦樽、プリンのカラメルソース、グレイン、ちょっとトロピカルフルーツ、胡椒、藁半紙。アロマは時間が経つとナッティ。水っぽい口当たり。軽くて飲み易い割に少しアルコールの刺激を感じる。余韻はあっさりして短く、穀物とスモークが主に出るが辛味もあって深みがない。
Rating:79/100

Thought:昔の6年とか8年とエイジ・ステイトメントがあったブラックと較べると、どうしても美味しくなくは感じてしまいました。なんか6年よりも熟成してなさそうな若い味わいと言うか、いや、アルコール感が目立ち過ぎると言うか。とは言え、現行ホワイト・ラベルよりは格段に甘さ、フルーツ、スパイス等の熟成感はあって悪くはなかったです。
それと、上で言及した「調査」の件ですが、そのブラインド・テストでテイスターが試したのは86プルーフであり、私が試したのは80プルーフ、この差はかなり大きいと思います。ただ、これが86プルーフだったとしても、いくら想像を膨らませてみても流石に「パピー」を打ち倒す程の物とは到底思えませんが…。

Pairing:軽めのテクスチャーにライトなフレイヴァーなので肉料理や濃厚な味付けの料理を欲しなかったです。しかし、逆にあっさりとした冷奴に合わせるとピッタリ。これは料理を引き立てる酒という視点ではなく、バーボンを引き立てる料理という視点です。

Value:アメリカでは大体18〜25ドルで販売されており、最安値なら所謂アンダー$20バーボン。日本でも1800〜2500円が相場で、概ね本場と感覚的に変わりはないでしょう。但し、上述のように日本版は80プルーフなので本国版に較べ割高ではあります。ロウワー・プルーフはコンテンツに水が多いことに他なりませんから。
ジムビーム・ブラック・エクストラ・エイジドは基本的に美味しいバーボンです。バーボンを飲むことの喜びは甘い炭の風味にありますが、これにはちゃんとそれがあります。しかし、安価なバーボンなので奇跡を期待してはいけません。3000円以上するバーボンと比べたら不味く感じるし、1000円のバーボンと較べたら遥かに美味しく感じる、ただそれだけ。ジムビームの意図通り、ホワイトには物足らず、デヴィルズ・カットやダブル・オークには少々割高さを感じる人向けには良い製品でしょう。私の個人的な嗜好では、現在のジムビームの安価なラインナップの中ならダブル・オーク一択。また、酒屋の棚で並行輸入の86プルーフ版ブラック・ラベルか熟成年数表記ありの売れ残りを発見し、それが数百円の違いしかなかったら、必ずそちらを購入するべきです。

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ウィレット蒸留所(KBD)がリリースするジョニードラムのブラックラベルです。その名前の由来について日本でよく語られるのは、ジョニー・ドラムは1870年にバーズタウンで酒類販売をしていた人物で、樽買いした原酒をブレンドし自分の名前をつけ売り歩いたのが始まり云々。海外では、ジョニー・ドラムという名前のティーンは家を出て南北戦争の南軍に参加、しかし彼は若すぎて武器を取ることは出来ず、1861年にドラマー・ボーイ(*)を務め、故郷のケンタッキー州に戻ってからトウモロコシを使い蒸留を始めた云々、と言われます。このジョニー・ドラムなる(愛称の?)男が実在の人物なのか分かりませんが、海外で語られている話が彼の前半生、日本で語られている話が後半生として辻褄は合っています。けれども、どうも取って付けたバックストーリーな感は否めません。ラベルのデザインからしても、ジャックダニエルズやエヴァンウィリアムス流のクラシックな人名ラベルを想起させます。ウィレットの公式ホームページによれば、60年代にカリフォルニアの卸売業者のために開発されたとの記述がありました。
ジョニードラムには現在、80プルーフのグリーンラベル、86プルーフのブラックラベル、101プルーフのプライヴェート・ストックの三つがあります。と言っても全てがいつでも利用可能な状態ではないようで、ウィレットのホームページの製品紹介欄にグリーンラベルは載ってませんし、日本でもネット酒販店では売り切ればかりです。おそらくグリーンは廃番もしくは出荷調整、または輸出国により供給に差があるのでしょう。

さて、ここらで古いジョニードラムについてでも語りたいところなのですが、実はその類いの情報はネットで調べてもイマイチ分かりません。80年代後半以前のオールドボトルの画像も皆無と言えます。先に述べた60年代のオリジナルと目されるジョニードラムが、特定の卸売業者のために作成されたということは、流通範囲はかなり限られていたと推察されるので、画像が見当たらないのも仕方ないでしょう。しかし、いくらウィレット蒸留所がジムビームやワイルドターキー蒸留所と較べて生産規模の小さい蒸留所とは言え、これほど過去のボトルの写真がネット上にないのは、60年代のリリース後に継続して製造されていなかったからではないでしょうか。おそらく、時を経た80年代になって主に輸出用のブランド(特に日本)として再開され、アメリカ国内では例えばケンタッキー州限定での販売だったのではないかと想像します。そして、その後全国配給になった…と。これはあくまで私の想像なので話半分で聞き流して下さい。と言うか、詳細ご存知の方はコメントよりご教示頂けると助かります。

先日オークションで丸瓶のジョニードラム12年グリーンラベルが出品されているのを見かけました(年式は不明)。それは「12年」表記の楕円形シール(**)が本体ラベルと別個で付けられていて、私としては初めて見たパターンの物でした。比較的、日本人に馴染み深い(よく見かける)オールドボトルのジョニードラムというと、80年代後半あたりから90年代にかけて流通していたと思われる日本の都光商事のアドレスがラベル正面下部に記載されたボトルかと思います。
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この頃の物はグリーンが8年熟成、ブラックが12年熟成、そして共に86プルーフでした。現行にせよこの時代の物にせよ、色で言うとブラックは常にグリーンより格上のようです。それだけに、上に述べたグリーンラベルの12年があったのに驚いたのです。その後、グリーンはいつの間にか4年熟成になり、プルーフも80に下がりました。ブラックはおそらく90年代後半か2000年代前半頃にNASとなったと思われます。NASのブラックラベルの中身に関しては、一説には4~12年の原酒を使用しているとされます。ただ、この中身の熟成年数は発売年式および生産ロットにより変動している可能性はあるでしょう。ではテイスティングの時間です。

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Johnny Drum Black Label 86 Proof
推定2008年ボトリング。杉、ナツメグ、弱いカラメル、グレープ、僅かなアーモンド、インク。あまり甘くないウッド・スパイス系のアロマ。やや酸味のある味わい。ソフトな酒質。余韻は軽めのスパイスと穀物感が主で、ビタネスを伴いすっきり切れ上がる。
Rating:81.5/100

Thought:ウィレット蒸留所が蒸留を再開したのは2012年からなので、推定ボトリング年からすると、原酒は100%ソーシング・ウィスキーとなります。概ねヘヴンヒルからの調達であるとされるので、エヴァンウィリアムス等と較べてどのくらいの違いがあるのかが気になるところでした。海外のバーボンマニアで、エヴァンウィリアムスに選ばれなかったバレルが樽売りされているのではないか、という趣旨のことを言っている方がいましたが、正直、私には調達方法の詳細は判りません。仮にそうであれ、蒸留したての原酒を購入しているのであれ、マッシュビルを共有するとしても、ウィレットの熟成倉庫でエイジングすれば風味は多少変化する筈です。更にブレンディング(バッチング)の違いも考慮すれば、どのみち異なるバーボンとは言えるでしょう。
で、私の飲んだ感想としては、通常のエヴァンウィリアムスとはかなり違うバーボンであると思いました。強いて言えば、スパイス感の方向性がエヴァンウィリアムスと言うかヘヴンヒルのフレイヴァーぽいような気もしますが、独特の木香とビター感はこのボトル特有かと。また、海外の或るバーボン飲みの方は、いつのボトリングか分かりませんが、ジョニードラム黒ラベルNASをワイルドターキーのレアブリードに似ていた、と言っていました。少なくとも私の飲んだ物や私の舌にはそうは感じられなかったです。それと、日本の酒販店の多くには、ジョニードラム黒ラベルの商品紹介に「12年原酒をメインにブレンド」と書かれています。どこまで信じてよいか判らない情報ですが、確かにタニックなビター感とソフトな酒質はそうであってもおかしくはないかなとは思わせます。飲んだことのある皆さんはどう思われるでしょうか? どしどしコメントお待ちしております。

Value:KBDのリリース中、スモールバッチの物と較べると量産型であろうジョニードラム。特にNASは凄くハイクオリティとは言い難いです。日本では概ね2500円前後の販売価格でしょうか。個人的には現行のエヴァンウィリアムス黒ラベルよりかは美味しく感じましたので、もし同じ価格ならジョニドラを選びます。ですが現行のエヴァンウィリアムス赤ラベルが3000~3500円で買えるなら、そちらを選ぶのが私の好みです。


*軍隊の中で非戦闘員として、戦場での使用のためにドラムを担当した少年のこと。
ドラムは戦場で歩調を合わせるために使われるだけでなく、指揮系統の重要な一部であり、ドラムロールを使用して士官から部隊へ様々なコマンドを通知したと言います。ドラマーには公式の年齢制限がありましたが、しばしば無視され、時として最年少の少年は成人兵士によってマスコットとして扱われました。ドラマーの少年の生活はかなり魅力的に見え、そのため、少年は時々家から抜け出して入隊したのだとか。または、同じ部隊に仕える兵士の息子や孤児であったかも知れないそうです。
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**ジョニードラム15年の昔の物や、イーグル・クエスト、バーボンスター等と共通するデザインの、KBDのバーボンによく使われている「あの」シールのことです。

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バーンハイム・オリジナルはヘヴンヒル蒸留所で生産される小麦ウィスキーで2005年から発売されました。発売当時はアメリカ国内で唯一の小麦ウィスキーであることをウリにしていましたが、現在では隆盛を極めるマイクロ・ディスティラリーの中には独自の小麦ウィスキーを造り出すところも少なからずあります。またアメリカ初の小麦ウィスキーでもなく、典型的なバーボンが確立される以前には、トウモロコシより小麦が良く育つ地域にはあったものと推測されます。小麦ウィスキー(ウィート・ウィスキー)というのは、ざっくり言えば原材料に小麦を51%以上使ったウィスキーのこと。似た用語に小麦バーボン(ウィーテッド・バーボン)というのがありますが、こちらはメーカーズマークのようにセカンド・グレインにライ麦を使用せず、代わりに小麦を使用したバーボンを指します。

バーンハイム・オリジナルは発売当初、熟成年数が約5年とされるNAS(ノー・エイジ・ステイトメント)でしたが、2014年にパッケージがリニューアルされると7年熟成のエイジ・ステイトメント・ウィスキーへと変わりました。近年それまであった熟成年数表記がなくなる傾向にあるウィスキー業界では珍しいパターンと言えるでしょう。旧ボトルは中央に銅板風ラベルが貼ってあり、そのブロンズ色が引き立つ魅力的なパッケージでした。マッシュビルは51%冬小麦/39%トウモロコシ/10%大麦麦芽とされ、本当かどうか判断しかねますが熟成は倉庫Yでなされているという情報がありました。そして「スモールバッチ」を名乗りますので、おそらく150樽以下(75樽くらい?)でのバッチングと思われます。

製品のバーンハイムという名称は、I.W.ハーパーでお馴染みのアイザック・ウォルフ・バーンハイム氏やその兄弟、また彼らが設立した蒸留会社、及びその名を冠する現代の蒸留所にちなみ命名されました。もともとヘヴンヒル社の蒸留所はバーズタウンにあったのですが、96年にアメリカンウィスキー史上最大規模の悪夢のような大火災によって焼失。そこで替わりの蒸留施設を必要としたので、火災から三年後の99年にバーンハイム蒸留所を購入したのです。この蒸留所は1992年にギネス傘下のユナイテッド・ディスティラーズによって、ルイヴィルのディキシー・ハイウェイ近くのウェスト・ブレッキンリッジ・ストリートに開設され、当時最先端の製造技術を備えた近代的で大きな蒸留所でした。購入した際に、当時ヘヴンヒルのマスターディスティラーだったパーカー・ビームは、コラムスティルの上部とダブラーの内側に銅のメッシュを追加するなど独自の改造を施したと言います。バーンハイム・オリジナルが初めて発売された年とその熟成年数を考えると、バーンハイム蒸留所を所有した比較的早い時期に小麦ウィスキーを仕込んだのでしょう。ところで「バーンハイム」と「小麦」って、私には特に結び付きがあるように感じないのですが、なにゆえわざわざバーンハイムの名を冠するウィスキーが小麦ウィスキーとなったのでしょうか? ご存知の方はコメント頂けると助かります。
それは偖て措き、買収以来ヘヴンヒル社のスピリッツの生産拠点となっており、今ではヘヴンヒル・バーンハイム蒸留所と呼ばれるこの蒸留所は、ニュー・バーンハイムとも呼び習わされているのですが、それは旧来のバーンハイムとは全く別の蒸留施設だからです。旧バーンハイムは、マックス・セリガーとそのビジネスパートナーが運営していたアスターとベルモントという同じサイトにあった二つの蒸留所をルーツとしています。1933年の禁酒法の終わりにシカゴのビジネスマンであるレオ・ジャングロスとエミル・シュワルツハプトは、アイザック・バーンハイムがルイヴィルに建てた蒸留所とブランド、マリオン・テイラーからはオールド・チャーターのブランド、マックス・セリガーからは蒸留所とブランドを購入し、全ての事業を統合してベルモントとアスター蒸留所で生産を始めました。そしてその際に名称を「バーンハイム・ディスティラリー」へと変更し、そこでI.W.ハーパー、ベルモント、アスター、オールド・チャーター等を製造したのです。1937年にジャングロスとシュワルツハプトは事業をシェンリー社に売却。以来長いことシェンリーがバーンハイム蒸留所を所有していましたが、1987年にユナイテッド・ディスティラーズがシェンリーを吸収すると、古い蒸留所は解体され、上に述べたように1992年に「新しい」バーンハイム蒸留所が建設されたのでした。このように所有者が変わり、施設も一新されたからこそ新旧のバーンハイムを区別する習慣があるのです。

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さて、話が小麦ウィスキーから蒸留所の件に逸れてしまいましたが、今回はNASと7年表記があるものを比較する企画です。目視での色の違いは感じられません。

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Bernheim Original Wheat Whiskey NAS 90 Proof
年式不明、2014年以前(推定2012年前後)。焦樽、ハニー、薄いキャラメル香、トーストしたパン、僅かにシトラス。とにかく香りのヴォリュームが低い。あまりフルーツを感じないオーク中心の少し酸味のある香り。口当たりはさらさらで軽い。味わいはほんのりした甘さ。液体を飲み込んだ後のスパイス感もソフト。余韻は短くドライ気味。
Rating:82.5/100

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Bernheim Original Wheat Whiskey 7 Years Aged 90 Proof
年式不明、購入は2019年(2016年くらいのボトリング?)。プリンのカラメルソース、接着剤、ハニー、サイダー、強いて言うとオレンジ。香りはこちらの方が僅かに甘いが、接着剤感も少し強まる。また、こちらの方が口当たりにほんの少し円やかさを感じる。飲み心地と味わいはほぼ同じ。余韻はミディアムショートで苦め。
Rating:83/100

Verdict:7年物の方がほんの僅かにアロマとパレートに甘さを感じやすいような気がしたので、そちらを勝ちと判定しましたが、私には両者にそれほどの差を感じれませんでした。2年の熟成年数の差がもっとあると思って比較対決を企画したものの、これほど差がないと企画倒れの感は否めません…。総評として言うと、小麦ウィスキーはバーボンに較べ、オイリーさの欠如からか、軽いテクスチャーと感じますし、甘味も弱い気がします。それでいてライウィスキーほどフレイヴァーフルでもなく、強いて言うと腰の柔らかさとビスケッティなテイストが良さなのかなぁと。

Value:現代のプレミアム・バーボンに共通する香ばしい焦樽感はあるとは言え、NASが5000円近く、7年が7000円近くするこのウィスキーは、率直に言って私にとっては二回目の購入はないです。半値でも買わないかも知れません。こればかりは好みと言うしかありませんが、私には普通のバーボンかライウィスキーのほうが美味しく感じます。
アメリカでの価格は、販売店に大きく依存しますが概ね30ドル前後です。またインスタグラムのフォロワーさんで、カナダではなかなか見つけにくいと仰ってる方がいました。販売地域によっては手に入りにくいようです。

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N

NAS
「No(n) Age Statement」の略。ラベル上に熟成年数の提示がないこと。熟成期間による味わいの変化が大きいウィスキーにとって熟成年数はある程度の味わいの指標となるため、誇らしげに熟成年数を掲げるブランドは多いが、逆に初めから熟成年数表記のないブランドも少なくない。これには任意の風味プロファイルになりさえすれば熟成年数に拘らないという意図がある。と同時に、バッチングのためのバレル選択に於いて熟成年数の制約がないことは即ち選択肢が多くなることを意味し、そのブランドの目指す風味プロファイルをクリエイトしやすいというメリットもある。
2010年前後からのバーボン高需要によって、従来まで6年とか12年とか明示されていた熟成年数がなくなる銘柄が増えた。それは善かれ悪しかれ、その年数以下の熟成年数の原酒をブレンドしていることが殆どだと思われる。少なくとも12年以上だったものが8年~12年のブレンドになる等。これには造り手からすると将来の安定した供給を確保する狙いがある。反面、あったものがなくなるという年数表記の欠落は、当該ブランドのファンには否定的な印象を与えかねない。また、単純に熟成年数を引き下げただけの場合もあって、その場合は劇的な風味プロファイルの変化を伴う可能性が高い。悪どいことに「aged ○ years」の数字だけをラベルに残し、あたかも熟成年数の数字であるかの如く見せ、購買者のミスリーディングを誘うブランドもある。「エイジステイトメント」の項も参照。

National Bourbon Day─ナショナルバーボンデイ
6月14日。アメリカの特産品であるバーボンを飲んで祝う日。ケンタッキー州では「毎日がバーボンデイ」とも言う。

National Heritage Bourbon Month─ナショナルヘリテッジバーボンマンス
9月。2007年に米国上院によって作成されたもので、1964年に宣言された「米国特有の製品」としてのバーボンを祝うための歴史遺産月間。この法案はケンタッキー州の上院議員Jim Bunningによって提案され、全会一致で可決された。それは初期入植者やケンタッキー州の農業コミュニティ、ケンタッキー・バーボンを今日のフラッグシップカテゴリーにした多くのファミリーの貢献を認識し、伝統や歴史や文化遺産を讃え、バーボンを責任をもって適度に楽しむためのアイデア。ケンタッキー州バーズタウンで開催される国際バーボンフェスティバルは、毎年9月の3週目に開催されるため、バーボンを祝うには最適な月だった。

NCF
「Non Chill Filtered」の略。「ノンチルフィルタード」を参照のこと。

ND
「National Distillers」の略。ナショナル・ディスティラーズは複合企業体なので、バーボン用語としてはその酒類部門であり創業企業である「National Distillers Products Corporation(NDPC)」を指している。禁酒法解禁後にアメリカンウィスキー業界を支配したビッグ・フォーの一つで、何百とも言われるブランドを所有した。そうした中でもオールド・グランダッド、オールド・テイラー、オールド・クロウ、オールド・オーヴァーホルト、サニー・ブルックス、バーボンデラックス等は傑出した歴史あるブランドだが、1987年にナショナル・ディスティラーズはアメリカン・ブランズ(当時のジムビームの親会社)に売却され、それらのブランドはジムビームが製造を引き継いだ。こうした経緯によりナショナル・ディスティラーズが製造していた時代の物を欧米では「NDジュース」と呼び、バーボンマニアに珍重されている。

NDP
「Non Distilling Producer」の略。非蒸留業者と訳される。自らは蒸留施設を持たず、どこかの蒸留所からウィスキーを購入し、独自のブランドで販売する業者や会社のこと。ボトリングを専門とする所謂ボトラーも蒸留施設を所有していないという意味ではNDPと呼べる。しかし、ボトリング施設を持たず、ボトラーや蒸留所にボトリングを依頼する会社もNDPなので、ボトラーとNDPはイコールではない。供給元の選定やブランド構築の巧みさが成功の鍵。現在、大きくなっている会社でも大元を辿ればこれだったりする。

Neat─ニート
所謂ストレート。氷もいれず、水やミキサーで希釈もしないで飲む方法。語源的にはラテン語の「nitere(ニテーレ)」から由来するとされ、それは煌めく/輝かすといった意味をもち、英語に転じて綺麗(清潔)、清楚、純粋、濁りのない、混じり気のない等の意味に派生していった。ウィスキー用語としては、スコッチウィスキー界で先に使われ出したと思われるが、今ではバーボン飲みも使う。

Nest Egg─ネストエッグ
温水とドライイーストを混ぜたもの。マッシュへの添加前に酵母を活性化する「目覚め」のために使用される。

New Make─ニューメイク
蒸溜を終え、出来たばかりの無色透明の蒸溜液。これを樽で熟成することで琥珀色に色付き、ウィスキーとなる。バーボン業界ではホワイトドッグとも言う。

Non Chillfiltered─ノンチルフィルタード
冷却濾過されていないの意。ウィスキーの原材料や蒸留プロセス及び樽熟成期間に自然発生する香味成分の中には、脂肪酸・タンパク質・エステル等の低温になると析出してウイスキーを白濁させたり澱を発生させる成分が含まれており、それらの成分をボトリング前に予め-4℃~0℃に冷却しながら濾過して除去するのが冷却濾過。これによって失われる成分には、香りや風味の基となるものが含まれているとされ、より豊かな風味を求めるウィスキーマニアはノンチルチィルタードの製品を欲する傾向にある。「チルフィルトレーション」の項も参照。

Nose─ノーズ
ウィスキーの香り、匂い、アロマ。テイスティング・ノートなどでノーズとあれば、舌や口蓋を関与させず、鼻のみで感知した記述。


O

OC
「Old Charter」の略。現在ではバッファロートレース蒸留所で造られる下層バーボンとなってしまったが、一昔前はI.W.ハーパーと同じくバーンハイム蒸留所で造られていた歴史のあるブランド。「OCPR」は「Old Charter Proprietor’s Reserve」の略。
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OF
①「Old Fitzgerald」の略。小麦レシピで造られるスティッツェル=ウェラーの代表的な銘柄。同蒸留所が閉鎖後はヘヴンヒルがブランドを取得した。
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②「Old Forester」の略。ブラウン=フォーマン社の旗艦ブランド。「OFBB」は限定リリースの「Old Forester Birthday Bourbon」の略。ボンデッド規格のものは「OFBIB」と略す。
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OGD
「Old Grand-Dad」の略。現在ではジムビームで製造されるハイ・ライ・レシピのバーボン。同シリーズには、ロウワー・プルーフの物とボンデッドと114の種類がある。一昔前はナショナル・ディスティラーズを代表的する銘柄であり、その時代の物はバタースコッチ・ボムの味わいをもつとされ、オールドボトル愛好家に人気が高い。
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On the Rocks─オンザロックス
水やその他のミキサーを追加せずに、氷を入れたグラスに酒のみを注ぐ飲み方。日本では単に「ロック」と呼ばれることが多い。氷とグラスの奏でる音を愉しむことが出来る。

OO
「Old Overholt」の略。ライウィスキーの代名詞とも言えるほど古くから有名なブランド。元々はモノンガヒーラ・スタイルのライを代表したが、現在ではジムビームが製造するケンタッキー・スタイルのライとなっている。
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エイブラハム・オーヴァーホルトの肖像、WIKIMEDIAより

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「Old Rip Van Winkle」の略。2010年代になってからの急速なバーボン高需要の中、大人気のため入手困難となっている銘柄のひとつ。アメリカでも抽選に当たらないと買えなかったり、希望小売価格を大幅に上回る値段で販売されたりする。そのため現行品は日本での流通は皆無となった。
元々は禁酒法時代前後に販売されていたブランドをジュリアン・ヴァン・ウィンクル三世の父(パピー・ヴァン・ウィンクルの息子)が70年代に復活させ、イエローストーンやスティツェル=ウェラーのストックを用いて主にポーセリン・デカンター(一部はガラス瓶)に容れ販売していた。それをジュリアン三世も引き継いで販売し現在に至る。基本は10年熟成、107プルーフ(90プルーフのヴァリエーションもあった)。昔は15年熟成もあったが、現在ではパピー・ヴァン・ウィンクル・ファミリー・リザーヴ15年に置き換えられている。
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ブランドの名前とラベルは、アメリカの小説家ワシントン・アーヴィングが1820年に発表した短編集『スケッチ・ブック』中の一編「リップ・ヴァン・ウィンクル」に掛けたものとなっている。この話の筋は、アーヴィングがオランダ人移民の伝説を基にして書き上げたとされ、アメリカ版「浦島太郎」と紹介されることが多い。アメリカでは「時代遅れの人」や「眠ってばかりいる人」を意味する慣用句にもなっているのだとか。物語は大略以下のようになっている。

時はアメリカ独立戦争前後。ニューヨークのハドソン川近く、キャッツキル山地の麓の村で暮らすオランダ系アメリカ人のリップ・ヴァン・ウィンクルは、金儲けが嫌いで、あくせく働くのをよしとせず、のんびり過ごすのがモットーで、家の仕事はしないけれど、人からの頼まれごとは何でも引き受け、皆から好かれる気のいい男。がみがみ口喧しい女房と、まだ小さい息子と娘との貧乏な生活をしている。
ある秋晴れの日、リップはいつものように口煩い妻から逃れるため、鉄砲を肩に担ぎ、ウルフという名の愛犬と一緒に猟へ出て、山々をさ迷いました。猟を楽しんだあと、小高い丘でちょっと休憩しているうちに辺りは暗くなってきます。「いかん、また妻にどやされるぞ」と、彼は急いで帰ろうとしますが、その時「おーい、リップや」と自分の名前が呼ばれたような気がして足を止めます。錯覚かなと思っていると、また声が聴こえて来ました。「リップ・ヴァン・ウィンクル…、リップ・ヴァン・ウィンクル…」。その声は、どうやら谷間から聴こえるようで、谷を見下ろしてみると、なにやら重そうな物を運んでいます。声の主は白いあごひげを蓄えた見ず知らずの老人で奇妙な古めかしい服を着ていました。老人が運んでいたのは酒樽で、見るからに大変そう。リップは老人と一緒に酒樽を運んであげることにしました。しばらくすると、あたりにゴロゴロゴロゴロと雷鳴が響き渡ります。やがて高い崖に囲まれた広場のようなところに辿り着くと、そこでは多くの小人たちがナインピンズ(9本ピンのボウリング)に興じていました。雷鳴と思われた音はボールを転がす音だったのです。小人たちは一様に厳めしい顔つきをし、奇抜で華やかだが古臭い服を着て、腰には小刀をさしていました。そして不思議なことにゲームをしていても楽しそうな様子もなく、黙ったままでした。一緒に来た老人は酒をついで回る様にとリップに合図し、酒盛りが始まりました。リップも彼らが自分に興味がないのをいいことに、こっそり御相伴に預かると、その酒の美味しい事、たちまち杯を重ね酔っぱらい、すぐに眠りに落ちてしまいます。
朝、リップが目覚めると、老人と初めてあったあの丘の上で寝ていました。「しまった、寝てしまったのか、妻になんと言い訳すればいいのだ」。足元には鉄砲が転がっていましたが、手入れの行き届いていた筈の鉄砲は錆びて腐食し、銃床は虫に食われてさえいました。また、愛犬の姿も見えませんでした。「ウルフ!ウルフ!」。犬の名を呼んでも、どこからも出て来ません。
「あのジジイどもにしてやられたか」。リップは彼らを山賊だったのだと勘繰り、もう一度あの広場へ行って犬と鉄砲を返してもらうしかないと考え、立ち上がろうとしますが、関節がこわばっていつもの調子ではありません。「うう…、山で寝るのは性に合わねえな」。難儀しながらもやっとのことで広場へ通じる場所へ辿り着くと、その通路は跡形もなく消えていました。リップは途方にくれますが、仕方がないので村へと帰ることにします。
村が近づくにつれ、行き交う人々の顔を見ると、知り合いは一人もいませんでした。「おかしいな、村人は全員知ってるはずなのに…」。それに見たこともない格好をしているし、リップを見ると皆、自分の顎をさするのでした。訝ったリップは自分の顎を触ってみます。すると髭が1フット(約30㎝)も伸びていたのでした。そして村へ入っても、自分の家がどこにあるのか皆目見当も付きません。たった一晩で町並みはすっかり様変わりしていたからです。ようやく我が家を見つけると、なんと廃屋になっているではありませんか。当然、妻も子供たちもそこにはいませんでした。リップは慌てて家を飛び出し、馴染みの宿屋へ向かいます。見慣れた筈の宿屋の見た目も名前も変わっていました。壁に掛けられたキング・ジョージ三世の肖像画もジョージ・ワシントンに取り換えられています。リップが寝てる間にアメリカは既にイギリスから独立していたからです。
折しもその日は選挙の当日でした。宿屋に集まった村人のうち国士をきどった男が、共和党と民主党どちらに投票したのかと彼にこっそり話しかけます。リップは自分の人生で投票などしたことは一度もなく、「私は国王に忠誠を誓っております、国王陛下万歳!」とキング・ジョージ3世の忠実な臣民であることを宣言したものだから、「こいつイギリスのスパイだ!」と大騒ぎになってしまいました。そこに顔役らしい男が現れて事態を収拾し、リップに「爺さん、お前は銃なんかもって何がしたいんだ? 誰を探してるんだ?」と聞いてくれました。リップは友人たちの名を次々と挙げ、彼らはどこにいるのか尋ねます。ある者はとっくの昔に亡くなり、ある者はアメリカ独立戦争で殺害されていました。「そ、そんな…、誰か、誰かリップ・ヴァン・ウィンクルを知ってる人はいませんか?」。「そいつならあそこにいるやつだよ」。見ると自分にそっくりな男が木に凭れ掛かっていました。リップは混乱していましたが、その時、赤ん坊を抱いた若い女が進み出て来ました。声の調子からして若い頃の妻にそっくりでした。「君の父親は?」。「父はリップ・ヴァン・ウィンクルと言い、二十年前、山へ行ったきり帰って来ませんでした」。「母親は?」。「母も少し前に亡くなりました。牧師相手に癇癪を起こして血管が破裂したのです」。リップは「私が君の父親だよ! 誰か、誰かこの哀れな男を知ってる人はいませんか?!」と叫びます。すると群衆の中から一人の老婦人が出で、彼の顔を覗き込み、しばらくして言いました。「間違いない、この男はリップ・ヴァン・ウィンクルだよ、お帰んなさい、しかし一体あんたはこの20年どこに行ってたんだい?」。リップは人々に昨日の出来事をあっという間に話し終えます。それを聴いた村一番の古株で物識りの長老が言いました。「お前さんが出会ったのは、昔このあたりを探検した偉大なるヘンリー・ハドソン船長(ハドソン川の名の由来)と乗組員たちの亡霊に違いない。二十年ごとに巡回に来るという言い伝えがあるんじゃ」。
その後リップは、妻の死を悲しむこともなく、立派な男と結婚していた娘に引き取られ、のんびりと余生を送る。自分の物語を近所の子供や宿屋に来た見知らぬ旅人に聞かせたりして。それを信じない者もいたが、古くからのオランダの入植者は概ねそれを信用したと云う。もしかすると恐妻家の願望かもしれないが。

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「Old Scout」の略。ウェストヴァージニア州のスムーズ・アンブラー社が販売するソースドウィスキーのライン。Smooth Amblerを省略せずに「SAOS」とされることも多い。オールドスカウトの名は樽をスカウト(見出だす)することに由来する。それまでレギュラーラインナップだったオールドスカウト7年と10年は、2015年の急速な予期せぬ販売成長率のため無期限に中断されるとアナウンスされた。シングルバレルとプライベートセレクトは継続して販売されている。主にMGPから調達(60%コーン/36%ライ/4%バーリーモルトや75%コーン/21%ライ/4%バーリーモルトのバーボンなど)。
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Oscar Getz Museum of Whiskey History─オスカーゲッツミュージアムオブウィスキーヒストリー
バーズタウンのノース・フィフス・ストリートに面して建つ歴史的なスポルディング・ホールは、今日オスカー・ゲッツ・ウィスキー歴史博物館とバーズタウン歴史博物館として使われている。ホールはもともと1826年にケンタッキー州で最初のカトリック大学、セント・ジョセフ・カレッジの一部として建てられたが、長年に渡って様々な役割を果たし、南北戦争中は大学は閉鎖され一時的に南北両軍の病院として機能、その後は神学校や孤児院、1911年頃から1968年まではプレパラトリー・スクールとして使われた。名前はマーティン・ジョン・スポルディング司教にちなむらしい。現在の建物は、火事で破壊された以前の建物の代わりとして1839年に建て直されたもので、1973年に国立歴史登録財に指定された。
3階建てホールの1階大部分を占めるオスカー・ゲッツ博物館には、植民地時代から禁酒法解禁後の時代に至るアメリカン・ウイスキー業界の貴重な遺物や文書のコレクションが展示されている。蒸留と熟成に関するディスプレイから、ジョージ・ワシントンのスティル、エイブ・リンカーンの居酒屋のレプリカ、密造酒に関する物、禁酒法時代の資料やキャリー・ネイションの手斧、多くのアンティークボトルとジャグ、中身の入った薬用ウィスキー、古いサインやラベルに広告、斬新さを競ったノベルティ・デカンターまで、バーボンの豊かな歴史を物語る品々は、ジョージアン様式の風格ある建造物と相俟って愛好家必見。学識豊かなキュレーターとの出会いも楽しみの一つで、先代のフラゲット・ナリーとメアリー・ハイト、現在のメアリー・エレン・ハミルトンら博物館の維持運営を務め、バーボンの遺産を公衆に利用可能にする彼女たちは、バーボン産業の影の英雄と言ってよい。
入館見学は無料だが募金箱が設置され、寄付は大歓迎。博物館の運営費はケンタッキー・バーボン・フェスティヴァルの期間中に建物のチャペルで毎年開催されるマスターディスティラーズ・オークションによっても賄われる。オークションはヴァン・ウィンクル氏が後援し、出品されるアイテムにはバーボンのオールドボトル、歴史的なアーティファクト、特別リリースのサイン入りボトル、ギフトバスケットなどがあり、それらは地域の蒸留所からの寄付が殆ど。その他に2階3階のスペースを結婚式やレセプションに貸し出したりもするが、博物館には人件費、公共料金、セキュリティシステム費用、保険料が掛かる他、200年近い古さの建物は当然維持費が嵩むだろう。展示を楽しんだ後は寄付を弾みたいところ。
博物館の名になっているオスカー・ゲッツは1897年11月にイリノイ州シカゴで生まれた。禁酒法施行前はウィスキーの仲介業に携わっており、その多彩な性格は最高のセールスマンと評された。1920年にはエマ・エイブルソンと結婚。1933年に禁酒法が終了した後、ゲッツと義理の兄弟レスター・エイブルソンは自らの名でウィスキービジネスに取り掛かる。数年で彼の会社は成功、100人以上の従業員を雇用し、ケンタッキー州バーズタウンにあるトム・ムーア蒸留所の最大代理店となった。トム・ムーア蒸留所によって供給されるバーボンは「オールドバートン」というオリジナルのブランドで販売され、1940年までにゲッツは業界の大手プレーヤーとなる。ウィスキービジネスに変化が見え始めると、彼らは自らのブランドの安定した供給を保証するため、1944年にトムの息子のコン・ムーアからトム・ムーア蒸留所を購入し、プラントの名称をブランドの名前と同じバートン蒸留所に変更した。その名はいくつかの選択肢のうち「ハットから選んだ」名前だったと云う。オスカーは蒸留業界で大きな評判を確立し、酒類産業の「マン・オブ・ザ・イヤー」と名付けられたこともあったらしい。
またオスカーはウィスキーの蒸留プロセスと業界全体にも興味を持っており、しかも歴史の大好きなコレクターでもあった。趣味として収集し始めたアーティファクトや小さなディスプレイ、文書やラベルに広告、ボトルを含む記念品等は膨大な量で、それこそ強迫観念に憑かれたかのような集めぶりだった。彼の妻エマは「もうこれ以上、私の家に古い物は欲しくないの!」と、オスカーに収集物の片付けを要求。そこで彼は渋々、自らのコレクションを展示するため、1957年から蒸留所のオフィスで小さな博物館「バートン・ミュージアム・オブ・ウィスキー・ヒストリー」を始める。この私的博物館は一般公開され、今で言うところの蒸留所ツアーのビジターセンターの魁だった。そしてオスカー自身が学芸員であり歴史家であり講師だった。実際、1978年には彼の著書「Whiskey:American Pictorial History」が出版され、その後何十年に渡り参考ガイドとなる。
オスカーのコレクションは雪だるま式に増え続け、いつしか小さな「ビジターセンター」の枠を超えた。年代がはっきりしないが、ある時エッジウッドにあるフェデラル・スタイルの大きな家に博物館を移転したらしい。オスカーはビジネスを引退し、70年代後半もしくは80年代前半に蒸留所を売って、このコレクションを引き取る。彼は自らの収集物の適切な家を求め、新しい博物館として機能させるべく、古いカトリック神学校を修繕するためバーズタウン市にお金を支払った。残念ながら、彼のヴィジョンが現実のものとなるのを見ることなく、1983年にオスカーは亡くなる。残された妻と息子は、オスカーが過去数十年に渡って蓄積してきたコレクションをみんなに見て欲しいと思い、それを市に寄贈することにした。しかも博物館を支援するために毎年寄付をするとも言ったようだ。一年後の1984年7月、新たに復元されたスポルディング・ホールにコレクションは設置され、オスカー・ゲッツ・ウィスキー歴史博物館が生まれた。オスカーの博物館はいつもでも無料だった。 彼の情熱とコレクションに対する愛情に、全てのバーボンマニアは歓喜し感動を覚え、感謝の念を抱かずにはいられないだろう。

OT
「Old Taylor」の略。バーボン業界の発展に寄与したエドモンド・ヘインズ・テイラーJr.の名を冠したバーボン。一昔前はジムビームが、その前はナショナル・ディスティラーズが製造していた。現在ではバッファロートレースが製造し、同社のプレミアムラインの製品には「コロネル・EH・テイラー」があるため、歴史あるブランドの「オールド・テイラー」はすっかり影を潜めた。
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OWA
「Old Weller Antique」の略。昔はスティッツェル=ウェラー蒸留所、今はバッファロートレース蒸留所で造られている小麦バーボン。ハイプルーフなのが魅力。
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OWO
「Old Weller Original」の略。現在オールドウェラー・アンティークと知られるブランド名は、90年代初頭にラベルに「Antique」の文字が挿入され、そう呼ばれるようになった。それ故、OWOはそれ以前の物を指している。2018-12-22-06-51-26

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テンプルトン・ライは日本でも酒販店やバーで取り扱う店が多く、ライウィスキーの中では比較的有名なブランドかと思います。ラベルに使われている写真は禁酒法下のスピークイージーでの一葉でしょうか? とても雰囲気あるラベルでカッコいいですよね。
伝説によればテンプルトン・ライは、元々はアイオワ州キャロル郡の小さな町テンプルトン(人口は2010年の国勢調査で362人だった)の農家の人々が収入を補う方法として禁酒法期間中に造られ、それが高品質であったことから「ザ・グッド・スタッフ」と知られるようになり、シカゴ、オマハ、カンザスシティのスピークイージーで人気があったと伝えられています。しかも、あの伝説的ギャングスター アル・カポーンのお気に入りであったと言われ、晩年アルカトラズ刑務所に投獄されたカポーンは刑務所の中にあの手この手でテンプルトンを持ち込ませ、独房(AZ-85)からはボトルが発見されているのだとか。まあ、この手の話はマーケティング上のバックストーリーなので、正直どこまで本当か判りません。

現代のテンプルトン・ライは、2001年頃(または02年とか05年という説もあった)、アイオワンのスコット・ブッシュがテンプルトンの復活を思い付き、禁酒法時代のレシピを知る人を探して、メリルとキースのカーコフ親子とパートナーシップを組み、テンプルトン・ライ・スピリッツLLCを立ち上げたのが始まりで、2006年に初めての製品が市場にリリースされました。アイオワ州以外での流通は2007年8月に開始され、2013年には全国的に流通するようになったと言います。日本語でテンプルトン・ライを検索すると、古い記事で2008年の日付が見られ、かなり早い時期から日本にも輸入されていたのが伺えます。

さて、トップ画像の物、つまり今回のレヴュー対象は、現行製品とは若干異なる旧いラベルの物です。このラベルの変更には、単なるリニューアルではない困った理由があります。テンプルトン・ライは2014年にラベルの虚偽表示に対する集団訴訟の対象としてシカゴの法律事務所から訴えられ、仕方なくラベル表記の変更をすることになったのです。おそらく訴えられていなければラベルはそのままだったのではないでしょうか。2015年には集団訴訟和解案に基づき、2006年以来製品を購入した顧客への払い戻しをするとも発表されました(*)。なぜこんなことになったかと言うと、テンプルトン・ライは発売当初から実際には違うにも拘わらず、禁酒法時代のレシピを再現してアイオワ州で少量生産されているかの如き体裁をとり、消費者のミスリーディングを誘発しかねないマーケティングを行っていたからです。そしてそれはラベルの表記にも端的に現れていました。
実際のテンプルトン・ライは、インディアナ州ローレンスバーグにある元シーグラムの大型蒸留所(現MGP)で蒸留され熟成されたバレル(95%ライ/5%バーリーのライウィスキー)を購入し、それをアイオワ州へと運んだ後、ケンタッキー州ルイヴィルにあるクラレンドン・フレイヴァーズ社のアルコール・フレイヴァリング・フォーミュレーションを添加してからボトリングして販売されています。訴えた人の主張は意訳して言えば「こっちはアイオワ州の手作りのウィスキーと思って買ってんだ、違うなら金返せ!」ということでしょう。そしてその根拠としてラベルの虚偽表示を突いた、と。
ウィスキー業界に精通してる人なら周知のように、創業したてのクラフト蒸留所は熟成されたウィスキーを持たないため、アンエイジドで売れるウォッカやジンやムーンシャインなどを生産し販売する一方で、大手の蒸留所から熟成したウィスキーを仕入れ、それを独自のブランド名のもとに販売したりします。また創業時には蒸留器を所有せず、すなわち自ら蒸留を行わず、お金を稼いでから蒸留所を建設し、自社蒸留を開始するNDP(非蒸留業者)の存在もあります。こうしたNDPの中にはウェブサイト上に蒸留器の写真を掲載し、恰かも現実に蒸留してるかのように見せかけるところもあったりしました。テンプルトン・ライ・スピリッツもご多分に漏れず、こうしたNDPの一つでした。他所から原酒を調達し、オリジナルのラベルを貼りつけてボトリングするウィスキーのことを「ソースド・ウィスキー」とか「ソーシング・ウィスキー」と言いますが、これ自体は悪いことではありません。テンプルトン・ライが問題だったのは、ウィスキーのソースを意図的に難読化し、ラベルの真実性を歪めてしまったことです。アメリカの連邦規則ではラベルには真実を書かねばなりません。ラベルの変更点は主に3つです。
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先ずバックラベルに「インディアナ州で蒸留」という言葉が追加されました。ウィスキーが当該ブランドの場所とは異なる州で蒸留された場合、蒸留された州をラベルに記載しなければならないという規定があるからです。そして「SMALL BATCH」が「THE GOOD STUFF」に。スモールバッチというのは、厳密に言わなければ少量生産のことと思っていい用語です。MGPは大きな蒸留施設ですから、当然少量生産ではないのでこれを変更しました。あと「PROHIBITION ERA RECIPE」が熟成年数表記へ。プロヒビション・エラ・レシピと言うのは「禁酒法時代のレシピ」の意です。これはテンプルトン・ライ・スピリッツの共同設立者メリルの父でありキースの祖父であるアルフォンス・カーコフのレシピを指します。そのレシピは公にはされていませんが、おそらく砂糖黍90%/ライ麦10%のような典型的なムーンシャインのレシピであった可能性が高いとされ(**)、ライウィスキーではありませんでした。つまり禁酒法時代のレシピとは違うのでこれも変更したのです。バックラベルの文言も段階的に変化しており、「produced from~」から「based on~」になり、最終的には「Kerkhoff」の名前も出てきました。
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「~から造ってる」と言い切っていたのが「~に基づいて」とやんわりした表現になっていますが、基づいてすらいないのでは?という疑問もなくはありません。有り体に言えば、MGPの95%ライウィスキーが買い付け易い材料だったからソースとしただけで、禁酒法時代のレシピとは何の関係もないでしょう。テンプルトン・ライには、ライウィスキー人気が爆発的成長を見せる前に先鞭をつけた先見の明はあったにしても、少々誇大宣伝が過ぎてしまった感があります。
とは言え、悪い話ばかりでもありません。2018年夏には、ついに蒸留所が完成し稼働し始めました。アイオワ産のテンプルトン・ライは計算上2022年あたりにリリースされると予想されます。テンプルトン・ライ・スピリッツの会長ヴァーン・アンダーウッド氏によると、従来のMGPウィスキーを出来るだけ複製するつもりだ、とのことです。どのようなものが出来上がるか楽しみですね。

さて、ラベルの件は現在では手直しされていますし、誇張表現はアメリカンウィスキー業界の宿痾とも言え、遠く日本に住む我々にはアメリカの消費者保護問題に深く立ち入る必要性はあまりないでしょう。まあ、そういうこともあったということです。寧ろウィスキー飲みにとって興味をそそられるのは、ラベルよりも中身、先に少し触れたフレイヴァリング製剤の添加の方です。アメリカの有名なウィスキー・レヴュワーは、フレイヴァーの添加(とキース・カーコフの顧客へのメッセージビデオの釈明)に怒り、彼のウェブサイトのレーティング史上初の00点をテンプルトン・ライに付けています。
もう一度だけ、ラベルをよく見て下さい。どこにも「ストレート」の文字がないでしょう。テンプルトン・ライはストレート・ライウィスキーではありません。TTBの規定では、ストレートを名乗るためにはフレイヴァーを加えてはならないからです。また容積の2.5%を越えるフレイヴァーを加えてしまってはライウィスキーすら名乗れなくなります。そして最も重要なのが、加えられるフレイヴァーはそのクラスまたはタイプの構成必須要素でなければならないという規定なのですが、ここまでくると素人に判断できるレヴェルを越えています。判ることは、もしテンプルトン・ライが規定を遵守しているのならば、必須成分をもつ香料を2.5%以内含んだライウィスキーである、と言うことだけです。
上に挙げたレヴュワーは、これではどの香味成分がMGP由来のものかケミカル・フレイヴァー由来のものか分からないという主旨のことを述べていますが、確かにその通りです。そもそもMGPの95%ライウィスキーはそれ自体で豊かなアロマとフレイヴァーを持っています。果たしてフレイヴァリング製剤を添加する必要があったのかどうか? テンプルトン側の公表している理由としては、創業者の先祖によって造られた禁酒法時代のオリジナル・レシピの風味プロファイルに近づけるため、だと言いますが…。とにかく飲んでみましょう。

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TEMPLETON RYE 80 Proof
BATCH:4
BARREL:239
BOTTLE:167
BOTTLED IN 02-11-2011
ライチ、バタースコッチ、ミント、トーストした木、洋梨のシャーベット、香草、ライスパイス、青リンゴ、若草、パセリ、漢方薬。40度にしては物凄く香りが強く、45度以上の物やもう少し熟成を経た物と同等かそれ以上。口の中では仄かな甘味と爽やかさ、苦味とスパイスが同居する。中身が残り三分の一くらいになってから、かなり余韻に苦味が目立つようになったが、ビターチョコ系の苦味ではなく、香草やスパイス系の苦味。飲んでも旨いが、香りがハイライトといった印象。
Rating:87(85.5)/100

Thought:私が初めてテンプルトン・ライを飲んだ時は衝撃を受けました。それまで飲んできたライ麦率51%程度と見られるライウィスキー(ジムビーム・ライやワイルドターキー・ライ等)とはまるで比べ物にならないフルーティさと香草の風味を感じたからです。こんな美味しいウィスキーがあったのか、と感動すら覚えました。以来MGP95ライのファンとなり、同じソースではあっても違うブランドのライウィスキーをいくつか飲みました。しかし、確かに同系統の風味を感じるものの、なぜかそこまでの感動はありませんでした。味であれ何であれ「初体験の衝撃」は脳裏に深く刻まれ、忘れ難く、時に誇大化するものです。また「慣れ」は脳への刺激を緩慢化するものでしょう。それがため、感動がなくなってしまったのかなと思っていたのですが、今回改めてテンプルトン・ライを飲んでみたところ、他のMGP95ライと較べて、やはり圧倒的に強いアロマ(ライチとバタースコッチ)を持っていると感じました。特にそれはテイスティング・グラスではなくボトルの口から直接匂いを嗅いだ時に顕著です(テイスティング・グラスだと他の香味成分を拾い易いようで、トースティなウッドと穀物感の方が前面に出ます)。もしかするとこの強いアロマの要因こそがフレイヴァリング製剤にあるのではないでしょうか? 実を言うと、テンプルトン・ライと並行して同じくMGP95ライであるブレット・ライとジョージディッケル・ライも比較のため開封して試飲していたのですが、テンプルトン・ライは80プルーフというロウワー・プルーフにしては強すぎるアロマが少し奇妙に感じなくもありませんでした。これは思ったより添加フレイヴァーが効いているような気がします。飲んだことのある皆さんのご意見を伺いたいところですね。
なお、上のレーティングで括弧をした点数は、フレイヴァーが入っていない状態を仮定した想像上の得点です。

Value:テンプルトン・ライの日本での販売価格は概ね4000~5000円です(追記あり)。他のMGP95%ライをソースとしたブランドに較べ、80プルーフであることを考慮すると、やや割高感は否めませんが一飲する価値は十二分にあると思います。もし安さを優先事項とするならブレット・ライという選択がベストでしょう。なによりブレットは流通量が多い=入手しやすいというメリットがあります。


*レシートがなくても一瓶につき3ドル、一人6本分まで。レシートがある場合は倍の6ドルが払い戻されたとか。

**2006年にテンプルトン・ライ・スピリッツがTTBに最初のラベル承認証明書を申請した折り、その1つは「Templeton Rye Kerkhoff Recipe」と呼ばれるものだったと言います。それは他の分類の対象とならない製品を包括する「特殊蒸留スピリット」に分類され、ラベルには「ケイン90%ライ10%から蒸留されたスピリッツ」と書かれていたそうな。これはホワイト・ラムのようなニュートラル・スピリッツとフレイヴァーに寄与するライ麦の蒸留物を少し混ぜたものと予想され、その製品がこれまでに製造されたのか判りませんが、唯一記録に残っているカーコフ・レシピがこれだそうです。

追記:現在販売されている現行の「テンプルトン・ライ4年」はもっと値下がって買い求めやすくなっています。このレヴューがNASであったこともあり、記事を修正せず追記にしました。

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